魔王の城へ。
バトル章。
走る。
がむしゃらに走る。
ただひたすらに走った。
「っ、はあ、は……」
壁に隠れ、息を整える。
この世界は仮想現実だから、いくら走っても息は切れない。
だから、今私が息を乱しているのは、体力的な問題ではなくて、精神的な問題によるものだった。
「……っ」
ウインドウを開く。
ログアウトボタンを探すが、やはりどこにもない。
「う、く……」
どうしよう。
どうすればいい?
どうしたら逃げられるの?
「……ツキノ、どこだい?」
「っ!?」
思わず声が出そうになった口を咄嗟に押さえて、私はなるべく息を殺す。
ここでどこまで意味があるかはわからないけど。
コツン、コツンと足音が響く。
この身体にはないはずの心臓がおかしな跳ね方をする。
怖い。
「……見つけた」
「ひっ!?」
彼の姿が視界に入った瞬間、私は駆け出した。
ただただひたすら逃げる。
「逃げられないよ、ツキノ」
「い、やあ!」
助けて。
助けてください、シレンさん……!
○
走る。
がむしゃらに走る。
ただひたすらに走った。
「シレン、どういうことだ!?」
「知るかよ!」
届いたメッセージには『助けて』としかなかった。
けれど、それがツキノから届いたというだけで、必死になる理由には充分すぎる。
「『助けて』って、何があったのよ!?」
「だから今「光聖騎士団」の本部に向かってるんだろ!」
ツキノはギルド本部に向かったはずだ。
とにかく今は向かう。
どうするかはその時考えればいい。
「…………シレン、そこを右!」
「ああ!」
カノに言われた通りに右に曲がる。
そのまま走っていくと、巨大な白い城が見えた。
「光聖騎士団」のギルド本部だ。
「で、どうするんだ?」
「とりあえず中に入ってツキノと会う。後はそれからだ」
「オーケー」
全員が頷くのを見て、城門を開こうとすると、逆に向こうから門が開いた。
出てきたのは白い制服の男。おそらくは「光聖騎士団」の一員だ。
随分と慌てている様子だ。
「あんた、どうした?」
「な、中で……」
息も絶え絶えにして、男は口を開く。
「ヒュアデスが、その一派が、クーデターを……!」
「はぁ!?」
クーデターって、あのクーデターか?
反乱って解釈でいいのかこの場合。
「…………ヒュアデスか」
「あんのクソ男……!」
スズは毒づいているが、カノは冷静だった。
ウインドウを開いて、何か調べている。
「カノ?」
「…………元々我欲の強い男だしな。「光聖騎士団」の支配権でも奪い取るつもりか?」
「いや、だが無理だろう。システム権限やらあるだろうし、ギルドマスターのウェリアスがその気になればギルド本部から強制ログアウトさせられる」
「そういえばそうよね。クーデターとかあんまり意味ないんじゃ……」
ギルド本部の施設は、運営側からギルドに与えられる。
その管理権はギルドマスターに与えられ、施設内に限りかなりの権限を持つようになる。
さっきシズが言ったように、強制ログアウトもそうだし、あまりにも目に余るようならプレイヤーの立入禁止さえ可能だ。
……いや、待て。
だったら、どうして。
「おい、だったらなんであんたは本部内でログアウトしなかった? あの中だってログアウトは自由だろ」
「そ、それが……」
最悪の予想が脳裏を駆け巡る。
頼む、外れていてくれと心が叫ぶ。
男はつっかえながらも、俺たちに伝えた。
「ログアウト、できない……! ヒュアデスが、システム権限を乗っ取った……!」
「――――っ!」
予想が的中した。
外れていてほしい、最悪の予想が。
「…………いや、待て! 管理権を乗っ取るなんて不可能だ! どれだけ高度なセキュリティやファイアウォールが組まれてると思ってる!」
情報通のカノが、珍しく語調を荒げて断言する。
LWOに詳しい分、尚更こいつはその言葉を信じられないらしい。
「だが実際ログアウトできなかった! 痛覚制限も解除されてるし、本部はもうヒュアデス一派の支配下だ!」
「…………な……!」
男が言い募った言葉に圧倒されるカノ。
こいつからしてみれば、到底信じられない言葉ばかりが並べられているんだろう。
「俺以外の奴らも中に取り残されてるし、俺は死に物狂いで脱出してきたんだ!」
「…………馬鹿な……」
カノは茫然としている。
無理もないことだとは思うが、けれど今はそれどころじゃない。
俺はカノを押しのけ、スズに預ける。
そして、脱出してきたという男に向き直った。
