「……本当に、王子様みたいです」
顔の赤みも落ち着き、俺とツキノ、そしてスズは、カフェのテーブルに座っていた。
ちなみに、何かあった時に守れるように、俺の隣にツキノが座り、スズはテーブルを挟んで真向かいにいた。
スズは注文した紅茶を一口飲み、口を開く。
「改めて自己紹介するわね。あたしはスズ。シレンとはまあ……腐れ縁かしらね。なんだかんだつるんでるわ」
「あ、はい。ツキノと言います。「光聖騎士団」に所属してます」
「うん、ワタルから聞いてる。あたしは「スリズィエ」よ」
「「スリズィエ」ですか?」
スズはそう言って、腕のギルドマークの入った腕章をツキノに見せる。桜をモチーフにしているマークだ。
ギルド「スリズィエ」というのは、女性プレイヤーだけで構築されたギルドだ。
スズみたいな奴には天国だろうな。
ちなみにツキノの「光聖騎士団」のギルドマークは白い剣だ。
「“スリズィエ”……フランス語で、“桜”ですね」
「らしいわね。リーダーが言ってたわ」
へぇ、そうなのか。
なんとなく“桜”が関係しているんだろうな、とか思ったが、フランス語だったんだな。
驚くのと同時に、ツキノの博識さに舌を巻く。
一応、俺も小学校、中学校、高校と何年も勉強してきているが、そんな言葉は知らなかった。
というか、それこそ専門の道に進まないとフランス語なんてわからないだろ。
「よく知ってるな、ツキノ……」
「昔読んだフランス小説に書いてありました」
「ちょっと待ってくれ、それたぶんフランス語で書かれてるよな?」
「ええ」
えええええ。
フランス語そのままで読んでるのか、それとも訳しながら読んでるのかは知らないけど、どんだけだよ。
俺なんて日本の小説でも、興味ないとそんなに読まないぞ……。
「あはは、すごいわね、ツキノちゃん。シレンも見習えば?」
「うっさい」
スズの揶揄に、ぶっきらぼうに返す。
自分の頭の出来が良くないのは自覚あるから何も言うな。
って、そういえば。
「スズ」
「何、シレン?」
「お前、カノは?」
俺がその名前を出すと、スズは、あ、という声をあげた。
ツキノは、自分の知らない名前が出たからか、きょとんとしている。
「忘れてたんだなお前」
「だって……しょうがないでしょ! こんな可愛い子がいたら誰でもそんな些事忘れるわよ!」
「開き直るな。つかお前にとってカノは些事か」
とんでもない女だなオイ。
ある意味通常運転なスズに呆れていると、隣に座っていたツキノが、俺の袖を控えめにくいくい、と引っ張っていた。
「ツキノ?」
「シレンさん……、あの、カノさんって……?」
「ん、俺がつるんでいる仲間の一人だよ」
簡潔にそう説明する。
まあもっと詳しい説明は後でするとして、今はスズだ。
視線をツキノからスズに戻して、視界に入った姿に、あ、と声をあげる。
「カノ」
「え」
俺の言葉を聞いて、スズは後ろを振り向いた。
さてはて、そこには、黒髪の男が一人立っていた。
彼の名前はカノ。俺の仲間の一人だ。
「…………スズ」
「あー……、カノ、元気?」
「…………何、してた?」
ずいぶんと間が多い話し方だが、カノのこの喋り方はデフォだ。
怒っているようにも見えるけど。
「…………俺の用事に、付き合うはずじゃなかったか?」
「…ごめん」
スズが申し訳なさそうにそう謝った。
そんなスズを見た後、カノは俺とツキノに目をやった。
「…………よう、シレン。それに、「光聖騎士団」のツキノさん。初めまして、だな」
「あ、はい。初めまして、ツキノと言います。貴方は……」
「…………カノだ。シレンの仲間だよ」
そこまで言うと、カノは視線をスズに戻した。
「…………スズ、行くぞ」
「え、もう? もう少しツキノちゃんとお話を……」
「…………スズ」
「あー、はいはい、わかったわよ」
カノの、じぃ、と責めるような視線に、スズは白旗を上げた。
