第十九話 魔法は不確定要素で、不運の塊
図書館の内部は、詩やエッセイ、小説、歴史など様々な本が置いてある。ざっと見た限りでは、これといった日本との違いは見受けられない。が、歴史などの中身は日本と違うはず。
それも多少気になってはいるが、悠磨はそれらには手をかけず、端から棚を一つずつ確認し、魔法についての本を探す。
(マンガで読む分にはいいんだよ、面白いから。けどこれは現実だ。不確定要素を簡単に鵜呑みには出来ねぇ)
彼は不運だから、運の関与するような不確定要素があると、ほぼ確実にうまくいかない。
なので原理原則をよく知り、法則性を理解するために調べる。だが、
「え……これだけ?」
一通り見て、最後の棚に一冊あった。タイトルは『魔法のエッセンス』
(魔導書は!? 何で魔導書が無ぇんだ! 何なんだこの安っぽい参考書みてぇなのは!?)
ページ一枚一枚が厚めのしっかりした紙だが、総ページ数は少ないので、それほど分厚くはない。
(何で魔法の本がコレしか無ぇんだよ! ホント俺は運が悪いな……いや、これを不運のせいにしちゃダメだな。何か理由があるはず。何故ほかに無ぇのか?)
元々無いのか、誰かが借りてるのか、今の悠磨には知る由もない。だが、手掛かりとなるのはこれしかないのも事実。
(ま、一冊あっただけまだマシか)
仕方ないと思い、席に座ってその本を読み始める。
その本には長々と文章が書かれていたが、要するに、空気中には『魔法素』という物質があり、その物質を利用して魔法陣を作り出し魔法を発動する、ということだ。
(魔法素……原子? それとも素粒子? つーか魔力とかマナじゃねぇのか?)
また数ページにわたって文章が続いてあり、要約すると、決まった呪文を唱えると魔法が発動する、とある。
(その呪文は何だ……?)
だが、次のページから書かれていたのは、火や水、風などの魔法のイラスト、そしてその解説だけだった。
(……………………手抜きか?)
そしてそのイラストも、絵本のような、子ども向けかと思われるものだ。
(肝心の呪文は!? 何で呪文が書いてないの!?)
呪文らしき文字は一つたりとも見当たらなかった。
いかにも怪しい感じの本だ。とてもじゃないが、この情報を簡単に信用出来ない。
だが、魔法を知るための手掛かりがこれしかない、不運なことに。
(つーか何でこんな本しか無い? もしや、情報の統制とかして、魔法の不当な使用を抑制するためか? まあ、そこらへんはそのうち調べるか)
そもそも彼は、魔法を使うために知るというより、使われた時の対処法を知っておくためにこの情報を得ようとしていた。
だが、肝心の本が役に立ちそうにない。なので、実際に使って、自分の力で探っていくしかないと思い、図書館を出た。
※ ※ ※
悠磨は図書館を出て、いつもの公園へ向かった。
昼近くなのか、日はほぼ真上へと昇っていて、ポカポカと暖かな風が、舞い散る桜と共に春の陽気を感じさせる。
これほどのお花見日和にもかかわらず、誰一人として公園にはいなかった。
悠磨にとっては都合がいいかもしれないが、自分一人だけこんな場所に突っ立っていると、周辺から見ると相当浮く。不審者扱いされると面倒なので公園の端っこの、ベンチの隣の、茂みが多く視界を遮りやすい場所へ移動した。
「さてと、適当に実験でもしてみるか」
そもそも彼が公園に来た理由は、魔法について知るため。さすがに図書館で試すなどといったバカなことはしない。運が悪い彼の、不運なオチが目に見えているから。
悠磨は一旦深呼吸をする。そして右腕を伸ばし、手のひらを上に向けた。
そこから魔法陣を描き、手のひらに収まるサイズの炎が、メラメラと燃えるイメージをしながら、
「…………ファイヤー」
めちゃくちゃ適当に唱えた。
呪文を何一つ知らないので、とにかく当てずっぽうで、思いつきでいろいろ試す。正しい言葉に触れて魔法が少しでも発動の兆しが見えるはず、手ごたえを感じるはず――と悠磨は考えていた。
非効率的だが、これといった実験器具が一つたりとも無い今はこの方法しかない。
だが、呪文とはよべないこんな適当なモンで発動するわけないか――と思うより一瞬早く、
「え………………マジ?」
イメージとは若干違うが、手から円形の魔法陣が出現し、そこから握り拳程度の大きさの炎が出た。それは一秒にも満たないわずかな時間だったが、確かにこの手で発動した。
(俺は運が悪いから、こんな思い通りにいくとはこれっぽっちも思ってなかったんだが……何故できた?)
