別れの覚悟を
朝、日の昇りきった六時ごろに起床した永貴は部屋の中で寝ているエトたちを確認してからパソコンを起動させて最後の資料作りに入った。
内容は二人の奴隷の最終プロフィール表。
商会から貰った資料に照らし合わせながら正確に打ち込んでいく。髪の長さ、色、目の色から身長体重までをすべて間違いのないように作り上げていく。
「はぁ、エトはどうしようか……」
いつものように仕事をしながらも永貴はエトのことについて悩んでいた。奴隷であることを自覚して、同じ奴隷であるイリヤと恵理那といるところを見るといつもよりも楽しそうに、始めて友達のできた子供のようにはしゃいでいる。
そんな無邪気なエトに先に別れを告げさせるほうがいいか、それともこれからもそうならないように奴隷たちが売られるところを見せるべきか、後者を選んだほうがこれからの仕事は楽になるのだが……
それでもエトの心に傷をつけることになるかもしれない。
そう思うと前者にすればいいのかと悩んでしまう。
「ご主人、こんな早くからお仕事ですか?」
いつの間に起きたのだろうか、エトは永貴の後ろに立ってパソコンの中を覗いていた。
「おお、早いなエト、イリヤと恵理那は起きたのか?」
「今着替えてます、出発時間はいるですか?」
「その前に聞きたいところがあるんでが、エト、お前は今日ついてくるか?」
永貴は自分では悩みすぎて決められないというところまでたどり着き、判断をエトに増させることにした。
「着いていきますよ」
エトの顔がいつもの笑い顔から真剣な顔に変わる。
質問の意図は、しっかりと伝わりエトも覚悟を決めているようだ。
昨日まで仲良くできていた友人とのこれほどまでに早い別れ、それ自体を考慮していたのか、それとも自分の気持ちを抑え込んで永貴の仕事の効率を上げようと思っているのか。
永貴は申し訳ない気持ちになったがエトは奴隷、一線を引いた仲で奴隷の気持ちを尊重するなどできないこともあり、永貴はエトを連れていくことにした。
「わかった、じゃあ出発の七時までに準備しておけ」
「わかりました!」
ニッコリとしてそう言うとエトは部屋に戻っていった。
パソコンに向きなおた永貴は、深く深くため息をついた。
「じゃあ行くぞ、シートベルトしめておけよ」
そういい車はゆっくりと走り出す。
「これから売られに行くんですか……ちょっと寂しいなぁ」
イリヤが下を向き、さっきの一晩であったことを思い出しているのかかなり落ち込んだ顔をしているようだ。
恵理那はまったく何も考えていないような無表情。
なんども売られ回ってきた経験なのか、奴隷であることを完全に自覚している。これはまだマシなほうだが、これから先奴隷という概念と生活が身についてしまうのかと思うと……
永貴はまた深いため息をついた。
「俺はお前ら二人を売ることにすまないという感情はない、もしどこかで逃げようとすればどうなるかはわかっているな」
「え?」
「わかってます」
え? と言ったイリヤに説明をする。
それは奴隷が逃げた場合、その場にいる奴隷商が持っている銃によって射殺されること。
奴隷商がその奴隷に価値を見出し殺さなかった場合取り押さえて取引先に幽閉となる。どれだけ逃げたかなどにもよるが、殺されるではすまな拷問もあり得ることを伝えた。
この二人は逃げるとは思えないが、最後の緊張に耐えかねてその場で自殺、逃走を図る奴隷も永貴は見てきた。
一応警告をしておく。
「それに凶器か何かを隠し持っていても無理だと思え、そんなことがあったらエトに殺させる」
「そんな、エトさんがそんなことをするなんて」
驚き脅しのせいで少し涙ぐんだ目を向けエトを見ると、エトはシートベルトで窮屈そうになりながらも首を後ろへ向け、光のこもらない目をした笑顔で言い放った。
「殺しますよ、ご主人が言えば誰であっても殺します」
本当にそんなことをさせるつもりはないのだが、エトは今ある中で最高と言える脅迫手段だ。これを聞いた奴はどんな奴隷でも震え上がった。
エトにはそれだけの殺気を放つことができる。
それに、たぶん本当に逃げ出したら最初に追いかけるのはエトだろう。そしてイリヤ程度なら拘束具で縛られたエトの体でも簡単に殺すことができるだろう。
銃を持ち訓練された兵隊七十人、衰弱しているものも含めて奴隷三十人、見回り等の警備隊二十人、主人含める七人。
全員がこの小柄でかわいらしい女の子に殺されている。
その体はどうなっているかはわからないが特殊金属で造られた拘束具を使うほどの脅威的な身体能力。
殺したものがエトだと知られたとき、国が震え上がった。
「エトの拘束具を外す権限は俺にも使える、俺が命令すれば奴隷なら何人殺しても罪にならない、だから頼むから逃げないでくれ。できれば殺したくないし、エトに殺させたくもない」
最後の言葉には、強い力がこもっているように感じた。
人を殺したくない、殺させたくない。
大事にしていたい人、エトをあの時のような『殺人鬼』にしたくはない。
イリヤと恵理那にはエトがどれだけ危ない存在であるのかも、その力と思念もよくわかっている。あの時見たエトの拘束具は自分達に着けられたのなら苦しみのあまり死にたくなるだろうと思えるほどのものであり、それをつけて普通の生活を送ることのできるエトの恐ろしさは身をもってわかっていると言っていいほどにわかっていた。
「着いたぞ、氷で転ばないように気をつけろよ」
永貴はさっきまでの脅すような声ではなく、ホームにいた時のような優しい声と笑顔だった。