第7話 三魔将バルバドス
朝の王都。
広場にある舞台上にて、俺は囚われの王女を助けようとしていた。
俺が眉をひそめていると、鎧を着た二メートルほどの厳つい男が現れた。
尖った耳に緑色の瞳。四角い顔にニヤニヤした笑いを浮かべながら舞台袖から歩いてくる。
大鬼のようだ。
「待ってたぜぇ? 血祭りにあげてやるよ反逆者ども。少しは楽しませてくれよなぁ?」
その言葉に俺は首を傾げる。
「待っていた、だと?」
「おうよ! てめぇらみてえなネズミを捕まえるのにいちいち家捜しとか、やってらんねぇだろ。だから王女を餌にしておびき出してるのさ。賢いだろ? ぎゃははっ」
「そういうことか……フローリアを」
俺は王女を見た。鎖につながれてうなだれるフローリア。
気を失っているようだ。
美しかった桃色の髪も、気高く白いドレスも汚れていた。
思わず、奥歯をかみしめる。
大鬼は馬鹿にした笑みを浮かべて話しかけてくる。
「悔しいか? 残念。もう逃げられねぇぞ? ――さあ、今回はどう遊んでやろうか? 一人一人闘って何人勝ち抜けるかってのも面白そうだなぁ? ぎゃはは」
俺は鼻で笑って言い返した。
「ふっ、一対一? まとめてかかってきてくれて構わないぞ?」
「なにぃ! なめてんじゃねえぞ!?」
「雑魚をいちいち相手にしていられるわけないだろう?」
「なんだと! この数に勝てるとでも思ってんのか――いや、よっぽど自信があるようだな? 上位属性持ちかぁ? 残念、氷だろうと溶岩だろうと、俺には通用しないけどな、ぎゃはは!」
馬鹿にする男に向かって俺は厳かな声で言った。
「パンツだ」
「は?」
意味が分からなかったのか、笑い顔のまま固まる大鬼。
俺はもう一度、舞台の上で役者のように堂々と胸を張って答えた。
「俺の属性はパンツだ」
一瞬の静寂の後、王宮前広場は笑いの大合唱に包まれた。
「パンツ! パンツだってよ! ぎゃはははは!」
大鬼は今までで一番大きな笑い声をたてた。腹を抱えて笑っている。
広場に集まる魔物兵士たちも涙を流して笑っていた。
「ぱ、ぱんつ!」「パンツって!」「そんな魔法聞いたこともねぇ!」
げらげらと笑い声が続く中、俺は涼しい顔で立っていた。
しばらくして少し声が収まった後、俺は言った。
「気は済んだか? パンツを笑いたければ笑うがいい。――だが、最後に笑うのは俺だ!」
「はっ! 何言ってやがる! ここにいるのはなぁ、俺様が率いる魔王軍の精鋭部隊だぞ!」
馬鹿にした笑みを浮かべて見下してくる。
俺の隣に立つミーニャが、包丁を構えつつ言った。
「こいつが王都を攻め落とした三魔将の一人、バルバドス」
「バルバドスというのか……今から言うことを、よく覚えておけ」
「なんだぁ? 遺言か?」
俺は下腹に力を込めて怒鳴った。
「貴様らの薄汚れたパンツなど、何枚集まろうとも汚物でしかないと教えてやる!!」
俺の右手に巨大な魔力が集まり、広場を埋め尽くす兵士を輝き照らす――!
「喰らえ! ――下着連爆破!」
掲げた右手の、指をパチンと鳴らした。
ズドドドドドドゴガァン!
刹那、広場にすさまじい爆発音が連鎖するように響いた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」「いぎぃぃぃ!」「んぎぇぇぇぇ!」
爆発に続いて兵士たちの叫び声が反響する。
一瞬にして王宮前広場が地獄と化した。
股間を爆破された魔物や人間の帝国兵士たちが、白目をむき口の端から泡を吐いて悶絶する。
皆一様に股間を押さえつつ、くの字のうつぶせで倒れていた。
バルバドスだけは無傷だった。
しかし驚愕で目と口が大きく開かれている。
「な、なん……だと……! 俺様の精鋭が一瞬で……これがパンツ魔法だとっ! ――はっ! 聞いたことがある! かつて王国にパンツ属性の大賢者候補がいたと!」
「そうだ。それが俺だ。羞恥の底から舞い戻った! 風に舞うパンツのようにな!!」
俺は胸を張って答えた。何一つ恥ずかしいことなどなかった。
どこからか、ボソッとした猫の呟きだけが聞こえた。
「なにゆーてんねん」
そのとき、舞台中央で縛られていた王女フローリアが、ううっと呻いて顔を上げた。桃色の髪が頬にかかる。
パンツ魔法の爆音で目が覚めたらしい。
焦点の定まらないすみれ色の瞳が次第に俺をとらえていく。
「あ……そんな、まさか……」
「フローリア、遅れてすまない。迎えにきた」
「ああ――っ! トラン!」
フローリアの垂れ目がちの瞳に涙があふれる。
汚れていても優しい美しさは、昔と何一つ変わらなかった。
