第九話 不運に向かう蟷螂の斧
「ぶっはははは。きれいてっぺんはげてんじゃねーか」
男らが爆笑し出す。かっこいい登場の仕方のくせに、締まらない見た目だ。シュール過ぎて、こらえきれないのも無理はない。
ひとしきり笑った後、一人男に向かって言い放つ。
「おっさん。誰だか知らんけど、この数相手にすんのか? てめえ一人で?」
リーダーは潰したが、逃げてくれる様子は無い。
赤い男は試しに揺さぶりをかけてみた。
「てめェらの指揮官は倒れてんだが、まーだ続けるの?」
すると取り囲んでる周囲の男らは、にやにやと嗤う。
「あんた何もわかっちゃあいねえな! 確かにてめえが吹っ飛ばしたのは指揮官だ。けど俺らはボスに忠誠を誓ってる身。全てはボスのため!!」
「なるほど」
わかりやすい説明わざわざありがとう、と小声で呟いた。
「ってこたァ、てめェらは噂の『夢幻組』か?」
「あぁ!! だったら何だ!!」
まさか堂々と答えてくれるとは思っていなかった。
だがヤクザとかなら、所属している組織がステータスになっているのかもしれない。もしくは、名を売る目的もありそうだ。
すると男は、腰を落として腕を構える。どこかの武術の心得を持っている様子だ。
不良らが警戒して一歩引く。
けれど赤髪の男はその一瞬で、謎の高速移動で距離を詰めていた。
みぞおちに打ち込まれる掌底。反応すら出来ず吹っ飛ばされ、うずくまった。
他の奴等も突然の事に固まってしまう。そんな隙を見逃す事なく、次から次へと蹴り飛ばした。
後から駆け付けた仲間達は、その光景に反射的に逃げる。
「おい! 誰だよアイツ」
「こんなん聞いてねえって! とりあえず援軍呼ん――」
「バーカ。逃がさねェよ!」
不敵な笑みを浮かべて告げると、再び凄まじい速さで、背を向けた不良らの正面に立つ。
驚愕の声を出させる間も無く、一蹴。
一人、横から迫る。手にはコンバットナイフ。
それを赤髪の男は、素手で掴んだ。刃の部分をだ。
「え……!?」
しかし、手から血は流れない。
厳密には、手に刺さる前に指で挟んだだけだ。
予想外の連続に、驚き固まるしかなく。そんな隙を誰が見逃すかとばかりに。
「つまんねェ」
心底冷え切った目と呟きを放ち、蹴り飛ばした。
ナイフを奪い取った赤髪の男は、それを上に放った。
背後から迫る3人を一瞥し、左右から来る者は両の手で、頭を掴む。
押さえつけるように力を入れ、その勢いを乗せて中央の男を蹴り飛ばした。
しかし空中に舞ってしまえば隙が生まれる。
左手で押さえてた男は振り解かれ、懐からカッターを取り出し切りかかる。
「もらったあああ!!」
「――――」
けれども刃は空を切る。
赤髪の足元には魔法陣。叫び声に紛れ、何をしたか認識できなかったか。
さながらオーバーヘッドの如く、脳天に打ち下ろされた。
もう一人は着地の隙を狙うつもりだったのだろうか。
予期せぬ動きに硬直し、何かをする間もなく一蹴。
くるくる舞っていたナイフは、一切見ることなく赤髪の手に納まった。
すると、彼は真逆の方を向きながら、口を開く。
「聞きてェことがある」
背後にいるみずなへ、言い放ったのだろうか。
「え……」
戸惑いを隠せない様子。その刹那――――
風を切るような音が、通り過ぎた。
ナイフが頬スレスレを突っ切っていった。
「いってぇぇぇ!!」
叫び声が聞こえる。
みずなの背後に、なんと透明化していた男がいた。
「クソ、なんで気づ――」
なんで気づいたんだ、と聞く間も無く、膝蹴りが顔面に減り込み、勢いよく転がっていった。
みずなは、何が起きたのか分からず、呆然としていた。
赤髪男は、口を開く。何を言うかと思った瞬間、
「しゃがめ」
みずなの頭を掴むと、地面スレスレにまで押さえつけられた。
同時に男は、虚空を足で薙ぎ払う。
ドッ、と衝撃波が唸る。透明な魔法での攻撃だった。
「スプリング」
その声はみずなにはハッキリと聞こえた。
男は呪文を唱え、一直線に跳んだ。魔法が飛んできた方向へと。
その動きに、迷いはなかった。
膝を曲げ、前のめりだった身体を空中で器用に起こすと同時。
何も無いように見える場所を左脚一閃。
ゴッと何か当たったような音がした。
そこからは、敵と見られる男の姿が現れた。
木の上から落ち、背中から地面へ落ちる。
だが、追い打ちをかけようとして動きが止まる。別の攻撃の気配を感じとった様子。
手元の敵を無視し、その方角を振り向く。
視線の先、地面に突っ伏していた取り巻きの中から、3人が腕を構えて向け、詠唱を行っていた。
やられたふりをしてチャンスを伺っていたのだろう。透明人間という切り札を見破り、打ち負かせば、勝ったも同然と誰もが油断するに違いない、と。
しかし、今回は相手が悪かったようだ。
一瞬で気づかれてしまった。
不意打ちは失敗だ。だが、攻撃は止めない。
放たれたのは3つの火炎球。
避ければみずなに直撃だ。気づくが気づくまいが、どのみち削れる。そういう算段だったのだろう。
けれど赤髪は冷徹に、呟く。
「レインフォース」
身体をオーラで纏う。
左脚の一閃。
鮮やかに振るわれたまわし蹴りによって、火球はいとも容易く霧散した。
