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絶対不運の実力主義者《アビリティエスト》  作者: Haruma
第二章 入学試験編
31/49

第五話 不運も積もれば山となる

 


 ■■■




 ――――悠磨がリュックを取りに向かった頃。


 ドラゴンから剥ぎ取ったウロコや皮などを袋に詰め、入りきらなかった牙や爪、銀色の謎の首輪などは素手で持ち歩いている。ついでに地面に転がる空薬莢も拾い、右ポケットにしまう。

 荒野のように乾燥した土から、木が生い茂る湿った土へと足場が変わる。その境目をまたいで少し経つと、



(あーめっちゃ疲れたし、身体もクッソ痛ぇ。ドラゴン(アレ)をずっと一人でってたらヤバかったかもな……)


 人前でほとんど表さなかった弱気な感想を、声に出さず心の中で呟いた。



(んにしても、あの二人は想定内だったが、まさかみずなも加わるとはな)


 人の話を聞こうとしないプロのハンター二人は、上の命令を無視してでも戦おうとする、と踏んでいた。だが、みずなまでもが参戦するとは思っていなかったようだ。



 悠磨は木の陰に、周りの野草も使って、隠すように置いたリュックを見つけた。

 手に持っている物を一旦下に置き、草をかき分けてリュックを持ち上げ、土や葉っぱを払い落として、チャックを開ける。

 中から取り出したのは、スマホと予備の弾薬が二発。それらをポケットへしまう。

 次に拳銃に六発装塡。



(さてと。メンドくせぇが、もう一仕事ひとしごと片付けねぇとな)


 大きくゆっくり息を吐き、気を落ち着けた悠磨はやがて、受験生らが集まっている場所へと歩き始めた。




 ■■■




「な……いきなり何をする!」


 悠磨が突然、服を斬り裂いた。主任の試験官のをだ。

 斬り裂かれた大きめの黒い服が散らばり、その下から金属製のプレートが現れる。


 周囲の人達がギョッと驚き、悠磨と試験官から遠ざかっていくが、気にせず悠磨は目を細めながら冷静に訊ねた。



「その防具は何ですか?」


 露わになったのは、分厚くはないにもかかわらず頑丈さを感じさせる防具だ。服と防具の大きさから、胸部と腰部にもあると推測できる。


 試験官は悠磨からの突然の質問に、一瞬戸惑いながらも返答した。



「ハンターだから、着ていても問題無いだろ!」

「ああ、そうだよな。ハンターだもんな。じゃあ――」


 不敵に微笑みつつ、質問を続けていく。




「何でハンター(・・・・)なのに、しかも試験官なのに、戦う事も避難させることもしなかったァ?」


 ドスの利いた口調に変えながら、不自然に強調した。

 だが、悠磨の意図に気付かぬまま試験官は怒鳴るように声を張り上げる。



「そもそも貴様が剣を奪っただろ!」

「その前に参戦すればよかったじゃねぇんかァ? それに、一度聞いたよな? 『てめェが戦え』と。そうすりゃ、その間に俺が避難させることだってできたぜ?」

「それが何だ!」

「あの二人は戦ってたよなァ。アンタが戦わない理由も、戦えない理由も無ェはずだが?」


 大剣使いと槍使い、ハンター二人を指差したながら彼はそう言い放った。



「何故避難させなかったんだァ?」

「そ、それは……」

「納得できる理由あるよなァ?」


 周囲がどよめく。言われてみれば、と気付いた指摘に、馬鹿ではない者たちは、疑いの目を試験官に向けていた。

 対してその男は何を言うべきか一瞬迷った後、落ち込んでいるような口調で言葉を続ける。



「あまりの想定外の事態に、どう動くべきか迷ってしまった。前見たく『クマタロウ』ならまだしも、ドラゴンが出るなんて想像も出来なかった……」


 しゅん、とした態度に、受験生達は大半が同情していた。

 いかにも自分は悪くない、むしろ被害者だとさりげなくアピール。普通の人なら受験生たちと同じように心配したり、しょうがないと思ったりするかもしれない。現に人的被害はゼロなのだから、誰かを責める強い理由はこの場においては無い。


