第二十一話 千丈の堤も不運の穴より崩れる
悠磨は諦めずに、マンガを探して本屋巡りを続けていた。
狭い路地に入ったりして、知らない道を記憶しながら彼は歩き続ける。暗く、人通りがほとんどないだけあって、怪しい雰囲気の店もそれなりにあった。実際悠磨は、この手のものには割と興味がある。不運にもかかわらずだ。
十中八九狙い通りの物が手に入ることはない。が、稀に掘り出し物を見つけることがある。悠磨が磨き上げた観察眼という実力が。ただし、その掘り出し物も基本的には彼の興味が無い物ばかりだが。
けれども今回は違った。パッと見て本が無いと分かった瞬間、即スルー。一回だけ、「そこの兄ちゃん、ちょっと寄って来んかい?」と誘われたが、「今日は結構です」と言い放ち、即去り。
しばらくして、少し道が広い場所へ出た。
低い建物ばかりで、光がしっかりと照らされ、先程までの怪しげな雰囲気が一転、和やかな空気が漂う。
それでも変わらず探し続けていると、ひっそりと気配を殺しているのと同時に、関わるなと厳かなオーラを纏ったかのような古びた鍛冶屋らしき建物が目に入る。
悠磨は少し気になり、建物の入り口に立ち、中を覗く。
金床、火炉、ハンマーなどの鍛冶で使いそうな物から、鋳造用の鋳型など製造で使う彼が知ってる物もあれば、円形の筒に鎌に似た何かが突っ込まれた、初めて見た得体の知れない物まである。錆びたり、ボロボロになっているものが多いが、もう使えないというわけではなさそうだ。
武器や防具といった類のもの、売り物となりそうな物は見当たらなかった。
しかし、気になったことはそれだけではない。
(何で誰もいねぇんだ?)
至極当然な謎。これだけ設備や道具が揃っておきながら、中に人の気配は全くない。それどころか、ここ最近使用された形跡もなかった。
武器屋や鍛冶屋の需要は多いはずだ。外には危険なモンスターが多く存在するのだから。ハンターなら間違いなくお世話になっているだろう。
だからこそ、悠磨は疑問に思っていた。
なので、近くにいたおじさんに声をかけ、質問する。
「ここって誰か住んでいたんですか?」
「あー剣條さんか。町一番の鍛冶職人って言われてたぜ。けどよ、どっかの町に引っ越したらしいんだ」
「剣條……ですか。なるほど。ありがとうございます」
礼を言ってその場を立ち去ろうろすると、今度はそのおじさんから話しかけてくる。
「ん、何だ? お前さん、ここの人が気になるのか?」
「ええ、そうですが」
「だったら理事長に訊いてみるといいぞ」
その予想外のセリフに悠磨は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに切り替えた。
「えっと……なぜ理事長ですか?」
「何でってそりゃ、あんなに優しい人なら大抵のことは答えてくれるぞ。権力もあっていい身分なのに、凄く人あたり良くってさ。あと――」
「分かりましたありがとうございます。では自分も訊いてみます」
「お? そーか」
長くなりそうな気がしたので、話を途中で切った。自分から尋ねたにもかかわらずだ。
もう一度鍛冶屋の建物の前に立ち、中をよく観察しながら、思考に耽る。
(理事長……上っ面だけはいいみてぇだな)
頭の中での言葉だが、失礼極まりないことを思う悠磨。
とりあえず理事長の事は一旦忘れ、本来の疑問に頭を切り替える。
(町一番、引っ越した、か。もう二、三人は訊いた方が良さそうだな)
もう少し情報を集めたいと思い、その後近くにいたお爺さんやお婆さんに軽く質問したが、ほぼ同じ返答だった。理事長の事含めて、だ。
複数人から同じことを言われると、普通の人ならついそれが正しいと錯覚してしまうかもしれない。しかし悠磨の場合は、
(引っ越したんなら、道具とか全部持ってかねぇのか? 鍛治屋の命のはずだろ。無かったら仕事になんねぇだろ。新しいのに買い換えるとしても、古いモンに愛着ねぇのか? ならせめて古いモン処理しとくはずだろ。危ねぇんだから。そんなテキトーな奴が、ホントに町一番の鍛治職人なのか?)
