第十一話 三十六不運逃げるに如かず
悠磨が見つけた喫茶店。そして情報屋。
その店内で、邂逅。そして戦闘。
敵は、以前出会ったワープ使い。
初見では無い。にもかかわらず防戦一方の悠磨。
けれども顔に焦りは浮かばない。冷静に頭を回転させて、状況把握と情報収集を行なっていた。
(何か、おかしい?)
違和感。
一瞬の相対。それだけで、何かを感じ取っていた。
「おいおいどうした。俺の部下達をボコしたって聞いたんだけどさあ、赤髪」
「てめェこそ、おぼっちゃんみてェな喋り方はやめてキャラ変ってかァ?」
収容所にて邂逅した人物と別人なのか。
けれども、服装は同じ。声も同じ。
暗く音も反響する環境であったが、間違うはずがない。
(なんだ? しゃべり方が違う、だけなのか?)
僕と俺。ただそれだけなら、些細な事だ。
直感は告げている。別人とも、同一人物とも。
数多の不運によって研ぎ澄まされた第六感を以てしても捉えきれない。
ならば情報を拾うしかない、と。五感を全て駆使して。この命がけの状況で。
(まずはしっかり見極めるしかねぇ。ヒントを見逃すな)
違和感の正体。魔法の発生メカニズム。空間を操る魔法の使い方。
優先して知るべきことはなにか。自問自答し、結論を出した。
そう思考を巡らせていると、追撃が来る。
右側から攻撃の気配。同時に距離を詰める敵。
一瞬立ち上がる素振りを見せて伏せる。
頭上でナイフが空を切る。立っていれば、腹部に致命傷をくらっていただろう。
敵は右脚で蹴り上げようとする。
悠磨は左脚を伸ばしつつ回転し、敵の軸足を振り抜いた。
「ッ……!」
隙ができると油断したのだろう。予想外の反撃に動揺する。
地面から足が浮き、舞う敵に、踵で突き上げた。
だが、これは腕で防がれる。
その勢いのまま立ち上がり、腹部側面狙って右脚一閃。
これも器用に空中で身を捻り、腕に阻まれた。
「空裂斬!」
敵が叫ぶ。魔法の発動だ。
再びワープによって何かが懐から現れる。
(ここで距離を取られるのはマズい)
今は何一つ武装していない。そのため、己の身一つで戦わなければならない。
いなしつつ反撃、と。
最小限に身を捻り、その物体に一瞬目を向け防ごうとして――
耳を劈く轟音。
爆発と共に、衝撃が全身を奔る。
僅かにでも見ていなければ、あるいは咄嗟に判断を変えていなければ、相当の致命傷に違いなかった。
「……くっ……!」
「ナイフだけかと思ったか?」
テーブルや椅子、床までもが無残に破壊され、砂埃が舞う店内。
一瞬、横目で老店長はカウンターに伏せて無事なのを確認し、安堵する。
しかし状況は圧倒的劣勢。
あの刹那で、爆風の勢いを殺すようにに地面を蹴り、右腕で腹部を守っていた。
とはいえ、至近距離での爆発だ。手榴弾に似た類いの物だろう。無傷で済むはずが無い。
だらん、と垂れる真っ赤に腫れた右腕を、左手で押さえる悠磨。
その苦痛に歪む表情を捉え、嬉しそうに笑い、言い放つ。
「ククッ、これでも腕一本だけか。しぶてぇ野郎だ」
破片と爆風で切傷と火傷を負った右腕は使いものにならない。
戦う手段が更に削られてしまい、窮地に追い込まれる。
そんな隙を敵は、都合よく見逃してくれる訳も無く。
投擲されたナイフが迫る。
地を蹴り、左へ避ける。
だが、運悪く椅子に引っ掛かり、床に膝をついてしまう。
顔面目掛けて蹴りが迫る。
寸前で左腕を盾に防ぐも、力強く踏み込まれたその一撃は重かった。
