第六話 回想と不運は突然に
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――――試験六日前。
本屋巡りの最中に通った裏道にて。
商店街の裏を隅々までくまなくチェック。こういった裏事情だの闇だの影だの……だんだん中二臭くなってきたが、要するに目立たない場所、物、事を悠磨は好んでいる。
今回、本屋以外は基本スルーだが、目に留まったものは一応チェックしている。
特に気になったのは、ぱっと見ガラクタ屋のお店。良き観察眼を持っているというべきか、気づいたのだ。わりと高度な技術を用いられた、機械や電子機器の存在を。
(ん……? 魔法があんのに……必要なのか? しかも表の商店街じゃ見かけなかったぞ。こう、隠すようにあるってのが、めっちゃ胡散臭いんだが……)
テレビ、洗濯機、冷蔵庫などの家電から、カメラ、録音機、顕微鏡といった精密機械など。名称、見た目、値段、情報を集めるためにいろんなとこへ目を追っていくと、
(待てよ、仮に地球から持ってきた説が正しいとすりゃ……)
※ ※ ※
――――試験四日前。
午前中は薬局へ行くも、欲しかった黒マスクが売ってなかった。マスクはマスクでも、風邪や花粉症の時などで使うマスクだ。
仕方ないので、文具屋で買った墨汁をバケツに注ぎ、マスクを浸す。
乾燥して固まった後、付けてみると
「クっセぇ! ンだよコレ!? 何かヤベぇモン入ってねぇだろうな!?」
安物だったせいか、変な臭いを感じる。
とりあえずの対策として、もう一つのマスクを、端の部分を若干切り取って白い部分が見えにくくなるように二重にマスクをつけた。
若干臭いは収まるが、その代わりに呼吸がしづらくなる。
さすがにこれは仕方のない事だった。「もういいやこれで」とため息交じりに呟き、次の行動に移る。
バケツ内の墨汁は余っている。
実は筆と半紙も買っていた。何に使うかは考えていなかったが、こうして余ることは予想してた上に、ただ捨てるのはもったいないと思い、一応購入しておいたようだ。
何を書くか、何に使おうかと考え、三秒も経たずして閃く。
(そうだ。ついでに『洞爺湖』って木刀にでも書いとくか!)
思いついたら即実行。玄関脇に置いてある自分の木刀に、一度半紙で練習してから丁寧に書いた。
※ ※ ※
――試験三日前の、午後九時。
いつものみずなとの修行から帰宅後。
「銀髪にして、いいや。どうせフードで隠しちゃうし。あとカラーコンタクトでもありゃなあ。左眼赤くして、チョンチョン三つ付けて、写〇眼とかやりてぇなあ」
お次はコスプレ、ではない。
どうやら変装メイクのようだが、だいぶ趣旨が変わってきていないか。
というか、一体何のキャラになるつもりか。
「いやそうじゃなくて」
ここでセルフツッコミ。ある目的のためにやってるんだ、と素早く気持ちを切り替える。
今度は、服屋でパーカーやズボンなどと一緒に、処分セールで安売りしてたからとついでに購入した真っ黒のレインコートを取り出し、タグなどを切り取った後、袋へ戻した。
その後、リュックからかなり薄めの黒いラバー付き軍手を出し、袋へ入れる。
(さてと、置きっぱにしてたアレの回収に行くか)
※ ※ ※
――ジジジジジ……ザザッ……――
『(な…………おかし…………ったんだ。タ……トが生き……か)』
『(…………か?)』
『(い………い。ま………プラ………る)』
――ジジッ……――
悠磨は、ある録画ファイルを、イヤホンを付けて再生していた。
試験五日前の夜中、フル充電したスマホを、録音を起動しながら設置した。場所は、スパイが監視していた部屋の、ドア脇に積まれた段ボール箱をどかし、排気口か排水溝らしき穴に、防水のためにと袋に入れて。
後はいつも通りの場所を歩いて、視線を感じなくなったら、路地裏を通って気づかれないように回収。
もちろん、今再生しているここは路地裏の人目のつかない場所だ。
念には念を、と何重にも隠したせいか、ほとんどは雑音で、話し声も断片的にしか聞き取れないほど小さい。けれども悠磨にとって、ほんの少しでも声が録音されていれば、問題なかった。
一番の懸念材料はバッテリーだったが、通信を切るなど設定を節約用にいじったため、今は残り9%。ギリギリ持ちこたえたようだ。
