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奴隷商人の存在理由《レーゾンデートル》  作者: 数多ノつるぎ
プロローグ
1/11

プロローグ―奴隷を思う裏表―

 現代、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オーストラリアなど世界中地球の裏側まですべての国で――『人身売買による奴隷制度』が存在する。

 奴隷を売る奴隷商人はほぼ公式の職業に近く、政府そのものが裏から手を引いている場合もある。現代を生きる奴隷商人は、腕が良ければ奴隷一人を売るだけで一生遊んで暮らせるほどに稼ぐことのできる業界でまるで殺し合いの如き話し合いで金に手を伸ばしていた。

 顔立ち、健康度、肉体の質、性格、髪の長さから性癖にいたるまで買い手の欲しいものを調達しできうる限りの高値で買ってもらう。


 自分の暮らしのためなら奴隷――すなわち商品――のことなどどうでもいい。

 なぜなら金で売買できる時点で『人』ではなく『物』として扱われるからだ。狂った世の中、世も末だという奴隷反対派も存在するが、国はそう簡単に動いたりしない。

 

 現代の生きる奴隷商人は今日も商品を売買するためにわが家へ帰ってきた。


「あ、おかえりなさいご主人!」

 

 通称ハウスと呼ばれる隠れ家に帰ってきた背の高い男性を、少し小柄な少女が迎え入れる。


「ただいま、エト。今日は何をしてたんだ?」


「一昨日買ったゲームをしてました、見てくださいこんなところに隠しルートがあったんですよ!」

 

 楽しそうに手に持った携帯ゲーム機を見せてくる少女の名はエト。これでも立派な奴隷である、それも曰くつきの。

 背の高い男は神原(かんばら)永貴(えいき)。商人暦が四年を迎えた奴隷商人である。

 つまりこの二人は奴隷商人と奴隷、わかりやすく言えばご主人様とペットのような関係なのである。奴隷商人ならば奴隷を売るべきでは? と思うがエトと出会ってから二年間、買い手がまったく見つからない、永貴の腕が悪いわけではない、エトがパッと見で買いたくないと思うほど醜い容姿なわけではない。

 その逆。

 永貴は奴隷商人を始めたころからあれやこれやと壁を登り詰め、今では奴隷の依頼をするのであれば神原永貴に依頼すればいいと名指しで呼ばれる商人の一人だ。

 

 その緑のかかった茶色の髪に薄く謎めいた黒い目は目を合わせるだけで不思議と永貴の世界に引き込まれる。

 エトは容姿は上から下まで完璧に近い。光に反射するほどに綺麗な淡い薄水色の髪、白く健康的で汚れ一つない肌、流れるような細い柳眉に灰色の大きな瞳と筋の通った鼻、艶やかで柔らかそうな唇も。細くくびれた腰も、服の上からでもわかる形のいい胸も、身長のわりに長く見える四肢も。

 どれをとっても最高にして究極の美しさと可憐さ、その中に小さな妖艶さを持った少女は見るものすべてを魅了する。

 そんな奴隷に買い手がつかない理由はたったの一つ

 ――エトの過去だ。

 

 エトが初めて奴隷として買われた貴族の名家で起きた事件『キナレス邸の紅い夜明け』と呼ばれる大量惨殺事件だ。

 奴隷一人による主人、嫁、後継ぎと兄弟姉妹、使用人や護衛からほかの奴隷に至るまで総勢127人が一夜にして全員死体として見つかるという最悪の一夜があった。

 その犯人が、今座椅子に座る永貴の膝の上に腹を乗せて楽し気に携帯ゲーム機をいじる少女、エトである。

 本来なら裁判なしでの死刑をしてもいいほどなのに、国はこの少女の奴隷としての価値を捨てきれず、当時名を上げ続けていた永貴に半ば強制的に押し付けたのである。

 だがそんな過去を聞いて買うもの好きなどおらず、さらに値段が恐ろしく高い。国から言われた最低金額でさえそれを買えるものが限られてくるというのに、殺人鬼を大金はたいて買うやつなどこの世には存在しない。

