第32話 愛の思い出
俺は懐かしい夢を見ていた。
色とりどりの花が咲く王宮の中庭で、桃色の長い髪を背中に流した美しい少女と面会をした。年の頃は同じ六歳のはずだが俺よりもずっと大人びて見える。
そんな彼女は、たれ目がちのすみれ色の瞳で優しそうに微笑む。
「あなたがトランね。わたくしはフローリア。よろしくね」
「は、はひっ」
俺は緊張で声が裏返った。
それもそのはず。
目の前にいる美少女はこの国の王女であり、俺は貧しい村の子供にすぎなかった。
フローリアは目を細めて笑う。
「まあ、そんなに緊張なさらないで。あなたはわたくしのご学友になるんですから」
「は、はい、フローリア王女さま!」
「フローリアでかまいませんわ。あなたはきっと、この国を救う英雄になられるかたですもの」
「そ、そんな……。もう、なにがなんだかわからなくて……」
「慣れていただきませんと。小さな英雄さん」
口に手を当てて、くすっと笑う。いたずら気味に言う言葉すら、気品があった。
なぜ貧しい子供が王女と面会しているかと言えば。
裕福ではない山間の村に生まれた俺は、本来なら一生村から出ずに人生を終えるはずだった。
ところが、俺は天賦の才を生まれ持っていることがわかった。
歴代トップクラスの魔力。
宮廷魔術師が腰を抜かすほどの膨大な魔力を秘めていた。
たとえ火や風の初歩的な現象属性であったとしても、魔力量で最強になれるらしかった。
そして王国の重鎮が直接迎えにきて王宮に連れてこられた。
王女のご学友として、魔法学院に通うことになったのだった。
ただあまりにも身分が違うため、しきたりや作法など慣れが必要だった。
と言うことで、作法を習いつつ王女の遊び相手として、お茶を飲んだりゲームをした。
俺は次代の、史上最高の魔術師と思われていたため、人々に貴族の子弟のように扱われ、王女とも仲良く過ごした。
王宮での暮らしは、毎日が夢のようだった。
そして王女と仲良くなった頃、魔法学院へ入学するために向かった。
その途中のガタゴトと揺れる馬車の中、王女は俺の手を握ってきた。
すべすべした細い指先にどきどきしていると、彼女は真剣な声で言った。
「トラン。お願いがありますの」
「な、なんでしょうか、フローリアさ――いやフローリア」
「もうじき、この世界は魔王によって滅ぼされてしまいます」
「えっ?」
「驚くのも無理はありません。ですがなぜか未来を夢で見ることがあるのです」
「そうなのですか、さすがフローリアです」
「……わたくしを、この世界を、トランの力で助けていただけませんか?」
すみれ色の瞳が俺を見る。たれ目がちの優しい瞳。
俺の答えは考えるまもなく決まっていた。
「はい、誓います。僕の力で、フローリアさまを助けます。傍にいて守りますからっ」
「ありがとう、トラン。約束ですわ」
フローリアは顔を寄せると俺の頬にキスをした。
この世のものとは思えない柔らかさ。桃色の髪からは花の香りがした。
顔が熱くなってしまい、彼女をまともに見れなかった。
人生で最高の時だった。この後は学院での地獄が待っているだけ。
――だから今、この夢のようなひと時だけを夢見ていたい。
だが、夢を貫く鋭い叫び声が耳を打つ。
「トラァァァン――ッッッ!!」
◇ ◇ ◇
はっとして俺は目を開けた。
周りの景色がすごい勢いで流れていく。
肌を切り裂くような冷たい風を感じる。
――落ちている!
それに、今の声は……。
俺は咄嗟に魔力を集中させる。
「――下着飛行」
股間に圧迫を感じるとともに、落下速度が減速した。
地上に目を向けると砦から少し外れていた。
意識を集中させて、落下方向を砦へと向ける。
地上の方で「起きるんかいっ」という呟きが聞こえた気がしたが、気にせず飛んだ。
しかし。
どれだけ減速しても、まだ早い。
体がバラバラになりそうな風圧を受ける。
――このままじゃ、地面に激突して死んでしまう。
やばいぞ。なんとかしなければ!
俺は対策を必死で考え、そして右手にありったけの魔力を集中させた。
右手が流れ星のように輝く!
地面まであと数秒!
俺は落下地点へ右手を向けると、全力で叫んだ。
「――百万下着生成!」
色とりどりのパンツが山となって、地上に膨れ上がった。
その直後、柔らかな山へと俺が突っ込んだ。
ドォォォ――ン……。
衝撃で山が吹き飛び、パンツがはるか上空まで舞い上がった。
しばらくして、俺は平らになったパンツの平原を歩いていた。
どうやら砦の中庭らしい。
風が吹いて黒髪が少し乱れる。
――と。
遠くの方からフローリアが目を潤ませて、桃色の長い髪を後ろになびかせながら走ってきた。
彼女の周囲には、巻き上げられたパンツが蝶のように舞い踊る。
「トランっ!」
俺が両腕を広げると、フローリアが胸に飛び込んできた。
彼女の華奢で柔らかな肢体を、しっかりと抱き留める。
花のような香りが鼻腔をくすぐった。
腕の中の可憐な花を、折れそうなほど抱きしめながら言う。
「ただいま」
「もう、もう! 二度と離れないでくださいまし!」
「当然だ。そのために帰ってきたんだから――フローリア」
「は、はい」
もう一度ぎゅっと抱きしめた。
強く、強く。体温で思いを伝えるかのように。
フローリアもまた、細い腕で俺の胴をぎゅっと抱きしめてきた。
長いことそうしていた。
ふと気が付けば、砦は歓声に包まれていた。
「フローリア王女、ばんざーい!」「パンツさま、ばんざーい!」「テルティア王国に栄光あれ!」
兵士や妖精や魔物たちの、称賛する声がこだまする。
そんな暖かい状況の中、俺は全身でしなだれかかってくるフローリアを抱きしめて、彼女の桃色の髪の中に顔を埋めた。
次話は夜更新。
→『第33話 エピローグ』