そう考えていた悠磨に、一つの仮説が頭に浮かぶ。
(呪文は何でもいいの……か?)
その仮説が正しいかどうか検証するため、今度はさっきと同じイメージで、
「フレイム!」
すると、さっきと全く同じように炎が出現した。
炎と魔法陣が消えた直後、
「…………バーニング!」
また同じような要領で、違う単語を発したが、やはりほぼ同じ魔法が発動した。
(魔法の発動はイメージ次第ってことか?)
そう考えた悠磨は、今度はマッチ程度の火をイメージしながら、
「ファイヤー」
すると、さっきとは異なる大きさの火、マッチでつけたような火が手のひらから現れる。
魔法陣も指のツメ程度の大きさで、火は一秒ほど点いた後、魔法陣と共に消えた。
(次は無詠唱でもやってみるか)
最初の炎のイメージを浮かべ、
(ファイヤー)
心の中で唱えた。しかし、何も起こらない。
「あれ……?」
同じイメージで、別の呪文を心の中で唱える。
(フレイム)
しかし、何も起こらない。
今度は、マッチ程度の火で、
(ファイヤー)
しかし、何も起こらない。
これらの簡単な実験から、悠磨は考察し始める。
(イメージが重要で、呪文は関係ない。だが何かしら声を出さなくてはならないってことか? じゃあ呪文がどうとか関係ねぇじゃん! あの本、ウソ書いてんじゃねぇか!?)
図書館で読んだあの本が、早速嘘の情報と分かった。
(何故間違った情報が書かれている? 筆者のミスか、それとも故意か……なら人々に魔法を使わせないためか? 確かに、それならありうるが……それは一旦置いとくか)
彼は近くのベンチに座りながら、熟考する。
(もしや俺には魔法の才能が、ってのはありえねぇな。俺は運が悪いから、こんな都合よくいくはずがない。これはそういう物理現象、そう考えるべきだな。そんで確か、魔法素ってのがあったな……って、あの本の内容、合ってんのかどうか分かんねぇけど。まあいいや、とりあえずあると仮定して話を進めるか。間違ってんならどっかで矛盾が生じるはずだ)
最初の疑問が頭に浮かぶ。
(そもそも魔法素とは何だ? 原子なら、化学反応とかで魔法を生み出すっつー線もあるな。じゃあ素粒子は……こっちの方が未知のモン多いけど出来ること多そうだな、って考えてもキリがねえぞ。いいや、魔法発動の仕組みの解明を先にやるか)
一度切り替えて、魔法そのものについて悠磨は考え始める。
(イメージを読み取るなら、魔法素が脳波を読み取るのか? どうやって? いや、もしそのままそれが脳波を解析してくれるなら声はいらねぇから……待てよ、声がないと発動できない……声がないということは……振動とかが、起きねぇな。振動、波…………とすれば脳波を声の波に乗せるとかか? なら脳で発するイメージをどうやって声に伝えるんだ? そこで魔法素が……そしたら体内に魔法素がなくちゃいけねぇ。体内に取り込むなら、食事か呼吸しか思いつかねぇが……)
顎をさすりながら、思考に耽る。周りの音が聞こえなくなるほどの集中力で。
(そもそも魔法素が空気中にあったらの話だろ。それが無かったら、例えば体内の魔力とか何らかの器官を使うとか……そしたら俺が魔法を発動できるわけねぇか。なら……)
次々と推測していくにつれ、関係ありそうな情報も記憶からどんどん引っ張り出したせいで、彼の頭の中はかなり混乱してきて――
(あァァァァァ!! 分からん!!)
