お気に入り
俺たちが逃げるために走っているうちに、どうやら街にだいぶ近づいていたらしい。
ツキノは、どうやらもう剣を試す気にもなれなかったようで、俺たちが息を整えた後、街に戻りましょう、と言った。
俺たちは一も二もなく賛成して、街に戻った。
「っあー、なんか疲れたな……」
「同感だ」
「そうですね……」
街中を歩きながら、ワタルが言った言葉に、俺とツキノが疲れた口調で同意した。
本当に疲れた…色々と。
「じゃあ、今日はもう、このまま解散でいいか?」
「そうするか。ツキノも、試しはもういい?」
「はい、充分試せました」
《ホワイトカメリア》は、見ている限り、ツキノとの相性は良かったと思う。
あれなら、少々レベルの高い相手でも戦えるだろう。
「じゃ、解散ー」
「あ、待ってください」
俺とワタルがツキノから離れようとすると、ツキノが俺たちを呼び止めた。
「どうした?」
「あの、もし良かったら、アドレスを交換しませんか?」
「アドレス?」
LWOでは、リアルの携帯電話と同じように、アドレスを知っていれば、メッセージを送り合うことができる。
ただまあ、誰彼構わず教えるなんて阿呆な真似は誰もしない。
それはともかく。
「いいのか?」
「はい、私は、これからもシレンさん、ワタルさんと仲良くしたいです」
そう言うツキノは、にこにこと邪気の無い笑顔をしていた。
……今わかった。どうやら俺は、ツキノの笑顔には弱いらしい。
「いいよ、教える」
「ありがとうございます!」
「ん。じゃあ、これが俺のね」
ウインドウを呼び出し、アドレスを表示する。
ツキノも同じようにウインドウを呼び出していた。
「じゃ、交換」
「はい」
ピ、とボタンを押して、アドレスを交換し合う。数秒後、ツキノのアドレスが表示された。
「俺もいいよ。はい、これ俺のアドレス」
「ありがとうございます」
こちらも交換し終えたようで、ワタルは楽しそうに笑っていた。
交換が終わると、ツキノはその場で頭を下げた。
「お二人とも、今日はありがとうございます。私のクエストに付き合っていただいた上に、武器の試しにまで」
「気にするな。楽しかったし」
「そうそう」
「それに、ツキノみたいな可愛い子と一緒にいれたしね」
そう言うと、顔を上げたツキノはまた顔を少し赤くしていた。
「あぅ……、で、では、私、ギルドに一旦戻るので」
「そうか。それじゃ、バイバイ」
「バイバイ」
「はい、次に会うのを、楽しみにしてます」
ツキノはそう言うと、駆け出した。
そして走っていたと思ったら、途中で振り返って、手を振っていた。
「本当に、ありがとうございました!私も、今日は楽しかったです!」
ぶんぶんと手を振っているので、こちらも笑いながら手を振り返す。
それに満足したのか、今度こそ、ツキノはこちらを振りかえらず、走っていった。
「……可愛い子だったな」
ツキノの姿が見えなくなると、ワタルはぽつりとそう言った。
「なあ、本気で手ぇ出していい?」
「だから、駄目だっつうに」
ツキノは誰の物でもない。
けど、俺とツキノはもう友達だ。
ワタルがいい奴なのは知ってるが、だからってはい、手を出していいですよ、なんて言えない。
「そうかい。……ま、お前のお気に入りみたいだしな」
「…………うっさい」
否定はしないが肯定もしない。
そんな俺をしばらく見て、ワタルはくく、と笑った。
「じゃ、俺も行くわ。クエストでもやってくる。じゃあな」
「……おう」
そう言って、歩いていくワタルの後ろ姿を見送って、俺はふう、と息を吐いた。
「楽しかったけど、疲れた。……もうログアウトするか」
ウインドウを呼び出し、ログアウトボタンをクリックする。
そして次の瞬間、“シレン”の姿は、街から消えた。




