第4話 ミーニャの想い
日が落ちてどんどん暗くなっていく森の中。
俺とミーニャは道なき道を、下草をかき分ける勢いで駆け抜けていた。
王都へと向かっていたが、大廻りになる街道を通ると馬で五日はかかる。
そこで最短距離を踏破しているのだった。
ミーニャが大きな背負い袋を背負って軽快に駆け抜ける。時折、前を走るミーニャの腕が素早く動いた。包丁を鋭く光らせて、小枝や草を薙ぎ払う。
俺は心配になって華奢な背中に声をかけた。
「この調子なら明日の朝までに王都へ着けそうだが……ミーニャ、疲れてないか?」
「にゃ。大丈夫。獣人は力が強い」
「それならいいけどな。倒れられたら困る――そういやどんな魔法属性なんだ?」
戦いになったときのために、聞いておこうと思った。
さすがにステータスを見るために『パンツをじっくりと見せてくれ』と頼むのは問題がある。
いくら山で過ごしたため常識がない俺でも、女性のパンツを見るという行為は嫌われてしまうのではないか? と少し危惧していた。
ミーニャは走りながら淡々と答える。メイド服のフリルが激しく揺れていた。
「あたしは泡属性」
「変わってるな」
「パンツほどじゃない」
「いや、そう言う意味じゃなくて。鍛えたら強そうだと思ったんだ」
ミーニャはチラッと黒い瞳でこちらを振り返って見た。
「あたしは魔力が少ない。掃除に使える程度」
「そうか、それは残念だったな……――よし、もっと速度を上げるか」
俺は話を軽く切り上げて別の話題を振った。
ミーニャが走りながら小首をかしげる。さらっと黒髪が流れた。
「どうやって?」
「ちょっと食い込むが我慢するんだ――下着飛行」
俺が魔法を唱えると、ミーニャが小さく「んっ」と呻いた。なぜか可愛い頬がほんのりピンク色に染まる。さらに背負っている荷物もふわりと浮かんだ。
――パンツが接している物質を軽くして飛ばす魔法。
パンツが体と荷物を持ち上げる。荷物まで浮いたのは中に予備のパンツが入っているからだろう。
身軽になって速度が上がった。
ミーニャが目を丸くする。頭の上の猫耳も驚いたようにピコッと立った。
「すごい。軽くなった……パンツなのに」
「俺のパンツはなんだってできる」
「さすが王女さまの信じた人」
ミーニャもまた大きな瞳に信頼の光を宿して俺を見てきた。
――素直に称賛されると、なんだかくすぐったかった。
俺は少し照れつつ前を向く。
「さあ、よそ見してると危ないぞ。まだ視界が効くうちに山を越えてしまおう」
「にゃ」
俺の言葉にミーニャは速度を上げた。
飛ぶような勢いで俺たちは森を掻き分け、駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
森の中の夜。
沼の傍の少し開けた場所で、俺とミーニャはたき火を囲んで座っていた。
ソーセージを挟んだパンという簡易な夕食を取る。
パンをかじっていると、ミーニャが火のそばで暖めたお茶をコップに注いで渡してきた。
「ん。香草茶。疲れ取れる」
「ありがとう。熱そうだ」
「あたし、冷まして飲む」
猫舌らしいミーニャはポットを地面に置いてからパンをかじり出した。
幼さの残る整った横顔。小さな口でせっせと食べる。
まるで食べないと生きていけないかのように。
――いや、食べないと生きていけないのは当たり前なんだが。なにかこう、無理をしているような気がする。
そこで俺は彼女に尋ねた。
「なあ、ミーニャ」
「ん?」
「どうしてそこまでフローリアを助けたいんだ? 獣人なら人間とは関係ないだろう? 雇用関係が終わったら獣人の国――ビスティアだったか? に帰るんじゃないのか?」
俺の問いかけに、ミーニャが一瞬固まった。もひもひと口だけ動かしてパンを飲み込む。
そして、たき火を見つめながらぽつぽつと語り出した。
「あたしは虚弱体質だった」
「えっ? 人間より強いって言ってなかったか?」
「強い。でも獣人は普通の人間の四倍から五倍は強い。あたしは二倍程度。だから病気したとたん、行商の旅には連れて行けないと判断されて、王国の獣人地区に捨てられた」
「そうだったのか」
獣人国ビスティアは国民の大半が行商で暮らしている。北の果てや東の果てまで行っては持って行った品を売り、特産物を買い付けて帰ってくる。体力的に強くなければできない仕事だ。
ミーニャは大きな黒い瞳でたき火を見つめながら話す。
「病気で死にかけたとき、王女様に拾って貰えた」
「命の恩人だから助けたいのか」
ミーニャはふるふると小さく首を振った。黒髪がさらさらと音を立てた。
「それだけじゃない。あたしは魔力が少なくてろくに魔法が使えなかった。力も弱くて戦えなかった。不器用で掃除できなかった。料理も下手だった。――それなのに王女様は言った」
彼女が語る。王女との日々。
子供だったミーニャは、ぶかぶかのメイド服を着て掃除をしていた。しかし花瓶を倒して床を汚してしまう。
叱られてしまうと体と尻尾を縮こまらせた彼女に、フローリア王女は優しく微笑みかける。
「はじめから何でもうまくできる人はいません。一つ一つ手に入れていきましょう」
厨房では料理を焦がしてしまい、ミーニャは太ったメイド長に叱られる。
「また? ――何回やらせても卵焼きすら作れないなんて、いったいどういう育て方をされてきたのかしらねぇ~、この野良猫は」
