番外編 不運と書いて、オチと読む
入学試験の実技が終わり、学校で解散した後のお話。
(あー腹減った。カロリー〇イトだけじゃ足んねぇや)
家への帰り道、商店街を歩いていると、おいしそうな香りが漂ってくる。それに合わせるように、悠磨の腹がぐーと鳴った。
「残り52円でどうしろってんだ……」
財布の中身に悲観の眼差しを投げながら、ボソッと小声で呟いた。
この世界でのお金の単位は、まさかまさかの円だ。レートはだいたい1:1。
しかし財布に入っている諭吉は使えない。数枚の諭吉先生もここではただの紙切れだ。写っている人物もただのおっさんでしかない。
万札に写ったただのおっさん、略してマダ……ではない断じてこの人に限ってそんなことない。そういやと思い出した、今この世界で使われてる万札のおっさんは知らないおっさんだが、ひげ面にグラサンで、ってかこれ完全にマダオじゃねいやいやあのマダオとは似ても似つかないほどかっこよさあってマダオっぽくてもマダオオーラないしそっちのマダオじゃなくてあっちのマダオだから、で結局マダオって何だ。
と、ぼっち連想ゲームでもしてんのかってくらい馬鹿な事を考えて歩き続けるも、まだお腹は空くし、まだお金を稼ぐ方法は見つからない。さらに理事長から借りたお金もほぼ使ってしまい、このざま。こんな駄菓子しか買えない程度で、どうやって食いつなげばいいのか。
すると、うまそうな肉の香りが一層増す。
よだれが垂れそうなのを堪えつつ匂いの漂う方へ顔を向けると、古臭さのある建物があった。
看板には「肉の木下」。壁はだいぶ剥げていて、看板も赤に白の文字で書かれたものだが、かなり色があせていた。
だが悠磨にとってそんなことはどうでもいい。見た目より味、というより食えればいい。とはいえ、いくら50円でじゃせいぜいサイドメニューくらいだろう、とたかをくくっていたその時だ。
こんな張り紙が目に入る。
ジャンボステーキ
チャレンジャー求む!!
「へぇ、大食いチャレンジか。こういうの、一回やってみたかったんだよなぁ」
大きく張り出されていたのは、超デッカいステーキ。重量は3kg。
三十分以内に完食すればタダ。しかし失敗したら2000円のお代を支払うことになるのだ。
脇に小さく貼ってある時給900円のバイト募集の紙を見つつ、中に入る。
失敗したら、皿洗いコース確定だな――そんなオチが頭に浮かんだが、引き返すという選択肢はもう頭になかった。
ドアを開け、カランカランと心地いいベルの音が鳴り響く。
「いらっしゃーい!」
一人の野太いおっさんの声が出迎えた。
内装は木製のテーブルや椅子が二組。あとはカウンター席で、古い定食屋の雰囲気があり、席はガラガラ。家族連れ一組と常連っぽいおじさん一人だ。
早速カウンター席に座り、メニューを見る。オススメと大きく書かれたごん定食は600円、一番安いのは焼肉丼で200円。割とお手頃ながらボリューミーだ。味の評判は知らないが。
だが、今の残高では当然足りない。
まずは店長だと思われる、顎に立派な髭を生やし、いかしたグラサンを掛けたツルっぱげのいかついおっさんを呼び、
「ハゲじゃねえ! これはスキンヘッドだ!」
「あのすいません、誰も何も言ってませんけど」
開口一番がツッコミになるとは、予想もしなかった。
なぜ心の内が読まれたのか、と思い、だが一瞬で気を取り直した悠磨は咳払いをして、あのデカ盛りメニューについて話を訊いてみた。
「あのジャンボステーキって、成功した人いますか」
すると店長は笑顔でこう答えた。
「いーや、今んとこはゼロだな。なんだおめぇさん、挑戦するんか?」
少し迷う素振りを見せると、突然ぐーっと大きな腹鳴りが生じた。