すぐさま赤髪の男は間合いを詰めていく。
「く、来るんじゃねえええ!!」
距離を取ろうと、魔法を放ちながら後退していく。
だが、先ほどまでの一直線の高速移動ではなく、木々を遮蔽に使いつつ、枝を踏み、掴み、飛び回って接近している。
そのため、攻撃が定まらず、当たる様子はない。距離も徐々に縮まっていき、真っすぐ突撃すれば赤髪の間合いだ。
傍から見ればそうだろう。
「さあ、鬼ごっこは終ぇだ!」
木々や岩の遮蔽物が減り、広い場所へ出た直後。
最短距離で詰めに来た。瞬間、
「今だ!!」
合図とともに、三人が振り向きつつ何かを叫ぶ。
浮かび上がる大きな魔法陣。
そう、誘い込まれていた。これを待っていたと言わんばかりに。
対して、焦る様子は微塵も無く。
三人が目にしたその表情は、ニヤリと不敵に笑っていた。
真っすぐ詰めながら、赤髪は腕を薙ぎ払うように振った。
火球は霧散する。
だが、二発目は火炎球ではない。八本のナイフだ。
火炎球の陰に隠れ、風の魔法なのか、加速して男へと直進。
避けられるはずがない。まして、魔法ではなく物理的な攻撃。かき消すこともできるはずない。
その上、このコンボ技、刺さらないわけがない。そう確信していた。
「だから甘ぇんだよ!!」
その光景はとても信じがたいものだった。
身体を最小限に捻りながら、全てのナイフを指で挟み、受け止めてしまったのだ。
次の手はどうするんだ。
そう言わんばかりに真ん中の男を振り向く二人。
その動作で赤髪は決定づける。
「てめェだな?」
司令塔だな、と。
最初に蹴り飛ばしたリーダーらしき人はカモフラージュ。ただの寄せ集めに見せかけて、不測の事態にも備えていたようだ。
客観的に見れば、個としても組織としても高い戦闘能力だ。
しかしそれでも、彼一人相手に全く歯が立たなかった。
ただただ、実力差がありすぎた。
その事実に絶望し、固まってしまったようだ。
赤髪は邪魔な二人を蹴り飛ばし、
「さて」
その男の頭を片手で掴み、顔面を地面に叩きつけた。
「知ってる事全部話せ」
「は、離せ! そもそも誰だテメぶふっ!?」
「てめェに質問の権利は無ェ」
最後まで言わせず、膝蹴りを頬に打ち込んだ。
反抗すれば蹴る、関係無い事を言えば蹴る、嘘言っても蹴る。そんな雰囲気を含んだ言葉。
「1つ目。この女を狙った目的は何だ」
「知るか。ボスの命令だ!」
嘘じゃないと判断したのか、この事について深く追求しなかった。
「2つ目。透明化は魔法か?」
「あぁ!? 知るかそんなガッ!?」
みぞおちに膝蹴りが入る。気絶しない程度に威力を抑えられていた。
「知らずに使えるようなモンじゃねェだろ」
「うぐっ……ほ、ホントだって。他の奴が魔法かけてるだけだ!」
「ほう?」
ニヤリ、と口を吊り上げた赤髪男。
そこから、やっている方にしてはたったの五分で、やられる側は五分もの詰問が続いた。
ボロ雑巾のようにひどい有り様となった男は、他の不良が寝転んでいるところへ放り投げられた。
踵を返し、山を下ろうとする赤髪の男。
その時木陰から、ひょこっと現れる人が一人。
「あの……」
久藤みずなだった。
「ユーくん、だよね?」
「……」
赤髪の男は黙っている。
しばらくの沈黙の後、男は短く息を吐き、観念したかのように
「やれやれ。俺もまだまだだな」
※ ※ ※
この一件は理事長に報告し、後処理も丸投げした。
悠磨は自分が現場にいたらややこしくなると言って、現場の状況やらの説明を全部みずなに押し付け、警察の到着と同時に姿を消した。
謎の不良達が背負っていたリュックやズボンのポケットなど持ち物を漁ったところ、人数分より明らかに多い財布が出てきた。間違いなく盗品だ。スリかカツアゲでもしていたのだろう。
よくいるタイプの不良って線もなくはないが、透明化の魔法に、近頃噂の夢幻組といったことを考えると、一人で片付けるのはさすがに無理があった。
ちなみに、みずなが目を離した隙に、不良らが身に着けてた財布から少しずつお金をくすねていた。
今後の軍資金に活用するためだ、と自分に言い聞かせて。
諸々が終わり、すっかり日は沈んでいる。
みずなは安全のため、大人達が付き添いとなって帰宅した。
その様子を、悠磨は高いところからずっと見ていた。
周囲に残党がいないかの確認も兼ねていた。これ以上は何も起こりそうにないと判断した悠磨は、降りて帰り道を歩く。
「うーん。次はどんな変装にすべきか……」
さすがに安物での低クオリティな変装ではバレるか、と自己反省。
「事件解決に貢献したとか言って報酬出てくれねぇかなぁ。さすがに金が足りん」
とはいえ、人には言えないくすねた軍資金がある。多少は足しになるだろう。
ポリポリと髪を掻き、まだかつらを被っていたことに気づく。
「もうこれ外していいよな。……やべぇ。取れねぇ」
原因は接着剤だ。
激しい動きですっ飛んでいかないよう付けていたのだ。
ハゲかつらとてっぺん穴開きの赤髪ウィッグを接着剤でつけ、輪ゴムでヘルメットのように固定していた。だが、それだけだと不安だったのか、装着時に皮膚にも直接つけていたのだ。
「あぁ、うん。これは俺が悪いな」