腰に手を当てて嫌みたっぷりに威圧するメイド長に、子供のミーニャはふるえて小さくなるばかり。
猫耳はしょんぼりと伏せられていた。
そこへ幼い王女がやってくる。長い桃色の髪を後ろになびかせて。
何気ない素振りで、焦げた卵焼きを細い指先で摘まんで口に入れた。
「あら。焦げてても、おいしいですわ」
メイド長が太った腹を揺らして慌てる。
「い、いけません王女様。そのようなものを口にしては」
「何をおっしゃいますの。努力の味がしますわ」
フローリアは有無を言わせない優しい笑みを浮かべた。
その無言の迫力に、メイド長は答えに窮して息を飲むしかなかった。
たき火を見つめながらミーニャは思い出を語っていく。お城でのこと、晩餐会でのこと。
相変わらずの無表情だが、長い尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れていた。
しかし不意に口調が変わる。
「どんなに失敗しても、あたしを叱らなかった。バカにしなかった。王女様の傍だけがあたしの居場所だった」
「ああ、あの人は本当に曲がったことが嫌いな、優しい人だ」
過去を思い返しながら言った俺に、ミーニャが小さくうなずく。
「ん。だから頑張った。メイドの仕事も頑張って覚えた。力よりも素早さを主体とした職業『盗賊』になった。上級職の『暗殺者』になれば王女様を守れると思って――でも、ダメだった」
「強そうじゃないか。素早い身のこなしはさすがだったぞ?」
ミーニャはふるふると首を振った。さらさらの黒髪が力なく揺れた。
「上級職になったけど『くのいち』とかいう、意味不明な職業だった。何ができるのか、どんな職業なのか誰も知らない」
「やはり上級職か。どうりでパンツから強い波動を感じると思ったよ。――だったら調べてみたらいいじゃないか。いろいろ試してみれば、きっと――」
俺はパンツ魔法で独自の練習を繰り返したことを思いだして慰めようとしたが、ミーニャが素早く顔を上げた。きつい目つきで俺を睨む。猫のように黒目が光った。
「はぁ? 王女さまはもうさらわれたやん? 今、力が必要なんや!」
「ぐっ、すまん」
正論を返されて俺は謝るしかなかった。てか、今の言葉は何だ……?
するとミーニャはうつむいた。握りしめる拳がふるえ出す。
「あたしはなにもできへん……」
「そんなことは……」
俺の言葉を遮って、ミーニャは叫んだ。
「あたしじゃ王女様を救えへん――助けられへんねんっ!」
妙な訛りの言葉を叫びながら、ミーニャは地面を小さな拳で殴りつけた。自分自身への怒りか、憤りか、はたまた悲しみか。華奢な体が細かく震えていた。
さらに彼女はうつむいたまま言葉を紡ぐ。激しい感情を込めて独特とイントネーションで叫ぶ。
「国の人らは諦めてもう動かへん。あたしの命で代わりになるんやったら、いくらでも捧げたるわ――! だからお願いやっ! 王女様を助けてーや!」
ミーニャは顔を両手で覆ってしまう。華奢な体の震えが大きくなった。泣いているのかもしれない。頭の上の耳はふにゃっと伏せられていた。
そんな彼女を見つめながら俺は思った。
――ああ、そうか。俺と同じだ。俺も王女の優しさだけが、生きる支えだったんだ。
俺はすっかり冷めた手の中のお茶を飲み干した。
コップを地面に置きつつ言う。
「俺に任せろ。必ず王女は助け出す」
ミーミャは顔を上げると、片言の共通語で答える。
「……トランは強い。でも魔王軍は大勢いる」
「俺を信じなくてもいい。俺のパンツを信じろ」
「意味、わからない」
呆れた顔をしたミーニャの猫耳がピコッと立った。
それからミーニャは目の端を指で拭うと、食べ終えた食器を片付け始める。
かがんで丸めた猫背の背中に俺は声をかけた。
「どうする? 明け方までもう少し休むか? ――追っ手は撒いたと思うが」
「あたしは夜目が利く。このまま走る……トランはあたしについてこれる?」
「問題ない。ミーミャの芳しいパンツの位置は、いつでも把握できている」
「その発言、ただの変態やん」
「そうか? すべてのパンツは俺の手中にあるも同然だからな」
「被せてきた。さすがトラン。心が強い」
ミーニャが片付けを終えて荷物を背負った。長い尻尾がゆらりと揺れる。
俺は、普通の言葉に戻ったミーニャに、ふと思って尋ねる。
「てか、感情が高ぶると片言が消えて、変わった言葉遣いになるんだな?」
「にゃ、あれは獣人言葉」
「あれがそうなのか。普段は使わないようにしてるのか?」
「ん。獣人言葉使ってたら王女さまに訛りが移った。それで王宮では禁止された」
「なるほど。理解した」
確かに、綺麗な言葉で話さなくてはいけない一国の王女が、変な訛りで喋ったら大問題だろうというのは俺でもわかった。
「でも今は共通語完璧。わたしは出来る女、にゃーん」
ミーニャは自信ありげに平らな胸を反らした。黒い尻尾もピーンと立つ。
……なんとなく納得がいかなかったが、本人がそう思ってるのなら別にいいか。
俺は立ち上がりつつ砂を蹴って、たき火を消した。
「じゃあ、行くか」
「にゃ」
ミーニャが足を前後に開いて、ぐーっと猫のような延びをした後、素早く走り始めた。
俺はパンツフライトで荷物と体を軽くしつつ、後を追いかけた。
暗い森の中を風のような早さで俺たちは駆けていった。
次話は夜更新。
→『第5話 王女の祈り』