疑問やおかしな点が次々と頭に浮かぶ。というより、不運なせいで何に対しても信用せず、まず疑うだけだが。
(けどあの人たち、ウソ言ってる顔じゃなかったな。とすれば、誰かが引っ越したと勘違いして、そして広まったって可能性もあるな。ただ、理事長に対する信頼っぷりが妙に怪しいんだが……)
理事長が広めた説も考えたが、やはり信用できる情報が少なすぎて、簡単に判断を下すことができなかった。
すると、ふと昨日のみずなの発言が頭をよぎる。
■■■
――――「よくわからないのだけど、ユーく……ゆうし君とそのお父さんが急にこの街から追放されちゃって」
――――「ううん……外に……」
――――「そ、そんなことない! ゆうし君も優しかったし、お父さんも町一番の鍛冶屋ってだけですごくいい人だったもん!」
■■■
(情報が錯綜してんな。どれが嘘で、どれが真実だか)
悠磨はこれまでの事を思い出し、何か引っかかるな、と感じていた。
(かといって、みずなもウソ言ってる顔じゃなかったんだよな。とすりゃ、どっちかが間違った情報を聞いたっつー事になるが……いや、両方違う可能性もあるか。あーダメだこりゃ、考えても無駄だ。情報源でも調べねぇとな)
出どころを特定するため、その事について誰から聞いたのかを尋ねようと考えた悠磨は、何かに気づく。
(だとしたらみずなは、何で追放されたことを知ってんだ? どうやって知ったんだ?)
※ ※ ※
その後も一応本屋探しを続けていたが、あの二店舗以外のは見つからなかった。
夕日が沈みかけてきた頃、家に帰ってくる。時間は『こっち』ではだいたい五時半。
鍛冶屋の件についてはメモをしておき、一旦保留。違和感を拭えないことに「気持ち悪い」とか「俺は運が悪い」などと思ってしまうが、まともな情報が無い以上、仕方のないことだった。
そんなモヤモヤを抱えたまま、ドア横にある玄関のスイッチを押す。
(やっぱ電気つかねぇな。電力会社とかに言いに行きゃいいのか? つーかそもそも、ここの電力会社ってどこ? どうやって電気作るんだ? 発電所どこだ? やっぱり火力か? 原子力? それとも魔法発電とか……ありそうだな)
ずっとカチカチ音を立てながらそんなことを考えて、ふと上を見ると、彼はあるものに気づいた。
「いや、まさかな……」
ブレーカーの存在を確認。やはりというべきか、それは落ちていた。
無言のまま手を伸ばし、ブレーカーを上げ、部屋のスイッチを押す。
「…………………………」
電気はついた。
らしくないミスに呆気にとられてしまう。
「俺は運が悪い……とかそういうレベルじゃねぇよ……」
運が悪いからだとかなんだとか言っていたが、これは明らかに悠磨の痛恨のミス。
別に何かを失った訳でもないし、誰かに知られたわけでもない。
だがこういう小さなミスも、彼の不運が奇跡みたいな連鎖反応を引き起こし、とんでもない事故や事件、悪く言えば厄災レベルの出来事だって起きてもおかしくない。というか過去に悠磨はそういったことがあった。
なのに忘れていた。不運と些細な事を見逃すことは、全く別物だという事を。ネガティブな気分で全部受け流すな、という事を。
気を引き締める。気を落ち着ける。彼には普通の人の何倍も重要なことだ。
一瞬の油断が、気の緩みが、自身の生死を左右するから。それは『あっち』でも、『こっち』でも変わらない。どんな時でも不運は変わらない、いや変わってくれないから。
「なんつーか……冷静ぶっておきながら、俺はまだついていけてなかったみてぇだな、この現実によ」
※ ※ ※
こっちの時間で午後六時頃。修行二日目。
夕日が半分ほど沈んだ頃、お互いの木刀同士がぶつかり合い、乾いた音だけが公園に響く。
みずなは筋肉痛だが、本人の意志により予定通り行っていた。
彼女は積極的に攻撃を仕掛けるが、悠磨は難なく躱していく。
右上から左下へななめに振り下ろす。袈裟斬り。
これを悠磨は半身になって回避。が、みずなの攻撃は止まない。
そこから横へ薙ぎ払い。彼はバックステップで避ける。だが、
「やあ――――ッ!!」
左足と左半身を前に、強く踏み込む。そこから腰を捻って重心を前に、真っ直ぐ、鋭い刺突。
それに対し悠磨は、木刀の刀身を向ける。
ガズッ――と微かに、乾いた音が生まれる。が、それだけでは終わらなかった。
「あ……!」
みずなの驚きの声。
悠磨は身体を回転させながら、木刀を相手の突きとほぼ同じスピードで引き、勢いを吸収していた。そして、受け流すと同時に引っ張られたかのようにみずなの全身が前のめりになる。
攻撃範囲は狭いにもかかわらず、いとも容易くいなした。それは、悠磨が直接教えたものだから。彼自身がこの連撃をよく知っているから。
当然ながら、これの対処法を知るはずのないみずなは、不意を突かれ、重心が前に大きく傾き、体制が崩れる。
両膝を地面についてしまったが、すぐさま空いている左手を使って立ち上がろうとして振り向いた刹那――
悠磨の木刀が、彼女の首元へ寸止め一閃。
ゴクリ、と息を吞むみずな。本物の刀であれば簡単に首をはねられていた、と痛感したのか、彼女は張り詰めた表情を浮かべる。
