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第八話 人を見たら不運と思え




 結局有益な情報は得られそうになく、ただ時間を浪費し心労が溜まる一方だった。

 相変わらず俺は運が悪いなあ、と心の中で呟いていた時、



「では、最後の質問です」


 するとキリっと、先程までとは打って変わった雰囲気を纏い、静かに話す。



「男子生徒連続失踪事件ってご存知?」

「ん……? 女子、じゃなくて男子?」

「ええ、そうです。実は表沙汰になっていなくて」


 そう言いつつ、熊沢は顔写真を机に広げた。



「で、これがいなくなった人達。今分かっているので11人よ」

「へぇ……」


 悠磨は写真に顔を近づけ、じっくりと見る。

 当然ながら知り合いなんて居ない。だが貴重な情報として、きっちり頭に叩き込んだ。


(つーか男が失踪か。何で?)


 攫われるとかなら女子の方が多い、という先入観があったが、すぐに振り払う。

 まずは、何故このような事が起こっているのか知るべき。次の質問は、反射的に口から出た。



「共通点とかは?」

「2年も3年もいるし、部活もクラスも交友関係彼女歴貞操趣味性癖特技その他色々、どれをとってもバラバラ」

「何でそんなに詳しいのかは置いとくとして……」


 不穏な単語が混じっていた気がしたがスルー。



(いや、マジで何で男子高校生ばかり?それなりに力も知識もあんだし……力、労働力?)


