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《Last World Online》  作者: 黒藤紫音
5章:彼の”秘密”
31/45

好きなのに

長くなりました。

分割したほうがよかったかな?

 トラップにひっかかった俺とツキノは、おそらく十数メートルは落ちた。

 そして、床に身体を強かに打ちつけた。

 落下ダメージによって、俺のHPが数パーセント削られるが、全体から見ればそこまで深刻なものじゃない。それよりも。


「いてて……、大丈夫か、ツキノ」

「は、はい……」


ツキノは無事のようだ。安堵の息を吐く。

LWO……というか、《DIVE》は、痛覚もある程度フィードバックするようになっている。

よりリアルにゲームを楽しむためだ。もちろん軽度なものだが。

もし痛覚を完全に再現していたら、十数メートル上から落下し、床に身体を強かに打ちつけた俺は、今頃動くこともできなくなるような激痛に襲われていただろう。


「……あ、あの、シレンさん……」

「うん?」


 ツキノが顔を赤くして、小さな声で何かを言っていた。

 聞き取れなくて、訊き返す。


「何?」

「……その、もう大丈夫ですから、腕を……」


 落ちていく中、庇おうとして抱き寄せたから、ツキノは今、俺の腕の中にいる。

 俺の胸に顔を埋めるような体勢になっていて、まあぶっちゃけて言えば、距離が近いどころか密着してる。


「……あ、ごめん」


 それに気付いて、手を離す。

 ツキノはゆっくりと離れていった。

 ……さすがに、思いっきり抱き寄せるのは失敗だったか?

 そう思いながら立ち上がる。


「……さて、どこまで落ちたんだか」


 天井を見上げる。

 ぽっかりと穴が開いているのが見えるが、どうにも暗くて、その先は見えない。


「どうしましょう? 戻る……のは、無理ですよね」

「だろうな。……仕方ない、先に進もう」


 そう言って、俺は通路の先を見る。

 壁には松明がかかっていて、周囲を照らしていた。雰囲気出過ぎである。


「そうですね。途中で皆さんと合流できればいいんですけど……」

「まあ、行きつく先はクエストボスの部屋だろうし。たぶん進めば会えるよ」


 言いながら先を進む。

 ツキノが後ろをついてくるのがわかった。



「……シレンさん」

「うん?」


神殿を進み始めて少しして、ツキノがそう声をかけてきた。

 視線は前に向けたまま、言葉だけで返事する。


「どうしたの?」

「このクエストが終わったら……、もう、ティアシティには来ないんですか?」

「……あー」


 この話か。

 まあ、ちゃんと終わった話じゃないしな。


「……用事があったら、寄る、程度にはなると思う」


 俺がそう言うと、後ろでツキノが明らかに落ち込んだのがわかった。

 ……どういう言葉をかけたらいいんだ。わかんねぇって。


「……えー……と」


 重苦しい空気が流れる。

 だから、ここで上手く言えるような達者な口があったら、ソロなんてやってねぇよ。

 そんなことを考えながらだったからか、次に出た言葉は、ありえないだろ、という言葉だった。


「……ツキノも来るか? ソロになってさ」


 言って、空気が止まった。

 ……俺は莫迦か。いや、莫迦だ。ギルド入ってる子に対して、一緒にソロやらないかとか、どういう提案だ。

 俺がついさっきの自分の言葉を絶賛後悔していると、ツキノは、思いがけないことを言った。


「……それも、悪くないかもしれないですね」

「え」


 言った俺が言うのもなんだが、予想もしなかった答えに目を瞠る。思わず足を止めて、後ろを振り返った。

 そんな俺を見て、ツキノはふ、と陰りのある笑みを浮かべて言った。


「ヒュアデスさんのことは、話しましたよね?」

「あ、うん」

「……彼が入る前くらいからか、ギルドの雰囲気が変わってきてたんです。彼が入って、それは決定的になりました」


 俺が足を止めたから、ツキノも同じように足を止めた。


「……「光聖騎士団」は、最初は団長が少人数のメンバーを集めて構成したギルドなんです。私が二年前、このゲームを始めた頃から、お世話になってるんです。……けど」


 沈んだ声で、ツキノは続ける。


「人数が多くなってきて……巨大ギルドの一角、なんて呼ばれるようになってきてから、なんだか、おかしくなってきて」

「……そっか」


 ツキノの言葉を聞きながら、思い出す。

 「光聖騎士団」。このギルドが、巨大ギルドと呼ばれるほどの規模になったのは、ほんの一年前くらいだ。

 ギルド自体は、三年前くらいからあった。巨大ギルドになったきっかけは、とある事件だ。俺とウェリアスが知り合ったのも、その事件があったからだ。

 所属人数が100人を超えた巨大ギルド。そのギルド全体を統制するのは、ウェリアスでも難しいのだろう。カリスマを持っていても、全ての人間がそれに平伏するわけじゃない。

 ツキノが所属し始めた頃の「光聖騎士団」とは、変わってしまったのかもしれない。


「……ツキノは、やめたいのか?」

「どうなんでしょう? ……自分でも、わからないんです」


 そう言って、ツキノは苦笑した。


「ずっと、お世話になってて。好きな場所で。……でも、変わってしまった」


 ふ、と息を吐いて、言葉を続ける。


「居ることが、少し苦しいんです。……おかしいですよね。好きなはずなのに」


 ……俺に何が言える。こんなにも、苦しんでいる彼女に、俺は何を言える?


