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奴隷商人の存在理由《レーゾンデートル》  作者: 数多ノつるぎ
奴隷と初めての仕事
7/11

車内の会話

 倉庫をを出て外に出ると、永貴の携帯がバイブレーションを起こした。着信音はない、画面を見てみるとかけてきたのはエトのようだ。

 何かあったらかけてこいと言ったのは一応で実際は何かあるとは思っていなかったが、もしや何かあったのかと少し急いで電話に出た。

 最初に聞こえたのはドアドタと走り回るような足音とエトの声。


「ご主人、ご主人助けてくださいっ!」


「どうした!? なにがあったんだエト!」


 外だというのに永貴は声を荒げて叫んでしまう。近くに通行人などはいなかったが焦っているような叫びは近所の家には聞こえてしまうくらいの声量だった。


「あの、お水を飲もうと思ってキッチンに行ったら、きゃあああ!」


 ――ブツッ


 最後にエトの叫び声が聞こえて電話が切れた。

 その瞬間永貴は携帯をポケットに入れて家の中に駆け込む、キッチンから逃げていたということは一番近いリビングだと思いリビングの扉を蹴り飛ばして開ける。

 そこで見えたのはソファの上で怯えているエトと、その足元でカサカサと動く奇妙な黒い物体。


「エト……なにかあったら電話しろと言ったが、この程度で呼ぶか普通?」


「だって、だってキッチンから急に……! こ、、怖いですご主人、助けてくださぁい……」


 ソファの上から震え続けるエトの下からはその黒い物体はどく気配がない、永貴は近くにあった新聞紙を何枚かとり、それを丸めて棒状にした。

 それをもってその黒い物体を少し強めに叩いた。

 するとその物体はひっくり返った。それでもまだ足がカサカサと動き続けている。その物体をキッチンから持ってきた割りばしでつまみ窓の外から外に投げた。


「ほら、もう大丈夫だろ?」


「いえ、あれは一匹見たら三十匹いると言います、まだ棚の裏やキッチンのところにいるかもしれません……!」


 エトは少し安心したのかソファから前のめりになるが震えながらされる力説はあまり説得力がなかった。




「いいからこっちへ来い」


 永貴は座椅子に座りエトを手招きした。だがこちらに来る様子はない、どうにもあのソファから動こうとはしないようだ。

 そこで永貴はその場から動かないエトを動かす一番簡単であろう方法をとった。

 小さな声で


「背もたれにいる」


「うひゃあっ!」


 たったその一言でエトは跳ねるように大きく飛び上がり転びそうになりながら永貴の体に飛び込んだ。それだけだがすでにちょっと涙目だ。

 よっぽどあの存在が怖いらしい。

 嫌いというのはよく聞くが怖いというのはちょっと珍しいと思うが、それでもエトは怖いという感情がかなり強いらしい。


「冗談だよエト、大丈夫大丈夫」


 エトは今十七歳だが、まるで生まれて数年程度の子供にするかのように軽く抱きしめて背中をポンポンと叩いた。

 エトは一通り周りを見渡した後、そこには本当に恐れるものがいないことを確認すると永貴の胸をポカポカ叩きながら「騙すなんてひどいですー!」と怒っていた。

 だがその行為もまるで子供のわがままを聞くような優しい笑顔で永貴は見守っていた。




「お、もうそろそろ時間だな、エト」


「はい、ご主人」


 呼び出されたエトは自分の部屋から出てくる。


「もうそろそろ行くぞ、コートを鞄に入れて靴は買ってきたやつを履いて車の中で待っててくれ。鍵は開いてるから」


「了解です!」


 パッとした笑顔で軍隊のような敬礼をしたエトは用意された鞄にコートを入れ玄関に歩いていた。

 一方永貴は残りの書類を業者――奴隷商会の関係者――に運んでもらうための手続きを終わらせ、地下の倉庫に向かった。

 そこで二人を見るともう服を着て準備は整っているようだ。

 用意した服は足首まで隠れる長く薄いクリーム色に黒い線が幾何学模様のように入った外套だ。

 それを着た二人を扉の前に呼び、来ると次は扉についている小さな穴に手を入れさせた。するとカシャンと音を立てて鉄製の手錠が着けられる、同時に足にも歩けるが走れないくらいの長さの鎖が突いた足枷がつけられた。