「ぶふぁははは――! 腹は準備万端って言ってやがるぜ!」
面白いタイミングに、他人に聞こえるほど大きく鳴ってしまったのだ。店長は大爆笑する。
悠磨もつられて軽く笑い、数秒経って、
「んじゃ、やります」
「おうよ! 久しぶりの挑戦者だぜ!」
と、はしゃぐように調理場へ駆け込み、他の注文が無かったからだろう、すぐに調理を開始した。
※ ※ ※
料理を頼んで三十分ほど経つが、本を読んで待っていた。
サラダなどの他のメニューは頼んでないため、すぐ近くからのいい匂いが自分の意思に反して腹がぐーぐー鳴る。水だけでは足りないが、だからってがぶ飲みは愚の骨頂。お約束のオチへまっしぐらだ。
「はい、お待ちどぉさん!」
元気な掛け声と共に、カウンターを揺らすほどに勢い良く置いた。
悠磨は美食家ではない。食えれば基本なんでも良し。感想なんて「うまい」の一言で終わる。だか決して語彙力が貧弱なワケではない。貧弱なのは、今の財布の中身だけ。
皿洗いオチにはなんねぇぞ、と意気込む。同時に彼のお腹は、早くしろと言わんばかりにぐーぐー鳴るが、生理現象だろうが不運だろうがもういいや、と悠磨は諦めて隠そうともしなかった。
店長が「よーい始め!」という掛け声と共にストップウォッチを押した瞬間、悠磨はがっつくように勢いよく食べ進めていく。ペース配分なんて、彼にはどうでもよかったのだろうか。
否、いつどんな不運が起きるか予測できない以上、出来る事は早めに進めるのだ。夏休みの宿題で言えば、夏休みが始まる前にもらったらがっつり進め、夏休みが始まって一週間までにはほぼ全て終わっていて、夏休み最終日の前日に失くすわコーヒーこぼすわ、だが一回やった事だからすぐ終わる、念のためスキャンとかでバックアップとってあるで速攻で片付け、だが雨だ風だ台風だ、その自然の脅威すらも耐え、しかし先生が失くしておまけに出したという記録はされておらずおまけのおまけに先生が覚えていないため――と。その後の展開は……まぁだいたい読めるだろう。
悲しいな。どうしてこんな事思い出しながら食事しなきゃいけないのか。ぼっち飯は余裕であってもこれは辛いな、胃がもたれるだろうな。
※ ※ ※
十分もしないうちに残りは半分となる。開始直後のデバフはとっくに解消されていた。
「おー! なかなか早ぇじゃんか。見た目の割には、大食いなんだなぁ」
体格とは裏腹に速いペースで皿の上が減っていく。これに店長は驚き感心すると同時に、褒める。
がしかし、次にはニヤリと怪しげな笑みを浮か、こう言葉を続けた。
「けど、本番はこっからだぜ?」
そう、本格的に厳しくなるのはここからだ。腹に溜まっていくから、だけではなく――――
(ふ、そろそろこの味に飽きて来たろ)
濃い味付けで油もぎっしり。最初の内は美味しいだろうが、後半になるにつれ飽きる、というより気持ち悪くなっていく。
悠磨も例外ではないようで、箸の進むペースが一気に落ちてきたのだ。
すると悠磨は水を一口飲み、
「すいません。醤油とか塩とかってありませんか?」
だが店長は顔を渋らせて、こう返す。
「あぁ、済まんな。この紙にも書いてある通り、調味料は出さない決まりにしてんだ。結構前に、何が何でも元を取ってやろうと、醤油やらお酢やら全部ぶっかけた野郎がいてな」
「とんだクソ野郎ですね」
不運にも、バカやらかした奴のせいで、悠磨の望みは叶わず。
マジでだらしがないお馬鹿なお客さん、略して以下略。
誰なのか一切知らん奴に恨み言を言おうが言わまいが、この現状が変わらないのは重々承知している。なので悠磨は、次の手を使う。
「なら、持参の物ならありですか?」
「え? あぁ、別に有るんだったら構わんが」
言質は取った。
すかさず悠磨はリュックのチャックを開ける。
