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パンツを笑うものパンツに泣け!――俺はパンツで無双する――  作者: 藤七郎(疲労困憊)


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第31話 愛する名を叫ぶ王女


 ハインリッヒが爆発するほんの少し前。



 砦の中は騒然としていた。

 美形のエルフの騎士がよく通る声で叫ぶ。


「みんな中庭か、広場へ! 建物の中は崩れて危険だ!」


 妖精たちが通路の天井近くを飛んで逃げる。

 子供を連れた人間や魔物の家族も、手を取りながら小走りに駆ける。


 中庭では、避難してきた集団から少し離れた場所に、フローリアが背筋を伸ばして立っていた。白いドレスと桃色の髪がそよ風に吹かれて厳かに揺れている。



 フローリアは目を閉じていた。

 鼻筋の通ったりりしい顔。長いまつげがかすかに震える。

 心を静かにして魔力を高めている様子。


 そこへイザベルが短髪を手で掻き上げつつ、マントをなびかせて颯爽と現れた。


「王女よ、配下や住人たちの避難はほぼ完了したぞ」


 ゆっくりと目を開けて、大きなすみれ色の瞳でイザベルを見る。


「さすがですわ、辺境伯」


「王女も準備はよいか? 魔力が足りぬなら我が輩も手助けしよう」


「いえ、大丈夫でしょう。トランの魔力の高まりを感じますわ」


 フローリアは空を仰ぎ見た。紺色に染まっていく夜空が広がっていた。

 つられてイザベルも上を見る。


「……膨れ上がる魔王の混沌とした魔力しか感じないな」


「そのそばに、たくましくも清らかな力を感じます。まるで聖者の下着のようですわ」


「もうあかん。王女さまも手遅れや」


 ミーニャのツッコミがボソッと響いた。



 イザベルが片方の眉だけ上げて咎めるように驚く。


「だいぶトランに毒されたようだな」


「いいえ、彼をより深く理解しただけですわ」


 フローリアが、ふふっと微笑みつつ、流し目を向ける。

 黄昏どきの薄暗さの中、すみれ色の瞳が妖しいまでに美しく輝いていた。


 イザベルも白い歯を見せて笑いつつ、何か言おうとした。

 しかし、不意に口をつぐむ。鋭い目つきで空を睨んだ。


「くるぞ」


「はい」


 フローリアは真剣な表情に戻ると、胸の前で手を合わせて祈るように目を閉じた。

 凛と澄んだ声が赤い唇の端から零れ始める。


「――太古から紡がれし聖なる系譜の花たちよ 今こそ始まりの時の姿を持ちて 神の園を守りし力をここに現せ――聖樹防壁セフィロトサンクチュアリ


 フローリアが見えない何かを捧げるように、両手のひらを上へ伸ばした。

 フローリアの背後に半透明の巨大なつぼみが現れた。

 人よりも大きな花が咲き、すぐに枯れては家ほどもある楕円形の種となる。


 種は地面に吸い込まれるように消えると、人の胴より太い幹が生えて空に向かって延びていった。


 大木が雲を貫くほど高くそびえる頃には、木の幹は数十人が輪になって手をつないでも足りないぐらい太くなる。


 四方に延びる幻影の枝が、暮れゆく夜空をベールの向こうに隠した。

 砦を覆い、地平線まで広がっていく。


 ちょうどその時、ねぐらへ向かって飛んでいた小鳥の群れが幻影に飛び込んだ。驚き戸惑いながらもすり抜けていった。



 巨大な聖樹の幻影に、イザベルが両目を見開いて驚く。


「こ、これが花魔法だと!? まるで……いや、世界樹そのものではないかっ!」


「――神の園を守りし力よ 神の箱庭たるこの世界も守りたまえ」


 フローリアの厳かな声が響くと、聖樹が青白い光を発した。

 木の頂上を頂点にして、光る透明な壁が半球状に木を覆う。

 巨大なお椀を伏せたかのよう。


 さらに枝のあちこちから家より大きな花が咲いた。

 風に吹かれて桃色の花びらが宙を舞う。

 波に飲まれた船のように、翻りながら夜空の向こうへと散っていく。


 舞い散る花に合わせて青白い壁も四方へと広がっていった。

 両手を伸ばして見上げていたフローリアが眉間にしわを寄せてささやく。


「トラン……」



 次の瞬間、黒い光が聖樹の遙か頭上で爆発した。

 しばらくの間、押し込められるようにいびつな球形で膨らんでは縮むを繰り返す。


 しかし最後には巨大な力の奔流となって黒い球形が膨れ上がった。

 青白い壁とぶつかり合い、黒や青の電光を散らす。

