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西谷さんのこと  作者: かわのながれ
1/5

前置き

 前略

 ……ごめん、ちゃんとした手紙の書き方よくわかんないや。

 今夏だから暑中お見舞い申し上げますとかでもいいのかな?ちょっと調べてみたら暑中お見舞いを出す時期は8月7日ごろ、立秋までなんだって!それ以降は残暑お見舞いになるらしい。へぇ〜って感じだよね。

 本当はこないだ見た映画の話とか最近イチオシの芸人の話とかも書こうと思ったんだけど、やめておきます。だって、そんなこと書きだしたら便せん何枚あっても足りないもん。それに、手書きって疲れる!!漢字が全然書けなくて自分でもショック……。「暑」って字書けなかったからね私。

 え?高校生にもなって恥ずかしい?うるさい!

 便せんの「せん」の字はなんかややこしいからあきらめた。どんな字かは自分で調べてみて。

 

 ごめん、本題に入るね。君への手紙だと思うといつまでもこんなどうでもいいこと書き続けてしまいそうだから。このままだと腱鞘炎(←この漢字も調べた)になっちゃうからね。


 本題。

 あなたとの婚約を破棄させていただきます。


 ……ごめんね。

 私は君に結婚を申し込まれてすごくうれしかったです。本当です。

 でもやっぱり……君は幸せになるべきだと思うよ。私とはなれないから。


 ごめん……「ごめん」って何回も言っちゃってるね。……ごめんもう書けないや。

 

 これからもあなたの幸せを全力で祈っています。

 さようなら。

 

 西谷結衣




 これが10年前彼女から、僕の婚約者から貰った手紙。

 手紙にはイラストが数枚添えられていたけれど、この小説――いや、そんな大層なものでもないか――に添付するのは控えようと思う。コピーして貼るのはなんだか違うと思うから。彼女の息使い、鼓動が消えてしまうのは嫌だから。

 彼女は普通の人間には見えないものが見えていて、彼女が見る世界は光に満ちていた。僕は一度でいいから、彼女の見る世界を見てみたかった。

 僕はこないだ嫁と婚約した、人生で2度目の婚約だ。嫁と婚約したってなんだ?間違った日本語にちょっと吹きだしてしまった。夜中に一人で気持ちの悪い。まぁ僕の中で嫁はもう嫁なのだ。これからも「嫁」と表記していくことにする。

 この小説は――便宜上そう呼ぶことにする――これから共に人生を歩んでいく嫁に彼女との……西谷さんとの思い出を語るための思考整理の場にしようと考えている。

 僕は喋るのが苦手だから。

 昔の婚約者の話を詳細に聞かされるなんて、嫁からしたらいい気分ではないのかもしれない。嫁はまだ、かつて僕に婚約者がいたなんてことは知らない。僕が黙っていれば永遠に知らないままだろう。でも、それは嫁に対して不誠実な気がした。だからこうして夜な夜なキーボードを叩いている。

 僕が婚約するのはこれで2度目だ!なんて言ったら嫁は面食らうだろうが、僕が1回目の婚約をしたのは10年前、高校3年の時だ。

 まず嫁は笑うだろう、青春時代のかわいらしい青き暴走を。でも僕は笑いをとるつもりでこの話を嫁にするわけではない。

 彼女のことを嫁にも知って欲しいし、許して欲しいのだ、僕の心の中に彼女が住み続けることを。

 こう書くといつまでも昔の女を忘れられない未練がましいダメな男のようで、実際そう言われても否定はできない。

 でも僕は忘れるわけにはいかない。僕が覚えていていることが、彼女がこの世界に生きた証そのものだと思うから。

 嫁にも、彼女のことを好きになって欲しいを切に願う。

 嫁には今週の金曜か土曜にでも話をしようか。奮発して高級レストラン?料亭?おしゃれなバー?いや、そんなところ僕には似合わないか。嫁にプロポーズするために高級フレンチとやらにこないだ初めて行ったけど、変な汗がでた。

 そこらへんの居酒屋でいい、個室のあるところにしよう。

 

 前置きはこの辺で。

 これから彼女との、僕にとって最初の婚約者であった西谷結衣さんとの思い出を書いていこう。

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