「なるほどな。一日でここまで動けるようになったのは良い」
「え……?」
想定外の言葉に、ポカンとした顔のまま呆然とするみずな。
「けど成長してねぇ」
「…………???」
はたして彼女は、彼の言葉の意味を理解できているのだろうか。
悠磨は表情から察する。全然分かってねぇな、と。
「さっきから同じパターンしか使ってなくね? つーか、俺の教えたヤツだけじゃん」
「あ……」
彼が何を伝えたかったのか、みずなは少しは気づいたようだ。
彼女はゆっくりと立ち上がって、悠磨の話に耳を傾ける。
「少しは自分で考えてみるなり、工夫した方がいいぞ」
「う、うん……」
悠磨は頭の中で、今日まで二日間の、みずなの動きを振り返ってみる。
まず、みずなの三連続の剣撃。昨日悠磨が教えた技の一つ。
筋肉痛であるにもかかわらず、一つ一つの動作が速く、キレもある。
ただ、良くも悪くも動きをマネているだけだ。良い面は、早く効率よく成長できること。悪い面は、それ間違っていたり自分の身体に合っていない場合、遠回りになってしまったり、最悪自分の身体を壊してしまいかねないこと。
しかし悠磨が最も危惧している問題はこれらだけではなかった。
何も考えていない、ということだ。何も考えなければ、型が偏りやすくなるし、決まったパターンしか使わなくなる、使えなくなるなどといったことが起きる。
と、そこまで考えていると、気づく。何かしらの流派とか、そういったものが何も感じられないということに。
さすがにこれは訊きたい、いや訊かなければならないと思い、尋ねる。
「そういや、他の誰かに剣術とか教わらなかったのか?」
「うん、ピンときた先生とかいなくて」
そのセリフに、ピクリと反応する悠磨。
少しばかり冷たい口調で、話を続ける。
「お前、ハンターになるって決めた理由は?」
「え……? 昨日言ったよ? 助けたい人がいるって」
「ならさ、教えを乞う人を選り好みする余裕はあったんか? もしくは、自分で頑張るって気にはなんなかったんか?」
「え、えっと……」
みずなは言葉を失ってしまった。
悠磨はため息をつきながら、落ち着いた声で語り始める。
「確かに、目標があるのは良い事だし、断固たる意志も感じられた。ただ言われてやってることじゃねえってのも理解はした」
そこから若干声のトーンを下げて、冷静に、冷徹に話を続ける。
「だけど行動が伴ってねぇ。それじゃあ口先だけの薄っぺらい奴って思われんぞ。本当に貫きたい目標や決心があるなら、まず自分で考えて動け。人に頼ってたり、何にも考えずただマネしてるだけじゃ、たとえ目標を達成したとしても成長したとは言えねぇぞ」
「そ、そうだよね……」
傍から見れば、何偉そうなこと言ってんだこのガキ、と思うかもしれない。
だが悠磨は、言葉だけでは表現しきれないような芯を持った説得力がある。そのことに関しては、みずなも感じ取っていた。
とはいえ、ここまで言うのにも理由はある。
そもそも彼は人間を嫌っている、というわけではない。ただ、何も考えず周りに流される人を非常に嫌っている。それは自分がそうなりたくないだけでなく、そういった人たちの無自覚な行動によって散々不運な目に遭わされてきたから。
彼女もそうなりかけていたからこそ、言わなければならなかったのだ。嫌いになって、もう関わりたくないと思う前に。
(ちょっと言い過ぎたかな。かといって甘やかす事は出来ねぇしな。さて、どう受け取ってくれるか。考えさせる時間でも作るか)
悠磨は身体をクルッと回転させ、背を向けたまま口を開く。
「少し、休憩するか」
そう言って、彼はベンチに座った。
※ ※ ※
五分ほどの休憩を挟んだ後、修行が再開される。
みずなの剣撃を右へ左へと躱し、時に木刀で防ぐ。
その連続攻撃が止んだ瞬間、悠磨が低い体勢から刺突。
パターン化された攻撃では、隙を突くのは容易。ましてや自分で教えた技だ。
まだ二日目だし、そう簡単に変われるワケないか――と心の中で思いながら、相手の右頬スレスレを狙って直線的な突きの一閃。
より間近に速い攻撃を仕掛け、目を速いスピードに慣れさせる、反応速度を向上させる、そういった意図での行動だった。
それなりに危険だし、一歩間違えれば目が潰れるといった大ケガの可能性も無くはない。だがしかし、今厳しくしなければこの先がなくなる。その上、ダメだと判断したら引導を渡してやるのも師匠の役目。そんなことを考えながら、冷静に動く。
剣先がみずなの頬横へ真っ直ぐ伸び――――
「なっ……!?」
驚愕の声を発したのは、悠磨の方だった。
みずなは全く同じパターンから一転、唐突に身体と木刀が全く予想のつかない動きをし、悠磨の刺突をいなした。さっき彼がやった技の一つだ。
一見、悠磨の技をコピーしただけのようだが、見よう見まねできれいに成功させるのは非常に難しい。
そもそもこれは相手の行動を読み切れなければまず成功しない。それどころか、外せば相手に大きな隙を与えてしまう。
(誘ってたのか……!? まだ何も教えてねぇのに、タイミングもほぼ完璧じゃねぇか……!)