 次第に黒い球形の膨張が青白い壁を押していく。


 半透明の幻影の向こうで起きた攻防を、砦の人たちが一様に空を見上げて見守っていた。


「なんだあれ、やばいぞ……」「押されてる!?」「もうおしまいだぁ!」


 砦が悲鳴に近い嘆き声で埋まった。どこからか、すすり泣く声も聞こえた。



 中庭にいるフローリアは、歯を食いしばって両手を掲げ続ける。


「く……っ!」


 地面を踏みしめて、押し返すように両手をさらに突き上げた。

 ミシミシと壁が軋む。耳障りな音が砦に響く。


「トランの働きを、無駄にはさせません――やぁっ!」


 フローリアが桃色の髪を乱して、背伸びをしながら両手を空へ突き出した。大きな胸が弾む。

 青白い壁が刹那の輝きを発すると、黒い球体を飲み込むように膨れ上がった。そのまま黒い光を一方的に星空の彼方へ弾き飛ばす。


 そして数秒の静寂が流れる。


 フローリアもイザベルも、砦にいる全員が目を凝らして見上げていた。

 続いて、夜空に浮かぶ星を一つ二つ消しながら黒い光が小さく爆発した。

 黒い光は枯れるようにしぼんでいき、最後は消えてなくなった。



 イザベルがぼそっと呟く。


「やったか?」


「……その、ようですね。よかった……」


 フローリアは膝が抜けるように、その場に崩れ落ちた。

 すぐに猫獣人のミーニャがメイド服を揺らして駆け寄る。

 腕に抱えた王女を無表情な顔でのぞき込みながら呼びかける。


「王女さま」


「大丈夫ですわ、ミーニャ。ちょっとめまいがしただけです」


 イザベルが大仰に頷く。


「これほどの魔法を使ったのだから、魔力を根こそぎ奪われても仕方なかろう。見事であったぞ、フローリア王女よ」


「ありがとうございます、辺境伯。……それで、トランは。トランは無事なのでしょうか? 彼の魔力がどこにも……」



 フローリアがすみれ色の瞳を空に向けた。

 聖樹の幻影はゆっくりと薄くなっていく。

 星の瞬く夜空が広がるばかり。


 イザベルは見上げながら首を傾げた。細い顎を撫でつつ言う。


「爆発に巻き込まれて粉々になったか」


「そ、そんなっ! きっとトランは生きていますわ」


 眉間にしわを寄せて、悲痛な声を上げるフローリア。

 ミーニャは頭の上の猫耳をピーンと立てつつ夜空を見上げた。

 ピッピッと耳が前や横に向く。

 それから耳が一方向に向くと、淡々とした声で呟いた。


「いる。落ちてる」


「えっ!? どこです!?」


「あそこ」


 ミーニャが頭上から少し離れた場所を指さした。



 フローリアとイザベルが目を凝らす。

 確かに、小さな点が落ちてくる。

 着ているシャツやズボンがボロボロになったトランだった。


 イザベルが不審そうに眉を顰める。


「どうやら気絶しているようだな。――おい、誰か! ペガサスを出せ!」


「だめ。間に合わない」


 ミーニャがフローリアを地面に寝かせると、トランの落ちていく方へ駆け出した。



 フローリアは座り込みながら、両手を合わせて呪文を唱える。


「神代を彩る花たちよ――ダメですわ、魔力が……」


 しかし魔力が集まらないことに気付いて手を離した。

 美しい顔を焦りで曇らせて空を見上げる。

 小さな点が先ほどより大きくなっていた。

 落ちる速度が加速している。


 ミーニャや砦の人たちが駆けて行こうとするが、間に合いそうにない。

 フローリアは立ち上がろうとしたが、力が入らずに地面に手をついてしまう。


「ああ、トラン! どうして! すべては終わったはずですのに!」


 夜空の天頂を見つめるうちに、すみれ色の瞳が涙で潤みだした。

 ドレスの胸の辺りを、か細い手でぎゅっと掴んだ。

 込み上げる感情を堪えている様子。 


 砦の方から人々の騒ぐ声が途切れ途切れに届く。


「あれは無理なのでは!?」「力尽きたんだ、ちくしょう」「なんと残念なことだっ」


 フローリアは白い歯を食いしばると、膝に手を当て震えながら立ち上がる。

 そして前のめりになるような勢いで、思いっきり叫んだ。


「トラァァァン――ッッッ!!」


 全身全霊の込めた叫びは砦越えて星空に反響する。


 桃色の髪を広げながら、力尽きるように地面へ倒れ込んだ。


次話は明日の昼、更新。

→『第32話 愛の思い出』

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