頬が潰れるかのような衝撃を、後方に飛びながらくらう。
気絶とまではいかなかった。が、口内を切ったのか、口端から真紅の液体が滴る。
ぺっ、と左手の甲に唾を吐き、立ち上がる。
「さっきまでの威勢はどうしたぁ!」
「チッ……」
そのセリフに覇気はない。相当の激痛の様子。
それを見て男はニヤリと笑い、息を吐く。
ワープ使いは、間合いを詰め格闘戦に持ち込もうとした。
右側からのフック。後方に身体を逸らして躱す。
二撃目はアッパー。敵の側面に流れて避ける。
そして反撃、そのつもりで動いていたのを、読まれていた。
下から上へと突き上げようとした拳は途中で止まっていて、悠磨へと肘打ちが迫る。
反射的に、右腕で防いでしまう。
「ッ、……っ!」
「ククッ、随分辛そうだなぁ!」
さらに脚で追撃。モロに腹にくらってしまった。
「こないだの百倍返しはどうだい! どんな気分だあ?」
「ハ、ここのコーヒーに比べりゃ何にも感じねぇなぁ」
「そうか、まだ強がる余裕はあんだな。ちなみに俺は最高の気分だ。スッキリしたぜ」
聞いてねぇわ、と吐き捨てながらよろよろと立ち上がる悠磨を一瞥し、
「本当はもっと痛めつけてぇところだが、俺は忙しいんでな」
対し、悠磨の返事は無い。無言で睨み付けているだけだ。
「お遊びはここまでだ」
右手を前に、握りしめた。
反射的に後ろへ下がるがもう遅い。
目に見えぬ気配が悠磨へ迫る。
不快感と圧迫感が肺に襲い掛かり、その刹那――
「ガハッ……!」
悠磨の口から赤く染まった液体が溢れ出る。
「残念だったなあ。これでおさらばだ」
男が狙ったのは肺か。
以前と同じ手口。悠磨が最悪のパターンと考えた事。
「もっと強えと思ってたんだがな」
防ぐ手段は無い。初見であれば尚のこと。
だが、一度見たところで対策されるはずが無い。
それが、ワープ使いの認識。
だから、男は呆然と見ていた。目の前の光景を。
「おいおい嘘だろ。これを耐えるのかよ」
悠磨はふらつきながらも立ち上がった。
口から重く垂れ落ちる流体を舌で拭う。
悠磨はゆっくりと、手を左のポケットに入れる。
想定外の事態に、相手はその隙だらけの動作をただ眺めることしかできなかった。
取り出したのは、白一色の球体。ピンポン玉くらいのサイズだ。
敵は反射的にナイフをその綺麗な右手に持ち、接近。
すると悠磨は、勢いよく地面に叩きつけた。
破裂し、中から煙が湧き出し、周囲を真っ白に染めていった。
反射的に、目を瞑り、口と鼻を手で塞ぐ。
なんらかの毒ガスだと思ったのだろう。数秒、その場に留まるも、僅かに吸った事で気づく。
「くそ! 煙幕か!」
手で煙を振り払おうとするが、意味を成さず。
すると、シュン――と物体が顔スレスレを通り過ぎる。
この煙に乗じて来るか、と迎え討つ体勢に入る。
だが、追撃は来ないまま、10秒ほど経って。
「逃げやがったのか!」
徐々に煙が薄まり、しかし人影は老店長のみ。
ゴホゴホ、と咳き込む店長に、
「オイ、奴はどこ行った!」
怒鳴るように問い、首を横に振る返答を見て悪態をつく。
「使えねえなあ老いぼれがよ」
けれど、この状況で逃げるのであれば出入り口のドアか窓の二択。
一度冷静になると、すぐさまドアを開け、外へ飛び出した。
「逃がさねえ……って。ハハッ」
地面には、赤い液体が溢れている。それは左方向に続いている。
「やっぱ相当の深手だったんだなぁ」
