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第五話 物事は不運の嘴の食い違い

 




 続いてやって来たのは、路地裏にひっそりと佇む店。

 小さな看板には、『珈琲』とだけ書いてある。なんとも寂しく薄暗い雰囲気で、普通の人なら気づかないか、気づいてもスルーしてしまうだろう。


 相変わらず、こんな場所を好む悠磨だ。自力で隠れた名店探しをするのも好きなのである。



「いらっしゃい」

「どうも」


 店内に客は一人もいない。店員も店長と思わしきおじいちゃん一人。

 白髪にメガネ、スーツのような黒く整った服を着て、わざわざネクタイまでしめてある。見た感じ、老紳士だ。

 若干古びている箇所もあるが、手入れはきちんとされていて悪くない雰囲気。パッと見の彼の感想は、



(昔懐かしの喫茶店、って感じだな)


 軽く見回した後、悠磨はカウンター席に座り、お品書きを見て何を頼むか少し考え、



「すいません。アイスコーヒーのS一つで」

「かしこまりました」


 注文を受けた店長は、いつもと変わらない様子で準備に取り掛かった。

 グラスに氷を入れている最中に、店内を見回したり、座っているイスをさすったりと、どこか落ち着かない様子。

 今度は視線を調理場に向けて作業を眺めていると、ふと店長から話しかけられる。



「この店は初めてですかね?」

「あ、はい」

「ふむ。私がこんなことを言うのも何ですが、人目に付きにくいはずのここをどうやって見つけました? 誰かから教えてもらったとかですか?」

「いえ、なんとなく歩いてたら見つけて、気になったんで入ってみました。自分、こういう店を探すの好きなんですよ。隠れた名店とか見つけると、楽しくなりません?」

「ほほう。それは中々、乙な趣味ですな」



 会話をしながらも、慣れた手つきでグラスにコーヒーを注いでいる。

 一分立たずして出来上がり、



「お待たせ致しました。ガムシロとミルクはどうされます?」

「一つずつ……あ、自分で入れます」


 老店長がご丁寧に入れてくれるところを悠磨は止め、小分けにされたままのミルクとガムシロップ、Sサイズでありながらそれなりに大きいグラスのアイスコーヒーを受け取った。


 早速悠磨はストローを差し、何も入れずブラックのまま少し飲んだ。

 止めた理由はこれなのだ。まずはコーヒー本来の味を楽しむ。



(うめぇ。やっぱスーパーの安物とは違ぇわ)


 深い味わいに、グッと強い香り。さらに苦味と酸味のバランスが程よく、一口飲むともう一口、さらにもう一口とついつい止まらなくなるほど。

 使っている豆がどこ産か全く分からないが、美味しければ良し。ご満悦の様子だ。


 とはいえ、彼はそこまで舌が肥えているわけではない。コーヒー好きではあるが、まだ日本にいた頃、普段飲んでいたのはスーパーで売られている1ℓ80円程度の紙パックの安物だし、カフェや喫茶店に行くのはひと月に二、三回ほど。なので何豆かとかの判別は多分できない。