再生時間も確認しつつ、注意深く声を聞き取る。
(なるほど……俺らを監視してたのは間違い無ぇな)
それさえ知れれば十分だ、と。すぐに次の行動を開始した。
※ ※ ※
悠磨はある雑居ビルの屋上から、気配を殺して見ていた。
(あそこからほぼ動かねぇみてぇだな。ま、監視するならそれが定石とも言えるか)
監視を監視し始めてから約一時間後、黒装束を着た二人の男が動き出した。
そして怪しげな二人が別々の道を行き、一人になる。ほとんど似た格好をしているため、どちらを追うべきか一瞬迷い、少し背の低い方を追跡し始めた。
狭く入り組んだ道を、木箱などの物陰に隠れてたり、身を隠せる物が無い所では上に跳び上がって窓上部に付いている庇に掴まったりと、一切物音や足音を立てずに尾行を続けていた。
尾行開始から五分が過ぎ、街灯が建物に阻まれ光がほとんど入らない場所へと差し掛かる。辺りは真っ暗で、人の気配も追跡中の男を除いて感じなかった。
(気づいた素振りはねぇな。なら、このままアジトにでも案内してもらうとすっか)
しかしこの不運少年、何事も無く終わってはくれなかった。
ビュン――と風が吹き、斜め上に落ちそうな空き缶が視界に入る。
(ちょ待てよ! 落ちるな落ちたらアカン!)
だが、例え関西弁ツッコミで念じようが、不運には敵わなかった。
(チッ……!)
落下するより早く、咄嗟に跳び上がり、壁を蹴って上の窓の枠に移動した。
カンッ、コロロロ――。音が響く。
スパイは反射的に振り返るが、悠磨に気づかなかったようだ。
上からその様子を観察していた悠磨は、次はどうすべきか、と少し迷う。
気配を殺し、神経を、特に聴覚を研ぎ澄ます。そして取った選択肢は――――
(他の奴はいねぇな。仕方ねぇ、始めっか)
気づかれてなくとも、警戒を強められる可能性があるから、予定変更。
「(何だゴミか。焦ったなあ、全く。ビビらすなよ――)」
『よォ』
「!?」
上から降りながら、短く声を発した。その男の反応から、気付かれていなかったようだ。
なるべく正体を知られないようにと、上手く声質を変化させ、ドスの利いた口調で話しかける。
『なァに驚いてんだァ?』
「クソッ、何者だ!」
その男は問いと同時に懐からナイフを出し、突きの一閃。一分の隙も無くとても洗練された動きだ。
たったそれだけで、敵認定するには十分な理由となった。
悠磨は容易く刃の軌道を読み切り、軽快な身のこなしで後ろに下がりながら半身になる。
一瞬、フードがふわりと舞い、隠された目元が露わになる。左目に傷痕がついていたのをスパイが視認したが、それは予定通りだ。
悠磨はバックステップしようとする。
すると黒装束の男は地を蹴り、前へ身体を傾かせたまま相手に向かってニ撃目。ナイフが右から左へ、身体を抱き込むように右手で横薙ぎ。僅かに差し込む光を反射させ、周囲の闇を払いのけるかのような銀色の斬撃。
しかし、その攻撃は空を切った。
焦りが攻撃を余計に速めてしまったのか、もしくは暗いせいで距離感を掴み損ねたのか、敵が後方に下がるより早く、届くより先に斬りつけてしまった。
ほんの僅かな、しかし手練れ同士では致命的な隙が生じる。
(何が起きた。その仮面が距離感でも掴み損ねたか? いや、考えんのは後だ)
悠磨は口の両端を不吉に吊り上げ、邪悪で猛獣染みた笑みを浮かべる。
(一瞬で終わらす)
瞬間、強烈な悪寒が敵の全身を痺れさせた。
それは殺気。空気をも震えたと錯覚させるほど、冷酷で不気味な威圧感。常人とは思えないほど異常な強さ。
「く……ッ!」
黒装束の男はまるで凍ってしまったかの如く硬直した身体を無理矢理動かし、前のめりだった体勢を整える。その一方で悠磨は、迷うことなく懐へ潜り込むように詰め寄る。
敵は迎撃か後退かに一瞬迷い、選んだのは応戦。迫ってくる相手へ向き、再びナイフを強く握りしめた。
しかし、その刹那の逡巡を悠磨は見抜き、素手で躊躇うことなく接近。
互いの距離は目と鼻の先。だが有利なのは、数コンマ対応に遅れるも、若干リーチのあるナイフ使い――黒装束の男か。
逆手持ちに切り替え、敵の目を貫こうと刺突。フードによって目が隠れるということは、敵にとって死角も同然。
(躱せるはずが無い、とか思ってんだろ?)