「決まりだからな」


 それだけ言って扉を開けて二人を外に出す。

 そして車のところまで連れていき後部座席に座らせた。


「よし、行くか」


 静かなエンジン音が鳴り、車が進みだした。



「どのくらい走るんですか?」


 最初に口を開いたのはエト、ハウスを出てからしばらく、高速道路に乗ったところだ。


「大体でいうと四、五時間くらいだな。途中飯とかでパーキングエリアに寄ったりするからもう少しかかるかもしれないがそれくらいだと思ってもらっていい」


 現時刻は午後二時、なので到着時間は陽が落ち空が暗く染まるころだ。それまでほとんど車内で過ごすことになるのだがすることは特にない。

 それにエトは後ろに今から売られに行く奴隷がいるというのに楽しく車内トークをするわけにもいかないと思っている。

 つまり、車内は暇だった。


 走り出して一時間、ただ座っているだけの状況で眉一つ動かさない後部座席の奴隷二人、運転に集中してなにも離さなくなった永貴。

 エトはどうにもならないほど暇を持て余していた。同じ奴隷身分なんだから自分も我慢するべきだと言い聞かせるもどこかで力が抜けてしまって集中することに集中できない。

 いつも留守番と言われてだらだらと過ごしていた二年間がここで裏目に出た。

 もう少し家事とか、なんでもいいから働いておけばこういうことも我慢できたのにと後悔するエトも、もう手遅れだということを思い知って深くため息をつく。


「はぁ~……」


「どうしたエト、やっぱり暇か?」


「い、いえ大丈夫です。我慢できます、たったの四時間とか五時間ぐらい」


 そう言って瞑想するかのようにエトが目を閉じる。

 最初は本問いに瞑想したのかと思うほどに真剣な顔だったが、十分ほどしたころにその顔はだらしなく口が開いていて、誰が見てもわかるほどきれいに熟睡していた。


「イリヤも恵理那も寝てていいんだぞ? どうせずっと同じような風景で暇だろ」


「私は夜にならないと眠れないので」と恵理那が否定する。


「さすがにこの状況では眠る気にはなれません」とイリヤも楽な体勢にすらなろうとしない。

 姿勢が崩れてもいびきをかいて寝ていても何も言わないタイプの永貴はここまで徹底している奴隷二人には少し違和感を覚えた。


「大丈夫だよ、こいつだって寝てるんだしさ」


 ハンドルから左手を離して寝違えるような首の角度でだらしなく寝ているエトを指さす。それを聞いた恵理那とイリヤは少し不思議そうな顔をした。


「え、その人は助手さんではないんですか?」


 どうやらイリヤはエトのことを最初に見た時から永貴の樹種のような存在だと思っていたようだ。これはよくある勘違いだがよく見ることができる人ならエトが奴隷だと気づく人もいる。

 エトのいつも来ているパーカー、このパーカーのいつもフードで隠れてしまっている首の後ろの部分、そこには後ろの二人が着ている外套に入っている幾何学模様を小さくまとめたような模様が入っている。

 このマークは奴隷商が商人を始めた時に入っている商会のマークが多いのだが、永貴はどこの商会にも属していないため師匠が持っていたマークを受け継いでいる。


「イリヤ、エトっていう女の子は助手じゃなくて奴隷、それもかなり特別な感じだけど」


「え!? そうなんですか、ならなんで私たちと同じ場所にいなかったんですか?」


「こいつはさぁ、二年間売れてないんだよ」


 その言葉に二人は少し驚いた声を上げた。

 顔は整っている、性格は正直そうで真っすぐ、悪いところなど今見ただけではその楽天さくらいだがなぜそんな奴隷がなぜ二年間も売られず奴隷商の隣で過ごしているのかが全くわからないからだ。


「まあ理由なんだけどさ、誰にも言わないっていうなら教えてあげるけど?」


 二人は無言で頷き、永貴は淡々と口を開きだした。

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