 が、悠磨は見逃さなかった。



「へぇ、そうかそうか。『想定外』、か」


 ニヤリと不気味に口の両端を吊り上げながら、悠磨は口を開く。



「もっかい訊くぞ? その防具は何だァ? ずいぶんと丈夫な防具着てんじゃん? たかが試験、なのによォ」

「だから言っただろ! 前みたくクマタロウが出てきた用に――」

「何で『クマタロウ』の事も知ってんだァ?」

「そ、それは情報共有をハンター内でしただけだ。念のためにとしっかり調べた、ただそれだけだ!」

「ほう、んじゃ――」


 獰猛に、笑う。




炎に強ぇ防具(・・・・・・)が、何で必要なんだァ?」

「…………!!」


 試験官は、驚愕の声が喉から出そうになるのをかろうじて押しとどめた。

 さらに追い打ちをかけるようにと、悠磨の言葉は続く。


「その防具、炎に強そうじゃねぇかァ? まるで、あのドラゴンが現れると事前に知っていた(・・・・・・・・)かのように」


 周囲がざわつく。予想もしなかったセリフに、主任の試験官が冷や汗を一筋、額から垂らす。果たしてそれは、何か隠し事をしているが故のものなのか。



「あれれー? 『しっかりと調べた』、そう言ったよなァ? じゃあ知ってるよなァ、炎なんか使わねぇってよォ」

「い、いや……」


 だが、これはハッタリだ――とスパイは思ってか、少し落ち着きを取り戻す。それからハッキリとした声で、自分は知らない、と主張し始めた。



「これはたまたまだ。丈夫な物を鍛冶屋に作ってもらった、ただそれだけだ! そもそもこれが炎に強いなんか私は知らない!」


(下手くそな言い逃れだな。話を逸らせた、とか思ってんだろうがな)


 そう感じつつも、悠磨はさらに質問を続ける。



「鍛冶屋に作ってもらった、ね。ここまで立派な装備作れる鍛冶屋、この街にいたか?」


 唐突に質問の主旨が変わったことに一瞬戸惑いながらも、冷静に答えようとする。



「あ、ああ。かつて街一番の鍛冶屋と呼ばれた人がいた」

「『かつて』っつー事ァ、今はいねぇよな? どうやって手に入れたァ?」

「だからその人がいた時に作ってもらった」

「それはいつだ?」

「そ、それは……」


(さて、真実を語るか、ハッタリで誤魔化しに来るか)


 しばらくして試験官は、重たい口を開いた。



「十年前だ」

「へぇ、結構昔だなァ。よくもまぁ、十年も長持ち(・・・・・・)したもんだなァ」


 分かりやすく強調されたセリフに、どんな意図を含んでいるのかを察した様子の試験官。顔色が徐々に悪くなっていく。

 相手の状態をしっかり観察したまま、悠磨は質問を続けていく。




「んで、その鍛冶屋は今どこにいるんだ? 名前は?」 

「な、名前は知らないが……」

「知らない? 街一番って言われるほど有名な人なのに?」

「い、いや……」


 再び歯切れが悪くなる。だが数秒後、思い出したかのような声色で口にする。



「剣條、だ」

「知ってんなら最初ハナっからそう言えよ。何かやましい事でも隠してんのかァ?」

「ち、違う! 今思い出しただけだ!!」



 悠磨の指摘にまたも動揺し、声を荒げた。



「そんで、『けんじょう』、か。俺の聞いた情報と一致してるし、ウソじゃねぇみてぇだな」


 悠磨の口調が若干だが穏やかになった。

 疑いが晴れたとでも思ったのか、試験官はホッと胸をなでおろす。



「それと、その『けんじょう』っつー人は今どこにいる?」

「あ、アイツは外に追放されて……」


(お、予想より早くボロ出したな。油断したのか? それともウソん中に真実混ぜるっつー詐欺の常套手段でも使い始めたんか? けど――――)



 しめた、と不気味に微笑む悠磨。



(クッソ甘ぇよ。それに、もう遅ぇ)