が、寸分の狂いも無いタイミングで悠磨は体勢を低くし、ナイフの攻撃範囲の下を潜り抜ける。集中し切って、五感を研ぎ澄ませた彼にとって、少し見えない程度の攻撃を躱すのは造作もない。
攻撃は、またも空振りに終わった。
まるでその正直すぎる動きを嘲笑うかのように、悠磨は片手でナイフを持っている右の手首を掴む。さらに、見た目とは裏腹に屈強な握力が、骨を軋ませ、敵のナイフを手放させた。
さらに猛獣が餌に喰らい付くかの如く、虎視眈々と待っていた大きな隙を悠磨が見逃す事なく、もう一方の手で敵の腹部に掌底。
「グガッ――ハッ……」
強烈な打撃に呻き声を上げ、黒装束の男の息が詰まった。その衝撃は止まらず、身体をわずかに浮かせる。
その瞬間に、悠磨は足を払って頭を掴む。そして容赦ない勢いで地面に顔面が減り込みそうなくらい叩きつける。仮面によって直接的なダメージとはならなかったが、衝撃で鼻が潰れ、血を垂らした。
俯せにさせ、同時に右腕を背中側に回す。
『少しでも変な動き見せたら、腕をへし折るぞ』
冷徹な声で、悠磨はそう言い放った。
優勢になったからか、先程の疑問を考え始める。
空振りした事に、不信感を抱いていたのだ。
(わざとか? それとも誰かが何かしたのか?)
周囲に誰かがいて、何かをした可能性を疑った。それほどにさっきの空振りに違和感を抱いていた。すると――――
(……!? 誰かいる……!)
ふと、気配を察知した。だがそれは一瞬の出来事で、すぐに気配が消えた。まるで、遠くからチラ見してきたかのように。
(こいつの仲間か? つーか何ですぐ消えた? 俺の勘違い……とは考えたくねぇな。とすりゃ、こっちが気づいた事に気づかれたか)
何が起きたのか、彼は冷静に推察する。
(情報の擦り合わせしてぇから、二、三人は芋づる式で捕らえてぇとこだが……)
そう考えていた時、悠磨が押さえ付けていた敵は僅かに左手を動かした。そして素早く別の武器を取ろうと――――
ゴキッ――。鈍く嫌な音が、敵の身体に響き渡る。
「があぁ――…………ガッ――!?」
彼は自分の身に何が起こったのか、一瞬理解できなかった様子だ。
(急ぎすぎたか? ……いや、合理的に進めるか)
悠磨は瞬時に、いとも容易く腕の骨を折った。厳密に言うと、敵が動いたとき焦ってすぐに腕をへし折ったのだ。周囲への警戒と考え事に気を取られ過ぎていたのかもしれない。
その直後、もう片方の手で敵の喉を押さえつける。さらに、微かに動かした左手を悠磨は、自分の足で押さえつける。
喉を押さえるのは、魔法使わせないため。実験の成果により、『魔法』という不安要素を一つ減らせた。その一つが、彼にとってはとても重要。
魔法がまだ研究段階で、万全に使えないからこそ、敵を自分の立ち位置に引きずり落とす。彼が使う戦法の内の一つだ。
もちろん同時に、悲鳴や叫び声を上げて誰かに気付かれないようにする意味も込めていた。
周囲への警戒を強めつつ、目の前の男へ話しかける。
『言ったろ。変な動き見せたらへし折るってよォ』
マスクをしている上に、わざと声を変化させているため、声がはっきりとしていない。もし仮にこの男が様々な人物の情報集めをしているスパイなら、声だけである程度誰かを絞りこめる、と考えたから。
体勢的にも、態勢的にも優位になったので、訊問を始めようとして、
(情報が足りねぇ)
