理由は?
「とにかく、落ち着いてくれ。何がどうした?」
「あ、はい。わかりました……」
中央広場から少し移動し、オープンカフェに俺たちは座っていた。
あくまで仮想現実のLWOでは、もちろん食事にあまり意味はない。が、味を体感することはできる。
俺はカップを傾け、注文したブラックコーヒーを一口飲んだ。
苦みがあって、中々美味い。
「えーと……まずは」
正面に向かって座っている彼女……ツキノは、ミルクティーの入ったカップを飲んでいた。
さっき角砂糖(もちろん本物ではなく、味を調節するためのアイテムデータ)を何個も入れていたので、 相当甘いと思うのだが、彼女は何の抵抗もなく飲んでいた。
あまり甘党でもなく、そもそも紅茶系が苦手な俺としては、少々理解できない光景だ。
「私、見た通り、「光聖騎士団」に所属しているんです」
「それはわかるよ」
その真っ白な服は、「光聖騎士団」の制服だ。よく街中で見る。
「それで私、初心者の頃から所属してて……最近、レベル120になったんですけど」
「へえ」
ちなみに、LWOのカンストレベルは200。
彼女は半分を超えていることになる。ちょうど中堅者と呼ばれるランクだ。
「ただ、もっとレベルを上げようと思って、まずは武器を新調しようと思ったんですけど」
「そうか。ちなみに武器は?」
「剣です。クラスは剣士」
剣士か。まあ手堅いところだ。
このLWOでは、五種類の武器がある。
まず、剣。この武器は、五種類全部の中で、もっとも攻守のバランスが取れた武器だ。
次に斧。威力は高いが、その分スピードが低くなる。攻撃特化の武器だ。
槍。スピード重視の武器だが、威力は剣より低い。
拳。剣と並び、バランスが良いとされている武器だ。リーチが短いが。
そして俺が使う、銃。銃は一発の威力は低いが、連射ができ、またリーチも一番長い。遠距離から攻撃できる唯一の武器だ。また、全武器中で、もっともクリティカルの出やすい武器でもある。
クラスというのは、各武器を持ったプレイヤーを、便宜的にそう呼んでいるだけだ。クラスという概念は、LWOにはない。
剣士。剣を使う、戦闘のバランスの取れたプレイヤー。LWOの中で、もっとも多いクラスだ。
戦士。斧使い。一撃必殺を狙う、攻撃特化プレイヤーだ。
槍術士。槍使い。スピードを活かした、遊撃に向いたクラス。
拳闘士。剣士と同じく、バランスの取れたクラス。リーチが短い分、敵の懐に飛び込む必要がある。
銃士。銃使い。遠距離から手数で勝負するクラス。一発の威力が低い分、ソロには向かないクラスだ。
「で、新調しようとしてどうした?」
「……その、新しい武器を作るには、素材が必要じゃないですか」
「そうだな」
武器は、武器屋で調達することもできるが、素材を集め、鍛冶屋に持っていくと、新しい武器を作ってくれる。武器屋で買うよりも性能がいい物が多いので、中堅者以上は素材を集め、鍛冶屋に持っていくのが通例である。
俺も新しい武器にする時は鍛冶屋を使う。
まあ、今の銃より上の銃にするには、素材が足りないので、しばらくお預けだが。
ちなみにさっき売った素材アイテムの中には、必要素材はない。だから売ったのだが。
「で?」
「……足りてたと思ってた素材が、足りなかったんです……!」
そう言うと、恥ずかしいのか顔を隠してしまった。
ここまで来ると、だいたいの展開は読めた。
「つまり君は、あれか。意気揚々と鍛冶屋に行ったはいいが、素材が足らず作ってもらえず。ならば素材を集めようと、クエストを覗き、その素材を手に入れられそうなクエストを見つけたものの、一人ではクリアできそうにないクエストだった。しかし、今更ギルドの仲間に手を貸してもらうこともできず、偶然会った俺に白羽の矢を立てた、と」
「はい……」
長い台詞を一息で言い切り、俺はコーヒーを飲んだ。
ツキノは、いたたまれないのか、俺と同じようにミルクティーを飲んでいた。
「あの……駄目、ですか?」
「……ギルドのメンバーに頼めばいいだろ、部外者の俺じゃなくて」
