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5. 神田淡路町 松栄亭

 神田淡路町を語るに及び、池波正太郎のことははずせない。


 彼が昭和40年代、50年代に描いた神話的な情景は、いまだに生き生きと瑞々しい。

 そして本朝に残る数少ない紳士であり、葉巻の大先達である馬場啓一氏が1996年ごろ、池波が活写した店を訪ね歩き、池波亡き後の店を調べ、『池波正太郎の通った味』として上梓することで、そうした店は再び脚光を浴びるに至った。


 松栄亭もまた、池波が愛した店のひとつだ。

 

 ここは、明治のころ日本で哲学の教鞭を取ったフォン・ケーベル博士の専属料理人を勤めた方が開いた店だという。

今の店主も、その方の子孫であり、味と神田っ子らしい優しさを伝えている。

ここにくると私は、常にハヤシライスと『洋風かきあげ』を頼む。

洋風かきあげの名前、味わい、形。いずれも戦前の頃そのままだ。

鶏肉と玉ねぎなどの野菜をあわせ、卵でつなぎ、揚げる。

それにウスター・ソースをたっぷりとかけ、切っては食べ、食べては切る。

ハヤシライスも美味だ。

一口食べて分かる、濃厚なデミグラス・ソースの味わいと、大きく切った肉。

話では、子供の客には肉を小さくして出してくれるのだという。

実に暖かい心遣いではないか。

そうして食べながらも、ソースと肉、ご飯の味わいの妙は、実に素晴らしい。

唯一、閉店時間だけが早い。19時なのだ。

仕事をしていると、これは辛い。だが、18時ごろに仕事が終わった日は、私は一散にここへと向かう。

そして、店主と話もしないまでも、うまい洋食を現代に食べられる心地よさを堪能できるのだ。


 ここも客は多い。

中には、池波の名著『食卓の情景』を手に、そわそわと料理を待つどこかの取締役らしい初老の人々もいる。


 (あ、この人たちもきっと満足するんだろうな)


 おそらくは仕事を切り詰め、一日の終わりにいい店を訪れた人たちの顔がとろけるように緩むのが、また見ていて楽しい。

もちろん、私自身も似たような顔をしているのだろう。


 さて、私はこの店でコーヒーは飲まない。

次の店は、すでにあるのだ。

  


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