鼓動が早くなるのを感じつつも、想いを隠すように隣にいるミーニャに指示した。
「あいつの相手は任せろ。フローリアを頼む」
「わかった」
ミーニャがしなやかな動きで王女に駆け寄った。
拘束を外すため、鎖に包丁を何度も突き立てる。
硬質な乾いた音が広間に響いた。
俺は舞台中央でバルバドスと対峙する。
バルバドスは四角い顔を真っ赤に染めて震えていた。怒っているらしい。
「……てめぇ、許さねぇ」
「パンツ魔法に耐えたことは褒めてやる。素材を変えたな?」
パンツを極めた俺は、魔法を使わなくとも柄や素材ぐらいは感じ取れた。
「ふんっ、俺様は触れている物を鉄に変えられるんだよ! 貴様の恥ずかしい魔法など、俺様には通用しねぇ! ――見やがれ! 鉄鎧装着!」
バルバドスの体が鉄に覆われていく。鈍い銀色の光を放つ。
大柄な体の迫力が増した。
けれども俺は彼を見ながら肩をすくめた。
「いったい、いつから鉄製だからと言ってパンツじゃないと決まったんだ?」
「なに?」
俺はバルバドスを不敵な視線で眺めつつ、もう一度右手に魔力を集め始める。
「俺はパンツのエキスパート! 鉄のパンツの破壊力、どれほどのものか試させてもらおう!」
「なっ、なにぃ! そんなことさせるかぁ! ――大鉄斬撃!」
バルバドスが腕を振ると、腕の先から鋼の刃が延びた。虚空にギラッと軌跡を放つ。
俺は右手を前に出しつつ感心する。
「ほう。触れているもの――つまり、空気まで鉄にできるのか。さすがだと言いたいが――俺の前には無意味! ――下着大爆発!」
魔力で輝く右手を握りしめる。
バルバドスの股間に光りが収束していく。パンツの力を圧縮してから解き放つ、高位魔法。
彼の顔が股間が圧縮される痛みで激しく歪む。
「ぐがぁぁぁ!」
彼の延ばした――鉄の刃と化していた――右腕が舞台の床に虚しく落ちる。
俺はパチンと指を鳴らした。
圧縮されたパンツの威力が解放される。
ドゴォォォン――っ!
「ぎゃぁぁぁ――っ!!」
バルバドスの股間が下着爆破など比較にならないぐらいの大爆発を起こした。
爆風と煙が舞台を覆う。
煙が晴れると、バルバドスは白目をむいて倒れていた。下半身の原型がなくなるほどの、無慈悲なことになっている。
俺は見下ろしつつ吐き捨てるように言った。
「パンツを嗤うもの、パンツに哭け!」
そのとき、舞台後方、俺の背後でガシャンと大きな音が鳴った。
振り返ると、ミーニャが王女フローリアの鎖を外したところだった。
すぐにフローリアへ駆け寄って顔をのぞき込んだ。
「フローリア。大丈夫か?」
「ええ、トラン。わたくしは無事です。ありがとうございます」
「お礼なんていい。当然のことをしたまでだ」
「トラン……」
フローリアが目の端に涙を浮かべて微笑む。
しかし、城の方が急に騒がしくなった。
俺は舞台のはるか向こうにある城の騒音に目をやりつつ尋ねる。
「なんだ?」
「お城にいる魔王軍が気づいたのでしょう……どうされますか、トラン?」
「そうだな……」
どうせ雑魚ばかりだろうし、倒そうと思えば倒せる。
しかし、すべてを排除するには時間がかかるだろう。
魔王ハインリッヒは軍勢を率いて、すぐ近くまで来ているはずだ。
一方でフローリアは立つこともままならない様子。
俺は一瞬悩んだが、すぐに答えを出した。
「まずは王女の回復が第一だ。一度、ひこう」
「はい」「にゃ」
俺はフローリアを抱え上げた。腕に柔らかな曲線の重みを感じる。
フローリアが俺の腕の中で、あっと戸惑いの声を上げた。
「トラン……今のわたくし、汚れてますわ……」
「何を言うんだ。上辺がどれだけ汚れようとも、最後まで屈しなかったあなたは何よりも美しい。世界で一番清らかなパンツに包まれていると断言する!」
「と、トラン……」
王女は頬を染めてうつむいてしまう。少しやつれていたが、それでも美しい顔を桃色の髪が隠してしまう。
「変態やん」
ミーニャがぼそっと呟いたが気にしない。
――パンツを褒めること、それは信頼のあかし! 最大限の賛辞を王女に送った俺に悔いはない!
しかもそんな俺の正しさを証明するかのように、隠れて事態を伺っていた街の人たちが、二階の窓から路地裏から、口々に俺とパンツをたたえた。
「パンツすげぇ!」「パンツがんばれ!」「パンツ魔法が王女を救った! ばんざーい!」
「「「パンツ、ばんざーい!」」」
俺は誇らしく、また清々しい気分でフローリアを腕に抱きつつ王都の外へと駆けていった。
次話は明日更新。
→『第8話 魔王ハインリッヒ』