「光聖騎士団」は大きなギルドのため、それなりの数の上級プレイヤーがいるはずである。
本来は、そいつらに頼むべきだろう。
「……そうしたいんですが、「武器の新調してきます!」と宣言して出ていったのに、「素材足りませんでした。素材集めるの手伝ってください」なんて言って帰れません……」
「……まあなぁ」
気持ちはわかる。
俺はギルドに入ってはいないが、それでもつるむ仲間は何人かいる。
そいつらに、今回のツキノのようなことを言ったら……うん、大笑いされる。間違いなく。
そして素材を集め、武器を新調しても、事あるごとにそれを口にして大笑いするだろう。
「……けど、なあ……」
流石に初対面の女の子と行くというのも、少々躊躇ってしまう。
何せ、俺は女の子と付き合ったこともないヘタレなもので。
それもこんな可愛い――――まあアバターなので、本当の顔かどうかはわからないが――――女の子と出かけるというは、ちょっとなあ…。
「……駄目、ですか?」
俺が悩んでいると、ツキノは上目遣いでそう俺に尋ねた。
う、その顔はやめてくれ。
まさかそんなことを言うわけにもいかず、俺はその目から視線を逸らした。
コーヒーを一口飲み、ちらりと視線を向けると、彼女は上目遣いのままだった。
……これがわざとやってるのなら、やらないと断ることもできるのだが……、おそらく、素で、何も考えずに無意識でやっているんだろう。性質が悪い。
内心ではあ、と溜息をつき、俺はコーヒーを一気に呷った。
テーブルにコン、と音を立ててカップを置く。
「わかった。付き合うよ」
「本当ですか!?」
よほど嬉しかったのか、ツキノはその場で立ち上がった。
周囲の視線が集まるのを感じて、すぐに座ったけど。
俺はそんなツキノを見て、くす、と笑う。
「じゃあ、善は急げだ。さっさと行こう」
「はい! すぐ飲むので、ちょっと待ってくださいね」
そう言って、ミルクティーの入ったカップを呷って、変なところに入ったのか、盛大にむせた。
「えっほえほえほ」
「……大丈夫か?」
「……大丈夫です!」
若干涙目で言っても説得力ないぞ。
俺はそう思いながら、飲み干し、立ち上がったツキノの後を追うように椅子から立ち上がった。
○
クエストを受注して、俺とツキノはすぐにクエストエリアまで向かうことにした。
「回復アイテムとか、逃走アイテムは持ってるか?」
「大丈夫です、常に用意してますから」
「……まあ、いざとなったら俺のがあるけどさ」
苦笑しながらそう言うと、ツキノもあはは、と苦笑していた。
何せ素材が足りないことに気付かなかったくらいだ。回復アイテムを忘れてました、なんてことも普通にありそうで怖い。
まあ、このランクのクエストなら、俺のレベルとツキノのレベルなら大丈夫だろう。
問題はPKだが、まあ「光聖騎士団」に所属しているツキノを狩ろうとは思うまい。
そもそも奴らは、絶対に安心して狩れる相手しか狩らない。
こんな中堅~上級のプレイヤーたちが拠点にしているエリアにはまずいない。
ちなみにクエスト内容は、「ダンジョンの奥深くにいるモンスターを退治せよ!」という、典型的な討伐クエストだった。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
俺とツキノは、街の出口に設置されているワープクリスタルの前に立った。
魔法の要素がなるべく排除されているこのLWOの中で、数少ない魔法要素のある施設である。
エリアのコードを入力すると、その場所へワープできる。
ワープせずとも、街と街の間の道を移動することもできるが、あまり使う奴はいない。
人間誰しも、楽なほうがいいからである。
街から出ると、ログアウトすることはできなくなる。
モンスターと遭遇した時のために、逃走アイテムもあるが、数に限りがあるので、考えなしに使っているとすぐに無くなってしまう。
「さて、それじゃあ……ワープ!」
クリスタルに手をかざし、俺とツキノは、クエストで指定されたエリアへと飛んだ。