第三話 不運去ってまた不運
気がついたとき、悠磨は車の中にいた。
手が縛られていた。だが、足は縛られてない。
さっき買ったマンガを入れたリュックは、背中にはなかった。
隣に二人。左側にいる人は鼻血でも出たのか、鼻にティッシュを突っ込んでいる。
というか、さっき殴って、顔面に膝蹴りをくらわせた人だった。
運転席に一人、助手席に一人。二人ともがっしりした体格。さっき悠磨に素手で向かってきた人たちだろう。
車の外は森。車のライトが照らすところ以外は、真っ暗でなにも見えない。
今は何時なのか、ここはどこなのか気になり、正面のカーナビを見る。
現在地は分からなかったが、時刻は九時半をさしている。
(本屋を出たのは八時十五分くらいだったな。てことは、一時間くらい寝てたのか)
ここで、当然の疑問が頭に浮かび上がる。
(そもそもなぜ俺を拉致した?)
直接聞くしかないと思い、前を向きながら、悠磨は少し強めの口調で、
「どこに向かってる。なぜ俺を拉致した」
返事はなかった。正確に言えば、運転手以外が一瞬悠磨を見たが、何も言わず元に戻った。
だが、あらためて顔を確認したので、確信した。
日本人の顔ではなく、アメリカか、ヨーロッパの人だと。
(無視じゃなく、日本語が分からねえってことか。なら英語で聞くか)
同じように少し強めの口調で、
「Where are you going? Why did you abduct me?」
「Shut up!!」
左にいる男が、黙らねーと殺すぞ、と言わんばかりのかなり強い口調で返してきた。
悠磨は黙って俯いた。びびったからではなく、足元を見て考え事をしているからだ。
――そもそもなぜ足を縛らない? ただのミスか? それとも意図的なのか?
意図的ならば、自分の足で移動させるためだろう
なら、俺の事知らないのか? 俺の素性を知っていりゃ、もっと厳重に縛るはずだ。足が動くなら余裕で逃げられる
いや……知らないなら、ただの誘拐に銃まで準備するはずが無ぇ
というかさっきの路地で、俺の行動をだいぶ先読みしていたし……計画的犯行か?
目的はなんだ? 俺を知っているなら、過去の因縁とかそのあたりか?
いやだが、知っているなら足を縛らない、なんてことはしねぇはず。
知らねぇとすりゃ金か、臓器か……
クソ! 矛盾する点が多すぎる! 目的も分かんねぇ! もう少しヒントがあれば……。
そう考えていた時だ。キイィィィンと急ブレーキの音が響きわたるや否や、大きな衝撃と衝撃音が生まれる。車が何かにぶつかり止まった。
慣性で身体が前に吹っ飛ぶかと思いきや、ちゃっかりシートベルトを締められていたので、前のめりになっただけで済んだ。
ちなみに横の二人はベルトをしておらず、前の座席に顔面からぶつかり、情けない声を発する。
だが当然、悠磨には悠長に笑ってられる余裕はない。
それはこの男らが怖いから――ではなく、真正面のそれが原因だ。
そこには――――
(な……なんだよあれ……!?)
暗くて細部までは見えなかったが、車と同じくらいのサイズ、見た目は恐竜に似た、人間の頭を丸ごと喰えそうな、口の大きなモンスターがいた。
それは現実では見たことのない、逆にアニメやゲームで出てきそうな、いかにも恐怖と絶望を与える感じのフォルム。
おそらく車と衝突したのはコイツのはずだ。だがダメージを受けた様子は一切ない。
それどころかガラスに頭を突っ込んで、それを喰っている。口に入れて平気なのか、と考える暇はなかった。
男四人は、即座に銃を持ち、車から降りて、銃をそのモンスターに撃っていた。
三人はハンドガン。残りの一人はアサルトライフル。
ドンッ、ドドドドドッ――と銃声が響く。
その表情に恐怖などなかった。銃弾をぶっ放すのが趣味と思えるような顔で、
「Hahahahahahahaha!!」
悪役のような笑い声をあげて、銃弾を撃ち続けている。
だが、弾丸は皮膚を貫通できず、キインッと硬いものに当たったような音を立てながらはじかれていて、全く効いていない。
モンスターは右にいる男二人に振り向き、じっと見つめている。
(今のうちに……)
悠磨はまずシートベルトを外す。次に左のドアポケットにあったナイフを足でシートに乗せ、後ろに縛られている手を器用に動かし、なんとかして縄を切った。
今度はシートの下に銃とか武器がないか確認する。そこには、自分のリュックがあった。
それを引っ張り出し、持ち上げた時、なにかが落ちる。
「危な……ッ!」
それはハンドガンだった。六発装填できるリボルバーだが、弾薬は入ってなかった。
(弾薬探さねぇと)
そう考え、行動に移そうとしたその時、
「Ahhh――!」
男の叫び声が聞こえ、振り向いた時にはモンスターに頭を噛み千切られていた。
喰われたのは運転席にいた筋肉質の男。血飛沫をあげながら、残った胴体はバタッと倒れる。
頭を飲み込んだ後、その胴体も口で軽々と持ち上げ、そのまま丸呑み。
だが、ここで悠磨は予想外の光景を目にする。
もう一人の筋肉質の男はモンスターのしっぽの付け根をつかみ、押さえ込もうとする。
(なんで逃げねぇんだ!? 怖くねぇのか!?)
そして、尾の先端を踏みつけながら、腕と身体を使って締め付け、動きを押さえた。
残りの二人は急接近し、モンスターの腹に向けて至近距離で銃を撃ち続けている。
普通の人なら、恐怖で足がすくんで動けなくなってもおかしくない。
だがこいつらは、仲間が殺されたにもかかわらず、全く臆せず果敢に攻めている。
いや、もしかしたら敵討ちかもしれない。
(よく分かんねぇが、今が逃げるチャンス!)
弾薬を探すのをやめ、リュックにハンドガンを入れる。
そして車の左側から出ようとしたその刹那――
銃声がピタリと止んだ。再び振り返ると、弾切れ――ではなく、二人の腕ごと銃を噛み千切り、飲み込んでいた。
いつの間にか、筋肉質の男は吹っ飛ばされていた。
モンスターはその男に近づき、大きく口を開く。
男はその口を腕で押さえ、喰われまいと必死に抵抗したが、二秒も立たずして呆気なく喰われた。
残りの二人は腕が無くなって戦意を喪失したのか、全く動かず、叫び声すら上げずに一人、また一人とヤツに飲み込まれていった。
肉体は残らず、血だまりと薬莢だけが周囲に散乱する中、モンスターは悠然と立っている。まるで、人間の無力さを強調するかのように。
あまりにも非現実的な光景を目の当たりにし、悠磨は呆然としてしまった。