 彼にできるのはせいぜい、美味しいか美味しくないかの判断くらいだ。その程度じゃほぼ誰でも出来るか。



 気付いた時には四分の一も飲んでいた。

 お次はガムシロップとミルクを入れて、ざっとかき混ぜる。ブラックでも平気で飲めるのだが、味の変化を楽しみたいというのと胃への負担を考慮しての事だ。


 強がらず、変にかっこつけてるあたり、大二病とか社二病っぽさが否めない。病にかかりすぎではないのか。もはやコンプリートしてるのでは。

 そんなアホくさいことを思いついては頭から消し、味覚に集中する。 



 ゆっくり味わっているつもりでも予想より早く減っていき、グラスの中身は半分を切る。

 店長は悠磨の前から少し離れ、洗い終わったグラスを拭き始めた。

 キュッキュッという音だけが響く中、再び店長は口を開く。


「どうです。お口に合いますかね?」

「はい。おいしいです」

「ありがとうございます」


 会話、終わり。



 お互い目の前にいて、他に人はいないにもかかわらずお喋りは少ない。

 別に、両者共に重度のコミュ障だとかではない。若干、悠磨は人見知りではあるかもしれないが。

 とはいえ、必要性が無ければ喋らないと合理的に動くし、沈黙が続くと気まずいと感じたりもしない。


 しかし、ここまで会話が無いのはもっと別の理由がある。


 店長は拭き終えたグラスを食器棚にしまい、綺麗に並べ直している。 

 それすらも終わり、しばしの静寂。するとここで悠磨から、口を開いた。



「すみません店長」


 振り向き、追加の注文を窺うような立ち振る舞いになった瞬間――



「そういえばここって何の店ですか?」


 突如として悠磨の口から予想もしなかった台詞が飛び出し、一瞬だけ店長は怪訝な顔をするが、すぐに戻して冷静に返答する。



「ん? 喫茶店ですが?」

「あー違います。そうではなくて――」



 おとぼけでも冗談でもなく、別の意図を含んでいたようで、


裏の顔(・・・)は何でしょうか? という意味です」


 わざとらしく強調した悠磨。対して店長は、首を傾げて当然のように疑問を示す。



「それは一体、どういう意味ですかね?」

「こんな路地裏で、看板はわかりづらく、しかし内装は整っていて、コーヒーはおいしい」

「それはうれしいんですが……」


 悠磨のセリフは若干チグハグしている。が、これは狙ってやっているらしい。現に店長は、戸惑いを隠せずにいた。



「今は客が俺だけ。ただの隠れた名店にしちゃ、人が少なすぎるわけですし」

「今日はたまたまですよ」

「そうですか。ではこれまで、誰の紹介も無く来た一見さんはどれくらいか覚えてます?」

「そうですな……開店したばっかの頃ならある程度は」

「最近はどうです?」

「ふむ……どうだったかな……」

「覚えてないんですか?」

「だいぶボケ始めてきましたのでねぇ。もういい歳ですから」


 客が少なければ、その分来た人の事をしっかり覚えている、と踏んでいた悠磨だったが、年齢のせいにされてはこれ以上訊いても無駄だと悟った。

 けれど、悠磨の質問はまだ終わらない。少し間を置き、落ち着いた口調で再び訊ねる。



「なるほど。では質問を変えます。どうやって生計を立てているのですか? これだけおいしいのにもかかわらず、立地条件はあまり良くなく、しかも安い。仮に雇っている人がいなかったとしても、材料費や設備費、それら含めた手間を鑑みて赤字の可能性が強いです」

「まぁ私、あまり儲けることとかに興味ないのでねぇ。老い先短い人生をのんびり気楽に過ごすだけですよ」

「なるほど。そういうものですか……」


 自虐的な微笑を浮かべて答える店長に対し、悠磨は納得する様子を見せた。だがそれはフリで、



「ですが、あなたのそれは、諦めではなく余裕のある態度なんですよ」


 穏やかにそう言い切った悠磨。人を見抜く目には自信があるようだ。



「お店を続けていられるのも、貯蓄があるから、本職もしくは副業の稼ぎがあるから、もしくは続けてもらわないと困る一個人もしくは組織からの資金援助。だいたいこんなモンでしょうが、店長さんの場合、全部そうなのでは?」