今回は誘導尋問するための情報が少なすぎるため、
(しゃあねぇ。あんまし好きじゃねぇが、アレでいくか)
不気味で、禍々しい凶悪な殺気を放ち続ける。脳は冷静のままで。
(『仲間に伝える方法があれば』とか考えてそうだな)
そう推測した悠磨は、さらに揺さぶりをかけようと口を開く。
『てめェの仲間はここには来ねェよ。どういう意味か分かるかァ?』
「……!?」
何故心の中を読まれた、といった驚愕の表情を無意識のうちに浮かべてしまい、瞬時に悟られまいとポーカーフェイスに戻す。とはいえ、仮面に隠されているため顔を視認することは出来ないはずだが。
顔は見えないにもかかわらず、悠磨は敵が驚愕の表情を浮かべたのを感じ取る。呼吸のささいな変化から読み取ったらしい。
じわじわと精神を追い詰めるように、平然とした態度で彼は言葉を続ける。
『逃げようとも考えるなァ。てめェは俺の質問に、素直に答えりゃいい。ウソをつくんじゃねェぞ。すぐバレっからな。答えねェなら、まず指、次に腕。そうだなァ、てめェのナイフで目ン玉抉り取るってのもいいなァ』
そう告げながら悠磨は、そばに落ちていたナイフを持つ。
『さァて、拷問タイムといこうじゃねェか!』
その冷酷無惨で狂気全開の発言と、先程までの威圧的なものとは異なる、全身が押し潰されんばかりの圧迫感に覆われていくのを黒装束の男は感じる。悠磨の放つ殺気は、敵がこれまで体験した中でも比べ物にならないほど異質の極みなのだろう。
心臓の鼓動が、異常なほど増す。悠磨にも聞こえるくらいに。
呼吸も苦しんでいる。その言葉の圧迫によるものか、物理的に喉を絞められているからなのか、酸素の不足が脳の正常な判断を鈍らせる。さらに意識を朦朧とさせよう、そう考えた時――
仮面を剥ぎ取るように顔と仮面の間にナイフを刺し込み、取り除いた。皮膚をも抉り取ろうとする勢いで。何の躊躇いもなく。
実際、額の皮が剥けて、血が流れ落ちている。
『目ン玉抉るにゃ、まず邪魔な覆面剥ぎ取んねェとなァ?』
悠磨が指す『アレ』とは、恐怖で揺さぶり拷問するという力技だ。もはや悪役同然の、外道極まりない態度だが、運の悪い彼は結果さえ出せれば体裁を気にしない。いや、正確に言えば気にする余裕がないのだ。
残虐と狂気の死神、その幻影を視てしまったのだろうか。
あまりの恐怖のせいか黒装束の男は白目をむき、泡を噴いて意識を失った。つまりは自滅した、ということだ。
『何だァ? この程度で壊れんのかよ。面白くねェなァ。毒とか飲んで自害する覚悟もねェのか? プロのスパイにしちゃ情けねェなァ!』
そう言い放つも、黒装束の男は無反応。
なので、その男の身体を仰向けに動かし、半開きになっている口を自分の手でさらに開かせ、歯を見る。毒を奥歯に仕込んでの自殺をさせないためだ。
さらに悠磨はそいつを壁際まで運び、コートから縄を取り出しつつ、呆れ口調で呟く。
『さっさと情報引き出してェっつーのに、俺ァ運が悪いなァ』
とはいえ、状況は一旦落ち着く。悠磨も思考に耽る余裕が生まれたため、今できることから情報を引っ張り出そうとする。
僅かに腕を動かしたということは、別の武器を隠し持ってる可能性がある。そう考え、懐を探っていくと、あるものが出てきた。
(なんで魔法があんのに……この世界に銃があんだ? 魔法は誰にでも使えるワケじゃねぇってことか?)
