第26話 正体不明の攻撃
辺境伯の砦に板俺は、王都を目指して空を飛んだ。
城壁を越えると、断崖の上を飛んでいく。頬を打つ風が強くなった。
地面をうがつ黒々とした谷が南北にどこまでも続いている。
谷を越えた平原の向こうには緑の森が広がっていた。
山ほどあった死体はもう見当たらない。みんな処理したらしい。
眼下に広がるすがすがしいまでに雄大な景色が、いつになく俺の気分を高揚させる。
――と。
一瞬、頭上に影が差した。
見上げれば、大きな赤い塊が落ちてくる。
「夕焼け雲? ――いやっ、違う!」
かすかに感じるパンツの気配!
俺は全力で真横へ飛んだ。
ゴッ、ゴウッ!
いくつもの真っ赤な熱気が肌を掠めて落ちていく。
続いて、谷の底に赤い爆風が巻き起こった。
谷間に激しい音が反響する。
背後の砦から轟音と共に、人々の悲鳴が響いた。
振り返ると、砦の壁が崩れており、本丸や兵士宿舎から煙が上がっていた。
「敵襲だと!? ――あいつか!」
上空から黒い点が急降下してくる。
大きな翼を持つ、黒い鱗に覆われたドラゴン。
牙の並ぶ口を開けると、赤い光がのどの奥から強烈に溢れてくる。
また――させるか!
俺は魔力を込めた右手を突き出す。
「――下着大防壁!」
ドラゴンの正面に色とりどりのパンツでできた大きな壁が現れる。
ドゴォォ――ン!
派手な音とともに、無数のパンツが燃えながら散った。
残りは断崖へと花吹雪のように散っていく。
――くっ! 空中だとパンツが残らなくて不利だ。
俺は地面のある砦に行こうとした。
しかしドラゴンが風に舞うパンツを突き抜けてやってくる。
――圧倒的な早さ!
その背に人が乗っていることに気づいた。
黒いズボンとジャケットを着た長身の若い男。
男は侮蔑の笑みを浮かべて言葉を放つ。
「あいつを狙え!」
「グガォォン!」
ドラゴンは翼をはためかせると、急角度に進路を変えた。
砦に近い断崖上空にいる俺へと、まっすぐ向かってくる。
ドラゴンの背に乗る男がよく見えた。
痩せ気味の男で、腕組みして偉そうに立っている。
金髪に青い瞳。
端整な顔立ちだが、口の端は邪悪な笑みでゆがんでいた。
黒い衣装で統一された高貴な姿を見て、俺は思わず叫んでいた。
「貴様はッ! ハインリッヒ!」
「馴れ馴れしく名前を呼ばないでもらいましょうか。パンツごときが汚らわしい」
ドラゴンが羽ばたきをして滞空した。
俺たちは断崖の上空で、少し距離を置いて対峙する。
下から吹き上げる風が、俺の黒髪と奴の金髪をもてあそんだ。
「まさか直々に来てくれるとはな。いろいろと手間が省けたよ」
「それはこっちのセリフですよ。ずいぶんと逃げ回ってくれましたね」
「おかげで魔王直々に出向けるほどに、身軽になっただろ?」
「ふんっ。これ以上、王女に逃げ回られるのは厄介ですからね」
「なぜそうまでしてフローリアを狙う?」
金髪を掻き上げつつ見下したたように鼻で笑う。
「神になってすべてを手に入れるため、とでも言っておきましょうか。――さあ、そこをどきなさい。下賤な魔法に用はありません」
「俺はフローリアを守ると誓った。お前こそパンツにまみれて死ぬがいい」
「ほざくなっ! 王女はこの手の中に収めてあげます、永遠にね!――大気爆破!」
ハインリッヒが払うように腕を振る。
俺はとっさに右手を突き出す。
「――下着防盾!」
ドォンッ!
目の前にパンツが広がると同時に、俺の正面で風が爆発した。
パンツの形をした盾で直撃は防げたものの、衝撃で後方に吹き飛ばされた。
断崖の上空で体勢を立て直す。
しかしドラゴンが大口を開けて突進してきた。口腔に並ぶ鋭利な牙が白刃のようにギラッと輝く。
俺は焦らずに右手を前に出す。
「パンツの力を思い知れ! ――下着爆破!」
ハインリッヒの股間に俺の魔力が集まる!
――しかし、何も起きなかった。
「なにっ!? ――くっ!」
驚愕しながらも、下方に身を翻してドラゴンの攻撃を避けた。
間一髪、ドラゴンの牙が頭上を通り過ぎる。
同時にあざ笑う声が聞こえた。
「何かしたのでしょうか? 痛くもかゆくもないんですがね? さっさと攻撃してきたらどうなのです?」
俺は空中で体勢を立て直しつつ今の違和感について考えた。
――これが無効属性? 何かおかしいぞ……!?