取り出したのは、わさび、からし、しょうが、にんにくなどの小袋。それらのチューブ系も。
そこで終わらず、今度は唐辛子、紅ショウガ、ハバネロ、何かドクロマークが描いてある謎のもの。
さらに百均のケースを開け、中からミニボトルに入った醤油とソース、などなど。
全部使うつもりはないが、時間制限があってメンドくさかったからまとめて取り出したのだ。
とにかくいろいろ出てきた事に、店長は驚きを隠せずにいた。
「おまえさん、準備してきたんか……」
「いえ、常に持ち歩いています」
「お、おう」
ともかく、それらを上手く使い分け、味の変化や刺激によって食欲を増進させた。
――――二十分後
「ふう、ごちそうさまでした」
「……まじか。こりゃたまげた」
苦しくて、ついグフッ、と軽いげっぷが出てしまった。
しかしずっしりと、三キロもあった塊はきれいにペロリした。
たまたまいた客の数人も、チラチラとこちらを窺っている。
店長はしばらく残念そうにがっくりと項垂れていたが、
「いや〜まいった。俺の負けだ」
にかっと笑い、負けを認めた。
利益的にはもちろん赤字。というかこの店の場合、経営難になりかねない危うさがある。要するに繁盛していなさそうなのだ。
けれども、男らしく潔い人なのだろう。
調味料の使用禁止は、苦渋の判断だったのかもしれない。
だが、あれは決して卑怯な手口ではない事は、悠磨も分かっていた。だから「ざまぁみろ」なんて思うことも無い。
しいて言うなら、「ごちそうさまでした」と感謝を述べるだけ。タダ飯をいただいたことに対する。
いやもちろん、「美味しかった」の意味もあるはず。きっと。多分。おそらく。
「さて、景品持ってくっか」
店長はそう告げ、店の奥の方に行った。
景品とは、この店の商品券2000円分だ。しばらくは飢えをしのげる。
もちろんお代はタダ。
サラダやジュースなどを頼んだりはしてない。ここで使えるお金が足りない以上、お約束の皿洗いオチにはならぬように考えている。至極当然な事だが。
ふと、トイレに行きたくなった。それは単なる尿意であって、決してリバースしに行くのではない。
この後何しようか、などを考えながら立ち上がった瞬間、
「え?」
足にテーブルが引っかかり、傾く。スルッと流れるように皿が落ちていき――
すかさず身体を投げ出し、手で皿をキャッチ。
だがしかし――――
「ヤベッ……!」
ドンガラガラッシャーン――――……。
ステーキの皿はタレと油によってツルンと見事に地面へ激突。テーブルの上にあった物も全てひっくり返り、皿とグラスの破片がとっ散らかってしまった。
慌てて店長が参上するが、開いた口が塞がらない。
そりゃ、この惨状だもの。
結局最後、皿洗いする羽目となった。
というか皿もグラスも割っちゃって、洗い物が減った。
なので皿洗いに終わらず、店内の清掃も、それすら終わると今度はトイレ掃除。
合計で約四時間。というか閉店までずっと。チャレンジは成功したのに、お約束と言わんばかりのこの不運だ。いやむしろ最初の予想よりヒドくなってる。
店を出る時店長から、「二度と来ないでくれ、」と涙目ながらに呟くのが耳に入った。
そりゃそうだ。巨大な肉をさらっと平らげられ、肉代も食事券もかっさらっていき、おまけにお皿をパリーンだ。店の損失、いくらだろう。
だが悠磨だって、やりたくてやったわけじゃない。いつも通り、さらりと不運が通り過ぎていっただけだ。
マジでだいっきらいなこの不運オチ、略してマダ
「あーもういいや」
誰に向かっての言葉か知らないが、明らかに落胆している様子。
夜の街をトボトボと歩く中、またまたため息混じりに悠磨は呟いた。
「ったく、俺は運が悪いなあ」