口にしたい衝動をおさえ、心の中で思いっきり叫びながら、悠磨は頭をかいている。その後、一度深呼吸し、
「よし、一回メモして整理するか」
悠磨は普段からポケットに入れてあるメモ帳とペンを取り出す。そして、樹形図のように推論と疑問を次々と書いては繋げて、関連性のある情報も付け足しながらまとめる。すると、割と重大と思える謎が頭に浮かんでくる。
(つーかさ、声とイメージで発動させるってことは、おしゃべりしてる時にポンポン魔法が出るんじゃねぇか? 危なくねぇか? それなら……)
ならば、強いイメージとか、発動する意思が必要だろ――と考えた悠磨は、イメージや意志の強弱を変えて実験してみようと――
(イメージ力を変えるって、どうすんだ?)
簡単そうで意外と難しい壁にぶち当たった。
とりあえず五回、イメージに強弱をつけて発動する。
結果は、何もイメージしない、何も考えない時は発動しなかったのに対し、さっきまでのように強くイメージすれば発動する。しかし、どの程度しっかりしたイメージをすれば発動出来るのかは、この実験からは何もわからなかった。
発動する意志についても同様に行った。「発動するぞ」と強く思えば発動し、その逆はしないと、かなり曖昧な結果しか生まなかった。
(そもそもイメージ力とか意志の力とか数値化できねぇし、どうすんだよコレ……。イメージの数値化……脳波を解析でもすりゃ……いや、それ以前に何にも機械とか無ぇしな)
ここで、理系脳モードで理論的に考え過ぎじゃないか、とふと思った悠磨は、今度はマンガ脳モードに切り替える。そしてマンガやアニメの記憶を引き出し、ファンタジー的に考えてみようと――
(マンガ脳モードなら簡単にイメージとかできるが、調節が上手くいかなさそうだしな。イメージだけで使うなんて、不安要素しかねぇよ。俺は運が悪いから、魔法を使ってコントロールできず暴発する――なんてのは容易に想像ができちまう)
不運な彼は、普段から最悪の状況を想定し、そこから逆算して行動を決めることが多い。それゆえ、イメージによって魔法を形作るというのは、悠磨との相性は良いとは言い切れない。
出来るとしてもさっきみたいにサイズの調整くらいだろう。
(なら最初は何で上手く出来た? ほぼイメージだけでやったのに。マンガ脳モードでもできるんじゃねぇのか?)
最初に成功したのは、本が信用できず、だからこそ自分でやってみようと、未知への好奇心などが働いていたからなのかもしれない。もしくはマンガやアニメでよくある魔法というものが、彼を興奮させたからなのかもしれない。それらがネガティブな思考をシャットアウトしてくれたという可能性も無くはない。
しかし今は、冷静に分析をしたのでリスクや危険性といったことも考慮してしまっている。おまけに、さっきまでの実験のデータ以外に、まともな情報がない。なので、先ほど成功した二つ以外の魔法を使うのを悠磨はためらっていた。
(俺は運が悪いから、魔法を物理法則と認めらんねぇうちは頼りたくねぇな……さて、どうするか)
結局どういう理論なのかは皆目見当がつかず、全く進歩がないまま、
「あー分からん! もういい次! この火の魔法調べだ」
行き詰った彼は、別の視点から調査しようと、今度は火の発生の過程から推察する。
(火なら熱エネルギーを生み出し、可燃物と酸素も利用して炎を生成する。物理現象っぽく考えるとそういうことだな。なら熱エネルギーはどうやって? 摩擦熱とかは……こんな小さなモンには難しいだろうな。原子だったら化学反応で……そしたら他の物質は何だ、って話になるな。素粒子でエネルギー……なら量子力学で考えると……そしたら今度は波も考えなくちゃなんねぇし…………)
何かに気づいたのか、彼は顔を上げ、
(波……声……振動……もしや声でエネルギー……熱運動か? 声で魔法素が熱運動し……あれ? じゃあ魔法を発動するときは? 魔法陣は?)