俺がそんな視線を向けてもどこ吹く風なくせに、カノには弱いらしい。
若干不公平を感じなくもないが、それはひとまず置いておく。
「でも、本当にツキノちゃんとはもっといたい……。あ、そうだツキノちゃん!」
「は、はい?」
「これから暇なら、良かったら一緒に行かない?」
ずいぶん唐突なお誘いだな。
「一緒に行く……とは?」
「うん。ちょっとあたしたち、これからモンスターの分布調査に行くんだけどさ」
わざわざ説明する必要もないかもしれないが、分布調査というのは、簡潔に言ってしまえば、どんなフィールドに、どんなモンスターが出現するかを調べる、という物だ。
基本的に出現するモンスターは固定されているのだが、先日のミミックのように、時々、運営側のお遊びというか、マンネリにならないよう気遣いなのかは知らないが、今まで出現していなかったモンスターが出現することがある。逆に、今まで出現していたモンスターが、出現しなくなるなどということもあるので、情報屋プレイヤーたちは、定期的にモンスターの分布調査を行っている。
「分布調査……、ということは、スズさんとカノさんは、情報屋なんですか?」
「ううん。あたしは違うわ。カノだけよ」
「…………ああ。俺は情報屋だ。「樹の眼」に所属してる」
「「樹の眼」……」
「樹の眼」。
このLWOには、情報屋が集まっている「情報屋ギルド」がいくつもある。
その中でも、「樹の眼」は大きなギルドだ。
カノは、そんな「樹の眼」で情報屋として活動している。俺たちも、その情報に何度助けられたかわからない。
カノの右腕には、樹と眼が描かれたギルドマーク付きの腕章があった。
「それでまあ、一人で調査はいくらなんでも危ないからって、あたしに手伝えって言って来たんだけどさ。だからって二人だけっていうのもね。だからツキノちゃんも来ない?」
「えっと……」
ツキノがチラ、と俺を見る。
……まあ、初対面でセクハラしてくるような百合女と、会ったばかりの男と三人じゃ、気まずいだろうな。
仕方ない。それに、ツキノだしな。
「なあ、俺も一緒に行っていいか?」
「え?」
「…………俺は構わないが」
俺がそう言うと、ツキノは少し嬉しそうな笑顔を見せた。
くす、と微笑して、俺はスズに視線を向ける。
「駄目か?」
「……カノがいい、っていうなら、いいんじゃない?」
すこぶる不服そうである。
まあ、スズからしたら俺はお邪魔虫だろうしな。カノもいるんだけど。
「…………ツキノさんはどうする?」
「私も行きます。それと、カノさん。ツキノ、と呼び捨てで構いません」
「…………そうか。なら、ツキノと呼ばせてもらおう」
言い終わると、カノは歩き始めた。
「…………さっさと行くぞ」
「ちょっと待ってよ」
歩き始めたカノの後を追うスズ。
俺もその後を追おうと立ち上がると、同じように立ち上がったツキノに、服の袖を引っ張られた。
「シレンさん」
「うん、どうした?」
俺を見上げて、ツキノは微笑んでいた。
「ありがとうございます。一緒に行くって言ってくれて」
「いや、分布調査は俺にもメリットあるしな。それに……」
そこで俺は一度言葉を切った。
ここから先は、言うのがちょっと恥ずかしいが、それでも、ツキノのきょとんとしている顔を見ながら、口にした。
「ツキノなら、いつでも助けるよ」
俺がそう言うと、きょとんとしていた顔が、ぼっと音がしそうなほどに赤くなった。
言った俺も、恥ずかしくて、それを誤魔化すように頬を掻いた。
「と、とにかく、行こうか!」
「は、はい……!」
妙に甘ったるいというか、恥ずかしい空気になってしまったのを吹き飛ばすように、俺は大声を出した。
ツキノも、ようやく動き始める。
先に行ってしまったスズの後を追って、俺は駆け出した。
「……本当に、王子様みたいです」
駆け出した俺には、ツキノがぽつりと呟いた言葉は、聞こえなかった。




