1. 新橋 寿毛平(すけへい)
新橋は、今も昔もサラリーマンの街だ。
往古、新橋の名前は東海道往還にかけられた橋に由来しているという。
明治に入り、旧武家地が町人町として開放され、また新橋に日本最初の鉄道駅が作られたことで、新橋は今日の発展を見るにいたった。
今では隣の銀座に出向く前に、軽くビールや日本酒を引っ掛けていく人で、引きもきらぬ。
そんな新橋駅の北口から程近い場所にある、ここは蕎麦屋である。
ここの蕎麦は味がいい。蕎麦粉の割合などとくだくだしく述べる気はなく、行って食べてみればたちどころに分かる。
つまみもよい。ビールには何がよい、掻揚げだ、いやあっさりとした煮物だと、店の人々もよくわきまえ、客の需要にこたえること、さすが新橋のプロフェッショナルだと感心する。
そして何より度肝を抜くのが、「大船」「小船」と盛られてくる蕎麦の量だ。
まずい蕎麦であれば、山ほど茹でて若者の腹を満たすことはできよう。
だが、うまい。
うまい蕎麦を、これでもかと舟形に盛り付け、出してくる。
小船が2人前、大船が3人前とはいうが、どう考えてもこれは「若者の」2人前、3人前だ。
新橋駅そばの土地を考えると、本当に商売が成り立っているのか不思議とすら思える。
そして値段はというと、高くはない。
東京駅などで同じ値段を出せば、ざる蕎麦にちんまりと盛られた蕎麦が出るだけだろうに、ここの蕎麦は凄まじいものがある。
だからか、この店には常に客足が絶えぬ。
若者は言うに及ばず、年をとったサラリーマンでも、足繁く通ってくるのだ。
そして、酒をしたたかにのみ、これまた巨大なつまみを分け合って高歌放吟した後に、小船を4,5人で分け、たっぷりと満足して去っていくのである。
常々、不思議な店である。