 試験官はその笑顔を見た途端、背筋に悪寒が走る感触を覚える。いわゆる嫌な予感、とも言い換えられるだろう。

 次の言葉を失っていたその男に向けて、悠磨はこう言い放った。




「あっれれ~? おっかしーいなァ。確か――他の町に引っ越したよな。俺ァそう聞いたぞ? なんで追放された(・・・・・)って知ってんだァ?」

「…………!!」


 嘲笑うような声で、いかにも挑発的な態度を示す。

 対して試験官はしまった、という焦りを大いに含んだ顔つきになっていた。



「どーいう事か説明してもらおうかァ?」

「いや、私はそう聞いただけだ! 事実かどうかは知らない!」

「試験官だけの情報か? それはおかしくねぇか? だってよォ、『十年前』の、『街一番』の、『鍛冶屋』、なんだろォ?」


 悠磨がこれまでに聞いた話と、同じ部分、違う部分、さらには人によって違うものまで。ただ伝言ゲームで誰かがミスったのではなく、意図的に操作された可能性、それを悠磨はずっと疑っていたようだ。だからこその、この質問。新たな謎を生むが、とりあえず今は揺さぶりを掛けられただけでもよし、と彼は思いつつ、さらに心理攻撃を続ける。



「しかもそれがありながら何で戦わなかった? ビビって戦えなかったんかァ? それとも上からの命令とかかァ?」


 この挑発じみた質問――いや訊問に対し、試験官は俯いて、暗い表情でトーン低めの情けなさそうな声で発した。



「……た、戦えなかったんだ。思わず足がすくんでしまって、動けなか――」

「オイオイ、嘘は良くねェなァ」


 自分から訊いておきながらバッサリとその男の話を切り、悠磨は言い放つ。



「ホントーにビビってたんなら、さっさと俺にその剣、渡しゃぁ良かったと、そう思わねェかァ?」


 さらに悠磨は「そもそも」と言って、話を続ける。


「あん時てめェ、ビビってなかったろォ? それによォ、何でそんな防具着てんの隠してたんだァ?」

「い、いや、隠していたつもりは無い! というか、それより明かす必要性がどこにある!」


(へぇ、話逸らすにゃおなじみの手口だよな。特に嘘つきの場合は)


 今度は悠磨へと質問し返した。だがそれでも彼は全く焦ることなく、あっけらかんとした態度で口を開く。



「必要性? 何言ってんの? 無ェよ」

「はっ、あ……?」


 言い訳をするどころかあっさりと認めたことに、試験官も驚きを隠せなかった。だがこの男は気づかない。悠磨にとっての隙でもなんでもなく、むしろ自分の首を絞める事になっているのを。



