好きなのに
長くなりました。
分割したほうがよかったかな?
トラップにひっかかった俺とツキノは、おそらく十数メートルは落ちた。
そして、床に身体を強かに打ちつけた。
落下ダメージによって、俺のHPが数パーセント削られるが、全体から見ればそこまで深刻なものじゃない。それよりも。
「いてて……、大丈夫か、ツキノ」
「は、はい……」
ツキノは無事のようだ。安堵の息を吐く。
LWO……というか、《DIVE》は、痛覚もある程度フィードバックするようになっている。
よりリアルにゲームを楽しむためだ。もちろん軽度なものだが。
もし痛覚を完全に再現していたら、十数メートル上から落下し、床に身体を強かに打ちつけた俺は、今頃動くこともできなくなるような激痛に襲われていただろう。
「……あ、あの、シレンさん……」
「うん?」
ツキノが顔を赤くして、小さな声で何かを言っていた。
聞き取れなくて、訊き返す。
「何?」
「……その、もう大丈夫ですから、腕を……」
落ちていく中、庇おうとして抱き寄せたから、ツキノは今、俺の腕の中にいる。
俺の胸に顔を埋めるような体勢になっていて、まあぶっちゃけて言えば、距離が近いどころか密着してる。
「……あ、ごめん」
それに気付いて、手を離す。
ツキノはゆっくりと離れていった。
……さすがに、思いっきり抱き寄せるのは失敗だったか?
そう思いながら立ち上がる。
「……さて、どこまで落ちたんだか」
天井を見上げる。
ぽっかりと穴が開いているのが見えるが、どうにも暗くて、その先は見えない。
「どうしましょう? 戻る……のは、無理ですよね」
「だろうな。……仕方ない、先に進もう」
そう言って、俺は通路の先を見る。
壁には松明がかかっていて、周囲を照らしていた。雰囲気出過ぎである。
「そうですね。途中で皆さんと合流できればいいんですけど……」
「まあ、行きつく先はクエストボスの部屋だろうし。たぶん進めば会えるよ」
言いながら先を進む。
ツキノが後ろをついてくるのがわかった。
○
「……シレンさん」
「うん?」
神殿を進み始めて少しして、ツキノがそう声をかけてきた。
視線は前に向けたまま、言葉だけで返事する。
「どうしたの?」
「このクエストが終わったら……、もう、ティアシティには来ないんですか?」
「……あー」
この話か。
まあ、ちゃんと終わった話じゃないしな。
「……用事があったら、寄る、程度にはなると思う」
俺がそう言うと、後ろでツキノが明らかに落ち込んだのがわかった。
……どういう言葉をかけたらいいんだ。わかんねぇって。
「……えー……と」
重苦しい空気が流れる。
だから、ここで上手く言えるような達者な口があったら、ソロなんてやってねぇよ。
そんなことを考えながらだったからか、次に出た言葉は、ありえないだろ、という言葉だった。
「……ツキノも来るか? ソロになってさ」
言って、空気が止まった。
……俺は莫迦か。いや、莫迦だ。ギルド入ってる子に対して、一緒にソロやらないかとか、どういう提案だ。
俺がついさっきの自分の言葉を絶賛後悔していると、ツキノは、思いがけないことを言った。
「……それも、悪くないかもしれないですね」
「え」
言った俺が言うのもなんだが、予想もしなかった答えに目を瞠る。思わず足を止めて、後ろを振り返った。
そんな俺を見て、ツキノはふ、と陰りのある笑みを浮かべて言った。
「ヒュアデスさんのことは、話しましたよね?」
「あ、うん」
「……彼が入る前くらいからか、ギルドの雰囲気が変わってきてたんです。彼が入って、それは決定的になりました」
俺が足を止めたから、ツキノも同じように足を止めた。
「……「光聖騎士団」は、最初は団長が少人数のメンバーを集めて構成したギルドなんです。私が二年前、このゲームを始めた頃から、お世話になってるんです。……けど」
沈んだ声で、ツキノは続ける。
「人数が多くなってきて……巨大ギルドの一角、なんて呼ばれるようになってきてから、なんだか、おかしくなってきて」
「……そっか」
ツキノの言葉を聞きながら、思い出す。
「光聖騎士団」。このギルドが、巨大ギルドと呼ばれるほどの規模になったのは、ほんの一年前くらいだ。
ギルド自体は、三年前くらいからあった。巨大ギルドになったきっかけは、とある事件だ。俺とウェリアスが知り合ったのも、その事件があったからだ。
所属人数が100人を超えた巨大ギルド。そのギルド全体を統制するのは、ウェリアスでも難しいのだろう。カリスマを持っていても、全ての人間がそれに平伏するわけじゃない。
ツキノが所属し始めた頃の「光聖騎士団」とは、変わってしまったのかもしれない。
「……ツキノは、やめたいのか?」
「どうなんでしょう? ……自分でも、わからないんです」
そう言って、ツキノは苦笑した。
「ずっと、お世話になってて。好きな場所で。……でも、変わってしまった」
ふ、と息を吐いて、言葉を続ける。
「居ることが、少し苦しいんです。……おかしいですよね。好きなはずなのに」
……俺に何が言える。こんなにも、苦しんでいる彼女に、俺は何を言える?