ゆっくりと、勝ちを確信した様子で、その跡を辿っていった。
※ ※ ※
(やり過ごせたか)
悠磨は、店のビルの屋上にいた。
(こんだけ暗けりゃ、こんなもんでも誤魔化せるのか)
手に持つのはつい数時間前買ったケチャップ。それとごみ漁りで集めた紙紐やロープ。
自身の血に混ぜて、深手の傷を負っている演出だ。
小袋に包んで服の中に。同様に、口内にも。
(あーケチャップの味しかしねぇ。味覚ぶっ壊れそう。しばらくは薄味のもん食うか)
多少血の味が混ざっているが、それ以上にケチャップが強調しすぎており、ケチャップをそのまま食べている感覚のようだ。
薄暗く、ちゃんと確認しなければ見分けがつきにくい。
おかげで騙し、撤退は成功した。
もう一度周囲を確認し、先程までの戦闘を振り返る。
(しかし、こんな使い方できたのか)
自分自身で驚いている。
身体強化魔法、レインフォース。そう名付けた魔法を、一瞬の隙に発動していたのだ。
この身体強化魔法の膜を体内に纏う。厳密には、魔法陣を口内で生成し、内側から張り付けた。
これを喉の上部分、鼻と口の合流地点辺りで止めていた。肺に入られたらマズイし。範囲を狭めた方が分厚く、守りやすくなるから。
この前起きた魔法の練習での失敗の後に思いついたアイデア。今回、限定的な対策として利用した。
ただしデメリットもある。 その間は、呼吸ができない。
発動したのは、お喋りを止めた時。
来る、と生存本能が警告を出し、瞬時に小声で詠唱したのだ。
(やっぱ俺の推測は正しかった。空気中に何かを仕込まないと発動できないみてえだ)
彼は何かに気づいた様子。
しかし仮説を検証するためとは言え、かなり危険な綱渡り。
一歩間違えれば肺も心臓も失ってゲームオーバー。
それ以前の戦闘でナイフによる失血死の可能性もあり得る状況だった。
それを腕一本で済んだのは幸運だったか。
否、撤退戦に切り替えた時点で、情報収集と無傷帰還が望ましい。
(まあ収穫はあったか。骨折と引き換えに、だがな)
しかし、接触無くして知ることは不可能。
これを不運では無く、寧ろ良い機会だったと切り替え、次の手を打つべく思案に耽る。
「さて、こっからどうすっかな」
果たして、彼の瞳には、どんな未来が映るのか。
※ ※ ※
「いいのですか。追わなくて」
あぁ、と頷き店へと戻るワープ使いの男。
「負傷しているのであれば、今追って叩くのがベストでは?」
「あいつ、罠張ってやがった。誘い込もうとしてるぜ」
手に持つのは、赤く染まったちり紙。それと紐やロープ、液体の入った缶や瓶。
「どっかで気張りながら来るの待ってんだろ。こうして喋ってる間もな。こっちが何もしなくても勝手に消耗してくれるんだ。もうほっといていい」
「ふむ。罠というのはそれのことか?」
「ま、随分と安上がりな罠だけどな!」
どうせ金欠なのだろう、と愉快そうに嘲笑う。
「それによ、全然本気じゃねぇだろ、あれは。魔法使えるって聞いてたんだがな」
老店長は、倒れた椅子を丁寧に戻しながら、ほうと頷く。
「まあいい。俺も切り札は隠してる」
そう自慢げに言い放つワープ使い。
「手負いの男一人追い詰めるなんざいくらでもやりようはあるんでな」
手に持っていた物をゴミ箱へ放り投げ、
「じわじわ削ってやろう。なあに、手駒は十分に揃ってる。布石も打った。もうすぐ、予定通りの展開になるさ」
果たして、彼の瞳には、どんな未来が映るのか。