ひらめいたと思ったらまた詰まった。だが、悠磨はこれが一番可能性が高いとみて、熱運動だと仮定し、進めていく。
(で、着火源は何だ? 魔法素か、魔法陣か……いや、魔法素が燃えたらかなりヤベーぞ。そこらじゅう火の海……いや、火の空中か? って今はどっちでもいいや。とにかく魔法陣が燃料的なモンとしか考えらんねぇ。じゃあ魔法の発動自体が熱を作って、魔法陣が燃える? それだとしたら、他の魔法はどうなんだ?)
また行き詰った。だが、他にどんな魔法があるのかはよく分からない。あの参考書的な本には水や風などのイラストも載っていたが、正直信用はできなかった。
前に病院にて洗濯の時も魔法を使っていたらしいが、悠磨は自分の目で見れてないので、水を生成して洗ったのか、元々用意してあった水を念力のように動かして洗ったのか、もしくは悠磨も知らない全く別の方法なのか、彼には分からない。
回復魔法らしきものが使われたが、これにいたっては全然予想がつかない。
結局、火以外では推測しにくいため、これを異なる観点から考えていくしかなかった。
(火が一瞬で消える理由は? 熱が一瞬で空気中に流れたってのは考えにくいな。酸素が無くなったってのも違うな。普通に呼吸は出来てるし。とすれば、燃料的なモンの魔法陣か、魔法素が足りなくなったのか。あれ? じゃあ空気中の魔法素が今は無ぇのか?)
そう考えた悠磨は、また腕を伸ばし、手を上に向けて「ファイヤー」と唱えると、同じように炎は出た。一瞬だが。
(魔法素はまだあるな。けど、また一瞬で消えた。練習すりゃ、長時間使えるようになんのか? それ以前に、熱作るんだったら酸素とか窒素が分子運動するってのはねぇのか? そういやコレ、本当に火なのか?)
長い思考の末、疑問はそこにたどり着いた。けれども、これを確かめるのは簡単だ。
左手で持ったままのメモ帳から紙を一枚抜く。これは本物の『火』なのか、紙がちゃんと燃えるかの実験を始める。
(この火は偽物なのか? だとしたら、魔法ってのはただ脳のイメージを映しただけ、魔法陣というレンズを通した立体映像みたいなモンってことになるのか……)
さっきまでと同じように魔法を発動し、その手の上に紙を近づける。
すると魔法の火は約一秒で消えたが、その火に触れた白いメモ用紙は、黒く染まって灰をパラパラと散らせながら燃えていった。
「燃える。熱もある。偽物の炎じゃないってことだな」
身の回りの道具で、ほんの少しずつだが解明できる。そう気づいた悠磨は、手に付いた灰を落とし、ポケットに手を突っ込んで、スマホを取り出す。
何をするか考え、思いついたのは――録音して、一度デジタルデータに変換されたらどうなるか。
(さすがに声だけで脳波とかイメージとかを記録するのは無理だろ。普通に考えたら発動しねぇよな)
ちょっとした思いつきだが、彼は考えるよりも行動したい気持ちが今は強かったので、それを即座に実行する。
スマホを左手に持ち、右手を伸ばしたまま「ファイヤー」と声に出し、それを録音。この時も当然、炎の魔法が発動した。
そして再生。
『ファイヤー』
発動しないと思っていた。だが、
「…………………………………………はぁ!?」
さっきと同じように、炎は魔法陣からメラメラと燃え上がった。生の声で発動した時よりも小さく、時間もほんの一瞬だったが。
「いよいよ訳分かんなくなってきたぞ…………」
矛盾が生じてきて、悠磨の脳内はパンク寸前になった。




