第十六話 予想していた不運は大抵起きない
高校を出て、歩くこと約二十分。迷いながらも何とかたどり着いた。
「思ったよりボロくねぇな」
白い塗装の、二階建てのアパート。
ちなみに悠磨は、二階だ。
(俺は運が悪いから、床が突き抜けちゃうんじゃないかってくらいのオンボロアパートを想像してたんだがな。まさか……きれいなのは外側だけで中はボロボロだったりして……)
そう思いながら、それなりに急な階段をのぼる。
階段はコンクリートでしっかり固められていて、ミシミシと音を立てるなんてことはなかった。
やがて二階につく。左側にドア、右側に街の景色が見える。
廊下を歩きながら、他に住人はいるのか……などと考えていると突然――
ちょうど左にあるドアが、勢いよく開かれた。
悠磨は反射的にバックステップしたが、運悪くドアの中央に位置するタイミングで開かれたため、避けきれず直撃した。
吹っ飛ばされて、尻餅をついてしまう。
(相も変わらず、俺は運が悪いなあ)
ドアから人が出てくる。急いでいるのか、それともぶつかってしまった事に動揺したのか、はたまたその両方なのか、焦っているような口調で謝ってきた。
「あ……す、すみません!」
「いや、俺は大丈夫……」
(あれ……? どっかで聞いたような声……)
そして、互いに顔を合わせ――――
「あれ……ユーくん!?」
「ん? あ、ああ」
そこにいたのは、藍色のロングヘアーと、悠磨と同じくらいの背丈に、バランスのとれた健康的な体のライン。そして、出会って間もないのに『ユーくん』と呼ぶ唯一の女の子。
そう、みずなだ。
さっきの制服姿ではなく、上下ともに黒とオレンジ色のジャージを着ている。
「何でここに……?」
「えっと、ここに住むことになった。しかも……隣みてぇだな」
「え……えぇ!?」
みずなは二〇三号室で、悠磨は二〇二号室だ。偶然か、それとも理事長のせいなのかは分からないが、そんなことは今の悠磨にとってはどうでもよかった。
「あ……えっと、ケガとか……その…………」
「いや大丈夫だから。それより急いでるんじゃねぇのか?」
「あ……そうだった! じゃああとで!」
そう言って、みずなは走りだした。
(まさか、隣が知り合いだったとはな。いや、まだ会ってから半日も経ってないのに知り合いと言えるのか……?)
そんなことを考えながら、自分の部屋のドアの前に立つ。
そしてポケットから財布を取り出し、さらにそのチャックを開けて、鍵を取り出す。
運が悪いから、鍵を落とさないようにと、いつものクセで財布に入れている。
さらに、その財布もチェーンをズボンにつけて、落としたり盗まれたりしないようにしている。
ちなみに、モンスターとの戦闘時にはさすがに外し、リュックの中に入れていた。
鍵を差し込んで回すと、ガチャッと音を立てた。ドアノブをまわし、扉が開いたことに悠磨は安堵する。
運悪く違う鍵で、入れず野宿――なんてことも実は想像していた。
中に入ると、狭めの玄関。
キッチンとユニットバスがあり、六畳で、床はフローリングの洋室。
わずかに傷はあるものの、予想よりは綺麗だった。
靴を脱ぎ、リュックを下ろし、風呂場へ向かい、
「まずシャワーでも浴びるか…………タオル無ぇじゃん」
はぁ~とため息をついた。
「まずは布団と服とメシ、あとタオル買わなきゃな。こんなに疲れてるのに、床で寝るのはやだな」
と言いながら、洋室の床に座る。
すると、疲れがやってきて、ぐたーっと横になる。
嫌と言いながらも、結局床で寝っ転がっている。
病院で魔法による治療を受けたはずなのに、身体は重い。
どうやら魔法は外傷は簡単に治せるが、疲労を完全回復は難しいらしい――などと考えていた。
「あーシャワー浴びてぇゆっくり寝てぇ」
お金は一応あるわけだから、買いにいけばいいだけなのだが、
「なんか起きたくねぇ」
身体の疲労を無視できず、そのまま横になっていた。
※ ※ ※
部屋に入ってから十分ほどたった後、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴り響く。
「誰だよ。こんなクソ疲れてるっつー時に」
居留守でも使おうか、と一瞬考えたが、
(身体を起こす理由になったし、そのまま買い物に行くか)
即座に切り替え、身体を起こし、ドアを開けると――
「えっと……今って時間ある?」
「え、まあ一応」
そこにいたのは、みずなだった。
「どうした?」
「あ、えっと……その…………」
みずなは顔を赤く染め、もじもじしながら、目の前にいる悠磨でさえ聞き取れないくらいとても小さな声で、何か言っている。
そして、うつむき、数秒の沈黙。
そう、悠磨は鈍感ではない。だからこの状況、マンガによくある告白シーン――のはずがない、と思っていた。
(そもそも出会ってから全く時間は立ってないわけだし、試験前だから、その上さっき強さがどうこう言ってたし。だから試験の練習とか、修行だと分かっている。なのに……何でこんなに恥ずかしがる必要があるんだ?)
