第九話 不運転じて不意打ちと為す
みずなを下ろした後、悠磨は敵を観察しながら走る。
(クマみてぇだな。しかもデっケぇ)
立った時の高さは、およそ三メートル。
口はさっきのモンスターよりは小さい。
だが腕はかなり太く、爪もそれなりに大きい。さらに、背中には硬そうなウロコがある。
(とりあえず、脚と腹ねらいだな)
すると、モンスターは後ろに下がり、じっとしている。
その近くに、大きな岩があったので、それを死角にして接近した。
(奇襲して一気にケリをつける!)
そう考え、ダッシュして敵に急接近した。
すると突然――
ボコッと足元からなにかが飛び出してきた。
だが悠磨は、それに素早く反応し、引っかかる寸前のところで飛び越えた。
だがしかし――――
「な……!?」
着地した左足が滑って、前のめりになる。
湿っていたせいか、土はぬかるんでいてたのだ。
また立て続けの不運。
ダッシュの勢いが余って、岩まで約一メートルに迫る。
このままだと岩に衝突してしまう。しかも頭から。
(ぶつかってたまるか!)
右足を強く踏み込み、ほんの一瞬で、ぬかるんでないか確認。
そして十分固いと分かった途端に、ブレーキをかける――
のではなく、ジャンプした。
岩が目の前に迫る。今度は、左手を岩につけて、グッと身体を上げるように、強く押し出した。
そして、悠磨は岩をスレスレのところで跳び越える。
二メートルほど先に、モンスターがいるのが見えた。だがこのままでは届かない。
それどころか、不意打ちが失敗したら、逆に攻撃される可能性もある。さらに、後ろには大きな岩があるので、逃げ道もない。
(ミスったら、俺がやられる!)
膝を曲げ、空中で態勢を整え、岩の側面に足をつける。
そして強く踏み込み、壁キックみたいに跳んだ。
その勢いのまま、空中で右手の刀を――
モンスターの腹部へ一閃。
皮膚が裂けて、鮮血が噴き出し、モンスターはうめき声をあげる。
(まったく……災い転じて何とやら)
不運があっても、それすら利用し、見事に予定通り奇襲をかけることができた。
その後悠磨は、左手と両足を使って着地する。
そして瞬時に立ち上がり、さらに右脚に一撃を入れる。
悠磨に気づいたモンスターは、すぐに立ち上がり、振り向きざまに左腕で攻撃。
これを低い姿勢になって躱し、懐に潜り込み、腹を切り裂く。
敵が一瞬ひるんだその隙に、今度は側面に移動し、左脚にさらなる斬撃。
モンスターが地面に倒れこんで、動きを止めた。その時――
「よくわからんがチャンスだ! 一気に攻めるぞ!」
「さっきまでの、お返しッス!」
そう二人が言い、モンスターに向かって走り出す。
だが、敵はグルルッ――と唸っている。弱っている声とはなにか違う、と悠磨は感じ取った。
ただ倒れているというより、何かをためているような様子。
(これは……大きな予備動作! 大技がくる!)
直感でそう悟った悠磨は、
「後ろに跳べ!」
バックステップしながら叫んだが、二人は全く耳を貸さず、モンスターに突っ込んでいく。
「逃げろ!」
もう一度叫んだが、やはり聞いてくれず、一人は大剣を大きく振りかざし、もう一人は槍を大きく引いて、突き刺そうとしたその刹那――
モンスターは体の周りに強烈な風を引き起こした。
二人はそれに直撃し、大きく吹っ飛ばされる。
ドスッ――と背中から落ち、二人は立ち上がることもできない様子。
さらにモンスターは息が荒くなり、怒っているかのような叫び声をだした。
(怒りモードってやつか。速くなって、強くなって、面倒くさくなるんだよな……)
予想通りスピードが上がっている。
今度は悠磨が防戦一方になってしまった。
モンスターの爪が悠磨の頭に迫る。
だがこれをしゃがんで躱し、もう一度懐へ潜り込む。
脚を狙って、右手の刀を横薙ぎ。しゃがんだ体勢のままなので力は入ってない。が、彼はダメージを与えるためではなかった。
敵はそのまま前へ倒れこむ。悠磨を押しつぶそうとしたからなのだろう。
しかし、敵の動きから予測した彼は、脚に中途半端に斬りこんで引っかかった刀を押し込むように力をいれ、同時に敵の左側面へ移動。
