第二話 加速する不運
帰り道、いつも通りの道を歩いていると、妙な気配を感じた。悠磨は警戒を強めながら早歩きする。
(誰かに尾けられてる。早めに帰るか)
そう思い、歩くスピードを上げて、交差点に差し掛かろうとしたその時、車が猛スピードで来る音が聞こえ、足を止めた。
(俺は運が悪いから、事故への警戒は怠らねえ。例え尾行されていてもだ)
そして、後ろに振り向き、車が通り過ぎるのを待ちながら警戒していた。人影は見当たらない。が、二十メートルほど先の曲がり角に誰かいるのは分かる。街灯によって影ができているから。
ところが、予想もしなかったことが起きる。悠磨の後ろの交差点で、車が道をふさぐように止まった。
黒塗りの車で、サングラスをかけた黒服の男が中に二人いて――
それを確認した瞬間、その車から全速力で逃げた。かなりマズイことになった、と直感的に感じとった。あと数メートルで、尾行してきた人のいる曲がり角に差し掛かる。
同時に、曲がり角よりずっと先から誰かが走ってくるのが視界に入った。
(一対四か。しかも今の俺に武器はない。ここで戦うのはいろいろと面倒だし、逃げねえと)
残り三メートル。
(隠れているやつは不意打ち狙いだろう。ギリギリまで隠れているんだから)
残り二メートル。
(だとすれば俺が気付いていることに気づいてねえな。もし気付いてるのなら不意打ちは意味がない、姿をあらわして挟み撃ちする方がマシ――と考えるはずだ)
残り一メートル。
(不意打ちを躱して返り討ち、ひるんだ隙に逃走、が最善手かな)
そして曲がり角にさしかかった時に、金属バットが見えた。上から振り下ろされる。
悠磨はバットから遠ざかるようにサイドステップ。バットが空振り、その男は驚愕の表情を浮かべ、わずかに硬直していた。
その隙を見逃さず、足を強く踏み込み、一気に敵に接近。
敵はバットを振り上げてきた。悠磨は半身になってギリギリのところで躱し、腰を入れる。そして、敵のみぞおちに、下から突き上げるように右の拳で痛打。
もろに入った。ひるんで、敵の頭が下がった。その隙に今度は髪をつかみ、顔面へ向かって右足で強烈な膝蹴り。
気絶とまではいかなかったが、手の力が弱まり、バットを手放したので、それを空中でキャッチし、ダメ押しに一発敵の顔面へ振り上げる。どうやら鼻に当たったらしく、無様に鼻血を噴き出しながら顔と腹をおさえて倒れこんだ。
戦闘時間は、五秒にも満たなかった。
悠磨は後ろを見ながら全速力で逃げる。その敵は二、三秒ほどうずくまった後、その体制のまま銃を向けてきた。
(こんな状況初めてじゃねえからな。脅しにもなんねえぞ)
冷静に、敵を観察。
(銃口はふくらはぎあたりか。殺さず、動きを封じるってことか)
悠磨は指の動きを見て指が動いた瞬間、右に避けた。銃弾は外れた。
撃ってきたその男は鼻血を垂らしながら、驚きで目を見張る。
だが安心はできなかった。曲がる前、こっちに向かって走ってきた人が立っている。さらにそいつも銃を向けてくる。
(この状況で銃二つを避けるのは厳しい。どっかに隠れねえと)
次の交差点まで一メートル。だが、交差点と言ってもT字路で、真っすぐと右しかない。
悠磨は右に飛び込み、銃弾を回避する。重大なミスに気づきながら。
すぐに起き上がり、前方を確認。
そう、重大なミスとは、さっきの黒い車が動いてこっちに曲がってきたこと。
目の前の敵ばかりを考えていて、他の敵の存在を忘れていた。
(俺としたことが、油断した!)
車から筋肉質の男二人が降りてきた。どちらとも銃でもナイフでもなく、素手で悠磨に向かって走ってくる。
その距離約二十メートル。
悠磨はすぐに切り替えて、次の行動を考える。
(このバットで戦うか? いや、逃げるべきだ。後ろから銃持ちが来ちまう)
残り十五メートル。
(一対二の接近戦なら勝てるが、一対三で一人銃持ちは無理だ)
前方と左右を瞬時に確認。対処法を考える。
残り十メートル。
(左の塀は二メートルもねぇ。ならば――)
持っていたバットをブーメランのように投げる。二人は予想外の行動だったからなのか、わずかに動きを止めた。
悠磨はこの隙に飛び越えようとする。不法侵入だが、仕方ない。
そして見えたのは塀の向こうの家――――
ではなく夜空だった。
悠磨は転んでいた。
(何でここに、こんな時に空き缶が……)
運悪く、空き缶を踏んでしまい、転んだ。
背中から落ちたものの、買ったばかりのマンガを入れたリュックがクッションとなったのか、痛みはそれほどない。
だが、その重みのせいで起き上がるのがわずかに遅れた。
(なんでリュック背負ったまま逃げてんだよ! どっかに捨て置くべきだった!)
後悔していたが、時すでに遅し。
悠磨が起き上がるより先に敵の男たちが駆け寄り、拘束され、麻酔らしきものをかがせられた。息を止めるのが一瞬遅かったようだ。
(……不運が……今日かよ……クソが…………)
意識を失う直前、自分の不運を憎んだ。ここ数日で、一番憎んだ。