「……ごめん。俺は、口が達者じゃないから、上手くは言えない」


 でも、と言葉を続ける。


「……苦しいのなら、逃げてもいいと思う。いずれは立ち向かわないといけないかもしれない。けど、その立ち向かうための方法を見つけるまで、立ち向かう勇気を持てるまで、逃げるのは、悪いことじゃないと思う」


 これは、過去の俺にも刺さる言葉だ。

 あの時の俺は、結局、立ち向かう方法を見つけることも、立ち向かう勇気も持てず、逃げていた。目を逸らしてた。

 ……それで結局、壊れた。色んな物が。


「……そのための、逃げる場所になら、いくらでもなるから」


 唇を噛み締めて、そう言った。

 ツキノ。

 可愛らしくて、小動物系で、護らないと折れてしまうような、そんな温室で育てられた花のような印象を受けるのに、けれどしっかりとした芯を持っている。

 俺が馬鹿にされたからって、怖い、と自分でも言っていた、あのヒュアデスとかいう男に言い返せるほど、強い子だ。

 この子なら――俺のように、逃げ続けることはないだろう。


「……シレンさん?」


 ツキノがこっちを心配そうに見ていた。

 ……情けないな、俺は。励まそうとしてた子に心配されるって。


「好きなのに、居ることが苦しいっていうのは、俺も経験があるから。……逃げてもいいっていうのは、その教訓」


 なるべく、明るい声を出したつもりだった。あまり、自信はなかったけど。


「……シレンさんも、何かあったんですか?」


 ツキノは悲しい顔をして、そう訊いた。

 ……誤魔化せてないか、やっぱり。

 これは、俺の心の(トラウマ)。いまだ癒えない傷。思い出すのも、苦しい思い出。

 ……でも、ツキノになら、話してもいい気がした。


「俺が剣士(フェンサー)から、銃士(ガンナー)に移行した話はしたよな? …それに関係してる」


 言い淀むかと思っていた言葉は、案外素直に出た。それに少し驚く。


「「赤の団」っていうギルドに所属してた。巨大ギルドとまではいかなくても、それなりに大きいギルドだった」


 今でも、「赤の団」はある。けど、そこに寄りつこうとは思わなかった。


「ただまあ、そこは熱血というか、脳筋というか。攻撃重視っていう面子ばっかりだった」


 ……だからこそ、あんな事態が起こったんだろう。


「銃は、三年前に実装されたんだ。それまでは、剣、斧、槍、拳しかなかった。……銃は、今までのようにATKじゃなく、TECが重視される武器。だから、「赤の団」のメンバーは「軟弱者が使う武器」って言って、見下してた」


 おそらく、ヒュアデスが俺を見下したのも、それが原因だろう。

 銃士(ガンナー)はソロには向かない。だから、銃は弱いという偏見。


「……ただ、俺は、銃に興味があって。試しに、ちょっと使ってみたんだ。そしたらハマってさ。剣よりも、銃を使いたくなった」


 あの時のことは、今でも覚えてる。

 剣とは違う重みをした、鉄の塊。

 トリガーを引いて、モンスターを撃った感触。剣よりも、魅了された。


「……でも、皆の前で使う度胸は無くて。軟弱者って、言われるのが怖くて。ずっと、隠してた」


 皆の前では剣で。一人の時は、銃で。

 そんな、どっちつかずの状態だった。

 そんなのが、長く続くわけがない。


「……けどまあ、結局はバレたんだけどな。……そんで、それからの皆の目はきつかった」


 白い目で見られるくらいはまだ良くて。

 陰口叩かれるのは当たり前で、無視されたりとか。

 ……苦しかった。

 ツキノと同じように――「赤の団」が好きだったから、余計に。


「まあ、その後、結局俺はギルドを抜けて、ソロになって。そして今に至ってる」


 努めて軽い調子でそう言い括った。

 けど、心に、ずきり、と痛みが走る。


「……シレンさん」

「あはは……、もう何年も前なんだから、いい加減乗り越えろって話なんだけどな」


 へらり、と軽い笑いを顔に張り付ける。

 何でもないように誤魔化せているだろうか。


「……まあ、要は俺が情けない奴だって話だよ。銃を選択した時点で、やめてしまえばよかったのに。いつまでもぐだぐだと居続けて、その結果、皆に白眼視された」


 笑えるよな、と零した。


「……そんなこと、ないです」


 ツキノは、思いのほか強い声でそう言った。

 そして俺に近づくと、懸命に背伸びをして、俺の顔を両手で挟んだ。


「苦しいのなら、苦しいって、そう思うのは、間違いじゃないです。まるで、そう思うのは間違い、なんて風に言わないでください」


 ツキノの優しい言葉が、俺の心の中にすとんと落ちてきた。


「逃げてもいい、ってさっき言いましたけど、でも、そっちに逃げるのは間違いです。……シレンさんには、ちゃんとした逃げ場所があるでしょう?」


 そう言われて思い出したのは、あいつらの姿だ。

 そして、その中には、ツキノの姿もあった。


「苦しいことに、立ち向かうために。私にとって、貴方がその逃げ場所になってくれるのなら。私も、貴方の逃げ場所になります」


 そう言って、ツキノはにこ、と笑った。


「貴方を、護ります」


 くしゃ、と俺の顔が歪んだのがわかった。

 気付くと、ツキノを抱きしめていた。


「ありがとう。……俺も、君を護るよ」

「……はい」


 ツキノも、俺の顔から手を離し、俺の首に手を回して、抱き返した。

 ……俺の全部が救われたわけじゃない。この痛みが癒えるのには、きっとまだまだかかる。

 でも、少しはマシになったかもしれない。

 しばらくの間、ただ無言で、俺とツキノは抱き合っていた。






更新が遅くなってるなー…

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