逃走中
「なあ」
「なんだよ」
「なんでこんなことになったんだっけ?」
「ごめんなさい、私が付き合わせたせいで……」
「いや、ツキノのせいじゃない。運が悪かっただけだよ」
「っつーか、俺ら結構余裕だよな」
「そうでもないけどな」
「まあ、とにかく……」
そこでワタルは一旦言葉を切って。
「走れェェェェ!!!!」
そう叫んだ。
現在、絶賛逃走中なう。
○
平原フィールドで、ツキノの武器の試しをしていた俺たちは、いつしか街から結構離れていた。
もっとも、ツキノはともかく、俺とワタルはこの辺りのモンスターのレベルなら、さして問題なく倒せるので、何の心配もしていなかった。
「あ、宝箱」
ワタルがそう言って、その方向を指差した。
普通のRPGのように、このLWOでも、たまにアイテムが入っている宝箱が、フィールドに置かれていることがある。
レアなアイテムが入っている宝箱もあるが、まあこんな何もないところにある宝箱なんて、たいした物は入ってないだろうな。
「取って来ていいか?」
「いいんじゃないか? 見つけたお前のもんだろ」
俺がそう言うと、ワタルはひょいひょいと宝箱まで走っていった。
前を歩いていたツキノが、それに気付いて振り向いた。
「ワタルさん?」
「宝箱があったんだと」
その方向を指差すと、ツキノはそっちを見て、ああ、と頷いた。
両手をメガホンのようにして、大声を出した。
「あ、気をつけてくださいねー! ミミックかもしれませんしー!」
「平気平気ー!」
ツキノの言葉を聞いても、ワタルはそう言うだけだった。
ま、見つける宝箱が全部ミミックじゃないかとか思ってたらゲームやってられないし、仮にミミックだったとしても一人でなんとかできるだろ。
「いるよなー、よく。何度相手をしたことか……うざいし」
「まあ、私も相手したくはないですね」
ミミックの厄介さを思い出して苦笑していると、ツキノも苦笑いを浮かべていた。
どうやら、彼女も戦ったことはあるらしい。
「あ、でもギルドの定例会で、なんか更に厄介なミミックが出るようになったとか」
「そうなのか?どんなミミックなんだ?」
「えっと……」
んー、と指を唇に当てて考えているツキノ。
少しの間の後、ぱん、と手を打った。
「そうです、確か」
「うおりゃああ!!!」
ツキノが何か言いかけていると、ワタルの怒声が響いた。
思わず目をそちらに向けると、ワタルが剣を抜いて、攻撃を叩き込んでいたのが見えた。
……どうやら、あの宝箱はミミックだったらしい。
キアアアアア、という奇声が響いていた。
……この《Last World Online》を始めてから、どんどん鍛えられた第六感が警報を発していた。
「……なあ、ツキノ」
「……はい」
「……件のミミックって、どんなミミック?」
「……あのですね」
「あん、どうしたよ?」
俺とツキノが嫌な予感をひしひしと感じていると、ワタルの能天気な声が聞こえてきた。
「……確か、モンスターを呼ぶんです」
「……へえ、どんなモンスターを?」
「……ケースバイケースですが、出会った人が言うには、確か…」
「……確か?」
「……ランダムエンカウントボスモンスターです」
ツキノがそう呟くのと同時に、ガアアアアア!!!という轟音が響き、ドドドドドド、という地鳴りがした。
俺とツキノ、ワタルが目を向けると、それはそれは大きな牛のようなモンスターが、こちらに向かって来ていた。
……たしか、「カトブレパス」だっけ?