やがて、しっかり悠磨の顔を見て、はっきりした口調で、
「あの………………付き合って!」
「……試験の練習にとか付けなよ誤解されるぞ」
激しくツッコもうか一瞬考えたが、今回もいつも通り冷静にツッコんだ。
そしてみずなは、自分の恥ずかしすぎるミスによって、手で隠し切れないほど顔を真っ赤にしていた。
※ ※ ※
あの後いろいろあったが、断る理由もなかった悠磨は承諾し、初めて師匠となった。
ちなみにあのセリフは、少し緊張していただけであって、決して告白ではない、とここに明記しておく。
悠磨は、近くの店で木刀を二本買った。
実はその店は武器屋で、いろんな武器があったので、いろいろ見て回りたいと思っていたが、修行のためやむなくスルー。
買い物は、一分も経たずして終わった。
そして、みずなと一緒に、誰もいない公園で修行を始める。
「まずは、どれほどの実力か知りたい」
悠磨は木刀を振り回し、軽く身体をほぐした。
みずなの準備運動が終わったのを確認し、半身の姿勢をとる。
「遠慮はいらねぇ。本気で攻めて来い」
「うん……わかった!」
修行とはいっても、今は悠磨とみずなが木刀で戦っているだけで、マンガみたいな特訓はしていない。
みずなが攻撃を何度も繰り出すが、悠磨は片手で木刀を持ち、涼しい顔してかわしたり、ガードしている。
やがて、彼女の攻撃がパリィされ、態勢を崩す。
その隙に悠磨は、木刀をみずなの首元へ、寸止めの一閃。
あまりの一瞬の出来事に、思わずみずなは息をのむ。
「隙がデカすぎる。両手で振り回してるからかな。一旦、片手で持って戦え」
「え……?」
「力み過ぎだ。大剣持ってるわけじゃねぇし。刀で戦うならそっちの方がいいと思う」
彼はただ相手になっているわけではない。みずなの動きをしっかり見て分析し、ちゃんと考えてアドバイスをしている。
「さっきより戦いずらいと思うが、とにかく何でも試してみろ。そうすれば思いもよらない発見をすることもあるからな」
「う……うん!」
そしてみずなは悠磨と同様に右手だけで木刀を持ち、構える。
「やあぁ……!」
みずなが一直線に突きを繰り出し、これを悠磨は左に避ける。
その突き攻撃から横に薙ぎ払ってくる。だがこれを彼は、右手の木刀で防ぐ。
その後もみずなは連続で攻撃してくる。
しかし当然ながら、持ち方を変えたからって急に良くなるわけではない。
木刀を振った後の反動が前より大きくなっている。
やがてみずなは息を切らし、膝に手をついた。
「ホントに……これで、いいの? さっきより、なんか……」
「最初はそんなモンだろ」
なにを言うべきか少し考え、そして悠磨は口を開く。
「大きく振りかぶりすぎだな。常に反撃されると思え。一撃で決めようとするな」
「う、うん」
「それと第二撃、第三撃も重要だ。だが、みずなのは全てが第一撃になってる」
「え……? どういうこと?」
「単純というかなんというか……まあ、モンスター相手なら問題ねぇが……」
実際、ハンター科の実技試験はモンスター討伐もある。
だが、当然ながらモンスターの数には限りがあるので、合理的とは言えない。
なので、プロハンターとの模擬試合も実施された年があった、と理事長から聞いていた。
「対人の時は、単調に攻めないで、フェイントも入れるべき。けれどみずなのは、単発の攻撃を何度もやってるだけで、連撃になってねぇ。これだと簡単に躱せる」
「え、うん……」
だが、みずなは納得してない様子だ。
「まあ、言葉だけじゃ分かんねぇだろうし、少しお手本でも見せるか」
そう言った悠磨は、左を向き、誰もいないところへ三連撃。
風を切る音が聞こえるほどの、素早いモーション。
他にも、四通りの動きを見せた。
みずなは「おぉ……」と感嘆の声を漏らす。
「それと、剣を振るスピードに緩急をつけるといい。ここぞという時に鋭く、速く、一撃を叩き込め」
「うん!」
さっきまでの疲れがウソかのように明るい声で返事をして、再び構える。
(何かコツでもつかんだのかな?)
みずなは、さっきまでとは違う顔つきになっていた。
そして、また一直線に間合いを詰めてくる。
また突き攻撃か――と悠磨は思い、パリィしようと木刀を振り上げたが、それは空を切った。
いきなりのフェイント。
みずなは一度木刀を前に出しかけ、悠磨が刀を振った瞬間に引いた。
その隙をついて、今度は水平斬り。
しかし、その攻撃は彼には当たらなかった。普通にバックステップで躱していた。
「当たると思ったのに!」
「まあ、さっきより少しは良くなったが、まだまだ甘ぇな」
「つ、次こそ……!」
その後も、フェイントを入れたり緩急をつけたりと、悠磨のアドバイスを実践した攻め方をした。
まるで、さっきの彼の動きをマネしてるかのように、みずなは攻撃を繰り出す。
悠磨はその吸収力に少し驚いたが、結局みずなの攻撃が、彼の身体に当たることはなかった。