「……ごめん。俺は、口が達者じゃないから、上手くは言えない」
でも、と言葉を続ける。
「……苦しいのなら、逃げてもいいと思う。いずれは立ち向かわないといけないかもしれない。けど、その立ち向かうための方法を見つけるまで、立ち向かう勇気を持てるまで、逃げるのは、悪いことじゃないと思う」
これは、過去の俺にも刺さる言葉だ。
あの時の俺は、結局、立ち向かう方法を見つけることも、立ち向かう勇気も持てず、逃げていた。目を逸らしてた。
……それで結局、壊れた。色んな物が。
「……そのための、逃げる場所になら、いくらでもなるから」
唇を噛み締めて、そう言った。
ツキノ。
可愛らしくて、小動物系で、護らないと折れてしまうような、そんな温室で育てられた花のような印象を受けるのに、けれどしっかりとした芯を持っている。
俺が馬鹿にされたからって、怖い、と自分でも言っていた、あのヒュアデスとかいう男に言い返せるほど、強い子だ。
この子なら――俺のように、逃げ続けることはないだろう。
「……シレンさん?」
ツキノがこっちを心配そうに見ていた。
……情けないな、俺は。励まそうとしてた子に心配されるって。
「好きなのに、居ることが苦しいっていうのは、俺も経験があるから。……逃げてもいいっていうのは、その教訓」
なるべく、明るい声を出したつもりだった。あまり、自信はなかったけど。
「……シレンさんも、何かあったんですか?」
ツキノは悲しい顔をして、そう訊いた。
……誤魔化せてないか、やっぱり。
これは、俺の心の傷。いまだ癒えない傷。思い出すのも、苦しい思い出。
……でも、ツキノになら、話してもいい気がした。
「俺が剣士から、銃士に移行した話はしたよな? …それに関係してる」
言い淀むかと思っていた言葉は、案外素直に出た。それに少し驚く。
「「赤の団」っていうギルドに所属してた。巨大ギルドとまではいかなくても、それなりに大きいギルドだった」
今でも、「赤の団」はある。けど、そこに寄りつこうとは思わなかった。
「ただまあ、そこは熱血というか、脳筋というか。攻撃重視っていう面子ばっかりだった」
……だからこそ、あんな事態が起こったんだろう。
「銃は、三年前に実装されたんだ。それまでは、剣、斧、槍、拳しかなかった。……銃は、今までのようにATKじゃなく、TECが重視される武器。だから、「赤の団」のメンバーは「軟弱者が使う武器」って言って、見下してた」
おそらく、ヒュアデスが俺を見下したのも、それが原因だろう。
銃士はソロには向かない。だから、銃は弱いという偏見。
「……ただ、俺は、銃に興味があって。試しに、ちょっと使ってみたんだ。そしたらハマってさ。剣よりも、銃を使いたくなった」
あの時のことは、今でも覚えてる。
剣とは違う重みをした、鉄の塊。
トリガーを引いて、モンスターを撃った感触。剣よりも、魅了された。
「……でも、皆の前で使う度胸は無くて。軟弱者って、言われるのが怖くて。ずっと、隠してた」
皆の前では剣で。一人の時は、銃で。
そんな、どっちつかずの状態だった。
そんなのが、長く続くわけがない。
「……けどまあ、結局はバレたんだけどな。……そんで、それからの皆の目はきつかった」
白い目で見られるくらいはまだ良くて。
陰口叩かれるのは当たり前で、無視されたりとか。
……苦しかった。
ツキノと同じように――「赤の団」が好きだったから、余計に。
「まあ、その後、結局俺はギルドを抜けて、ソロになって。そして今に至ってる」
努めて軽い調子でそう言い括った。
けど、心に、ずきり、と痛みが走る。
「……シレンさん」
「あはは……、もう何年も前なんだから、いい加減乗り越えろって話なんだけどな」
へらり、と軽い笑いを顔に張り付ける。
何でもないように誤魔化せているだろうか。
「……まあ、要は俺が情けない奴だって話だよ。銃を選択した時点で、やめてしまえばよかったのに。いつまでもぐだぐだと居続けて、その結果、皆に白眼視された」
笑えるよな、と零した。
「……そんなこと、ないです」
ツキノは、思いのほか強い声でそう言った。
そして俺に近づくと、懸命に背伸びをして、俺の顔を両手で挟んだ。
「苦しいのなら、苦しいって、そう思うのは、間違いじゃないです。まるで、そう思うのは間違い、なんて風に言わないでください」
ツキノの優しい言葉が、俺の心の中にすとんと落ちてきた。
「逃げてもいい、ってさっき言いましたけど、でも、そっちに逃げるのは間違いです。……シレンさんには、ちゃんとした逃げ場所があるでしょう?」
そう言われて思い出したのは、あいつらの姿だ。
そして、その中には、ツキノの姿もあった。
「苦しいことに、立ち向かうために。私にとって、貴方がその逃げ場所になってくれるのなら。私も、貴方の逃げ場所になります」
そう言って、ツキノはにこ、と笑った。
「貴方を、護ります」
くしゃ、と俺の顔が歪んだのがわかった。
気付くと、ツキノを抱きしめていた。
「ありがとう。……俺も、君を護るよ」
「……はい」
ツキノも、俺の顔から手を離し、俺の首に手を回して、抱き返した。
……俺の全部が救われたわけじゃない。この痛みが癒えるのには、きっとまだまだかかる。
でも、少しはマシになったかもしれない。
しばらくの間、ただ無言で、俺とツキノは抱き合っていた。
更新が遅くなってるなー…