 そして、ふと思い出す。この前の、喫茶店での話。


 ――「『夢幻組』っているじゃろ?」

 ――「そんな手口で金と人材を手に入れ、アジトを増やし、急速に拡大してったって訳だ」



 何か閃いたような様子の悠磨は、それとなく訊いてみた。



「バイトとかは?」

「……まさかそこまでたどり着いてるなんて、あなた本物ね?」

「は? どういう意味だ?」


 よく理解できず、そう訊き返すと、



「私もそこが怪しいのではないかと思ってね。で、極秘裏に調べてたの」

「いや、本物ってどういう意味だって事です」

「じゃあ偽物?」

「だから……いや、もういいです。続けてください」


 気になるが、また話が逸れて忘れられたりしたら面倒なので、続きを促した。


 そして彼女が放つ次のセリフは、悠磨にとって無視できないものだった。



「夢幻組っていうヤクザと繋がりがあったの」

「……!」


 眉をひそめる悠磨。これで喫茶店での話の信憑性が上がった。



「その反応からして、何か心当たりがありそうね」

「良くない噂なら、何度か耳にした」


 あくまで噂程度と、あえてそう言った悠磨。

 まだ、知っている全ての情報を話すわけにはいかない。熊沢が信用に値する人かが分からないからだ。


 信用、という言葉が浮かんで、また疑問が生まれた。

 この話、リスキーではないかと。なにせ、口封じされた人がいるのだから。



「そういや、なんでそんなこと俺に話したんだ?」

「あら、ホントに知らないんだ。実は先生の何人かは、あなたに疑いをかけてるのよ?」

「マジか」


 教師にも信用されていない。いろいろやらかしているので、良く思われて無いのは想定していたが、知らぬ罪をも疑われるとは考えてなかったようだ。


 すると熊沢はハッと思い立ったような表情を浮かべると、棚の一番上を指す。



「そこに参考になりそうな資料がいっぱいあると思うんだけど、取ってくれない?」

「最初に言ってくださいよ」

「だ、だって信用問題とかね」

「忘れてたんですね」


 有能な雰囲気がさっきまで出てたが、やっぱりポンコツだ、と呆れる悠磨。

 机に足を乗っけて、手を伸ばしてギリギリの位置。



「重いから気を付けてね。あとほこりも」


 箱に指が触れ、そのまま引っ張ろうとするが、予想以上に重かった。

 ほこりを頭から被るのも嫌なので、ひっくり返さぬよう慎重に、指に力を入れて少しずつ動かし、時間をかけて下ろした。


 どうやってこの人は棚に持ち上げたのか少し気になったが、今は中身が優先。


 そこに入っていた書類、写真、さらには失踪者の落とし物まで入っていた。



「どうやってこんなに?」

「企業秘密! って部活だから、部活秘密?」

「どっちでもいいっすけど、つーか部外秘ならなおさら見せちゃマズかったんじゃ」

「そう、部外秘だ! うん、そんなわけで入ってよ、新聞部に」

「すみませんお断りします」

「即答!? ていうか何で!? サッカー部か!」

「違います」

「ははーん? さては先輩のマネージャー目当てだな」

「違います」

「じゃあ同学年? みずなちゃんとか? もしくはちとむちゃん?」

「違います」

「え、じゃあ何で――――あ! 信崎くんか! ニヤニヤ」

「違ぇっつってんだろ。つーかニヤニヤって口で言う奴初めて見た」


 半ギレでツッコんだ。



「バイトしなきゃなんないんです。今、お金無いんで。今月どころか明日の食事すらピンチなので」

「あらそう。ならこのお姉さんが養ってあげましょうか」

「結構です」

「え、結婚? あらあら私こんなに好かれてたなんて――」

「だるっ」


 返しも雑になってきた。

 はあーとため息をつく。あまりのしつこさに、丁寧に喋ることをやめた悠磨。そういった部分に、彼女はつついてくる。



「先輩にこんな言葉遣いでいいのかしら」

うやまえる先輩なら、今みたいなセリフ言いませんし」


 すると悠磨は目を細め、冷たい視線を熊沢に向け、言い放つ。



「こんなちっちゃい女子を、お姉さんだと思えませんねぇ」

「ち、ちっちゃくないよ!」


 今までの余裕ぶった態度が一変して崩れた。

 対して悠磨はフッと微笑んだ。



 すぐさま熊沢は、ゲフンゲフンとわざとらしい咳で誤魔化そうとする。

 けど悠磨は、これ以上聞きたい事が無いので、というよりろくでもない会話が続きそうなので、席を立った。



「そろそろ帰ります。貴重な情報ありがとうございました」


 そう告げ、ドアを開ける。



「え、えぇ。また機会があれば話しましょ」


 熊沢も、きちんとした態度に戻って手を振っていた。






 ※  ※  ※  




 悠磨が部室を出た後、熊沢は一人不気味にニヤける。



(仕込み成功……!)


 グッと静かにガッツポーズをしていた。


 実は悠磨が棚から下ろしている最中、彼女は悠磨のリュックに盗聴器を仕込んでいた。これまで情報収集で使っていた手口だろう。


 受信機にイヤホンを指し、録音準備をする。



(ふふふ……これで何もかも筒抜けよ。これで弱み握れるわ!)






 ※  ※  ※



(――――とか思ってそうだな)


 トイレの個室に座った悠磨は、リュックを開けてその物体を手に持っていた。

 おそらく、急に接触してきた一番の目的はこれだろう。

 そして何故気づけたのか。何故この物体の正体を即座に見抜けたのか。それは不運な経験の一言に尽きる。


(あんなんでバレねぇと思ってたんか?)


 実際、リュックを開ける音はほとんど聞こえなかった。外の運動部や吹奏楽部などの音で紛れていた上に、喋り声に重ねつつ入れていたから。


 それでも、悠磨は最初から、話しかけて来た時点からずっと警戒していたのだ。

 演技のポンコツか、マジなポンコツかは不明のままだが。


(それにしても、この魔法の世界で盗聴器ときたか。違和感あるな)


 それでも、と目的地を決め、少し歩みを速める。



(さてと……工具でも買ってこようかな)


 そう考え、悠磨は雑貨屋や工具屋など商店街の様々な店を見て回っていった。



 ※  ※  ※






「はぁ……今日は来ないのかな……」


 悠磨がアレコレしている頃、みずなはいつもの修行場にいた。


 彼女は仮入部などせずにすぐ帰って、ここに来たようだ。

 朝は雨なのに悠磨は来ていたからなのか、自分はサボったような罪悪感を感じていた。



「一緒にやりたいのに。ちょっと寂しいな……」


 その上最近、あまり関わりがなく、寂しさも感じていたらしい。

 とはいえ、ただ待っているのも時間を無駄にするだけ。今までのおさらいをして、自分がやるべきことを考え、トレーニングを開始した。


 



 しばらくして、足音が聞こえる。


(あ、やっと来た――)



 ※  ※  ※



「金が無ぇ……」


 残金、105円。

 収入の目処は立ってない。


 まず、普通に生活できるのかというレベルだ。


(バイトしなきゃな。つっても、アレをやるのもな……)


 先日もらった、求人募集のチラシが頭をよぎる。

 時給はいいのだが、評判は良くないらしく、少し悩む悠磨。


 ちなみに今、そこそこ大きめのホームセンターを順番に歩き回っている。


 するとふと、目に付いたものが一つ。処分セールの棚だ。


 悠磨は心の中でフッと微笑みながら物色し、いくつものウィッグを手に取る。

 どれも一つ50円。破格の値段だ。しかしもちろん、ワケありである。



(無難な茶髪がいいかな、ってハゲてんじゃん)


 頭のてっぺんはぽっかり穴が開いている。保存状態が悪かったのか、不良品か、誰かのいたずらか。知り得ることなどできないが、そんなとこだろう、と彼はふんでいた。


(うーん、直して使えんのかコレ)


 しばらくの時間棚の前で、隣に添えられたつるっぱげの被り物を見ながら、じっと悩んでいた。






 ※  ※  ※






 振り返ると、そこに悠磨の影はない。いるのは高校生くらいの不良達と、あからさまにヤバい雰囲気を纏った男が一人。

 恰好は、中学か高校の制服に、荒々しい文字が書かれたシャツ姿の人もいる。

 得物も様々で、金属バットや鉄パイプ、ナイフなどがある。女子ひとりに対して明らかに戦力過多だ。



「先輩、こいつっすよね」

「ああ。まさかこんな人目の付かん場所に一人とは、こっちとしてはありがてえ」


 相手は12人。みずなは狼狽えている様子だ。

 予想外の展開にみずなの頭は軽くパニックを起こしていた、かと思いきや、



(ううん、自分でやらなきゃ)