「そうだなァ、証明の道具にはなったかもしんねぇぞ。隠してなかったらの話だが」

「…………どういう意味だ」

「少しは自分で考えてみたらどうだ、プロのハンター(・・・・・・・)さんよォ?」


 試験官は、悠磨の強調した言葉と、周囲の疑心暗鬼の視線から理解した。

 やがて懐からハンター証を取り出し、悠磨を含めた全員に見せびらかす。



「ほら、これが証拠だ。これで文句は無いだろ!」


 だが悠磨は、呆れたようにため息をき、やれやれと言わんばかりの仕草と口調で言い放つ。



「まずプロなら、行動で証明しろよ。そんな肩書き、他の奴は納得するかもしんねぇが、俺は認めねぇぞ?」


 さらに悠磨は、手に持つハンター証をじっと見つめた後、誰もが予想のしなかった台詞を告げる。



「それに、そのハンター証、偽モンだぜ。本物モノホンは、スタンプが違ェんだよ。一回押したモンを理事長に渡し、別のスタンプを上書きするからな」

「な、そんな……!」

「やっぱお前、最初から理事長にマークされてたんじゃねェのか?」


 呆れ口調のその言葉に、試験官は驚きで目を見張る。対して悠磨は、唇を吊り上げた。


 周囲のざわめきが増し、試験官への疑いの目が強くなる。

 ここで悠磨は、ポケットからスマホを取り出した。

 そして慣れた手つきで素早く操作すると、ある音声が流れ出る。





『……ドラゴン、試験、で、全員……事……故死……』



 その機械から聞こえてくるのは、途切れ途切れで喋る男性の声。それを聞くと試験官は、みるみる顔が青ざめていった。

 誤魔化せねば、とでも思ったのか、彼は声を上げる。



「そ、それは、だから何だと――」

「てめェの知り合いじゃねぇのか?」

「だから――」

「知ってたから、その防具着てるんじゃねぇのかァ、『ようすけ』さん?」

「…………!!」



 焦りを含んだ汗がその男の額をべったりと濡らし、表情には動揺が色濃く浮かんでいた。それでも必死に反論しようとする。



「そ、その録音機が何だっていうんだ!」

「へぇー、コレって録音機って言うんだ。初耳だなァ。確か、この街の表の(・・)商店街には売ってねェんだよな。にしても、便利だなァコレ」

「…………!」


 悠磨の意図した言い方に気づいたようだ。

 試験官の冷や汗が増していき、ほんの僅かにだが悔しそうに歯を食いしばった。



 録音機は、この街ではいわゆる裏取引でしか手に入らない。商店街の裏をチェックし、知り得たことだ。



「俺が何言いてェか分かるか? これの名前を何で知ってる? この街のハンターじゃねェってことかァ?」

「…………」


 結局どうにか話を逸らしたり、誤魔化したりしようと簡単におかしな点を見抜き、指摘する。




「てめェがどこのモンかは知んねェけど、実は俺も理事長に指示されてさ。スパイをあぶりだし、抹殺せよ、とさ。だから今ここで任務を遂行するまでだ」



 話を逸らそうと、その男は口を開く。


「ち、違う! 私はスパイじゃない! そもそも、私だという証拠は――」

「そんだけ動揺しといて、他の人達が信じてくれてると、そう思ってんのかァ?」


 周囲を見渡すと皆、疑惑と困惑の表情を浮かべていた。

 さらに追い打ちをかけるように、今度は懐から何かを取り出す。



「この仮面は何でしょう? そして、この仮面を付けていたのは誰でしょう?」

「な、何の事だ」

「コレ、見てもまだ分かんねぇか?」


 あまりにも予想外の出来事に、一瞬動揺する。


 が、正体を知られてはマズイ、悟られてはいけない、と、スパイとしてあるまじき行為はしないと、冷静になる。

 だがしかし、その嘘吐うそつきのクセを、悠磨に見破られてしまった。



(反応見る限りじゃ大方、その事を聞かれようが黙るか騙すか――とか考えてんだろうな)


