第3話 新たな決意
辺境の街リグノス。
猫少女が夕暮れ時の裏通りを駆けていく。
時々頭の上の尖った猫耳を動かして、鼻を上げて匂いを嗅いでいる。
――何かを探しているようだ。
細い路地を抜けてさらに街の奥へ。スラム街っぽい街並みへと踏み込んでいく。
そして一軒のぼろ小屋までくると、半分壊れた扉から中に入った。
俺も後に続く。
一部屋だけの薄暗く狭い室内。床にはごみが散乱していた。
猫少女が振り返って大きな黒い瞳で俺を見る。そして抑揚の少ない声で話し出した。
「ここなら大丈夫。あいつらの匂いしない」
「そうか……で、いろいろ聞きたいんだが」
「あたしはミーニャ。十五歳。王女直属のメイドだった」
「ほう。王女直属――ん? 王女?」
思わず驚いた俺の声に、ミーニャは細い顎でこくっと頷く。
「そう。あたしはフローリア王女様の直属メイド」
「素性がどうとかあいつら言ってたが、そういうことだったのか……ひょっとしてフローリアから何か聞いていたんだな?」
「ん。ずっとトランを探してた」
「俺を!? なんでだ?」
「王女様がいっつもトランのことを言ってたから。死んでない、きっと帰って来る。トランはこの国を、世界を救う人だからって」
「……他には何か言ってたか?」
「守ってあげられなかったって言ってた。あとパンツ」
「そうか、フローリアは逃げ出した俺のことを、ずっと気にかけていてくれたのか……」
王女と言う立場なら、貧しい村の少年など忘れているだろうと思っていた。ずっと覚えていてくれたことがわかっただけで、胸が熱くなる気がした。
ミーニャは肯定するように、無表情で小さくうなずく。
「ん、そう。王女様、優しい」
「だが、いったい彼女に、この国に何があった? 町中に魔物がいるなんて……魔王軍とか言ってたが?」
ミーニャはまた、こくっと頷く。頭の上のメイドカチューシャが揺れた。
「帝国の皇子ハインリッヒが魔王になって、親族を滅ぼして皇帝になった。世界征服に乗り出した」
「えっ!? ハインリッヒが! ……アイツが」
俺は幼少の頃を思い出す。率先していじめてきた少年。王女までもバカにした。高慢で人を見下すあいつが……。
つまりこの国は魔王ハインリッヒに負けてその支配下になったということか。
「王様は戦いで死んだ。騎士団も全滅。王妃様は処刑された」
「それはつらかっただろうな……だったらもうフローリアは……」
ミーニャは尻尾を揺らして一歩俺に近づいた。猫のように大きな瞳で、じっと俺を見上げる。
「お願い、トラン。王女様を助けて」
「助けて、ってことはまだ生きてるんだな? フローリアはどうしてる?」
「捕まった。魔王じきじきに処刑される」
「なんだって! いつだ!? どこでだ!?」
俺は思わず声を荒らげてミーニャの両肩を掴んで揺さぶった。
無表情な彼女はされるがままに、前後に首を振る。肩で切り揃えた黒髪が盛大に揺れた。
「にゃ……二日後? 違う、たぶん明日。軍勢を率いた魔王が王都に来て、国民の前で処刑される」
「ということは王都にいるんだな? ――よし、助けに行こう!」
「ん、ありがと」
ミーニャはぼさぼさになった髪を手櫛で整えつつお礼を言った。
俺は王女の命が危ないと思うと、いてもたってもいられない。
なんせ世界で唯一、俺を気にかけた上に庇ってくれた人なんだから。
――あんなにも優しくて美しい人を失うわけにはいかない!
すぐに小屋を出ようとした。けれど入り口で立ち止まってしまう。
肩越しにミーニャを振り返った。
「王都ってどっちだった……?」
「にゃ。案内する」
「頼む」
ミーニャはメイド服の裾を正すと、猫のようにしなやかな動きで先に小屋を出て行った。
俺も後に続いた。
しかし外へ出て路地裏を走っていると、叫び声が聞こえた。
「いたぞ! こっちだ!」
「ちっ、見つかったか」
「こっち」
ミーニャが短いスカートを翻して、人が一人通れるほどの狭い路地へと入った。
俺も肩をぶつけないように少し体を斜めにして後に続く。
ただ奥まで行くと行き止まりだった。俺の背より高い板塀がある。
前にいるミーニャへ尋ねた。
「おい、どうするんだ? 行き止まり――」
「飛ぶ」
ミーニャは走ってきた勢いのままに、一足で飛んだ。
路地から見える青空をバックに、スカートの奥に隠されていた白いレースのパンツとガーターベルトが視界に広がった。
――強い!
パンツから強者の波動を感じる。
一瞬だったので詳細なステータス画面は見れなかったが、それでも【短剣術:上級】などがチラ見できた。
ミーニャは見たところか弱い少女だが、かなりの手練れだ。
そんなふうに感心していたら、ミーニャはメイド服を揺らして塀の向こうへ消えた。
俺は慌てて後を追う。
「ちょっ、待て――下着飛行!」
ジャンプしながら魔法を発動。グイっと股間がきしんだが、痛みに耐えつつ塀の高さまで飛ぶ。
塀の上に手をついて飛び越えた。
着地したのは二階建ての建物がある裏庭。
狭い庭を横切ってミーニャが走り出す。俺も後に続いた。
けれど反対側の塀まで来たところでミーニャが急に立ち止まった。黒目を光らせて辺りを見回すが動かない。
追いついた俺は隣に並んで尋ねる。
「どうした?」
「ないやん」
言葉が少なくてわからない。それに少し訛ってる?
よくこれで王宮勤めができたな、と関係ないことを考えてしまう。
無表情ながらも、へにゃっと猫耳を伏せて悲しそうにしているミーニャに追加で尋ねる。
「何が?」
「あたしの荷物」
「盗まれたのか?」
俺は辺りを見回した。
茂みや木の影も見てみるが荷物とやらは見当たらない。
一見して雑草以外何もない庭と二階建ての古い家があるばかり。
「――いや。あの家に、無数のパンツの波動を感じるな」
「にゃ?」
――と。
家の裏口にあるドアが開いておばあさんが顔をのぞかせた。手招きする。
「ちょっと、あんたたち」
「すまない、勝手に入って。怪しいものじゃない」
「いいんだよ。王女様の付き人だろ? ――探し物はこれかい?」
おばあさんは両手で引きづりつつ、頑丈な布製の背負い袋を戸外へ出した。
ミーニャの尖った猫耳がピコッと立つ。微かに黒目が見開かれた。
「それやん! ――あたしの」
「だろうと思ったよ。さあ、持ってお行き」
「ありがとう」
ミーニャはちょこっと頭を下げると、細い手足を振って急いで駆け寄った。
俺もおばあさんに軽く頭を下げる。
「盗まれないよう仕舞っててくれたのか。ありがとうな」
「かまやしないよ。あの乱暴者たちをやっつけてくれて胸がすっとしたよ。王女さまのために頑張っておくれ」
「任せとけ……絶対王女は助けるから」
「がんばる――じゃ」
ミーニャが荷物を素早く背負うと、颯爽と駆け出した。かなり大きな荷物だが重さを全然感じさせない動きだった。
俺はもう一度おばあさんに向かって頭を下げると後を追った。
次話は明日。
→『第4話 ミーニャの想い』




