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奴隷商人の存在理由《レーゾンデートル》  作者: 数多ノつるぎ
奴隷と初めての仕事
2/11

似合わない優しさ

 奴隷商人、神原永貴は仕事へと出向くための準備をしていた。目立ちすぎない服装に眼鏡をかけ帽子を被り携帯と家の鍵を探す。いつもは自分の部屋の机の上に置いてあるのだがなぜだか見当たらない、昨日もそこに置いたはずなのだがいつもとっている行動なので記憶違いかもしれないとあるかもしれない場所をひたすらに捜索する。


「ねぇ……」

 

 もう一人家にいる少女、エトにあとから鍵をかけてもらってもいいのだがもし仕事が遅くなり夜に帰宅した場合エトが寝ている可能性がある。エトは一度寝るとなかなか起きないから扉をノックした程度では意味がないだろう。

 

 一度そうして一晩外にいたのだからもうこりごりだ。


「くっそ、どこやったんだよ昨日の俺!」

 

 いつも余裕のある時間に出るので出発まではあと三十分ほどあるのだがここまで探して見つからないというのは不安だ。


「エトー、起きてるかー?」


「ふぁ……どうしたんですかご主人、そんなに慌てて」


 寝起きであるエトが寝癖だらけの髪をピョンピョン跳ねさせながら歩いてくる。一応起きてはいたが根が覚めて五分も経っていないようだ。

 

 これは役に立たない。そう直感した。たぶん鍵を探せと言ったら聞き間違えてカビを探しに行くだろう。それを止める時間すら今は惜しい。


「やっぱりいい、早く仕事に行かないとならないから」

 

 もしかした締め出されるかもしれないが泥棒に入られるよりはましだと思い決心して鍵を閉めておいてくれと言おうとしたその時。


「仕事……ご主人、私も行ってみたいです!」

 

 半開きだった目が輝くように開いてエトがそう言い放った。


「なっ!?」

 

 それどころではないのに問題を増やしてきた。これは説得に時間がかかるだろう、と考えた永貴は


「じゃあ家の鍵を探してきてくれ、見つけたら連れてってやる」

 

 これなら大丈夫だ。家主の自分がどれだけ探しても見つからなかった家の鍵、あと十数分で見つけて持ってくるなんて不可能。

 

 ――と、自分よりも長く、朝から晩まで留守番を務めることも少なくないエトを永貴は甘く見ていた。

 

 たたたっと軽快に走って行って二十秒ほど、すぐに帰ってきたエトの手には見慣れたハウスの鍵が握られていた。


「どっから見つけた!? 俺があんなに探しても見つからなかったんだぞ!」

 

 驚きを隠せない永貴、エトが自分よりも家の中に長くいることを仕事のことで頭がいっぱいで考えていなかったところが、まだ若さからくるとして甘いところだ。


「ご主人のベッドと敷布団の間に挟まってましたよ、布団を敷く前にベッドの上で服を脱いで落として気づかなかったんじゃないですか?」

 

 そうにっこりと笑って言う。もちろん永貴もエトもさっきさらっと流すようにした約束を忘れているわけではない、むしろその約束のことを覚えているからエトはこんなにも笑顔だ。

 観念した永貴は肩を落として


「わかったから早く着替えろ、帽子とかは俺が用意するから……」

 

 その言葉を聞いたエトはさっきよりも笑顔になって出かける支度をし始めた。




「ご主人、準備できましたよー!」

 

 部屋から出てだいたい十分くらい、あと五分くらいで家を出ないとやばいなと思っているときにエトがいつもの黒いラインの入った大きめの青いパーカーにチェックのミニスカートの格好で出てきた。

 

 靴下の代わりに膝の少し上当たり前ある黒い二―ソックスを履いている。

 というかエトは服がこれ一着しかない。

 永貴はエトを元々外にはあまり出さない気でいたしこの服自体部屋着のようになっていたので特に買ったりしていなかった。

 

 永貴はジーパンに白いTシャツの上から茶色のジャケット、どこにでもいるような恰好をしている。移動中あまり人の印象に残らないように帽子と眼鏡で素顔もわかりずらくする。

 本当はエトは外に出すと百人が百人振り返ってしまう、だから仕事の時は一緒に歩きたくはないと思っている。横にいる永貴も一緒に注目されてしまうからだ。


「とりあえずこれ被って顔隠しとけ、じゃないと目立つからな」


「はーい!」

 

 エトは渡された黒い帽子を深めに被った。それでもウキウキと楽しげな雰囲気は消えていない、久しぶりの外出がよっぽど楽しみなのか、はたまたいつも一人で過ごす時間を永貴を一緒にいられるからなのかもしれない。