「まぁ、あながち間違ってはないですな」


 返って来た答えは、だいぶアバウトだ。しかし悠磨は根掘り葉掘り訊こうとはせず、「ふーん」と非常に小さく発した後、別の話に移った。



「あと、消臭剤の香りもいい匂いですね。たばこと酒(・・・・・)の臭い消しに相当・・使っているんでしょうか?」

「……あー昨日あっちの酒場に行ったからですかね」


 ごく薄っすらと鼻に差す匂い。たったそれだけでカマをかけてみたが、悠磨の予想は当たっていたらしい。



「次からは無臭型の消臭剤使うことをお勧めしますよ。コーヒーの香りに混ざってしまい、気になっちゃう人はいると思いますし」

「ふむ。忠告どうもですな」


 とここで、店長は軽い礼で話を区切らせにくる。

 平然を装っている。顔に焦りの色は一切浮かんでいない。



 だから気づいた。

 こいつはこれ以上この話を続けさせないつもりなんだと。


 僅かに口の端を吊り上げた悠磨は、話を変えさせまいと相手が口を開く前に言い放った。



「どれだけ消臭剤撒いても、鼻の利く人間は嗅ぎ取ってしまうんですよ。例えば……」


 ニヤリ、と悠磨は笑ってこう続ける。


「一度染みついちまうとなかなか消えない、裏社会の臭い(・・・・・・)ってヤツは」



 ピクリ、とほんの少しだが眉が動いた。

 けれども返答はこれまでと打って変わって、否定しにくる。


「まさか。うちはしがない喫茶店ですよ」

「俺の鼻は誤魔化せねぇ」


 即座に冷たく言い放った悠磨。唐突な変貌ぶりに店長は一瞬委縮してしまった。

 空気が、変わる。

 その後フッと悠磨は微笑を浮かべ、言葉を発した。



「そんで、裏社会の臭いってヤツは一度染みついちまうとなかなか消えねぇんですよ。どんだけ消臭剤撒こうが鼻の利く人間は嗅ぎ取っちまうんで」


 少しずつ、悠磨の口調が崩れていく。


 理由の一つは、揺さぶり。

 さらに、自分が何者か悟らせないこと。

 しかし、同時にアピールの意味合いも込める。



「夜は酒場で働くか通うかして、酔っ払いの口からこぼれ出る情報を、欲しい奴に売って儲ける、とか。あり得る話ですよね」


 丁寧よりも馴れ馴れしい口調の方が聞き出しやすいとか、喋り方によって態度を変えるかとか、それらをうまく探る意図もあるが、とにかく強気な姿勢だ。

 何日も通い、少しずつ時間を掛けるべきかもしれないが、今は時間がない。だがそれでも焦らず慎重に大胆に。



「騒ぎに紛れて情報を売るっつーのも悪くはねぇが、聞かれてマズいモンは小声にしないとですね」


 ただの情報屋であれば、そう簡単に動揺はしないし、ボロも出さない。放たれる一言一言が商品となり得るからだ。

 けれどもただ暴いて、それで終わりするつもりなんてなかった。

 彼の目的のうちの一つ。情報屋にとっての商売相手になること。



「最初に訊いた時、あなたは即座に喫茶店だと答えましたね。どういう意味なのかと訊かずに。それはつまり、以前も同じように訊かれた事があったのでは?」


 いくら悠磨といえど、本物の情報屋相手に会話だけで暴くのは至難の業。

 他人でも通じるやり方をしないのは、ただの他人と思わせないため。そして、「もう既に分かっているぞ」と勝手に押し付けている。本物の情報屋だとはまだ分からないにもかかわらず。

 これら一連の行動は、悠磨自身の経験則によるもの。わずかな情報と、不運に打たれながらも積み上げてきた己の感覚を頼りに、進めている。




「……」


 ついに、老店長は口を紡いだ。

 だが表情に変化は無く、汗一つとしてかいてない。



 一瞬の静寂が訪れる。


 次に動きがあったのは店長。



「さて。そんじゃ、死んでくれ」


 音もなく、何の前触れもなく老店長は懐から拳銃を取り出す。

 次の瞬間、微動だにしない悠磨の頭に銃を突き付け、バァン!! と銃声が店内に轟いた。




 ※  ※  ※




「あれ? ユーくんがいない……」


 みずなは一人、最近の修行場である山にいた。



「先に帰っちゃったから、ここにいると思ったんだけどな……」


 放課後、クラスの人とおしゃべりしている間に、悠磨はいつの間にか消えていた。ならば先にここに来ている、と考えていたらしい。



 今日はこれといった指示はされてない。けれどここでの修行は、坂道ダッシュや受け身、筋トレや体幹トレーニングなど悠磨が強調する基礎トレーニングの繰り返しだ。どっかの部活がやってそうな地味なメニューばかりだ。