 次の瞬間、試験官の予想とは全く違うセリフが発せられた。




「この仮面の中身・・いつから(・・・・)変わってたと思う?」

「……!?」


 さらに、仮面を裏返しにする。露わになったのは、ベッタリと付着している、上から下にかけて流れたような乾燥した血の跡。



「はっ……な…………」

「否定しねェのかァ?」

「ち、違う……私は知らない……!」


 二つの意味で動揺し、挙動不審になる。何もかもが予想外だったのだろう。まともな思考が働かずにいた。

 青ざめていく試験官の顔を見ながらも、悠磨は言葉の追撃を止めなかった。



「どーせ仮にホンモノのハンターだとしても、免許剥奪めんきょはくだつじゃ済まねェよな。危険にさらしておいて、自分だけ何も出来なかったんだしよォ」

「…………」


 何も言い返せない試験官に対して、更なる追い打ちをかける。


「確か、逃げ道があったんだよな! てめェ専用の。てめェ『だけ』が生きて帰るための抜け穴がよ。さっきの声の主、つまりてめェの仲間が作ってくれたやつが」

「…………」


 今度は何も言い返さず、沈黙を続けるつもりらしい。


「どーせ全部バレてんだ。さっさとゲロっちまいなァ。その方が楽になるぜェ?」


 それでも、その男は一向に口を開こうとしなかった。



「ズバリ、言い当ててやろう。てめェはスパイだろ? そして俺らを、未来あるハンターの卵を、皆殺しにしたかったんだろォ?」

「………………」

「『動けなかった』じゃなくて『動かなかった』の間違いだろ? いや、見殺しにするために『動けなかった』とでも言った方がいいかァ?」


 周囲のざわめきがより一層増した。けれどもその事には全く気にも留めず、悠磨は一方的に話し続ける。



「沈黙は肯定、と取っていいんだな?」


 その男は何も言わなかった。言い訳を考えているのか、冷静になろうとしているのか、もしくは逃げる作戦でも立てているのか。

 だが悠磨にとって、それは好ましくなかった。そしてここまで追い込んだからには逃がさない、と思ってか、



「さて、問題だ」


 満面の笑みで、とんでもない発言をする。






「俺はどこから(・・・・)嘘をついていたでしょーうか?」


 以前どこかで使われた台詞を、ほぼそのまま使った。


 スパイが当然のように驚きで目を見張る。が、それを一瞬の内に引っ込めて、震えるような声を発した。



「…………な、何が言いたい」

「ホントにここのハンターなら、ここの制度とかルールくらい余裕で答えられるだろォ?」

「そういうことじゃない!」


 声を荒げるのに対し、悠磨は平然と笑い、言葉を続ける。



「しゃーねェなァ。んじゃ、オツムの弱ェてめェにもわかーるよう言ってやんよ」


 自分のこめかみを指差し、明らかに挑発的な態度でそう言った後、



「俺がホントに理事長の手下だと、そう思ってんのかァ? ウソだったらどうするよ?」

「な、ななな何を……」


 明らかに狼狽している様子。そんな彼を見ながら悠磨はさらに声のトーンを高め、言葉を続けていく。



「もしそうだったら、俺のテキトーなウソに引っかかって、しかも馬鹿みてぇに弁解して恥っっっず! ざまぁねェな! ってなァ」

「…………!?」

「しかも反論しねェで認めちまったんだろォ? つくづくアホなやろうだなァ! もっとおしゃべり続けりゃ、俺がボロ出してあげたかもしんねェのによォ?」


 ニヤニヤと、性質タチの悪い笑顔を浮かべる悠磨。

 試験官が顔をプルプルと震わし、みるみるうちに赤く染まっていく。それに対し悠磨のわらい方はさらに不気味さと残虐さが増した。

 心理的余裕を一切許さない言葉の追撃。更に追い打ちをかけるようにと、吊り上がった口が開く。



「あ、そうそう。混乱してるてめェに一つだけ、ホントの事を教えてやろう。この仮面のヤツ、こいつァ傑作だったなァ! てめェの仲間だろォ? 最後のセリフくらい、聴かせてやんよォ」


 再び左手に持つスマホを操作し、別の音声ファイルを再生し始めた。




『……い、いやだいやだいやだ、もうやめてく――ギャアァァァァァ!!』



 先ほどの、試験官の仲間と思われる人物の断末魔。声だけでも何が起こったのかおおよその検討はつくだろう。


 それを実行した張本人は、ポケットにスマホをしまいつつ、悪役の如き邪悪な高笑いをあげる。とうとう試験官は、




「貴様あああ――――!!」


 ありとあらゆる要素が重なって怒りが限界を超え、悠磨へと刃を向けた。

 迫ってくるのは、懐から取りだしたタガー。


 だが全てを見透かしていたかのように彼は軽く左手であしらいつつ、足をさりげなく置く。真っすぐ突っ込んできたため、引っかけて転ばせるのは容易だった。




 話題を相手に乗っかるようにわざと変えたのは、相手にラッキーと思わせるため。少しでも自分の思い通りに事が運ぶと、誘導されていたことには案外気づけないものだ。

 悠磨だってつい最近、大した事ではないが、そのような手口に引っかかってしまったのだから。



 思考を異常なほどに複雑化させる、もしくは思考放棄に陥らせる。

 そうしたのち、シンプルでわかりやすい情報を一つ与える。


 それに乗ろうが乗るまいが、布石を打って、外堀を地道に埋められた今、逃げ道は無かった。

 この男の選択肢はどんどん絞られていった結果――



 戦う以外、選べなかった。


 ただし、悠磨の発言に不可解な点がある。果たして、試験官――もといスパイは、この事に気づけるのだろうか。



「貴様、そんな発言しておいて、信じてもらえると思ってんのか!」

「それはお互い様だろ? さんざん否定もせずにだんまり決め込んでよォ! 言い訳も嘘も全部見抜かれて、そんでボロ出さねェようにと反論することさえやめた。要するに自信がねェんだろ? 口喧嘩でよォ」