「電気は消したし、ガスも大丈夫、鍵もしめときゃ安全だろ」

 

 家の中にだれもいないという感覚は久しぶりだ。ここ二年間ほど、仕事に行くときは絶対にエトが留守番をしていた。安全確認なんてしたのはいつぶりだろうかといらないことも考えてしまったりしてしまう。


「今日の仕事はどこなんですか?」


「電車で港のほうまで行く、今日は売りじゃなくて買いだ」


 奴隷商人の仕事として最も大切なのは商品を高く売ることではなく、商品をできる限り安く仕入れることだ。

 高い値段で売っても高い値段で買ってたら利益はゼロに近く、下手したら赤字だ。質のいい商品を選んでいけるところまで値切る、値切りすぎれば次からの取引が危うくなるから限度を見極める。それか相手が気がついていなくて安く売られているいい商品をすこし値切って買う。

 これができればその日は万々歳だ。だが業界もそんなに甘くはない、目のつけ方が悪ければ相手にもしやと思われて値段が上がる可能性もある。

 まあ今から行く場所は何度も取引をしている仲のいい商会なのでそんな裏をかいたようなことはしないが。


「電車ってすごく早いんですよね! 楽しみですっ!」

 

 エトは跳ねるように歩きながら笑顔で喋っている。とても楽しそうで、こうしているときは奴隷ということも殺人鬼ということも忘れられて永貴も楽しくなってしまう。


「ご主人、電車に乗るときって小さな紙を買うんですよね、テレビでそういうのを見たことがあります」


「ああ、昔はだいたいそうだったな。でも今はこのカードを持ってれば乗れるんだ」


 そう言いながら永貴はポケットから電子マネーのカードを出す。


「お、お金はいれなくてもいいんですか?」

 

 エトはそのカードを見て永貴に質問をする。

 世渡りに金がいることくらいはエトだって知ってるしエトは結局のところちょくちょく永貴から仕事の話を聞いているため常識がないわけではない。


「金は先に払っておくんだよ。そうすれば切符を買う時間をかけずに早く電車に乗れるだろ?」

 

 会話しながら歩いていると駅が見えてきた。ここから海岸沿いに港まで行く貨物列車が走っているからそこで港まで行くことになっているが、ここで少し問題が生じた。

 ――貨物列車の普通の席には、奴隷は座ることができない。

 奴隷は電車にも乗れないしタクシーにも乗れないし公共の乗り物にはほとんど座ることができないといってもいいだろう。

 一車両でも貸し切ってしまえばいいがそれはさすがに目立ちすぎる。


「奴隷は貨物か……」

 

 奴隷は『物』である。奴隷商人の基本中の基本を思い出して永貴はため息をついた。


「どうしたんですか?」


 急に大きなため息をついた永貴を、不思議そうな目でぱちぱちと瞬きをしながらエトが永貴を見上げる。


「エト、ちょっと港に着くまでは別席になるけどいいか?」


 その言葉の意図はすぐに理解した。


「大丈夫ですよご主人、私はご主人の奴隷ですから……わかってます」

 

 一瞬の、悲しそうな眼。

 帽子でほとんどで隠れてしまっているが、エトのさっきまでの楽しそうな雰囲気は悲し気に変わっていた。

 それを見た永貴はさっそうと歩きだし駅員の一人を捕まえた。


「おい、貨車一つ貸し切りだ、どこでもいいから空けろ」

 

 永貴が列車の整備をしている駅員に話しかけてそう言った。名刺を見せて奴隷商人であることを示す。

 一般人が一車両貸し切るのなら珍しいが、奴隷商人が貨車を貸し切ることは珍しくない。


「か、かしこまりました。それでは後ろから三番目をお使いください」


 戸惑いつつも仕事をこなす駅員、言われたとおりに後ろから三番目の貨車にエトを連れていく

 

 予約などされていなかったのが幸いで誰もいない貨車を一つ借りることができた。そこにエトが乗るのかと思いきや――


「え、なんでご主人もいるんですか!?」

 

 当たり前のような顔で永貴も貨車の中に乗っていた。


「メディカルチェックの時間がある、あと監視だ。なんたってお前は127人殺した殺人鬼だからな」

 

 そっぽを向いて言う。誤魔化しているつもりだろうが、背中から滲む優しさは奴隷商人には似合っていない。

 それを永貴の優しさだとわかっているエトもクスッと笑い、二人しかいない貨車の中で永貴の体にその小さな背中を預けて座った。

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