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絶対不運の実力主義者《アビリティエスト》  作者: Haruma
第一章 超絶不運の始まり編
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第十八話 明日ありと思う心の不運桜



「あれってきっと、ご飯がなかったのだよね。てことは、わたしのせい!? どうしよう……。ご飯分けた方がいいよね。でも……」


 雲一つない快晴で、少し肌寒い風が吹く中、みずなは二〇二号室の前に立っている。手ぬぐいに包まれた弁当箱を持って。



「うぅ……なんて言おう……。ご飯作り過ぎて余っちゃったからあげる、とか? 朝ごはん一緒に食べようとか? う~ん……でも、師匠へのお礼として……やっぱ昨日のはわたしのせいだから、そのお詫びとして…………」


 周囲に誰もいないのに、ウロウロしながら一人で言い訳をしていた。


「べ、別に……恥ずかしい事なんて何も……」


 そして、昨日の出来事を思い出す。初めて会った時、思いっきりぶつかって……



「でも……き、昨日のは事故だし…………」


 ブルブルと首を振るみずな。そして、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 「よしっ」と小さな声を発して、ピンポーン――とチャイムを鳴らした。だが、



「あれ?」


 何の応答もない。次にドアを叩く。ノック音に対して、何の返事もなかった。



「……留守? 出かけてるのかな? え、でも、だって……」


 彼女は首をかしげながら、


「まだ七時だよ……?」



  ※  ※  ※



 悠磨の朝は早い。

 朝は五時に起き、顔を洗う。そしてストレッチをして身体をほぐした後、外に出てランニング。

 それが日課だった。昨日までは……。



「えっと、今何時だ?」


 目を覚ました悠磨は、腕時計のライトをつけた。その画面は『5:00』と表示している。だが、外は真っ暗。

 日本とここの時間はズレている。それだけは分かっているが、どれくらいの時差があるかはまだ判明してない。だがそれ以前に、



「こんな異常事態だってのに、身体は平常運転かよ。ていうか、三時間も寝てねぇな。これは良いんだか悪いんだか……」


 ズボンのポケットからスマホを取り出す。普通なら異世界に来たらすぐに圏外なのかと確認するだろうが、彼はしてなかった。というか、今まで存在すら忘れてた。

 

 ボタンを押して画面をつけると、やはり圏外で、時間は五時だ。そして画面の右上を見ると、バッテリー残量は『29%』と表示されている。

 充電しようと考え、リュックから充電器を取りだし、コンセントに差す。だが、


「あれ、充電されない……電気まだ通ってねぇのか?」



 スマホの明かりで部屋を照らしながら電気のスイッチ探し、押した。だがカチッと音を立てるだけで一向に明かりはつかない。



「…………」


 いつもながらの運の悪さだが、この程度の事で彼は動揺しない。

 普段からリュックに入れて持ち歩いているモバイルバッテリーがあるからだ。

 一旦スマホを置き、真っ暗の中手探りで探し始める。しかし、それらしき感触の物はなかった。

 


「あれ? どっかで落とし……」


 昨日の、本を買いに行く前の行動を思い出す。


「ヤベぇ。家で充電しっぱなしだ。電気代が、ってそういう問題じゃなくて、マジで何なんだよこのタイミングの悪さは! ったく、俺は運が悪いなあ」


 結局、他にできることは何もないので、再び横になり、眠りについた。




  ※  ※  ※




 目をこすりながら、ゆっくりと身体を起こす。


 朝日が窓から差し込み、雀の鳴き声がかすかに聞こえてくる。

 腕時計とスマホを見ると、どちらも『11:07』を指していた。二度寝だが、どうやら六時間もこの環境で眠っていたようだ。

 床のくせによく寝れたなと、しみじみと思いながら、立ち上がって軽くストレッチをする。


「とりあえず、散歩でもすっか」


 リュックから新品のマンガだけ取り出して床に置き、ある程度軽くなったそれを背負って外へ出た。

 もちろん、鍵がちゃんと閉まってるかは念入りに確認して。


  


 そして、理事長からもらった地図に従い、図書館まで歩くこと約二十分。それらしき建物に到着した。

 やや小さめの大きさで、白と茶色で塗装されている。

 入口のガラス張りのドアへ近づき、中を覗いてみると、明かりはついてなかった。


(まだ開いてねぇのかよ)


 悠磨の右横に看板が立っていて、そこには午前九時からと書いてある。


(つーか今何時だ?)