 さらに、挑発じみたセリフは続く。



「ま、反論しようが黙ってようが、どのみち俺の掌で転がされてただけなんだ、てめェはよォ!」

「黙れ! 悪魔め!」


 明らかに馬鹿にするように、悠磨は嘲笑う。試験官の顔は、羞恥と憤怒で真っ赤に染まっていた。

 だが、悠磨の煽りはまだ止まない。



「とっくに気づいてんだろォ?」


 両者が後方下がる。すると悠磨は仮面の裏を見せ、ポイッと後ろに放り投げ、今度は腰からナイフを取り出し、左手に見せびらかすように持った。


 そんな行動にスパイの男は無言のまま接近し、右手での鋭い一閃。



「あいつの仇だ! 貴様を殺してやる!!」

「へぇ、仲間想いっつーのはいい事だァ。ただしスパイなら0点だ」


 刺し迫った刃を右で持つ大剣で受け止め、大振りに薙ぎ払う。

 敵はその重みに後方へ身体を流し、一旦距離を取る。剣圧にビュン――と風が生まれて砂を巻き上げる中、悠磨は大剣を地面に置いた。



「さァ次はどーするよ?」

「くっ……予定変更だ。貴様と他の奴らも全員殺して、証拠隠滅する」

「敵討ちも、なんだろォ?」

「黙れ!!」


 怒りのままに叫ぶ敵を、悠磨は不気味な笑顔を浮かべながら口を開く。



「そーかそーか。ならどっちにしろ、俺を殺さなきゃなんねぇよなァ」

「どうせもう言い訳は通じない。なら力ずくで終わらすまでだ!」


 何もかもに反抗するような、力強い声と言葉。

 そんな吹っ切れた様子に悠磨は、



「んじゃ、乗ってあげようか。それに」


 余裕と冷静を等しく含んだ声質で発しつつ、左手にナイフを持ったまま、刃を敵へと向ける。



「さあ、実力勝負といこうじゃねぇか」

「火竜を倒した程度で、図に乗るなああ!!」



 敵に攻撃させる。

 これこそ悠磨の狙い。ここまでの誘導は、おおむね予定通り。

 だがしかし、何故このように信用を失うような発言をしたのか。何故『戦わず』ではなく『戦って』勝つ選択肢を彼は選んだのか。その意図は、スパイもハンター二人も、受験生達さえも理解し得なかった。



 怒るスパイの男とわらう悠磨。

 もはや悪とは、正義とは何なのか。そう問いたくなるほどに、状況は単純にみえて複雑だ。



 両者の刃がキインッ、と金属音を撒き散らし、ぶつかり合う。



「んにしても、全員殺せるつもりなんだァ。ずいぶんと余裕ぶってんなァ、雑魚のくせして」

「黙れ。調子に乗るなよ」


 悠磨の煽りに対して、冷静な返答。殺す事に完全に切り替えたのか、吹っ切れた、もしくは開き直った様子。



(チッ、戦闘が始まった途端、冷静になりやがって)


 予想より早く冷静になってしまった、と内心は舌打ちしていた。


 敵は両手にタガーを持つ。三十センチほどの両刃だ。リーチの短い二刀流だが、手数は悠磨をも圧倒的に上回る。

 対して悠磨は、約十センチのナイフ。武器というより、生活用品に近い。敵のタガーに比べて厚みは無く、受け過ぎればすぐに壊れそうなほど戦闘向きではない物だ。



 敵のタガーの軌道を、当然の如く読んでいた悠磨は、右手を引いて競り合っていた刃物同士の均衡をわざと崩す。それなりに力を込めていた敵の右手は前に、それに引っ張られるように全身が前のめりになった。

 ここで悠磨は反撃には出ずサイドステップでタガーの攻撃範囲から一時的に脱出した。彼としてはカウンターを喰らわせたかったが、距離感や自身の体勢、さらに敵のバランスの崩れ具合が予想より小さかった事などを総合的に瞬時に判断しての行動だ。