 なので基本はエトを売りに出さず家の中でこうやって遊ばせている。


「ああ、もうこんな時間か」

 

 思ったよりも話し合いが長引いたな、と呟きながら時計を確認して永貴はあることをしなければいけない時間に気づきエトの触っているゲーム機を取り上げた。


「あっご主人、今いいところだったのに――」

 

 そんな子供の文句を横流しにして永貴はエトの腹が乗っている膝を折り曲げた。


「ぐえっ」

 

 勢いよく上げたせいかエトの腹が圧迫され小さな悲鳴が漏れる。

 そんなことも気にせず永貴は無言でエトの着ている短いスカートをめくり下着の上から尻を撫でた。


「ひゃあっ! 急に何するんですかご主人、セクハラですよセクハラ! 警察呼びますよ!」

 

 と、どれだけ文句を言ったところで永貴は聞く耳を持たないしこれをセクハラだと警察に訴えたところで奴隷であるエトの言い分は聞かれないのだが。

 そうわめきたてるエトを無視してスカートをおろした永貴は次に足を、触り終えたら次はエトの体を転がして仰向けにして腰、胸、肩、腕と全身をくまなく触り携帯に何かを入力して送信した後ゲーム機をエトに返した。


 そこでエトは自分がされていたことがセクハラではないとようやく理解する。


 今の行為は断じてセクハラではなく定期的なメディカルチェックである。エトは127人殺したことから異常な身体能力を有しているかもしれない、という議論が政府の議会で起こり特別製の拘束具を作成、それを24時間のうち拘束具と同じ力を持つ特殊な素材で造られた入浴所以外ではずっとつけている。

 破損がないか、外されていないか、機能し続けているか、それを確認するための定期的なメディカルチェックが一日に五回行われる。


「チェックならチェックて行ってくださいよ~」


「仕事で疲れてるんだ、大目に見てくれ」

 

 頬を紅潮させて怒るエトに対して、永貴はゆったりと落ち着いた気分になっている。もしどこか外されていたり、損傷の一つでもあったり、万が一拘束具が機能していなかったら、それに気づいた瞬間エトは自分を殺してまた逃げてしまうかもしれないという恐怖のせいだ。


 出会って二年間、いろいろなことがあったが根本的な部分でエトは悪い奴ではない。快楽殺人鬼でもない、一人の無垢な少女であることを永貴は学んだ。そんな少女がまたあの時のような姿に戻るのも見たいとは思えない。


 永貴は次の仕事の予定を確認しつつ、エトの体重のかけ方が変わったと思い携帯を目の前からどかすと、エトがいた。

 当たり前なのだが、いつも以上に距離が近い。自分の足の付け根のほうへまたがり何も言わずチェックを施したことへの仕返しのつもりか、永貴の耳を噛んだ。


「うおっ!」

 

 永貴は驚いたが痛くない、エトは歯をたてず、その柔らかい唇だけで耳を挟んでいた。

 

 どうしたのかわからない、そう戸惑っている永貴の耳元でエトが呟いた。


「ご主人は、まだ怖いですか?」

 

 質問の意図はよくわかった。


「ああ、怖い、こんなに近いと泣いてしまいそうだ」


「ご主人が泣いたところなんて二年間で一度も見たことないですよ?」


「これでもガキのころから怖がりでな、涙腺がゆるっゆるだからよ」


「私はご主人が好きです。こんなに優しくて、奴隷の私を人として扱ってくれているから」

 

 エトの声が少し強くなった。


「俺はお前の売り手がいないだけだ、買ってくれる奴がいたらすぐにでも手放すさ」

 

 その言葉にエトが少し肩を落とす。


「じゃあ買ってくれる人がいなかったら?」

 

 その質問には答えない。答えたら受け入れてしまうから、商人である以上、商品を自分のものにしてはいけない、いつでも買い手が満足できるように最善を保つ、それが何年かかろうとも。

 

 だから答えない。


 黙り込んでから三十秒ほど経っただろうか。

 

 エトが立ち上がってソファで寝転がってしまった。


「本当は――」


 この続きの言葉は、永貴の心の中に留めておくことにした。

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