「先に始めよっかな」



 大半は一人で出来るやつなので、悠磨を待つ必要性は無い。

 みずなはこれまで通りストレッチから始め、悠磨から教わったメニューを一人でこなしていった。




 ※  ※  ※




「ほほう。なぜ避けんかった」

「その銃、空砲だろ? 見りゃ分かる」


 額に当てられた銃口からは何も出なかった。


 確かに、店長の動きは無駄がなく、抜いてから引き金を引くまでの時間は非常に短かった。

 だが、悠磨は動けなかったのではない。動かなかったのだ。



「殺意も敵意も感じなかった」


 一言、ただ一言を一切変わらぬ口調で発する。先程から変わらぬ穏やかな顔で。

 銃口を向けられようがどデカイ発砲音が響こうが、動揺なんて一切表に出なかった。



「ま、たまたま実弾が入っちゃってた可能性も考えて躱す準備はしてたさ」

「……ハハッ!」


 店長は、陽気に笑った。



「こりゃまいったなぁ。全部見抜かれてたんですか」


 やっと認めたようだ。情報屋だということを。




「さてと。まぁせっかく見破ったわけだし、初回サービス。タダで一つ情報をあげましょう。どんな情報をお望みで」


 悠磨は、待っていたと言わんばかりに、はっきりとこう答えた。



「いいバイト先を教えてください」




 ※  ※  ※




 時刻は午後四時半を過ぎた。



 夕焼け色が空を染め、吹き付ける風が少し冷えて肌寒く感じ始める頃。




 教わったメニューを一通りこなし終えたのは二十分前。今は二セット目に突入している。

 汗で一層寒く感じながらも黙々と続けていたみずなの口から、一言こぼれた。




「……まだ来ないの?」




 ※  ※  ※




「おや? ここまでしたのに、そんな情報でいいんですかね」

「いいんですよ。自分、金欠なんで。生活のためってのもありますが、次からはしっかりお金を払わなければなりませんし」



(そもそも、タダでくれる情報がまともな情報なのか怪しいし、それに価値ある情報なら、手に入れるのに苦労した情報ならそれこそきちんと対価を払うべきなんだよな)


 だから、今はまだ、ワープ野郎の情報は訊かない。そう決めていた。



「さてと。確かバイトですよね。どんなのをお望みで」

「時給1000円以上で」



 それを聞いた店長は店の奥に入ると、分厚いファイルを引っ張り出してきた。

 中には様々な広告があり、指定された条件のページを見ていく。



「一つ、あるんだが……」


 躊躇いの様子。あぁ、ブラックだな――と悠磨は思った。



「いい噂が無くてな」

「どんなです?」

「『夢幻組』っているじゃろ?」

「え、(無限)組? 学校のクラスですか?」


 いきなり初めて聞く単語を耳にし、反射的に返してしまった。

 バカな返しに呆気に取られた店長は、しばらくしてあることに気づき、訊ねる。



「え、知らん? この辺じゃ有名なヤクザですよ。もしやお主、この街に来たばかりですか?」

「あ、はい」

「知らんのか……。まぁ売り物じゃないからタダで教えますけど」


 悠磨は「ありがとうございます」と軽くお辞儀して話を続けてもらった。



「まぁ簡単に言うと、ヤンキー集団だ。しかもほとんどがハンターに成りそこなった者。試験で落ちたり、ハンター科だったが普通科に落ちた奴ばっかりだ。で、この街以外の高校の奴らも混じってる」


 ヤクザなの? ヤンキーなの? と訊き返したくなったが、ここは相手の話を続けさせることにした。


「昔は、やさぐれた若者の拠り所ってだけだったんだが、最近は恐喝まがいの事もしてる。仮宇土高校にちょっかいもかけている。そしていつの間にか、いち組織とまでなった」

「なるほど」

「やっかいなのは、公になった犯罪が無いのですよ。証拠もほとんど残らず、被害も大きくない(・・・・・)ように見せている(・・・・・)から、警察も注意する程度しか出来なくて」


 ため息混じりに店長は言った。



「それでだ。実はこのバイト、バックにこの組織が関わっているんです」


 あまりいい顔をしなかった理由は、これらしい。


「職種は派遣。で、建築系だとわざと設計ミスをして、手抜きの責任を現場の人、特にバイトの人に押し付けて罰金払わせたり、タダ働きを強制させる。物品や什器じゅうきの搬入出であればわざと壊れてる物を運ばせて、壊した責任を押し付けたり、連帯責任とか都合のいい事言って関係ない人も巻き込んだり」

「うわっ……ベタな詐欺やん」

「そんな手口で金と人材を手に入れ、アジトを増やし、急速に拡大してったって訳だ」

「人材ってかほぼほぼ奴隷じゃないですか」


 思わず悠磨は苦い顔を浮かべる。不運な彼であれば速攻で巻き込まれかねないだろう。



「なるほど……。そんな事態になってると警察が把握してない……ですよね。公になってないという事は」

「まぁ、そうですね」

「で、その情報はどこから仕入れた、というか被害者の方の供述ですよね?」

「そうです。が……その方は行方不明になりまして……」

「やっぱりそうですか。下手に広めようとすれば口封じに会うと」

「察しがいいですな。ちなみに、このことを教えたのはあなたが初めてです」


 意外感を覚える悠磨。なにせ、今日が初対面で、信頼関係をまだ築けてないのにだ。



「まあ、所詮はタダの情報です。信じるかどうかはあなたに任せます」


 悠磨の疑心暗鬼な態度に対し、店長は最後にそう付け加えた。


 あごに手を当てながら、一瞬「なるほど……」と逡巡した悠磨は、



「そうですね。自分も独自のルートで探ってみます」


 そう言うと、残りのコーヒーを飲み切り、席を立つ。

 伝票を持ち、会計をする前に、悠磨は言い放った。  



「その求人票、一枚くれますか?」




 ※  ※  ※




(ネットが無ぇとこんなに不便なんだな)