 彼もナイフ一本では攻めに転じることが出来ず、躱したり受け流したりと防戦一方。間合いを取れた今のうちに、と拳銃を取り出そうと右手持ちに変える。

 だがしかし、それを予測していたかのように敵は距離を詰め、怒涛の連撃。結局拳銃を持つことが出来ず、また防御と回避に専念せざるを得なくなっていた。


 それでも、悠磨の余裕のある姿勢は崩れない。


 そんな態度が気にくわなかったのか、悠磨がバックステップで距離を取ろうとした瞬間、敵は腰を落とし、低い体勢で間合いを詰めに来る。

 が、読んでいた悠磨は右足を、地面を擦りながら少し振り上げた。


 乾いた砂が舞い、敵は目に入ったのか足を止めた。と、ほんの一瞬の隙を突いて右ポケットから弾薬を取り出す。

 しかし、その動作を見た瞬間にさせるか――と拳銃を使う隙を与えぬよう二つの刃が襲い掛かる。



(やっぱ銃を警戒してんな)


 そう思った悠磨は、空中に銃弾を放り投げた。



「え……?」


 意図の読めない行動に、その男は無意識に疑問の声を呟く。

 ただし、投げたのは空薬莢であって、そのことには気付けず、だからこそ余計な混乱を招いた。

 ここで悠磨は一気に距離を詰める。拳銃に左手を掛けながら、同時にナイフは後ろに引いて、刺突の構え。




(ナイフか、いや銃だ!!)