 腕時計を見ると、『11:29』と表示してある。当然だが、ここの時間ではない。

 ここにいても仕方がないので、どこへ行こうかと考え始める直前に、ぐぅー、とお腹が鳴った。


(腹減ったし、メシでも買いに行くか)


 

 そして昨日通った商店街へ行き、そこへ到着してから三十分ほど歩き回った。だが、


(どこも開いてねぇ……)


 どの店もシャッターは閉まっている。というか、こうなるだろうな、と薄々気づいていた。

 


 ※  ※  ※




「ユーくん、どこ行ったんだろう? もしかして、今買い物に行ってるのかな?」


 みずなは自分の部屋から手提げ袋を持ちだし、二つの弁当箱を入れて、商店街の方へ歩く。



「でも、こんな朝早くから開いている店なんてあったかな?」


 そう呟きながら、商店街の入り口に立つ。家から十分ほどの距離だ。

 やはり、開いている店どころか、人の気配さえなかった


 どこに行ったのかなあ、と考えながら、歩き続ける。

 ほかに思い当たる節は、昨日修行をしたあそこしかない。ならそこに行けば――と彼女は思い、少し早歩きでその公園へと向かった。


 五分ほど歩き、公園に到着する。

 そこで、予想外の光景が視界に入り、


「え……………………えぇー!?」


 みずなの目に映ったのは……


 


  ※  ※  ※



 結局何もやれることのない悠磨は、昨日みずなと修行した公園へ来ていた。昨日は日が沈んでから夜の間しかいなかったので、あまりここの景色を見れていなかった。

 枝先に桜の花が咲き溢れる立派な木が、何本か立っている。日本でよく見かけるソメイヨシノかどうかは知らないが。

 風に吹かれて舞い散る花びらを眺めながら、そういえばここでも花見の文化はあるのか――などと考えていた。


 確かに、花見をするにはもってこいな場所だ。とはいっても、実際に悠磨がお花見をしたのは子どもの頃に数回、両親と一緒にだ。その時は珍しく悠磨の不運は起こらず、家族との楽しいひと時を過ごせた。

 だが空色と桜色の和やかな雰囲気の景色が、その翌日、黒ずんだ赤色と血の臭いに染まり――


「チッ、今はそれを思い出すなよ」



 頭の中で勝手に流されたその映像を無理矢理断ち切る。いい思い出でもそうでなくても、過去のことを引きずるのは成長と精進の邪魔になる、と自分に言い聞かせているから。

 いや、それは建前で、本心はただ苦痛に満ちた忌々(いまいま)しい過去を捨て去りたいと思っているからかもしれない。


 だが人間というのは思い出したくない、忘れたいと考えれば考えるほど思い出してしまい、忘れられないものだ。

 自分の家族の記憶を、特に嫌な出来事を脳は勝手に掘り起こす。

 大事なそれが失われた、残酷で、無情なあの瞬間を――

 


「ああ、もう! 筋トレでもするか!」


 とりあえず身体を動かして、頭でごちゃごちゃ考えるのはやめようと思った。

 危なそうな石や枝などをどけた後、地面に手をつけ、足を振り上げて、空中で身体が一直線になるように足をそろえる。つまり倒立。

 そして逆立ちしたまま、ゆっくりと腕立てを始める。


「一、二、三…………」


 すると、八回のところで突然、


「え……………………えぇー!?」


 聞き覚えのある女の子の驚きの声が、耳に入ってきた。


  

  ※  ※  ※



「何でそんなに驚いてんだ?」

「いやだって、そんなにひょいひょい身体が持ち上がって」

「簡単だろ。こんぐらい鍛えてれば普通に」

「え…………」


 みずなは絶句した。

 数秒の沈黙の後、彼女は口を開く。


「それで……こんな朝早くから何してるの?」 

「見ての通り筋トレ」

「え……そ、そうなんだ……」


(にしてもこんな朝早くから何の用なんだ? 修行の続きでもしたかったのか?)


 ごく自然な疑問が浮かび上がり、悠磨はそれを口にする。



「で、結局何でここにいるんだ?」

「えっと……呼んでも出てこないから、どこ行ったのかなーって……」


 いやそうじゃなくて、とも思ったが、彼はもう一つの思った事を言った。



「俺がまだ寝てるって考えなかったのか?」

「あ………………」  


 普通はそう考えるだろ! というツッコミは心の中だけにした。

 一方みずなは、少し焦った口調で、


「で、でも……ユーくんならピンポン押したら起きると思って……」

「何だその妙な信頼は……」


 「まあそれはいいとして」と悠磨は言い放ち、言葉を選んでみずなに訊いた。


「で、俺に何か用でもあるのか?」

「あ……そ、そうだ」


 みずなは思い出したようにそう言って、両手で持っている手さげ袋から、手ぬぐいに包まれた四角い物体を二つ取り出す。

 そして、その手ぬぐいを外し、出てきた物を悠磨に渡した。



「あ、あの……これ」

「弁当、か?」

「うん……で、でも……朝作りすぎちゃっただけだし、昨日た、助けてもらって……しかも色々教えてくれて……え、えっと、その…………」

 