少し距離を置いて過ぎ去ったハインリッヒを眺める。
断崖の端辺りでドラゴンは長い首を巡らして、急旋回を終えたところだった。
また黒い翼を力強く羽ばたくと、俺へと突進してくる。
その背に乗るハインリッヒを睨みながら観察する。
「あっ!」
ようやく違和感の正体に気づく。
ハインリッヒのパンツがない!
ズボンの下に履いていたはずのパンツが消えていた。
――なぜだ!? なぜ魔法を無効にしただけで触媒にしたパンツまで消えるんだ!?
ウィズダと戦ったときは、魔法は消えてもパンツ自体は残っていた。
――何かが根本的に違う!
俺は確かめるため、右手にパンツを生み出すと魔力を込めて素早く投げた。
「――下着斬撃!」
パンツを中心にして三日月のような斬撃が飛ぶ。
向かってくるハインリッヒをドラゴンごと真っ二つにする勢いだ。
――だが。
激しくなびく金髪の下、ハインリッヒは冷酷な薄ら笑いを浮かべて両腕を前に出した。
「――無効!」
彼の叫び声が谷間に響くと、魔力の斬撃は消滅した。パンツと一緒に。
「――なっ!」
俺は驚きながらも回避行動に移る。断崖上空を弧を描いて飛びながら意識を広げた。
――ない。使ったパンツがどこにもない!
この世から完全に消えてしまっていた。
思わず俺は叫んでいた。
「ハインリッヒ! 貴様の属性は無効ではないな!」
「ほう? パンツの分際でありながら、気づいたとは誉めてあげましょう――ですが、わかったところでもう終わりですよ!」
――無効ではないとわかったところで、本質はまだわからない。
そもそも奴は、さっき風の魔法を使った。
風の上級属性に消滅があるとでも言うのだろうか?
だが、何もかも消滅させる属性だとしたら、消滅させる以上の速度と威力で吹き飛ばしてしまえばいい!
俺は両腕を掲げて魔力を貯めた。
「千下着生成――俺の全力で消え去れ!」
青空を渡る鳥の群のように、無数のパンツが舞い散った。
しかしハインリッヒがニヤリと笑う。
「砂よ、炎よ、星の脈動を天に現せ――溶岩大嵐!」
真っ赤に焼けた溶岩が大空に巨大な渦を巻く。
「なに!」
火と土だと!? 奴の基本属性は風ではなかったのか!?
何か大きな間違いをしている気がした。
でも、考えている時間はなかった。
俺は腹の底に力を込めて叫んだ。
「偉大なるパンツよ! あまねく世界を吹き飛ばす力をここに! ――究極下着大崩壊!」
空を舞っていた無数のパンツが白く輝きながら、ハインリッヒ目指して全周囲から飛来する。
彼を中心にして白い光が球状に集まった瞬間、目が開けていられないほどの眩しい光が放たれた。
ドゴォォォ――ンッ!
大気が割れるほどの大爆発が起きた。
爆風が俺の黒い前髪と粗末な上着を激しく乱す。
俺は薄目を開けつつ前方をみる。
「やったか?」
しかし次の瞬間、白い光を破って黒い塊がつっこんできた。
ドラゴンの背に乗るハインリッヒは、いつの間にか漆黒の鎧を着ていた。
凶悪な笑みを浮かべて殴りかかってくる。
「無駄ですよ! ――死ね!」
ゴッ! と頬に強烈な衝撃が走る。
ドラゴンで駆け抜けざまに殴られていた。
ただ殴られた一撃。
それなのに意識が、ふっと遠くなる。
下着飛行が一瞬で効果を失い、急速に谷の底へと落下した。青空が遠ざかる。
頭から真っ逆様に、断崖の底へと落ちていく。
どんどん日差しが遮られて薄暗くなっていく。
ふと上空を飛行するドラゴンが視野に入る。
ハインリッヒの伸ばした右手に魔力が集まっていた。
魔法でとどめを刺す気だ。
――ぱ、パンツで守らねば……。
途切れ途切れになる意識の中、右手に魔力を集めようとした。
しかし、指一本動かせないどころか、爪先分の魔力も集まらなかった。
――そ、そんな……。なぜだ……。
魔力も生命力も底をついたんだと、かすかに思った。
ハインリッヒの声が響いた。もう意味までは分からない。
炎が槍のような形を作ると、俺めがけて真上から飛んでくる。
当たる。確実に。
視界が炎の赤さで埋め尽くされる。
――ここまでか……すまない、フローリア――。
もうなにもできない。
次の瞬間、体に強い衝撃を受けて俺は意識を失った。
一枚のパンツが飛来するのを感じつつ。
次話は明日更新。
→『第27話 魔王と王女』