 あまりにも今更だが、現代技術のありがたみを身に染みて実感していた。




(つっても、あのスパイはやられちまったし。どうするか)


 入学試験の時、活動していたスパイ二人。彼らも組織の人間だったのかもしれない。だが、彼らはもういない。



(情報買うにも金がいるし、バイトもなんか怪しいし。つか、もうちょい深く追求してくりゃ、情報を売るっつー名目で金入ったかもしんねぇのにな……)


 そもそも悠磨は、核心的な部分は実は言っていない。例えば、喫茶店の情報屋をどうやって見つけたとか、空砲だと何故分かったか、どうやって銃弾を避けるつもりだったのか、など。

 ハッタリを交えたり、うまくぼかしたりして喋っていたのだ。




(しっかし、動揺の隠し方が上手すぎるだろ。ありゃ、大分修羅場くぐってきたっぽいな。初手ミスってたら、どうなってたか)


 セリフが若干ちぐはぐだったのは、わざと戸惑わせるため。アメとムチ、というほどではないが、追及と称賛を不自然に混ぜて、反応を窺う。要は相手の予想の外から訊き、巧妙に隠そうとする(・・・・・・・・・)部分を掘り起こすため。駆け引き時に不意打ちで使う、悠磨の手の一つだ。

 普通の人ならもっと動揺するところで動揺しなかったからこそ、分かったのだ。



 しかし、本来なら少しずつ打ち解けるべきなのに、こんなにすんなりと認めたことに違和感を覚える。

 そもそも、情報屋じゃないと否定の一点張りだったらそれでおしまいであった。こちらには証人も証拠も一つとしてないから。


 ここまで上手く事が運んだからこそ、不運たる悠磨は疑念を抱かずにはいられなかった。




 そしてもう一つ。まさか、自分以外に知る者がいない情報を無料で提供するとは考えてない。



(……一部嘘が混じってるっぽいな。胡散臭さが無ぇから、余計に胡散臭ぇ。つーか訊いたのってバイトだったよなぁ。何であんなこと教えてきて……俺に面倒ごと押し付けたとか、そんなとこか? 俺が知らんっつートコつけこんで、ガセネタで上手く誘導でもするつもりか?)


 悠磨は当然、鵜呑みになんかしていなかった。今すぐにでも裏付けたいが、他の情報源が少な過ぎる。


(しゃあねぇ。じっくりやるか)


 様々な憶測が頭の中で飛び交うが、どれも決定打に欠ける。とりあえず、と得た情報を要点絞ってメモした。

 歩きながらまとめ終え、五分ほど進むと大通りに出た。


 これ以上悩んでも結論は出ないからと、気持ちを切り替えようとした。



(あれ、なんか忘れてるような……)


 ふと感じながら、商店街の中を歩いていた時、




「……ねぇユーくん。どこ行ってたの?」

「あ……悪りぃ」


 明らかに不満顔を浮かべているみずなと会った。

 ジャージが若干汚れているのが目に入り、自主練してたんだなとすぐに気づいた。



「お疲れ様です」

「あ、お疲れさま……ってそうじゃなくて!」


 一言あいさつを交わし、そのまま去ろうとしたらみずなに勢いよくツッコまれた。 



「どこいってたの? ずっと待ってたのに……!」

「あーすまん。調べモンとか、まぁいろいろ」


 言い淀む悠磨への視線が鋭くなっていく。だが教えるワケにはいかなかった。

 クルっと踵を返し、軽く手を振りながら、



「んじゃ、俺は帰るわ」 

「え? 今日の修行は……?」

「いや、もうやったんじゃねぇの? 疲れてねぇのかよ」

「すごく疲れたけど……」


 おそらく、悠磨はやらないのか、といった事を言うつもりなのだろう。



「ま、今日は自主トレってことで。お疲れさん」

「え、うん……、あ、明日は?」

「好きな時間に、てかしばらくは一人でやってていいぞ」


 と、それだけ言い残してその場から離れた。




(マズったな……。組織、か)


 一体何が彼をそう思わせたのか。


 ごく自然な動作で、右後方にあるパン屋さんへと振り向く。



(……チッ、やっぱ見られてたか。一人……もういねぇや)