「……なあ、シレン」
「……なんだよ?」
「…………逃げろォォォ!!!」
言うが早いが、俺とツキノとワタルは、全力で反転して駆け出した。
「なんであんな化け物が来るんだよ! ごく稀にしか出ないんじゃないのか!?」
「俺が知るか! 運営側に言え!!」
ランダムエンカウントボスモンスター。
ごく稀にフィールドに出現するモンスターの一種だ。
普通のランダムエンカウントモンスターは、“レアモンスター”とも呼ばれ、本当にごく稀にしか出現しないが、もしエンカウントし、倒すことができれば、超レアアイテムをドロップする。
なので、もし出会ったら誰もが倒そうと躍起になる。フィールドに出ると、血眼になって探しているプレイヤーもいる。
が、ランダムエンカウントボスモンスターは、少々勝手が違う。
確かに、奴らも倒すと超レアアイテムをドロップするのだが、他のランダムエンカウントモンスターと違い、恐ろしく強い。
フィールドのアベレージレベルに関係なく出現するので、もしこのフィールドは雑魚ばかりだー、と油断している時に出会ってしまったら、確実にアウト。ゲームオーバーだ。
奴らはそのレベルの高さに加え、固有のスキルを持っている。このスキルがまた反則じみていて、これが奴らの厄介さに拍車をかけている。
そんなわけで、「ランダムエンカウントボスモンスターに遭遇したら、戦うよりまず逃げろ」が、このLWO内での通説の一つである。
まあ、ある男はそんな通説を破り、あろうことかソロで撃退したことがあるのだが…そんな真似は俺たちには出来ないので、とにかく逃げる。
俺たちが言い合いながら、レベルに比例して高いAGIを最大限に使って疾走している中、ふとツキノのことが気になった。
隣を見ても、いない。
後ろを見た。……そこそこ後ろを走っているのが見えた。このままでは「カトブレパス」に追いつかれそうである。
「そうかツキノ120台だから俺らより遅いんだ!」
「えええええどうすんだ!?」
「ほうっておけるわけないだろ!」
急ブレーキをかけ、走っていた方向と逆走する。
ツキノのところまで走り、彼女の手を掴む。
「俺が引っ張る!」
「は、はい!」
また反転して走りだすが、元々のAGIの差のせいで、ツキノがつんのめっている。
「わ、わわわ」
「……ああ、もう!!」
こうなったら仕方ない。
掴んでいるツキノの腕を引っ張り、彼女の身体を引き寄せた。
そのまま、彼女の身体を横抱きにする。
いわゆるお姫様抱っこだ。
あ、結構軽い。
「あああああの、シレンさん!?」
「ちょっと我慢してくれ!」
ツキノは嫌かもしれないが、あのまま走っててツキノが転んだら、俺も危なかったし。
ちら、と後ろを見ると、「カトブレパス」がこちらに猛進して来ていた。
とにかく逃げる。
「おいシレン、何羨ましいことしてんの!?」
「この状況で何言ってるんだお前!」
言いながらも、俺たちは走り続けていた。
走るのに夢中で、ツキノの顔が赤くなっていることには、気付けなかった。
○
「っつーか、お前のせいだろどう考えても!!!」
「悪かったってぇぇぇ!!!」
ツキノをお姫様抱っこしながら、とにかく走る。
走って走って走る。
「あの、シレンさん」
「何!?」
走りながらなので、若干口調が荒くなった。
「あの、もう大丈夫だと思います。かなり離れてますし」
「え?」
言われて後ろを見る。
確かにもうかなり離れていた。というか、影は見えるが、奴はもうこっちを追いかけていない。
スピードを緩める。
「ワタル、もう大丈夫っぽい」
「え? ……あ、ホントだ」
ワタルも後ろを見て、奴の様子に気付いたらしい。
……どれだけ全力で走ってたんだ、俺たち。
「っはー……」
ツキノを降ろして、俺は大きく息を吐いてその場に座り込んだ。
息が荒れていて、整えるために大きく息を吸って、吐くのを繰り返す。
「あの、シレンさん。大丈夫ですか……?」
「あー、大丈夫だよ」
「でも、私重かったでしょうし……」
「いや、全然。すごい軽かった」
正真正銘の本音だ。
おそらく俺と同年代だろうに、なんであんなに軽いんだ…。
逆に心配になる。
「……そうですか?」
「うん。本当に軽かった」
「……ありがとうございます」
軽い、と言われて嬉しかったのか、ふ、と微笑を漏らした。
「というか、俺にお姫様抱っこされて、嫌じゃなかった?」
「いえ、全然! ……お姫様抱っこなんて、女の子なら誰でも憧れますよ。正直、嬉しかったです。場違いですけど」
「そうなのか?」
うーん、女の子ってそういう物なんだろか……。
……あいつは絶対に違うだろうな。
「嬉しかったんなら、またしようか?」
「え?」
「だから、お姫様抱っこ」
座りこんでいるので、ツキノを見上げながらそう言った。
ツキノは、俺の言葉に顔を赤くしていた。
「え、いえ。でも」
「もちろん、君が嫌ならしないよ」
笑ってそう言うと、ツキノはあぅ……、という声を漏らして、顔を赤くしたまま、小さく言った。
「……では、機会があれば、よろしくお願いします」
「うん。いつでもいいよ」
そう言って会話が終わる。
俺は視線を何気なくワタルに向けると、ワタルは苦虫でも食いつぶしたような顔をしていた。
「……なー、俺マジお邪魔?」
「だから、何の話だよ」
ワタルが何を言いたいのか、まったくもってわからなかった。




