第5話 王女の祈り
トランとミーニャが王都を目指していた頃。
王都では、張りつめたような夜の静けさが分厚い壁に囲まれた街を覆っていた。
戦争に負けて占領されたため、石造りの建物が多い街全体が意気消沈している。
元気なのは魔王軍に属する兵士や魔物だけだった。
彼らは城の前にある広場で騒いでいた。
広場の奥にある高い舞台上には、壁から延びる鎖に首輪でつながれた王女フローリアがいる。白いドレスは薄汚れており、長い裾はスリットのように破れてすらりとした足が太ももまで見えていた。
舞台袖から身長二メートルはある、鎧を着た大男が出てくる。
見た目は人だが耳は尖り、目は緑色。魔物の血が混じっているらしい。
――魔王軍最高幹部、三魔将の一人バルバドスだった。
手に持つ器には、腐りかけの肉と青かびの生えたパンが入っている。
ニタニタ笑いながらフローリアの前まで来ると臭い息をまき散らしながら言った。
「おら、晩飯だよ。食えよ」
「あ……はい……」
フローリアが震える手をさしのべると、バルバドスは器を逆さにした。
汚い音を立てて床に落ち王女の足元に汁が散る。
動きが固まる王女を見て、バルバドスがあざ笑いながら叫んだ。
「なに手を使ってんだよ! 豚のように這いつくばって食えよ!」
「うっ……」
王女は疲れ切った顔で立ち尽くす。
なぜそこまでするのかと問いたげな悲しい目をしていた。
バルバドスは鼻で笑うと威圧するように言う。
「ほぉ~ん、逆らうってのか? いやならお前が食うまであそこにいる国民を一人一人殺していくだけだがなぁ?」
彼が指さす先は広場の隅、元の国民たちが集められていた。
槍を持った兵士に囲まれている。
「そ、そんな――っ! た……食べますわ」
王女は床に四つん這いになると、汚れた食べ物に顔を近づけて食べ始める。
桃色の髪が垂れて汁の上に広がった。
ぎゃははっとバルバドスを含めた魔物たちが盛大に笑う。
「見ろよ! 食ってやがる! お高く止まった王女様がよぉ!」「ぎゃはは!」「豚以下の王女だぜ!」
魔物たちの笑う声はやまない。
人々は苦しげに胸を押さえて視線を逸らす。
舞台上ではフローリアがうつむいて一口ずつ肉やパンをかじっていた。
――肉はぬるっとしていて気持ち悪い。舌に刺激が走る。飲み込んだ端から吐き気がこみ上げて、こらえるだけでも大変だった。
それでも食べなければ国民が殺される――その想いだけで食べ続ける。
目をぎゅっとつむって、奥歯をかみしめて。
しかし突然、ガチッと前歯が鳴った。
「つ……っ!」
フローリアが目を見開く。唇の端から赤い一筋が、つうっと流れた。
見れば肉とパンが鉄のような鈍い光を放っていた。
驚いていると、バルバドスがげらげらと笑い出した。
「こいつ鉄を食ってやがる、ぎゃはは!」
「気づかないなんてな!」「さすがバルバドスさまだぜ」「最強にして万能の属性!」
魔物や帝国兵士たちが喝采を上げる。
フローリアは睨むでもなく這いつくばった姿勢のまま、疲れ切った顔だけを彼へ向けた。
「これが鉄属性、ですね」
「つい能力を使っちまったよ、ひひひっ。見ての通り、俺はなんでも鉄に変えられるんだからよぉ。王国軍もこれで蹴散らしてやったよなぁ!」
「……」
フローリアは無言のまま唇を結んで、すみれ色の瞳でじっと見つめる。
バルバドスは不愉快そうに眉をひそめて叫んだ。
「なんだよ、その目は? ああん? おら、休んでないで食えよ! 犬みたいにさぁ!」
「はい……」
フローリアはまた元に戻った食べ物に口を寄せた。
一口ずつ食べては飲み込んでいく。桃色の髪が儚く揺れる。
吐き気をこらえるだけで必死そうだった。けれどもすみれ色の瞳に溜まる涙まではこらえられなかった。
――ああ、誰か。この国を、国民のみなさんを助けてください。
祈りはむなしく、あざ笑う声にかき消されるばかり。
星の見えない暗い夜の下で王女を辱める催しは続くのだった。
次話は明日更新。
→『第6話 王女奪還』