疑問も同時に出てきた。
(しかもコレ、44マグナム弾じゃね? 銃は……S&WのM29に似てんな。明らかにスパイ向きじゃねぇよな? 発砲音デカすぎて暗躍には向いてねぇはずだ。何でだ? 何でこれを持ってる? こんな威力ばか高ぇモン持ってて何になんだ……)
ふと何かに気づく。
(……威力? まさか……人には使わねぇってことか?)
つまりは、対モンスター用なのでは、と。
実際、悠磨が似てると思ったその銃は、熊などを相手にする用として生産されていた。もちろんこれは、地球の、アメリカの話だ。
(もしや、『外』で魔法が使えねぇから銃があったり……あり得るな。ま、コイツに持たせたまんまじゃ危ねぇし、一応パクっとくか)
腰や太腿にある複数のポーチから弾薬も全部取り出す。その数、五十発。
ついでにナイフと、仮面も。
(待て待て、何でコイツ、こんなたくさん持ってんだよ。これじゃクソ重くて動きずれぇだろ)
弾薬は一発で約15g。五十発持てば、750gにものぼる。
だからさっき、動きにミスがあったのではないか。そう感じたようだ。
(いや、『外』でマセイ相手に使うこと考えりゃ妥当か……ホントか?)
また謎が生まれるが、とりあえず後回し、と切り替えた。
(しっかし、やぁーっと戻って来たかよ、この感覚)
彼は、しみじみと心の中で呟く。
(ったく、ずいぶんと俺は、平和ボケしてたんだなぁ)
※ ※ ※
約一時間後。スパイは目を覚ました。
「よォ。やっと起きたか」
後ろでこそこそ手をいじりながら、話しかける。
「ん? ここは……!」
「夢から醒めても、悪夢はまだ続くぜ。ま、それはてめェ次第だが」
ここは、いつも悠磨達を監視していた場所、ビルの三階だ。
理由としては、一つ目は無関係の人に見られたり、巻き込んだりしないように。
二つ目に、敢えてこの場所を選び、知っていたと暗に示し、動揺を誘うため。
実は他にもあるが、現在の主な理由はこの二つくらいだ。
意識をはっきりさせる間もなく、質問――もとい訊問を開始する。
「さて、何が目的だ」
ゆっくりと、その男は口を開く。
「……あ、ある店から奪われたものを取り返すために――――」
喋っている途中で、
「がぁあああああ――――!!」
「オイ、ウソつくんじゃねェっつったろ」
瞬時に嘘を見抜いては、先程へし折った右腕へ圧力をかける。
「い、いや、本当だ!」
「こういうウソつけって言われたんだろ?」
「なっ!」
あまりにも解りやす過ぎる反応。思わず悠磨は苦笑する。
だがその口の両端が段々と吊り上がっていき、いつの間にか不気味な微笑みへと変わる。
「あっさりバレちゃったなァ? さてどうする?」
「何で、分かったんだ!」
「俺ァいろんなやつを見てきたからなァ。てめェとは不運の差が圧倒的に違ェんだよ」
嘲笑うように言い放ち、さらに詰問は続く。
「そいつはどこにいる」
「……え、と……ふ、古本屋の三階だ」
震える唇で静かに声を発し、目が右上へと動いた。
「人の目ェ見て話そうなァ!」
「がぁああああああ!!」
また容易に見抜いては、痛みを与える。
「どうせその指示したやつが言ったんだろォ? 訊かれたらこう言えと」
「な……!」
ホントにスパイか、と疑いたくなるほど、解りやすい反応だ。悠磨は面白くねぇ、とつい思ってしまうほどに。
声は禍々しさを含んでいながら、脳は至って冷静のまま、推察する。
(つーか何でこんなヤツを使ってんだ? 拷問対策がまるでなっちゃいねぇぞ)
放つ声は禍々しさを含んでいながらも、脳は至って冷静のまま、推察する。
(まさか……敢えて素人使って、俺を釣るつもりだったとか?)
