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奴隷商人の存在理由《レーゾンデートル》  作者: 数多ノつるぎ
奴隷と初めての仕事
5/11

引っ越しの準備中

 予算を大きく下回る形で商品を仕入れたことで満足げな顔で歩く永貴の横で、少し困ったような顔でエトは歩いていた。


「ご主人、あの」


「ん? どうしたエト」


「あの、さっきのちょっとした感じの会話だけで仕事って終わっちゃったんですか?」


 どうやら何をしていたかもわからない上にもっとなにかすごいことを期待していたエトはあの数分の取引だけでは少し不満なようだ。

 せっかく付いてきたのに一言もしゃべらずただ立って聞いているだけというのはつまらないものだったらしい。


「あーそういうことか、安心しろエト、たったこれだけのことで仕事が終わるんじゃ夜遅くに帰ったりすぐに外に出て行ってしまうはずないだろ」


 エトの頭をなでながら永貴は言う。

 その言葉にエトは確かにと言った感じで手をポンと叩いた。いつも帰ってくるのが早くても十時過ぎ、エトの様子を見にきているのが早く仕事が切りあがったのかで帰ってきても数十分休んだりデスクでパソコンなどを触った後すぐに家を出てまた帰ってくるのが深夜、というには今回は早く終わりすぎている。


「仕入れの時は早いんだよ、いつも昼頃に家に帰るときはこんな感じだ、今からちょっと大掛かりな作業になるぞ」


「大掛かりな作業、ですか?」


「ああ、お前にも手伝ってもら会うことになるが、いいか?」


「いいに決まってるでしょご主人!」


 エトは今日一番の笑顔になった。




 そして大掛かりな作業が始まった


「ってなんで家の荷物整理なんですかー!」


 もっていた書類を段ボールの中に入れながらエトが叫ぶ。

 それを見ていた永貴は「もっと丁寧に扱えよ……」と呟きながらほかの本や書類が入った段ボールにガムテープで蓋をしていた。


『引っ越し』

 ただそれだけを言えば普通の引っ越しを変わらないが奴隷商人が引っ越しをする際家探しなどの必要はなく、行く場所は決まっている。

 商人は自分がホームとする国を始め、世界各国取引を一度でも行った国にはハウスが用意してあるのだ。より円滑に、時間の差を感じさせずにどんなときにも対応できるようにしている。そのため永貴は日本に四つ、ハウスを持っている。

 基本は東京に、ここ二年はずっとそこにいた。今から行く場所は少し離れた場所でもし取引が長引いた場合のために家を帰ることにしたのだ。

 文句を言っているエトも初めての違う家、遠方の地に行くのだから楽しみにしている。


「それにしてもなんでこんなに紙ばかり運ぶんですか?」


「それはほとんどが売り買いの資料だ、お前が持ってるやつは全部あっちで取引したの時の奴だぞ」


 そういわれてエトは自分が運んでいる資料に目を落とす。そこにはいつ、どこでどの買い手にどんな奴隷をどんな契約で売ったのかはすべて事細かく書いてあった。

 それを見て、エトはあまりいい気分にはならない。

 自分もいつかこの人たちのように商品として売られることを考えて、そして自分よりも早く売られてしまった境遇の人たちの気持ちと共に自分が売られ使われていたころの記憶が蘇ってくるからだ。いい生活だなんてお世辞にも言えない、過酷な労働生活の日々。自分の容姿には目もくれない偏食者の主人だったからまだ労働用の奴隷として使われていたのは幸いだが、肉奴隷として買われた女たちの扱いは見ているだけでも地獄のようなものだった。

