第8話 魔王ハインリッヒ
夕暮れ時。
トランたちが王都から逃げ出して時間が過ぎた頃。
王都の中央にある城は、身も凍るような雰囲気で覆われていた。
その原因の中心は広い玉座の間だった。何本もの柱が高い天井を支えており、床には赤い絨毯が敷かれている。
不機嫌そうに頬杖をついて玉座に座る青年、ハインリッヒ。端整な顔立ちに金髪が垂れる。髪の下の青い目が、階段下にひざまずく男を睨んだ。
「で? フローリア王女に逃げられたと言うのですか?」
「はい、一瞬にして千人以上の精鋭を行動不能に……バルバドス様も殉職」
「よりにもよって、パンツ魔法に負けたと言うのですかっ!」
「申し訳ございません、ハインリッヒ様!」
「情けない! ――で、王女はどこへ?」
男は額の汗を光らせつつ、身振り手振りを交えて弁解する。
「今、配下のものたちを使って、道という道を封じております。見つかるのも時間の問題かと」
ハインリッヒが奥歯をかみしめて、低い声で尋ねる。
「どこにいる、と私は聞いているのですがね?」
「も、申し訳ありません、ハインリッヒ様!」
「花属性のフローリア王女は、我が大望に必須の存在! 全軍を使ってでも必ず捕えなさい! 当然、生け捕りですよ!」
「ははっ!」
玉座の段下で控えていた男がかしこまって一礼すると、足早に立ち去った。
入れ替わりに玉座の間に女の声が響く。
「荒れておられますね、ハインリッヒ閣下」
すらりと背の高い女性が現れる。羽のようなドレスとマントに身を包み、赤い絨毯の上を鉤爪の足でおしとやかに歩く。鉤爪が大理石の床に当たって、カッカッと鳴る。
ハーピーだと思われた。しかも特殊個体。翼と腕が別々にあった。
ハインリッヒが整った顔をしかめつつ、足を組み替えた。
「今は閣下ではなく――まあいい、ゲーラか。なんのようです?」
「バルバドスなど所詮は物質属性。天候を操る私ならば、生かすも殺すも自在にできましょう」
余裕の微笑を浮かべて堂々と言いきる美人なゲーラを見て、ハインリッヒは顎を撫でる。
「生け捕りにできるんでしょうね、ゲーラ?」
「御意に」
「ならば今すぐ連れてきなさい」
「王女一行はおそらく森に身を隠しているはず。空から眺めれば一目瞭然でしょう」
「ふん。たいそうな自信ですね――いいでしょう、魔王軍・飛翔部隊を任せます」
ゲーラは背中の翼とほっそりした白い腕を、恭しく前に垂らしてお辞儀をする。
「はは、王女を取り戻した暁には、どうかこのゲーラと我がハーピィ一族に大いなる寵愛をくださりますようお願いいたします」
「気の早いことですね。ですが、いいでしょう。前に約束したとおり、山岳地帯を領土として下賜すると保証します」
「ありがとうございます。では」
ゲーラは高い身長を腰まで折ってもう一度お辞儀すると、爪音を鳴らして玉座の間を歩いて出て行った。
ハインリッヒは横に控える初老の男に尋ねる。
「見つかると思いますかね?」
「彼女なら大丈夫でしょう。むしろ同時に目的地をつぶされた方がよろしいかと」
「目的地?」
「まだ辺境は制圧できておりません。おそらく辺境軍を抱える伯爵の領地へ向かったのではないかと」
「なるほど。ウィズダを向かわせておきなさい」
「御意」
禿げた頭を下げて初老の男が下がった。
玉座に一人、ハインリッヒが思案深げに金髪を掻き上げる。
「それにしても、パンツ魔法ですか……まさか、あいつが最大の邪魔になるとは許せませんね……フローリアは私のモノなのにっ! くそっ!」
ハインリッヒは顔をしかめながら玉座に深くもたれた。
次話は明日更新。
→『第9話 フローリアのおてんば』