 スパイの男はそう予想し、警戒する。


 刹那の駆け引きだった。


 悠磨の左脚が僅かに上がる。

 敵は一瞬意識を脚に持っていかれそうになり、すぐさま左手の拳銃に戻す。フェイント――そう思ったのだろう。

 しかし半分正解で、半分間違いだった。



「あがっ……!!」


 ボレーシュートの如き飛び回し蹴り。敵の頭の高さまでに上がった足が、横薙ぎに振るわれた。

 腰を捻り、脚と膝のスイングを最大限に生かされた強力な蹴り。そこにタガーを置かれれば足を斬られかねないにもかかわらず、この大胆不敵さ。

 見事に虚を突いた一撃は左頬に深く入り、スパイは吹っ飛ばされてゴロゴロと地面を転がった。


 物理的にも心理的にも脳を揺さぶられる。

 けれどもダメージ自体は大きくない。受け身を取り、すぐさま起き上がって接近。銃を使わせまいと思っての行動だろう。

 だが驚愕による硬直は、この戦闘においては長すぎた。



 悠磨もこの隙を逃すまいと、左手で拳銃を取り出す。

 今度は銃弾による牽制けんせい、可能ならば足を撃ち抜いて行動不能にさせようと考えていた。

 引き金に指を掛け、すぐ直後にドンと一発、微かな硝煙と共に響く。


 脚を狙った早撃ち(クイックドロー)は、躱される。だがこれは牽制けんせい――のはずだった。



 なんと敵は予想に反し、最小限の動きで回避しつつ、真っ直ぐこちらへ突っ込んできたのだ。これは牽制、そう読み切っていたのだろう。

 そのため、もう一回トリガーを引く間が無かった。



「ふっ……!」


 短い吐息がさらに集中力を研ぎ澄ました、真っ直ぐかつしなやかで、無駄のない刺突。


 悠磨は半身になりつつ右手のナイフでいなす。

 すると今度は、生じた死角を突くようにと迫る逆からの刃。


 だが悠磨は、しゃがんでスレスレのところで避ける。斬撃は空を切った。

 それでも、敵の攻撃は止まない。



 前に出た右足を軸に、左の足を振り抜く。まるで屈んで躱したところを狙いすましたかのように、足が辿ろうとする軌跡に悠磨の頭があった。


 悠磨は曲げた膝をバネのように瞬時に伸ばし、後方へ回転しながら跳ぶ。

 だがしかし、ジャンプの瞬間に、敵の蹴り脚と自分の足が接触。回転はバク転のような縦回転のはずが、斜めになってしまった。



 彼にも少し焦りが生まれたのか、心の中で「チッ」と舌打ちをする。

 回転したまま、銃口を向ける。狙いなんかまともに定まってない。にもかかわらず空中で一発。硝煙の臭いを撒き、銃声が轟いた。

 同時に、作用反作用の法則により、反動により悠磨の身体がさらに後ろへ吹っ飛び、回転も増す。


 敵に弾丸はヒットしなかった。

 当たったのは、地面だ。敵がもう一歩進んだところ、数コンマ遅らせれば命中していたかもしれない。


 しかしこれは、敵を狙ったのではない。敵の動きを制限しつつ自分の間合いを保つため。

 距離を詰めに来た敵は反射的に止まり、一歩引いた。が、冷静に状況を分析しつつすぐに接近をする。悠磨の予想通り、着地の隙を狙うつもりだったようだ。



 悠磨はもう一発撃ち、再び牽制けんせい。着地時の突発的な不運にも注意を払っていたので、命中させるより、態勢を整える方を優先した。


 この拳銃の弾薬は、威力が高い分、反動もデカい。

 いくら片手で高い命中率のある悠磨でも、スピーディーな対人戦闘で、さらに空中での発射でコントロールはかなり困難を極めた。


 両足でしっかりと着地したその時――――




 シュッと心地いい風切り音が、刃に纏って悠磨へと迫る。


 思った以上に早く接近されていた。

 だが敵の左手からの攻撃を、悠磨は右手のナイフで受け止める。

 すぐさま、逆の手から刃がのびる。さっきと同じような攻め方だが、二刀流の近接戦闘オンリーであれば妥当な戦法だ。悠磨も逆の立場であれば、遠距離攻撃のできる銃を封じるためにそうする。



(そう何度も同じ手は喰らわねぇよ)


 敵の手首を悠磨は、左手ではなく足裏・・で止めた。

 さすがのスパイも「足だと!?」と驚く様子。



 次の瞬間、悠磨の太腿ふとももの上から左手。銃を持ったまま。

 ギラり、と銃口が輝く。


「撃たせるか!」


 そう吐き捨てながら、スパイの男は身体を逸らしつつ足を振り上げた。

 それを悠磨は右足だけで軽くジャンプしながら、足裏を乗せ、蹴りの威力を利用して上後方へ跳ぶ。


 また空中で、身動きがとれない――というわけではない。


 回転は全くかかってなく、さらには上から撃ち下ろせる体勢だ。

 着地の隙を狙おうにも、先程とは打って変わって正確に銃口を向けられている。今近づけば、すぐに撃ち抜かれる。それが解っているから、判断に戸惑ってしまった。おまけに銃口を向け続けれられれば、心理的プレッシャーもかなりのもの。


 予想しなかった行動の連続に、思わずスパイは数コンマ余計に硬直してしまう。



 銃をちらつかせて、別の攻撃。また銃はフェイントで、ナイフが来る、と思わせて銃で撃ってくるのが想定できるため、考えれば考えるほど読めなくなっていく。

 傍から見れば五分五分かもしれない。だが、こういったシンプルそうで複雑な駆け引きが、心理的にじわじわと追い詰めている。徐々に、徐々にだが敵は受け身になりつつある。



(必要以上に慎重になれば、それはそれで足元をすくわれんだよな)


 近づいて来るなら、動き出した瞬間に撃つ。止まったままなら、自分が着地した瞬間に撃つ。


 着地まで、スパイは動けずにいた。間合いも十分。

 今こそ、と瞬時に脚へ狙いを定めたその刹那――――





(……! 何だ急に……!!)


 身体が硬直する。ジリっと痺れるような感触と共に。

 悠磨は推測した。ドラゴンの毒か、と。


 おそらくは、ドラゴンの尻尾にあった棘による毒。あの時は右腕だけ若干の痺れを感じた程度だ。抵抗力が強いからと思っていたが、遅効性でもあったとは頭に無かった。


 疲労、痛み、出血それらが少しずつ積もっていき、身体の抵抗力が弱まった隙に、徐々に毒が全身を周り、蝕んでいったのか。



 けれども、刹那の加速思考は、解決策を見つけることは出来なかった。

 いつもながら、最悪のタイミングで起きる不運。

 そしてこの戦闘中で初めて、悠磨の顔に焦りが浮かぶ。



「もらったああああ!!」


 まるで狙い済ましていたかのように、急接近しつつ叫ぶ敵。

 渾身の一閃が、輝く流星の如く悠磨の懐へ吸い込まれていった。




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