 店の奥から嫌な視線を感じたのだ。けれどみずなと離れた瞬間、その気配は消えてしまった。


 みずなと会話している所を監視されていた。なのでお喋りを早く切って、誰だったのか、目的や組織との繋がりなどを訊き出そうと考えてたのだが、一足遅かったようだ。


 なかなか思い通りに事が運ばない。不運だから多少は仕方ないと彼は思う。


 けれど、出来る事は少ないながらもある。だから今出来る事を進めるしかないと、気持ちを改めた。



(あの喫茶店、しばらく通って見極めるっきゃねぇ)


 悠磨は試しているのだ。相手が価値ある情報を持っているか、信用していいか、関わるに値するかなど。

 そして、忘れてはならないことがもう一つ。

 こちらが試す時、相手もまた試している事を。




 ※  ※  ※




 悠磨が喫茶店を出てから三十分後。客が一人もいない静まった店内に、カランコロンとドアのベルが鳴り響く。



「いらっしゃい」


 入って来たのは、黒の髪に、毛先が白みがかった男。グレーのジャケットに紺のジーパンと、カジュアルな服装に身を包んでいる。

 彼は真っ直ぐカウンターの椅子に座ると、



「いつもので」

「かしこまりました」


 常連かのような振る舞い、というより常連なのだろう。店長も準備を始めた。



「さて、早速本題だ」


 男はカウンターにお金を出し、こう訊く。



「『天倉ゆうま』、どうだった」

「あなたの想像通り、外からの人間ですね。『夢幻組』を知らなかったらしいです」

「ほう。んで、どれくらい吹き込んだ(・・・・・)?」

「バイトを紹介して欲しかったようなので、アレ(・・)と一緒に全部話しましたよ」


 すると男はククク、と不気味に笑う。


「ここまで思い通りにいくとは。なんて都合のいい」


 ここでカタッ、と男の前にグラスが差し出された。いつも通りの、ミルク多めのアイスコーヒーSだ。

 男は一口飲み、口を開く。



「アイツは情報を得るためにスパイを生かした。それを失った今、新たな情報源を探すのは必然だ」

「ですが、ここが見つかるとは思いもしませんでしたよ」

「一度戦ってすぐわかったよ。俺と同じニオイがしたから」


 とここで男は顔を上げる。すると、ふとシンクの洗い物入れに目が行った。

 悠磨が飲んだコーヒーのグラスだ。



「ん、あれって……天倉もアイスコーヒーのSか?」

「それは追加料金ですよ」

「ちっ、ぬかりねぇなあ」


 愚痴をこぼしつつもお金をだし、先を促した。



「その通りです」

「……それだけか。ていうか他は?」

「コーヒー一杯だけですね。細かい注文もせず……ミルクとガムシロを自分で入れたってことくらいですね」

「そうか。まぁいいや」


 どうやら求めていた情報は無かったらしく、男はため息をついた。



「あとそうだな……お前から見てアイツはどうだった」

「追加料金」

「またかよ! ったく」


 悪態付きながら男はバシンとカウンターにお金を叩きつける。 

 金額を確認した店長は、それに見合う分の情報を頭の中で精査し、やがて口を開いた。



「まず、彼はそれなりに鼻が利くみたいです」

「そりゃあそうだ。ここを一発で嗅ぎ付けたんだしよ」

「それもそうなんですが……物理的にも鼻が利くらしいです」

「ん? どーいうこった?」

「いやだから、臭い消しを使ったのにもかかわらずたばこと酒に気づきましたから」

「ぶひゃ、はは! なんだそりゃ! 犬かよ!」


 何か可笑しかったのか、男は爆笑しだした。

 しばらく笑い声が響き、店長は収まるのを待ってから話を続けた。



「あと、話し方がだいぶ変わってましたね。丁寧語でしゃべっていたのに、ところどころ言葉遣いが荒くなったり」

「で、他は?」

「勘は鋭いですが、それだけです。賢いフリしていますが、理詰めには弱いと思います。実際、大した交渉術は使っていませんでしたし」

「ほう。そりゃ、いいこと聞いた」


 コーヒーを一口飲みつつ、男は邪悪に微笑んだ。



「それで、次はどうするのです?」


 そう訊く店長に対し、男は再び金を出す。



「天倉がバイトに入ったら、早急に教えろ」


 今度は前金で依頼した。しかもそれなりの額。



「承知致しました。ところで、知った後はどうするんですか?」


 男はニヤリと笑い、こう告げた。



「決まってんだろ。久藤の前に、まず、天倉ゆうまを抹殺する」



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