 悠磨は察したのか、優しい声で、はっきりと礼を言う。



「そっか、ありがとな」

「あ、うん……どういたしまして」


 水道は相変わらず通ってないので、悠磨はハンカチを取り出し、素早く、かつ念入りに手の砂をふき取る。

 二人は近くのベンチに腰掛け、彼は弁当を受け取る。

 そしてその蓋を開けて中身を見ると、左側はご飯、右側のおかずはから揚げ、卵焼き、ミニトマト、レタス。定番中の定番ではあるものの、栄養バランス、色のバランス共に良く、「美味そうだな」と無意識に口が開いて声を発してしまうほどだ。まあ、不運のせいで長時間何も口にしていない事による、空腹補正が働いているのもあるが。


 そんな悠磨の無意識の一言を聞いて嬉しそうに微笑んだみずなは、自分の弁当箱を見て数秒後、とたんに表情が一転して困惑と焦りへと変わった。 


「あ…………」

「ん……?」


 どうした、と悠磨が尋ねる前に、



「お箸……忘れちゃった……」


 どうやら悠磨のどころか、みずなの分さえ忘れてしまったらしい。おっちょこちょいだなあ、と彼は思った。 



「あ、ご、ごめん! い、家に帰って――」

「いや、平気だ。こんなこともあろうかと……」


 そう言いながらリュックの小さなポケットのチャックを開け、あっちにいた時にスーパーでもらった割り箸二本を取り出す。


「俺は運が悪いから、お店の人に箸を忘れられたり、箸が無くなって貰えなかったりなんてよくあることだ。だからこうして常に持ち歩いてる。まだ五個ぐらいあるし、ほら」

「あ、ありがと……」


 みずなに一つそれを渡す。

 そして、「いただきます」と言い、二人一緒に食べ始めた。



 花見をしながら、弁当を食べる。そんなことが、まさかこんな異世界かどうかよく分からない場所でできるとは夢にも思わなかった。


 悠磨は弁当を食べつつそんなことを考えながら、桜の花びらが風にそよぐ光景を見ていると、横からみずなが話しかけてくる。



「いい景色だね」

「ん……? ああ、そうだな」

「ユーくんは、桜は好き?」

「まあ、嫌いじゃねぇな」


 せっかくだから、あれでも聞いてみるかと悠磨は思い、口を開く。


「ここで、花見の文化はあるのか?」

「あるよ。みんなでお弁当持ってきて一緒に食べたり」


(やっぱそこらへんは日本と変わらねえんだな)


「ユーくんは……お花見好きなの?」

「まあな。でも俺は、こうやって静かに、落ち着いてただ眺めるってのが好きだな」


 そんなことを呟いた悠磨に対し、みずなの返答は、



「…………ユーくんってもしかして、おじいさん?」

「誰がおじいさんだ。俺はまだ十五だぞ」


 悠磨は冷静にツッコんだ。



「う……ご、ごめん…………。でも、わたしのおじいちゃんも同じようなこと言ってたから………」

「そ、そうか……」


 そうしておしゃべりしている内に、弁当を食べ終えて、


「ごちそうさん。うまかったよ」

「あ、うん……よかった……」

「これ、明日洗って返すから」

「う、うん……分かった」


 悠磨は弁当箱をベンチに置き、ゆっくりと立ち上がる。

 身体を伸ばしながら、さわやかな空気を吸って、ゆっくり息を吐き、この爽快感に浸っていた。

 「そういや」の声と共に彼は振り返って、みずなへ質問を投げかける。



「筆記のほうは平気なのか?」

「うん。勉強はできるほうだから……」

「そうか。俺は午前中は勉強するから、修行は……昨日と同じ時間からな。もしやりたいならって話だけど」

「も、もちろんやる!」


(思ったよりやる気はあるみてぇだな)


 悠磨は「分かった」と返事をして、もう一度桜の方へ振り向く。すると今度はその桜の木へ接近し、近くから眺めていた。時折空中に花びらがひらひらと舞い、それが彼の頭に乗っかっても気にすることなく、視界いっぱいに映る桜を楽しんでいる様子。


 その光景を見ていたみずなは、ふとこんなことを思っていた。


(ユーくんって、そんなに桜が好きなのかな?)




  ※  ※  ※



 

 みずなが食べ終わった後も悠磨はしばらく桜を眺め続けていた。

 日がだいぶ昇って、気温が上昇し、人の活動と思われる音がさかんになってきた。その頃、彼は空の弁当箱をリュックに丁寧に入れて、みずなと午後からの約束を取り付ける。

 そして彼女と別れた後、悠磨は一人で図書館へと向かった。



(結局、今は何時なんだ?)


 大事なことなのに、悠磨はすっかり忘れていた。


(まあいいか。どうせそろそろ開くだろうし、図書館行けば時計くらいあんだろ)


 



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