第1話
ムーンライト用に書いたものですが、あまりにも恋愛要素が希薄なため、こちらにも投稿する事にしました(笑)内容はそのままです。
2014年夏、私は死んだ。――手違いによって。
私の名前は、ロザリア。少し前までは、23歳の国民の公僕たる公務員だった。“だった”というのは、就職してちょうど仕事も慣れてきた年の夏に、ぼんくらな神によってうっかり殺されたからだ。いわゆる業務上過失致死ってやつ。それも、「いってきまーす」と家を出たら死んでいた、という本当に酷いとしか言いようのない手違いだった。もちろんその事について謝罪はあったが、砂糖を入れるべき所に塩を入れてしまった時のような軽いもので、少しばかり殺意を覚えてしまったのも仕方がないだろう。
頭にきた私が、ごめんなさいで済んだら警察はいらねぇんだよ!と神に迫った所、なんと地球以外の世界に転生させてくれると言うので、私は喜んでそれに飛びついた。
そして、私は無事2014年夏、死後10分にして新しい生を受けたのだが…――
「妹君様のご誕生です!」
――魔王になりたいっつったのに、なんで魔王の妹なわけ!?
「ロザリア様、魔力制御のお時間です」
私は侍女――ブルーナの声に、お昼寝から目を覚ました。むくっと身体を起こし、ベッドの上でぼんやりしていると「失礼します」という声と共に、ブルーナの手によって抱き上げられた。長身の者が多い魔族の中で、例に漏れず背の高いブルーナ腕に座ると、非常に見晴らしがいい。というか、落ちたら痛そうだ。ブルーナはそんな事はしないだろうが、私はしっかりブルーナの首に腕を回してしがみついた。さて、今日も頑張りますか。
生後1ヵ月。産声すら上げずに生まれた私は、立派に魔王の妹をやっていた。生まれたてこそ、まさか自分で魔王の座を奪い取れという意味かと勘繰ったものだったが、いまではぼんくらの得意技である手違いが起きたのだと思っている。本当に使えない奴だな。ただ、だからと言ってもう一度死ぬ訳にもいかないし、仕方がないので悪徳商法に引っかかったと思って、いまの地位に甘んじている。甘んじてはいるが、決して許した訳ではないから、今度会ったら覚えておけよ。
思わず殺気立つと、ブルーナが背中を叩いてあやしてくれた。うん、うん、ありがとう。気持ちは嬉しいよ。でもあなた、身長に比例して手まで大きいからちょっと痛い…いってえ!私は無言でブルーナの腕から降りて、大人しく歩く事にした。
魔族の成長は、人間のそれに比べて早いらしい。私がハイハイを体験する事なく、クララのように立ち上がったのは、生後1日目の事であった。しかもそれが普通らしく、侍女たちはわざわざ褒めそやしもしない。あ、立ったの?よかった、よかった。こんな感じ。冷たい。歯だって一晩寝たら生えてきたし、髪もふさふさで、見た目はすでに3歳児だ。
そんなものだから、私は授乳という羞恥プレイもなかった。そもそも父親はもちろん、母親ですら一度も会いに来ない状況では、本当に親がいるのかどうかも怪しいものだ。自然発生的なあれだったらどうしよう。魔族ならあり得そう。なんて驚いたり悩んだりしている内に、光陰矢のごとし。あっという間に月日は流れていた。が、この1ヵ月間で私がした事と言えば、魔力の制御と魔力の制御と、あと魔力の制御のみだ。生産性がないと言うなかれ。人間ならば、あぶあぶ言って寝転がっているお年頃だという点をお忘れなく。
しかし、この魔力の制御というのが曲者で、初めはだだ漏れになっている自分の魔力を抑え込む所から始まったのだが、私があまりにも魔力の存在を掴むのが下手くそなため、3回目以降はどこからか捕まえてきた魔獣を正しく殺す講座に取って変わった。
魔獣は、本体が保持している魔力を凌駕する大きな力で攻撃すると、一瞬で消滅してしまう。――いや、蒸発と言った方が正しいか。魔族のような高濃度の魔力を持つ者が、なんの制御もなしに攻撃すれば、熱したフライパンの上に水を垂らした時のように、瞬間的に消え去ってしまうのだ。それを、姿を残したまま殺すためには、その魔獣に合った魔力で殺さねばならないらしい。