「取り残されてるメンバーの中に、ツキノって女の子はいたか? 小柄な金髪碧眼の女の子だ」
「あ、ああ……! 残ってる。あの子はヒュアデスのお気に入りだから、むしろ集中的に狙われてる……! あの子が囮を買って出てくれなかったら、俺は脱出できなかった……」
「そうか」
本当に優しい子だな。
自分が一番危ない状況だろうに。
「ウェリアスはどうした?」
「団長は、他の幹部たちと一緒に「ラストエデン」との合同会議に出てる……」
「なら、あんたは今すぐこのことをウェリアスに伝えろ。あの人ならすぐに事態を収拾するために動くはずだ。行け」
「あ、ああ……」
そう言って、男は走り出した。
ウェリアスに連絡を取るのだろう。
さて、と。
「俺は行く」
「待て、シレン!」
シズが門を開こうとした俺を止めた。
肩に手を置かれて、俺は後ろを振り向く。
「ヒュアデスがシステム権限を乗っ取ったのなら、一プレイヤーの俺たちでどうこうできる相手じゃ……!」
「たとえそうでも」
肩にかかっていたシズの手を外す。
「俺はツキノを助ける。約束したんだ、“護る”って」
「…………だが」
「だがもかかしもない」
カノの言葉を無視して、俺は門を開いた。
城内は、以前訪れた時とは雰囲気が全く違っていた。
見た目はともかく、流れる空気が不穏だ。
「シレンが行くなら俺も行くぜ。言ったろ、地獄でも付き合うってよ」
「サンキュ」
感謝するよ、本当に。
俺は、ワタル以外の皆に顔を向ける。
「お前らはここにいろ。パーティを組む程度ならともかく、こんな大騒動に加わるのはまずい」
『ギルドの厄介事には他のギルドは関わらない』。これがLWOの定説の一つだ。
利権やら何やらで揉めるし、最悪ギルド間での戦争になりかねない。
そんな事態は誰も望まない。
「俺とワタルはソロだ。厄介事にはならないだろ」
「だなー。じゃあ、行くとしますかね」
ウインドウを操作し、左に《ブルー・マグナム》、右には新調したばかりの《ファングマグ》をホルスターに収める。
ワタルも、背に《グレイブ》を背負っていた。
「じゃあな、無事を祈ってて――」
「――――ふざけんじゃないわよ」
くれ、と続けようとした言葉は、スズのドスの効いた声で遮られた。
……なんか怖いんだが。
「ツキノちゃんは、私にとっても大切な友達で仲間よ。あんたたちだってそう」
「スズ?」
「だから、あんたたちにだけ任せられるわけないでしょ!」
そう言って、スズは腕に左腕に付けていた「スリズィエ」のギルドマークの入った腕章を取り、その場に捨てた。
「おい!?」
「これで私もソロよ。どのギルドにも入っていない、ソロプレイヤー。……なら、ギルドの厄介事に関わっても問題ないわよね?」
「いや、そうだけどお前……」
ギルドマークを捨てるということは、すなわちギルドを脱退するということだ。
ツキノが言っていたような一時脱退とは違う、完全な脱退。
実際はそれでも脱退手続きなど色々あるが、けれど、その行為にはそれだけの意味がある。
「行くわよ。あんたたちにだけ格好付かせてたまるもんですか」
「お前な……」
「あっはー、スズさん男前ー」
本当だよ。
どんだけ男の面目潰せば気が済むんだお前。
残されたカノとシズは、お互い目を合わせると、はあ、と溜息をついていた。
そして、二人もスズと同じように、それぞれのギルドマークを捨てる。
「これで俺たちもソロだな」
「…………関わっても問題ない」
「お前ら……」
そんな簡単に捨てていいのか。
ギルド気に入ってたんじゃないのか。
後悔するんじゃないのか。
そんな言葉が口から出そうになるが、ここに至ってそれは野暮だろう。
「……お前らバカだよ」
「バカで結構」
「友達の力になれるのならそれでいいさ」
「…………そういうことだ」
「わお」
もう言葉が出てこない。
本当にバカばかりだ。
けど、こんなにも頼りになる奴らもいない。
「痛覚制限が解除されてるってことは、ダメージがそのままリアルの痛みになるってことだ。激痛どころじゃ済まないかもしれねぇぞ」
「それが何?」
「それくらいで今更止まるか」
そりゃそうか。
全員覚悟は充分のようだし、ならやるべきことは決まってる。
「……それじゃ、囚われのお姫様を、クソッタレの魔王から救い出すとしようか」
「おう」
「ああ」
「テンション上がるわー」
「…………ああ」
全員が言い終わったのと同時に、城内に走り込む。
「行くぞ!」
指令開始!