 食事などなく、道具そのものをして扱われ、終わった後の事後処理を任されたときはその凄惨さから胃から少ない食料を戻してしまいそうになったほどだった。

 そんな奴隷たちもすべて殺したのはエト自身だが、殺される寸前にに奴隷たちの口から洩れた言葉は、いまだにエトの心を食い潰すように蝕んでいる。


「どうしたエト、早くしないと終わらないぞ」


「す、すいませんご主人。急ぎますねっうわぁ!」


 置いてあった空いている段ボールに躓いて資料をバラバラにしてしまった。そこへ永貴が近づいてくる。


「ひっ!」


 エトの口から、恐怖からくるであろう短い悲鳴が漏れた。それを聞いた永貴はしゃがんでエトと同じ目線なりゆっくりと、手を差し伸べる。


「エト、大丈夫だ。ほら……」


「あ、すいません、ちょっと――」


「昔のことを思い出したんだな」


 エトが小さく頷く。昔の記憶が蘇ることは何度かあったが、今までより少し症状が大きいようだ。永貴はエトを立たせるとソファの上に座らせ作業を一人で始めた。


「ご主人、大丈夫ですから私も働きま――うぅ」


 立ちあがろうとするだけで頭痛が起こり眩暈がする。正直、働けるような状態ではない。だがエトは永貴に尽くそうとする、主人のためにではなく一人の愛おしい男性のために。

 だがそれを静止して永貴はエトを座らせた。


「いいから座っててくれ、このくらい自分一人でできるから」


「でも……!」


「お前は俺の奴隷じゃないんだ! 俺はお前を売ってるだけの商売人で、お前は俺に尽くす意味はないんだ……」


 奴隷として一緒にいたいわけではない、というエトの思いは告げられない。口を閉じたエトの前で永貴は苦しそうな表情で床を睨みつける。

 エトは自分のものではない、心の中でそう言い聞かせ続けた。商人として商品には絶対的な一線を引くこと、永貴の師匠である奴隷商人の教えの一つだった。生きた商品は懐くことがあるから絶対的な一線を引きいつでも売ることができるように、情を移してしまえば商人は失格だと、何度も叩き込まれた。


 その後無言で作業を続ける永貴を、エトは見ていられなかった。



「大体終わったか、あとやらなきゃいけないことは――あれだな」


 永貴は自分の車の鍵をとり上着を着た。


「お出かけですか?」


「ああ、留守番を頼む、すぐに戻ってくるから待っててくれ」


 それだけ言って永貴はさっさと家を出て行ってしまった。向かう場所は近所の洋服屋、買いに行くのはエトの服だ。

 奴隷には奴隷用の服を売る店もあるが、そんなところに目的のものは売っていない。必要なのは防寒着でありそれが無ければ寒い程度ではすまない、エトの体を最善に保つためには気候に合わせた服も買わなければいけない、というのはちょっとあれだが、商人をしてのプライドとしてできることはする。

 

 服屋に入るとすぐに防寒着が売っているコーナーに歩いていき女性用のコートを一着手に取った。少し大きいがエトがいつも着ている服も上着は指先がかろうじて見えるくらいにぶかぶかだ。小さくなければ問題ないだろうと、手に取ったコートを以って次は靴がある場所へ、日本の気候もだいぶ変わって北ではほぼ常にどこかに雪がある。その雪の上で転んだりしないように滑り止めのついている靴を一足、サイズの合うハイカットのシューズを手に取ってレジへ、金額を見ていなかったがさほど高くもなく、毎日のように何百万の取引をしている永貴からすればまったく使った気にはならない程度の金額だった。


「あいつ、なにしてるんだろうな」


 ふらふらとして倒れたりしていないだろうか、家を出る前最後に見たのは小さく手を振る姿だったが怒鳴ってしまったせいかいささか元気がなかった気がする。

 それに関しては永貴も反省した。



「エト、帰ったぞ」


 少し急ぎ気味に部屋に入ってくる永貴を、エトはいつも通り迎えた。


「おかえりなさいご主人、どこに行ってきたんですか?」


「北方への引っ越しになるから防寒具を、まあ前のだけどな」


 新しい靴とコートを手にとったエトは、驚きながら喜んでいた。


「ありがとうございますっ!」

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