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奴隷商人の存在理由《レーゾンデートル》  作者: 数多ノつるぎ
奴隷と初めての仕事
3/11

商人としてのポリシー

 貨物列車の一番後ろから三番目の貨車、そこから外に漏れることなく、中にいる人だけが聞こえるほど微小で妖艶な声が響いていた。


「あっ……ご主人、もうちょっと優しく、うぅっ! ああぁ……!」

 

 声を上げているのは整い整って整い切った綺麗な顔立ちの少女、エト。


「少しは静かにできねえのかよ……」

 

 ため息をつくようにエトの体の一部一部を入念に触れるのは地味な服を着た茶髪の男、神原永貴。


 二人は港に着くまでの貨車の中でエトの体に着けられた拘束具のメディカルチェックをしていた。一日に五回、破損、機能不全、解除の三つの危険が侵されていないかのチェック。

 決して永貴の趣味ではない。


「ふぅ、終わったぞ」


「こればっかりはどうにも慣れませんね、ご主人のいやらしい手つきは神技です」


 ぺたんと座り込みながら紅潮した頬を元の綺麗な白い色に戻しつつエトは呟く。火照った体が冷めていても精神の興奮は収まっていないようで、まだ少し声に妖艶さが残っている。


「いやさすがに慣れてほしい、俺だってただの身体検査が周りから見たら大胆なセクハラに見えるのは嫌だからよ」


「無理ですねー、ご主人のテクニックで声を上げるなというほうが鬼畜です。それじゃ息が詰まって死んでしまいます」


 わざとらしく自分の胸をポンポンと叩いてアピールする。エト自体わざと声を上げているようには見えないが抑えられるのなら抑えてほしいと永貴は常々思っていた。


「はぁ……、今何時だ? たぶんそろそろ港周辺だった気が」


 携帯を取り出して時間を確認する。明かり一つない物置用の貨車では窓もついていないので時間でだいたいの場所を知るしかない。

 列車が駅を出発したのが三十分ほど前、なにも支障がなければあと五分程度で列車は港の駅に停まるはずだ、それにこんな外回りを走る踏切一つない列車だ。人身事故なんてそうそう起こるものではない。それに大事な商品を積んで承認を送り届けることに適した列車だから事故が起こる確率自体がかなり低い、整備員がよっぽど無能でなければ大丈夫だろう。


「そろそろか、エト、外に出る準備をしておけ。もうすぐのはずだ」


「了解でーす!」




 列車が駅に停まるためにブレーキ音が鳴り響く。揺れがだんだんと収まり貨物列車は停止し、貨車の鍵がすべて自動で開けられる。

 永貴は内側から取っ手を掴みスライドさせて扉を開くと、太陽の明かりと共にほぼ裏側には海が見える海岸沿いの駅が見えた。


「さて、あれ?」


 一緒に降りたはずのエトが隣にいない。ここにくるまで歩いているときは片時も永貴の隣から離れなかったのにどこへ行ったのだろうか。


「ご、ご主人~へぶっ!」


 後ろから聞こえる聞き覚えのある声に振り向くと、エトが目を閉じたまま貨車から降りた後支柱に顔面をぶつけていた。

 どうやら暗いところから急に太陽の光を見てしまったのか、目が暗転して周りが見えなくなってしまったらしい。その状態で永貴を探して歩き回ったものだから目の前の支柱に気づかずぶつかったようだ。

 こうやってみているとちょっとどんくさいというか、奴隷というより預かっているだけの少女に見える。昔も何度か似たような感じで電柱やら壁やらに激突していたことがあって永貴はけっこう慣れっこだ。

 すぐに鼻を抑えているエトの手を取り駅のホームにあるベンチまで連れていく。そこで座らせてから一度深呼吸をさせてから水で濡らしたハンカチをエトの赤くなった鼻に当てる。

