出会いのこと
僕と西谷さんとの出会いは11年前、高2の6月だった。
僕はその時期とても落ち込む出来事があって高校にはなんとか通っていたものの、就寝・起床時間の安定しない不健康な生活送っていた。
その落ち込む出来事というのは……いやこれはもっとあとに書くことにしよう。まずは西谷さんとの出会いの思い出を整理整頓することに集中せねばなるまい。
5月、GW開けの土曜日、僕は太陽が昇るのとほぼ同時に自転車に跨り近所を走った。PCに入ってたソリティアに熱中してたら眠れなくなってしまったのだ。
今思えばなぜソリティア……、こんな無駄な時間の使い方なかなか無いと思う。
人気のない、朝の澄みきった空気に満たされた住宅街を走っているうちに興が乗ってきた僕は鼻歌まじりで自分の通っている北高に向かった。別に用事があったわけではない。近所を走るだけでは物足りないと思っただけだ。
僕の家と北高の間に、ヴァーリア女学院といういわゆるお嬢様学校があった。蝶よ花よと育てられた綺羅星のようなお嬢様方が高級そうな左ハンドルの車で登下校する、僕のような庶民からすれば異次元ともいえる世界だ。校内には寮があり、そこで生活している生徒も多いのだそうだ。
ヴァーリア女学院に差し掛かるころ、僕は鼻歌まじりどころか好きな歌をメドレーで歌ってしまうくらいテンションだあがってしまっていた。寝てないのと、自転車を全速で漕ぐことでハイになっていたのだろう。
そんな時、どこからともなく声がした。
「それはなんの歌ですか?」
若い女性の声、僕は驚いて声のする方向を仰ぎ見た。ヴァーリア女学院の寮(寮だというのは後で知った)の3階の窓から、1人の少女が僕のことを見ていた。セミロングの髪に端正な顔立ち、ぱっちりした目にすうっと高い鼻……まぁ一言で言うと美人、かわいい娘だった。
「なにかいいことがあったんですか?」
「いや、その……えーと……」
僕は答えに窮した。そりゃそうだ。周りに誰もいないと思って熱唱していたら女子に、ヴァーリア女学院の生徒に見られていたなんてしばらくは引きずってしまうような出来事だ。冷静でなんていられない。
「お誕生日とか?」
「いえ!僕は9月生まれです!」
「私、今日が誕生日なんです!」
「お……おめでとう!」
もう顔真っ赤だったと思う。こんな朝からかわいい娘と会話出来て嬉しいやら恥ずかしいやら……。今日が僕の誕生日ですと嘘を言えばおめでとうと言ってもらえただろうかなんてしょうもない考えも浮かんだ。
「ありがとうございます!あ、私、西谷といいます。西谷結衣です」
彼女は笑った。僕はこの時の彼女の顔を今でも鮮明に思い出すことができる。僕は今でも彼女の笑顔が好きだ。
僕は名前を名乗り、その場から逃げるように立ち去った。場の空気に耐えられなかったのだ。そのことを家に帰ってから猛烈に後悔した。周りに誰もいなかったしもう少し喋っていられたんじゃないかと……。
翌日、日曜の早朝、前日とはうってかわって曇天、僕は再びヴァーリア女学院へ向かい彼女が寮の窓から顔をだすのを待っていた。今考えると完全にストーカーだ……。
まぁそんな都合よく彼女が現れるはずもなく、もうそろそろ帰ろうかという時に雨が降り出してきた。ざぁーっと音がするようなにわか雨だ。そんなにいい事が続くわけないかと哀しい気持ちになっていると彼女が前日と同じ場所の窓から顔をだした。彼女は窓を開けた。
「大丈夫ですか?」
「だいじょう……」
大丈夫ではなかった。
「ちょっと待っててください!」
彼女は部屋の奥へ引っ込み再び現れると、ぼくにむかってある物を投げた。
「それ使ってください!」
折りたたみ傘だった。
「ありがとう!これいつどうやって返せば――」
「差し上げます」
僕は、前日誕生日を迎えた彼女から折りたたみ傘をプレゼントされた。