ワタル
恥ずかしがるツキノを見て、くすくすと笑いながら、俺はウインドウを開いて、アイテムの分配をする。
ツキノも、顔の赤さは抜け切っていないけど、分配を済ませていった。
「俺のほうが多くていいのか?」
「頼んだのは私ですから。これが妥当だと思います」
ツキノはそう言う。
俺としては少々心苦しいというか、居たたまれないような気もするが、彼女が納得しているのなら深くは言うまい。
そう結論付けて、コーヒーを飲む。
「お、シレン!」
そうしていると、見知った声が聞こえてきた。
「ん、……ワタルか」
そちらを見ると、軽薄そうな男がいた。
奴の名前はワタル。
俺と同じく、ギルドに入らずソロでプレイしているプレイヤーで、俺のリアルでの友人でもある。
「何してるんだ?」
「見ての通り、コーヒー飲んでる」
「いやそれは見ればわかるよ……って、この子は?」
ツキノに気付いて、ワタルは俺にそう訊いた。
俺が口を開くより先に、ツキノが口を開いていた。
「初めまして、ツキノと言います。貴方は、シレンさんのご友人ですか?」
「ああ。俺はワタル。剣士をやってる」
「そうなんですか? 私も剣士なんです」
「そうなのか?」
そう言うと、ワタルはツキノから、俺のほうへ顔を寄せてきた。
ツキノには聞こえないような声で、ワタルは言った。
「すごい可愛い子じゃんか。どうやってナンパした?」
「おい蜂の巣にするぞ。ナンパしたんじゃない。向こうから声かけてきたんだ」
「逆ナン!?」
「そのうるさい口開け、中に銃口突っ込んで《フル・バースト》撃ってやる」
「いや街中じゃ攻撃できないだろ」
まあそれは確かに。
ワタルの言うとおり、街中で攻撃やPK、問題行為はご法度だ。
攻撃やPKはシステム設定上できなくなっていて、問題行為をすれば、すぐさま運営側が用意した憲兵キャラが飛んできて、逮捕される。
そこからの処置はケースバイケースだが、あまりにもひどいとプレイヤーのアカウントが抹消される。
「というか、この子「光聖騎士団」だろ。そんな子がなんで逆ナン?」
「逆ナンから離れろ。……ちょっとクエストに付き合っただけだよ」
「……お前が?」
俺がそう言うと、ワタルにはそれはそれは怪訝な目をされた。
……まあ、確かに俺は基本ソロでやってるし、パーティを組むにしても、本当に見知った仲間とだけだから、そんな目をされても仕方ないとは思う。
とはいえ、何かしら主義があってソロやってるわけじゃないし、今まで機会がなかっただけで、別に仲間以外とパーティを組むことだって抵抗があるわけじゃない。
まあ、彼女が「光聖騎士団」の一員だったことも、組むことに決めた理由の一つでもあるけど。
「……あの、シレンさん」
「うん?」
声をひそめてワタルと話していると、ツキノは遠慮がちに声をかけてきた。
……この謙虚さを、あいつにも見習ってほしい……。
と、俺はよくパーティを組む、見知った仲間の一人を思い浮かべて思った。
いや、あいつとツキノを会わせると危険か?
「どうした?」
「あの、素材も手に入れましたし……私、鍛冶屋に行こうかなって思ってるんです」
「あ、あー……」
言われて思い出した。
そういえば、彼女はそもそも武器の新調のためにクエストを受けたのだ。
「あー……」
分配も終わっているし、俺は今は鍛冶屋に用はない。
正直に言ってしまえば、単純な威力やパラメ―タだけなら、今の銃より上の武器は、武器屋に行けば手に入る。
が、買い替えないのは、今の銃が気に入ってるというのもあるし、どうせなら素材を手に入れて鍛冶屋に持っていったほうが、強いしオルが安くて済む。
そういうわけで、現在鍛冶屋に行く用事もないので、俺はここでツキノとは別れるつもりだったのだが。
「じゃあ、一緒に行っていい?」
俺が何か言う前に、バカが俺の肩に手をかけながら言った。
「私は全然構いませんけど…お二人も、鍛冶屋に用事が?」
「まあ、チェックしておこうかな、って思ってさ。あとツキノちゃんともっと話したいし」
「……じゃあ、お前とツキノで行けばいいだろ」
肩にかけられたワタルの手を外しながら、言う。
「俺は今用事ないしな」
「いいじゃん。行こうぜ?」
「なんでだよ……」
「暇だろ?」
そりゃ確かに暇だが。
レベル上げする必要もないし、クエストも受注してない。
ギルドにも入ってないから、ギルド関係の話が入ってくるわけもなし…あれ、俺って実は寂しい奴?
知りたくもなかった事実に俺が若干へこんでいると、そんな俺を見かねたのか、ツキノが声をかけてくれた。
「あの、シレンさんも一緒に行きませんか?」
「……いいのか?」
「はい。シレンさんとはもっと色々お話したいですし、一緒にいたいです」
にこにこ笑いながらそんなことを言ってくださった。
今、俺の顔は若干赤くなっていると思う。
そんなことを言われたら、頷くしか選択肢は残っていない。
「……まあ、ツキノがいいなら、一緒に行くよ」
「はい!」
俺がそう言うと、ツキノは本当に嬉しそうな笑顔でそう言った。
そんな眩しい笑顔をまっすぐに見られなくて、思わず視線を逸らすと、ワタルがにやにや笑っているのが見えた。
今度フィールドに出たら誤射と見せかけて脳天撃ってやる。
「さて、話はまとまったな。行こうかツキノちゃん」
「はい。シレンさんも」
「……ああ、わかった……」
ツキノが立ち上がって、嬉しそうに駆けて行くのを、歩いて後を追いかけながら見ていると、ワタルが声をひそめて話しかけてきた。
「いい子だなー、ツキノちゃん。可愛いわ」
「……まあ、同感だけどな」
「手、出していい?」
「ふざけんな」
すぱん、とワタルの後頭部を一発どつく。
「いって。なんだよ、お前のじゃないだろ」
「それはそうだが、だからってお前に手出させるか」
などと俺とワタルが言い合っていると、先を行っていたツキノが、立ち止まってこちらに手を振っていた。
「シレンさん、ワタルさん。速くー!」
「……行きますか、お姫様のところへ」
「……そうだな」
ワタルがにやにや笑いながらそう言っているのを聞きながら、俺ははあ、と息を吐いて、足を速めた。