6. 神田淡路町 ぼたん
ここは、鳥なべの店である。
それ以外は原則として、何も出さぬ。
ここの鳥なべは、昔ながらの七輪を客の前に据え、これまた往時を偲ばせる四角の鉄鍋を置き、
肉と肉団子、そして野菜を煮ては食わせる、いわば鳥のすき焼きだ。
甘い味は、特に夕暮れ、二人か三人で鍋をつつくとき、実に素晴らしい雰囲気を出す。
ここも全室和風のしつらえで、古い建物だけに、入れ込みに二階は大広間になっており、多くの客が七輪を前に座って酒を飲んでいる。
量は程よく、値段も割安だ。
いつも思うのだが、サブカルチャー近辺の人々は、『秋葉原は昔飯屋が少なかった』という。
万世橋をわたってすぐなのだから、神田に行けばいいのに、とつくづく思う。
だが最近は名前も広まったのか、仕事帰りのサラリーマンといった人々の中で、私服の男女が袋を脇に置いていろいろと食べているようだ。
以前、今は横浜で働いている中学以来の悪友とここで飲んだ。
ふすまも垣根も何もない、二階の座敷だ。当然客の声など丸聞こえである。
隣では、なにやら訳ありそうな男女のカップルが、ぽつりぽつりと話しながら鍋をつついていた。
まだ30代ほどの女性が鉄鍋に手が触れたのだろう、
「熱っ」といって箸を落とした。
それを大事そうに支えた男性の手にも、女性の手にも、指輪はなかった。
やがて、私と悪友は自分たちの話に移った。
悪友が見合いで付き合っている女性が、自分よりも家族旅行や一人、あるいは友人との旅行を優先するだとか、クリスマスも会えなかったなどという愚痴を私が聞き、
「そんな女、すっぱり切っちまえ。どうせそいつ、一生かわらねえよ」
「でもなあ、おふくろも結構乗り気だし」
「そいつ、40になっても50になってもそんな感じだぞ。趣味は結構だが、軽重をつけろと言え」
などとやり取りをしながら、ふと見ると、隣のカップルと目が合った。
「あ……すみません」
「いえ、こちらこそ煩くして。どうぞビールでも」
やがてカップルは会釈して去った。
互いに、何とはなしに互いの人生を垣間見たように思った。
甘辛い鳥の味が、ひときわ味わい深く感じた。