7. 浅草 岡本
浅草の観音通りの奥、やや見づらい場所に、その店はある。
何よりここは肉がよい。
新鮮、というより肉の味に何かひと手間、あるのかもしれない。
そして、たれもよい。
甘すぎず、辛すぎず、実に絶品。
ここは会社で尊敬する先輩の行きつけの店だ。
時折、夕方になると、『一寸行こうか』と先輩がやってくる。
こっちは『いいですねえ』と自らの懐具合と、妻の了解を得てから行く。
これがまた、よい。
春夏秋冬を問わず、夕暮れの浅草は、なんとも風情あふれる光景だ。
雷門前に人待ちをしている人力車の車夫もよい。
海外から来たのだろう、金髪の旅行者たちが、陶然と夕焼けに映える雷門を写真にとっている。
ここの肉は、どこがどう、というのではない。
ラインナップも奇をてらわず、さっぱりとしたものだ。
それでいて、味はいずれも極上、ゆらりと口でほどける肉の味ときたら、自宅の焼肉とは雲泥だ。
また、この店はそれほど広いものではない。
だから、接待などで大騒ぎする客もおらず、誰もがせいぜい4人ほどで肉を焼き、食べている。
ここの肉のすごさは、たとえば間違えて焼きすぎてしまっても、うまい、という一言に尽きるだろう。
よほどに念を入れて仕入れているに違いない。
だからこそ、自然焼くときは丁寧に、客も気を配って焼く。
それがなおさらに味を倍化させ、また次に来ようという気分になってくる。
昨年末、ここで会社の仲間たちとささやかな忘年会をした。
26日の仕事納めにて、昼過ぎに駆けつけ、思うさま肉を焼いて食べた。
あの味、酒、いずれもこたえられぬ。
思い出に残る味である。