つまり、魔力の存在と制御を実践で掴めという、なんとも荒療治なやり方なのだ。自分で望んでおいて言うのも何ですけど、魔族さあ、ちょっと殺伐としすぎじゃない?普通0歳児にいきなり魔獣の殺し方を教えますかね。
とはいえ、一度も成功していない身としては文句も言えないので、大人しく参加するほかない。それにこれを成功しない事には、兄である魔王にも会えないのだ。いつ暴走するかわからないような奴を、陛下の御前に行かせる訳にはいかないとかなんとか言って。これは非常にゆゆしき事態である。確かに仕方のない事だとは思うが、前世はひとりっ子であった私からすると初の兄妹、しかも長年欲しいと思っていた兄という存在に会えないというのは、相当大きな衝撃だった。だから私は、こうして日々の鍛練に真面目に取り組むのだ。まだ1回も成功していないけど。
「ロザリア様、到着致しました」
ブルーナの声に顔を上げると、いつの間にか鍛錬場に着いていたようだ。目の前には、天を突かんばかりにそびえ立つ漆黒の禍々しい塔があった。この塔は、もともと魔族の中でも魔法に優れた者が集う場所だけあって、魔力を感知できない私ですら息苦しくなるほど空気が澱んでいた。
塔の最上階付近は、渦を巻いた冷灰色の雲に覆われている。塔に納まりきらない魔力が、具現化して塔の外に纏わりついているのだ。その渦からは、時折紫色の稲光が姿を覗かせていた。なんで魔界ってこうセンスのないものばかりなのかしら。せめて視覚的にも精神的にも優しいデザインにしよう、なんていう配慮を見せたらどうだ。いまからあの最上階に行くのかと思うと、私は溜め息を禁じ得なかった。
入り口は5、6mはあろうかというほど巨大な黒い扉で閉ざされていた。鏡のように美しく磨かれた扉には、どこにも取っ手が存在しない。魔王の許しを受けた者しか入れないように、特別な造りになっているのだ。私がその扉に向かって変顔を披露している間、ブルーナがその中央に手のひらを翳すと、そこから金色の模様が放射状に走って、扉が音も立てずにすんなりと開いた。
ちなみに許可のないものが手を触れると、もれなく正面から呪いが身体を包み、頭上から雷が降り、そして地面からは岩石でできた棘が突き刺さるという、アンハッピーセットが付いてくる仕組みになっている。
「ねえ、ブルーナ」
「はい、ロザリア様」
「心なしかお腹が痛くなってきた、かも」
「まぁ、それは良い兆候ですわ。魔力の渦旋を感じ取られているのですね。こうなれば、魔力制御もあと1歩にございます」
「いや、単に精神的なものだと、…なんでもない」
魔族に思いやりを求めた私が馬鹿だった。凶事という凶事を幸いであると受け取る魔族が、身体の心配などしてくれるはずもない。ブルーナが嬉しそうににっこりと微笑めば、私は借りてきた猫のように大人しくなった。下手に反論しようものなら、侍女兼教育係のブルーナから魔族とはなんたるやについて小1時間ほど諭される事が、容易に予想されたからだ。冷酷、非道、残忍、無慈悲…、あとなんだっけ?とにかく不吉で不穏な言葉が勢ぞろい。
地球人の赤ん坊は、可愛らしい絵本を読んでゆっくりと文字を覚えていくが、魔族はまず、いかに残虐であるべきかみたいな分厚い本から勉強が始まる。その内容の酷い事。まだ挿絵がないだけましであると、言わざるを得ないような内容なのだ。血生臭くって仕方がない。
装丁も、妙に弾力のある赤黒い革の表紙に、黒色に染色された魔皮紙――魔獣の皮でできた紙――へ金色に輝くインクで文章が記されているといった、どこの怨霊を召喚するつもりなのか、悪趣味そのもので可愛さの欠片もない。これを音読させられた日の夜には、悪夢に泣き叫んだ記憶がある。結局それも「おや、めでたい」で済まされてしまったが。
塔に足を踏み入れた私は、今日の生贄もとい憐れな犠牲者もとい魔獣を想像して、重苦しい溜め息をつくのであった。