全く同じパターンをあえて使い、悠磨の攻撃するタイミングを誘った。そしてまんまと引っかかってしまった。悠磨はそう推測する。
みずなが自分自身で考えて使ったかどうかまでは分からない。が、一つ言えることは、
(単なるコピーじゃねぇ……!? しかも短時間でここまで……!)
さすがの悠磨もこれは予想外。彼が教えたのではなく、実戦で吸収し、自らのものとして使う。つまり技を盗む、ということ。その学習能力には、思わず悠磨も舌を巻かざるを得ない。
結果として、彼は前のめりになり、若干の――彼にとって致命的な隙が生まれる。その瞬間――――
「やあぁ――!!」
みずなが両手持ちに変え、木刀を振り下ろす。
悠磨は片膝をついたまま振り向くので精一杯。どちらから、もしくは傍から見ても彼にヒットする、そう思えるほどの状況。だが、
(……遅い)
剣のスピードが若干だが緩んだのだ。
みずなの垂直斬りに対し、悠磨は両手で木刀を水平に支え、正面から受け止める。
そして、立ち上がると同時に押し返した。みずなは少しよろめきながら、後方へ下がる。
悠磨の方が当然筋力はあるので、純粋な力比べならみずなに負けることはない。
しかし、今彼が考えているのはパワーの問題ではなく、
(やっぱ、人に剣を向けるのはためらったか。本気でやってほしかったけど、いや、その優しさを否定するのもな……なんて言やぁいいんだか)
セリフ選びに戸惑う悠磨。みずなと無言で向き合いながら、何を言うべきかと考えている。
一方みずなはというと……
(怒られると思って、何か変な動きしちゃったけど……良かったのかな?)
どうやら彼女は、同じパターンを使っていたことを自覚し、何かしら行動に変化を加えようとはした。だが、攻撃か防御か中途半端な動きをしてしまった結果、受け流しになって悠磨の体勢を崩すというとんでもない奇跡を引き起こしていた。
(ユーくん転んじゃってたけど……当てても良かったのかな……?)
もはや自分がやったという自覚すら無かった。
悠磨が不運だったのか、みずなが幸運だったのか、そんなことは誰一人として知る由もない。
※ ※ ※
修行を終え、帰り道。二人でいつもの道を通る。
昨日よりは早く切り上げたが、とっくに日は沈んでいる。
だが商店街はまだ人がそれなりに行きかっており、店も営業中のとこが多い。すると、
(…………見られてんな。しかも二人かよ)
唐突に、視線を感じる。『見られてる』というのは、当然だが店員や客の視界に入ったという意味ではない。明らかに自分、もしくは自分達を意図的に見ている。皮膚にとげがチクチク刺さるような、不快な感触。それが背中の右側の方にある。
自分が意識的に気づいたというより、身体が無意識に反応した、と言ったほうが正しい。不運なだけあって、こういった類のものにはかなり敏感なのだ。不運が生んだ、いわゆる第六感というやつなのかもしれない。
(理事長が何かしてきたのか? それとも別のか……理事長ならどんな目的……分っかんねぇ。アイツ、何考えてんのかよく分かんねぇんだよな)
真っ先に疑ったのは理事長。当然というべきか、悠磨は信用など全くしていない。聞き込みによって、不信感はより増していたのだった。
(とりあえず、まだ今は様子見しか出来ねぇけどさ、何でこう……立て続けに面倒事が起きんだよ)
不運の連続によって疲労が溜まっていたせいか、無意識に、ため息交じりに、ポツリと呟いた。
「ったく、俺は運が悪いなあ」
悠磨が突然声を発したせいなのか、みずなはビクッと反応したが、そのことを気にかけるほどの余裕は彼に無かった。