 そのあとゆっくりと目を開けさせて外の光に慣れさせた。


「前から暗いところから出るときはゆっくりと下を見ながら出て来いって言ってるだろうが……」


「うぅ、すびませぇんご主人、奴隷の私がお手数をおかけして……」


 そう言うエトの目には少し涙が溜まっていた。

 ぶつけた痛みからか、それとも罪悪感か、こういう場合エトは後者で涙を流す。痛くはないかと聞いたことはあるがこういうことには慣れっこだと言っていた。


「とりあえず時間はまだあるからゆっくり行くか、とりあえず飲み物も買ってくるからここで待ってろ」


「ふぁい」


 エトは渡されたハンカチで涙をふきながら返事をした。


「もう少し外に慣れさせるべきだろうか、でもあまり出しすぎてもよくないことがありそうだからな」


 その予感は的のど真ん中を射抜くように的中していた。この駅は自販機まで少し遠く、行き帰りでだいたい五分ほどかかる。

 その間に待っていたエトの前には三人の少し流行りというか奇抜というか、そんな恰好をした青年が立っていた。


「え、えっと何か用ですか……?」


 エトが戸惑い気味にそう聞くと


「お嬢ちゃんかわいいじゃん、ここで誰か待ってんの? ちょっと俺たちとこない?」


「楽しいことしようぜぇ、俺君みたいなかわいい娘見たの初めてだしさぁ~」


「いえ、あの私ここでご主人を待っているので場所を変えるわけには――」


「え、ご主人様なんているの!? ってことは君は奴隷なんだよね、じゃあ俺たちの誘いを断る権利なんてないよなぁ~」


 エトが奴隷だとわかった男の一人は高らかにそう言った。確かに奴隷が一般人に口答えすることは原則として主人からの罰および監督不行き届きということでの罰金まで発生する。なので奴隷は一般人には基本従うことしかできない。

 ――それが買われている奴隷ならばの話だが。


 ゴシャッ!


 中身の入っている缶ジュースが青年三人とエトの間に落ちる。というか投げつけられる。それを投げたのは当たり前のように、永貴だ。


「おい、うちの商品に手ぇ出してんじゃねえよ……」


 永貴の言葉は静かで冷静に見えるが、その言葉には確かな怒りがあった。


「あぁ!? おおてめぇがご主人様か? ちょっとこの奴隷貸してくれよ、いつでも遊べんだからほんのちょっとくらいいいだろ!」


 そう言ってエトの手を無理やり掴もうとした青年の一人が一瞬のうちに弾けるように飛び、地面に背中から落下し転がって支柱にぶつかり止まった。

 今まで青年の背中があった場所には、鋭く伸びた永貴の拳。その拳からは幻覚なのか、本物なのか、蒸気のような煙が見える。


「聞こえなかったか? うちの『商品』に手を出してんじゃねぇよって言ったんだよこのクズ野郎っ!」


 火山が噴火したような怒りが、永貴の口から飛び出した。その怒号にひるんだ青年はそれでも永貴を攻撃し始めた。

 ドレッドヘアの青年が右ストレートを永貴の顔面に打ち込む。それを永貴は青年の肘から蹴り上げ、回避する。

 青年腕からはグシャリと何かが潰れて砕けるような嫌な音がした。

 その間に後ろに回った坊主の青年が中段蹴りで永貴の腰を狙うが落とした永貴の肘が坊主の脛に直撃しその痛みに坊主はのたうち回って絶叫した。


「俺は奴隷商人だ、俺の商品に手を出して汚すような奴はまともな体で返さねえぞっ!」


 その憤怒の怒号を聞いた青年たちは何を言っているのかわからない叫び声をあげながら、まるで鬼から逃げるようにそそくさをその姿が見えないところまで行ってしまった。


「ご主人! 怪我は、怪我はありませんか!?」


 エトが三人がいなくなるのを見ていた永貴の後ろから抱き着くように腰に手をまわし、体中を撫でまわすように調べてほっと一息ついた。

 永貴も自分の体に傷や汚れがないのを確認するとエトの頭を撫でる。


「大丈夫かエト、なんかされなかったか?」


「いえ、される前にご主人が来たので」


「はぁー、よかった、お前に何かあったらどうしようかと思った」


 ほっとして永貴の体中から力が抜ける。まるでさっきとは別人のような気の抜けた顔になった。


「ふふっ、ありがとうございますご主人、商品は綺麗に保つのが商人であろご主人ポリシーですからね」


 笑って冗談を言うエトの顔を見て、永貴はほっと胸を撫で下ろす。

 ――さて、さっきからこっちのことを見ている年配の方は誰だろうか?

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