実はあえてこの場所に移動した理由に、他の仲間、特にこのスパイらに指示した人間を捕まえたかったのがあった。
だが、準備万端の相手に真正面から立ち向かうような馬鹿な真似はしない。地の利も、数の利もないからだ。
(ま、おそらくそいつはいるだろうな。油断した隙を突くってとこか。敵は結構面倒くさそうだな……とりあえず、先にこっちからだ)
悠磨は瞬時に切り替えると、再び禍々しさ全開で言い放つ。
「さて、もう一度訊くぞ。目的は何だ」
「…………」
今度は沈黙を貫くつもりだ。
嘘がバレるならば、何も言わなければいいだけ。相変わらず単純な対応だ。
とはいえ、肝心の情報を吐いてもらわなければ困るわけで、
「やれやれ、仕方ねェ。手段を変えるか」
悠磨はフードを少し上げ、敵の目と鼻の先に一瞬で頭を動かし、しっかりと両目を開く。
「俺の目をよォく見とけ」
「あ、が………………!」
悠磨が至近距離から放ったのは、殺気。先程までの戦闘中とは、圧倒的に違うものだ。
それもそのはず、目を直接見ると見ないでは、性能の発揮率が圧倒的に違う――というのが悠磨の持論らしい。
悠磨の使うそれは、普通の人間にはマネ出来ない代物だ。これに、理屈も理性も通じない。
血の流れを侵食するような、ゾッとする、細胞一つ一つが恐怖に染まっていくような、無理矢理起こされた生存本能と矛盾を引き起こす絶望と死の恐怖。
「あ、あ……ああ………」
何かの深淵でも覗いたのか、とうとうまともな思考回路そのものを麻痺させた。
「さて、訊こうか。目的は何だ?」
目を見張り、呆けた表情で、ポカンと開いている口から唾液が流れ出る。
やがてその唇を震えさせながら、弱々しい声で答える。
「あ……り、い……」
「あァ?」
「理、事長、の……つ、追放……」
「どうやってだァ?」
「……ドラゴン、試験、で、全員……事……故死……」
黒装束の男は、壊れたロボットかのように単語を呟く。
気になるワードがどんどん湧き出て、さらに疑問が生まれていく。
「てめェの仲間は? もう一人の奴の役目は?」
冷静に考えれば、先程悠磨が言った『てめェの仲間はここには来ねェよ』がすぐに嘘だと分かる。
けれども意識も思考も正常ではない今、そんな事に気づけるはずもなかった。
「し、しし……けんか、ん……」
「てめェの役目は?」
「よう、すけを、助けるあ……なを……し、うこ……か……う、す…………」
(大方、事故の詳しい証拠を残さねぇためか)
「ドラゴンが来るって、何故知ってる」
「く、びわ……か……る、あ……つ」
壊れ具合はさらに増し、非常に理解しづらくなっていくが、それでも気になる単語が一つ。
(首輪……? 竜を飼いならしてんのかっつーの)
情報が増えれば増えるほど、謎も増すが、とにかく今はこいつからありったけの情報を全て吐かせようと、
「さて、次の質問は――――」
質問――もとい訊問――というより拷問は、二時間近く続いた。
※ ※ ※
――――試験二日前。
商店街をみずなと一緒に移動中、悠磨はふと気づく。
(あれ……? 監視がいなくなった……?)
もう一人を捕らえて情報の擦り合わせをしようと考えた。だが次の日、そいつがいないのだ。
悠磨はこいつらの上、指揮官、が警戒して厳しく監視すると踏んでいたらしい。
(どういう事だ? 何で一人も居ないん――)
べチャリ。突然、カラスのフンが彼の頭に落ちた。
空からフン。まさしく不運。
普段ならまず鳥の下を通ったりしないし、万が一何かが落下してきても素早い反応で避けられる。だが、他の事に意識を向けすぎるとこうなってしまうのだ。
(何だこのベタ過ぎる不運は……)
カアーカアーと馬鹿にしているような鳴き声を発しながら、不吉色の鳥は飛び回って、やがてどこかへと行った。
悠磨は背負っているリュックからポケットティッシュを取り出し、頭を拭きながら、
「ったく、俺は運が悪いなあ」
溜息交じりに、暗い声でそう呟いた。
ちなみに隣にいたみずなは、軽く引いていた。
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