 意外と早くに冷静さを取り戻すみずな。似た経験があったのか、恐怖の色は顔に出ていない。


 敵は余裕ぶっているのか、あえてじわじわ接近する。


 それを見てすぐ分かったみずな。

 わずかの時間、考えたのは悠磨の事、悠磨が教えてくれたことだ。


 剣の使い方に、この山での動き。

 このピンチを自力で脱出する方法。


(落ち着くんだ、わたし)


 スッと、呼吸が整うのを自覚する。視界がクリアになる。


 そして、相手が再び一歩近づいた瞬間―――



 みずなは後ろへ走り出した。



「お? なんだ鬼ごっこかい? この人数から逃げられると思ってんのか?」


 男は余裕の笑みを浮かべ、声を上げていた。

 すかさず追う取り巻き達。



「下手に傷を付けるなよ。ボスが怒るからな」


 嘲笑いながら、リーダー格らしき男がそう言った。

 その一言で取り巻きの顔は険しくなった。


 みずなも逃げるが、体格の差があったか。

 やがて一人、組内で一番足が速い人に追いつかれ、肩を掴まれたその瞬間――



「せやァ!」


 腰を落とし、手首を掴んで引っ張ると同時に、右手に持つ木刀で敵の足を払った。

 敵が転び、そのまま斜面を転がり落ちていく。



 そもそも彼女は、全力疾走ではない。フリだ。

 焦って逃げようとしてる、だから追いついて捕まえれば終わり。そう思わせるためだ。


 もちろん、反撃を予想しなかった男らは容易にやられる。


 止まった隙に、二人追いつく。手が伸びる。

 みずなは躱し、スネに木刀で一閃。もう一人には脇を狙って振り上げた。


「いってぇ!!」


 攻撃を受けた箇所を押さえる男二人。


 そいつらには見向きもせずみずなは再び走り出す。


 すると前方から2人迫る。1人は鉄パイプ持ちだ。

 一瞬のうちに周囲を見回すと、左は上りにくそうな崖。右は急斜面の下り坂。

 後方からはもちろん追いかけて来ている敵がうようよいる。


 みずなの下した判断は、右だ。勢いよくスライディングで滑り落ちていく。

 途中に落ちている尖った枝や葉を上手く身体を傾けて躱す。


 不良らも後を追って滑るが、それらの棘にでも刺さったのか、苦痛の叫びが聞こえてきたようだ。


 下を見て気づく。斜面は、思った以上に長い。






 どれほどの距離を滑ったのか。

 ようやく斜面が緩やかになり、みずなは身体を起こす。

 緊張も相まって荒くなっていた呼吸を整えつつ振り返ると、そこに追手の姿は見えなかった。




「ふう、逃げ切れた」


 なんとか撒いた、と一息ついたその刹那――




「つーかまーえた!」

「え……!?」


 誰もいなかったはずの背後から一人現れ、両腕を捕らえられてしまった。

 反射的にみずなは、必死に暴れて振りほどこうとする。



「なんだコイツ! 思ったより力強え!」


 腕に敵の意識が集中している隙に、みずなは素早く足を後方へ振った。

 男のすねに当たり、痛がっている。解放された瞬間――――



「っと、逃がさねえぜ?」

「……!」


 またしても何もないところから突然現れた。その数、四人。

 四肢を完全に押さえつけられ、地面に這いつくばるみずな。


 手に持っていた木刀が蹴りで弾かれる。力ずくで起きようとするも、びくりともしなかった。


 十秒としないうちに取り囲むようにぞろぞろと男らが集まってくる。



「さて、一緒に来てもらおうか。久藤さん」


 多少鍛えていたとはいえ、人数差を覆せるほどではなかった。トレーニングの疲労も重なり、普段通りに動けなかったのが痛手であったか。

 成すすべなく、絶体絶命。



 リーダーの男が近づき、眠り粉を含んだような謎の包み紙を開きかける。そして彼女の口へと当てようとした。

 彼女は睨み付け、歯を食いしばる。振り解けずもがき続けて、



「おい、大人しくしろ。さもなくば痛い目を見るぞ!」


 怒気を含んだ声を発するも、みずなはおとなしく言いなりになる様子はない。



「まあいい。どうせこれで――」




 瞬間、何かが空から猛スピードで振ってきて、リーダー男は吹っ飛んでいった。

 押さえつけていた四人も、呆気に取られた隙に蹴り飛ばされていく。



「えっ……? だ、誰だてめえ!!」


 周囲の取り巻きが叫ぶ。


 彼らの目に映ったのは、実に異様な男だった。


 赤い長髪と、赤いパーカー。

 頭頂部だけは何故か光輝いたが、水滴の反射か何かだろうか。

 瞳は紅く輝き、頬に刻まれた一本の傷がただならぬ雰囲気を纏っている。


 不敵で不気味な笑みをその顔に浮かべる。

 彼は言った。その雰囲気にそぐわぬ気の抜けた声で。



「どーも。通りすがりのハゲでーす」



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