モンスターがのしかかった場所に悠磨はもういない。が、それ気づいてないのか倒れこんだ。この隙を悠磨が見逃すはずない。だがしかし――
「ゴホッゴホッ――――チッ!」
強烈な風と、砂煙。完全に不意を突かれた。
地面は砂埃がここまで舞うほど乾いてはいない。おそらく、さっきハンター二人を吹っ飛ばした、技のようなものの一つだろう。
反射的に目をつぶってしまった。だが今開けても平気なのか、と判断に迷っていたその刹那――――
何かが迫る音が耳に入り、目を開けるより早く、悠磨は後ろへ身体を傾ける。ヒュン――――と風を切るような音。
後ろへ身体を反らしながら同時に目を開ける。
目の前に鋭く尖った黒い爪が迫る。
左から右へ薙ぐように動く。
ほほに爪先が掠る。
切り傷が刻まれ、血を垂らす。
その時だけ、スローモーション映像を見たかのような、そんな錯覚におちいっていた。
「…………ッ!」
後ろへ傾いた重心を戻さず、後方へ数歩下がって体勢を整えた。
大した痛みはなかった。しかし問題はそこではない。
あと少し、ほんの少しでも反応が遅れていたら、目や鼻が抉り取られていた。いや、最悪首が消し飛んでいただろう。
圧倒的な腕力と速度。その事実を突きつけられた。
まるで鎌を持った死神が『死』というお届け物を運び、目の前へ迫ってきている。そのような状況に、並大抵の人なら恐怖に支配され、硬直するか、脱力するか、もしくは気絶するのか。
悠磨は怯まなかった。戦意を無くすこともなかった。
刀を強く握りしめ、敵を真っすぐ見つめる。
砂煙が晴れてきて、グガァァ――――と咆哮を合図に、悠磨へと跳び付いてくる。
互いに間合いを保ったまま、次々とモンスターは攻撃を仕掛け、悠磨は紙一重で躱す。
彼は足元に注意し、突然の不運に気を付けながら、剣撃を叩き込む隙を窺う
だが、数回のひっかき攻撃の後、いきなりの突進攻撃。
それを悠磨はギリギリ避けた。
その直後に一瞬で敵は止まり、振り向きざまにアッパーを打ち込んでくる。
予想外の動きと攻撃に、躱しきれないと思い、歯を食いしばりながら、刀でガードしようとする。
「くっ……!」
しかし威力が強く、ゴッ――――という衝撃音と共に、斜め上へと吹っ飛ばされてしまった。
空中でなんとか態勢を整え、着地はできた。
だが悠磨の呼吸は荒くなって、身体全体が重く感じてくる。
それもそのはず、彼は何キロかも分からない距離を、全く知らない生物に追い回されていたのだから。しかも真っ暗な森林の中で、足元が不安定、懐中電灯といった類の物が無く、後方から自分を喰わんとばかりに木々をなぎ倒して迫ってくるものだから。身体的にも精神的にも途轍もない疲労が溜まっていてもおかしくない。
だが、それでも戦い続けるのは、誰のためでもない、自分のため。
どんな不運に見舞われても、実力で生き延びる。その信念はこんな状況でも曲がらない。
(勝手に突っ込んでって負傷するわ、敵はパワーアップするわ、全ッ然思い通りに行かねぇ。ったく、俺は運が悪いなあ!)
そんなことを考えていた時、
「くっ……! 俺が……」
後方から声が聞こえる。
振り返ると、ハンター二人と、彼らの武器が刺さっているのが視界に入る。
その武器のひとつは折れてしまった槍、もう一つは自分の身体くらいの大きさの大剣。
(コレ借りるか)
悠磨は左手で地面から大剣を抜いた。右手の刀よりはちょっと重い。
「待て……お前は……だ……」
消え入りそうな声でしゃべっているが、おそらく、お前は誰だ、と訊きたかったのだろう。
「ここで訊くなよ」とか「人の話聞かねぇくせに」とツッコミを入れたくなったが、そんな状況ではないので、
「まずはアイツを倒してからです」
そう言い、再び敵の方を振り向く。
悠磨の右手には刀、左手には大剣、重量のバランスが不安定な、二刀流の構え。
普通の人なら、こんな重そうな武器を片手で、しかも二本も持つなんて簡単には出来ないだろう。
ましてこの状態で、まともに戦えるはずがない。
だが悠磨には、勝てる自信があった。
(ヤツの行動パターンもだいぶ分かってきた。あとは手数を増やす)
悠磨は深呼吸をして、
(冷静になれ。不運さえ無けりゃ、俺は負けねぇ。負けるわけねぇ!)
そう心の中で自分を鼓舞した。




