第24話 相手を思う心のすれ違い
辺境伯の砦に入った俺は、フローリアを休ませるため、彼女を抱えて砦の中を歩いていた。
妖精に案内されたのは砦の一室。
窓は小さいが部屋は広く清潔な感じがする。赤い絨毯が敷かれて天蓋付きの大きなベッドが部屋の隅に置かれていた。
テーブルには花が一輪飾られて、水差しとコップが入っている。
部屋の用意をしたはずのミーニャの姿は見当たらなかった。
ベッドにフローリアを寝かせると、彼女は弱々しい笑みを浮かべて言った。
「すみません、トラン。お手を煩わせて」
「気にするな。俺はフローリアのためならなんだってする」
「トラン……ただでさえ大活躍していただきましたのに」
「頑張れたのもフローリアがいてくれたからだ」
心からの言葉だったが、彼女の愁いを帯びた笑顔は変わらない。
フローリアはほっそりした手を額に当てて、ふうっと息を吐く。
「もっと体を鍛えておくべきでした……」
ほつれた髪が頬にかかる。心身ともに疲れ切っている様子だった。
――無理もない。愛する父親である国王を戦いで失い、、母親である王妃は処刑された。
そのうえ、鎖につながれて拷問のような仕打ちを受けたのだから。
さらに言えば、ずっと野宿だった。魔法で体調を治しても、精神的な疲れまでは癒せないだろう。
彼女の美しいながらも疲れた顔を見ていると、俺は自然とある考えを口にしていた。
「フローリア。王都へは俺一人で行こうと思う」
「えっ。なぜでしょう?」
「この砦なら安全だろうし、魔王軍が混乱しているなら、一人で突撃した方が動きやすい」
――それに、これ以上フローリアに負担を掛ける気になれなかった。
しかしフローリアが俺の腕を細い手で掴むと、高く咎める声で言った。
「いけません、トラン! 魔王ハインリッヒはあらゆる魔法を無効化する存在です!」
「ウィズダと戦ってコツを掴んだ。魔法を無効化されてもパンツは消えない。ハインリッヒはパンツで殴る!」
「でしたらわたくしも戦いますわ。花魔法は癒しの魔法。生命力だけでなく魔力も回復させられます」
「しかし、これ以上フローリアに負担をかけるわけには……」
俺の言葉に、腕を掴む手にますます力がこもる。
「トランの戦いぶりをずっと見ておりました。わたくしも役に立てます。いえ、トランの役に立ちたいのです!」
フローリアはすみれ色の瞳に決意の光を宿して俺を見上げた。大きな瞳を縁取る長いまつげが切実そうに震える。
俺は諦めたようなため息を吐いた。
掴んでいる手をなだめつつ、そっと外す。
「わかった。どうするかは明日また話そう。とりあえず今はゆっくり休んでくれ」
フローリアの額に手をおいて落ち着かせる。
彼女はベッドに身を沈めるように身じろぎした。
「はい、わかりました、トラン。絶対ですよ……」
深い息とともにささやくように言うと、大きな目を閉じた。
俺はシーツを軽く直すと立ち上がって出口に向かった。
部屋を出るとき、ベッドを振り返る。
フローリアは寝苦しそうに顔をしかめつつ、かすかにつぶやく。
「もう一人にしないで……トラン……」
なんだかずっと傍にいて見守りたい気持ちが募った。
だが俺は振り払うように外へ出てドアを閉めた。
◇ ◇ ◇
太陽光が真上から降る昼過ぎ。
砦の中庭で宴が開かれていた。
竈に金網や鉄板が乗せられて肉が焼かれている。
立ち食い方式で、兵士たちは思い思いに皿に盛った肉を食べて酒を飲んでいた。
ミーニャはメイド服を揺らして肉を焼く手伝いをしている。
まだ戦いは続いているとのことで、酒樽は少ない。酒は一人当たりコップ一杯だけだった。
俺の姿を見かけた兵士たちが、少しざわつく。
「パンツだ」「様をつけろよ」「パンツ使い様」
兵士たちが尊敬の目で俺を見てくる。
ピンチを救ったことで絶大な信頼を得たらしい。
――狙い通りだ。この調子でパンツに対する人々の偏見を覆してやる。
ただ少し気になることがあった。
首を傾げつつミーニャに近寄る。
俺が口を開く前にミーニャが肉の入った木の皿を、にゅっと突き出してきた。
「ん。トランのぶん」
「ありがとうな。――なんだか兵士が少ないな?」
「空飛べる人は埋めに行った」
「うめ? ああ、魔物兵士の死体処理か」
「そう。放置すると魔物を呼んだり、亡霊が生まれるから」
「なるほど。――あっ、そうだ。フローリアが寝室で寝てる。疲れているようだ」
「ん。妖精から聞いた。あとで肉野菜スープでも持ってく」
「そうしてくれ」
「にゃ」
俺は辺りを見渡しながら尋ねる。
「イザベルはどこにいるかわかるか?」
「あっち」
ミーニャがぶっきらぼうに西の方角を指さした。
俺は示された方へ歩き出す。
兵士たちの熱い視線で少し居心地が悪い。
周囲の目を振り払うかのように、俺は歩きながら皿に載せた肉にかぶりついた。
指ぐらいの厚みがある肉は柔らかく、口の中にじゅわっと肉汁があふれる。
同時に塩の辛さと爽やかなハーブの香りが鼻から抜けた。
「ん、うまいな、これ」
肉特有の臭みが感じられなくておいしい。
思わず二度、三度と口に運んでしまう。
肉を食べ終える頃、中庭の端に着いた。
中庭を仕切る壁の傍で、イザベルが数人の美男美女たちと話している。
彼女と似たような飾り付きの軍服を着ていた。
金髪からのぞく耳が長いので全員エルフのようだ。
俺が近づくのを見て、イザベルが手で合図する。
エルフたちは一礼をして去っていった。
「邪魔じゃなかったか?」
「もう終わった。どの街へ誰を派遣するか相談していただけだ」
「そうか。作戦はいつからだ?」
「明日だ。国内の数十カ所で一斉に蜂起する」
当たり前のように言うイザベルに俺の方が驚く。
「え? 早すぎないか? 国の東へは移動だけでも数週間かかるだろ?」
なぜかイザベルは自慢げに胸を反らす。
「ふふん、エルフや妖精は精霊の道が仕えるのだよ。遠くても一日でつく」
「なるほど。種族特性があるのか。じゃあ蜂起は任せた」
「大木に乗ったつもりでいるがいい、ふははははっ」
イザベルは得意げに胸を反らして高笑いする。声に合わせて長い耳がよく揺れた。
俺は考えていたことを話す。
「イザベル。一つ頼みがある」
「なんだ? できることならしてやらんこともない」
「フローリアをここで預かっていてくれないか?」
「ふむ。ということは……」
「王都には俺一人で乗り込む」
「王女は納得しているのか?」
「いいや。反対された。だから寝てる間に出立する。イザベルには追いかけてこないよう、王女のお守りを頼みたい」
「王女も以外と強いはずだぞ? いいのか?」
「これ以上、彼女に負担はかけられない。相当参っている様子だからな」
――それに一人で活躍した方がパンツ魔法の評価を変えられるだろう。
イザベルは顎を撫でつつ肯く。
「ふむ、王女のためか。いいだろう、元気になるまで見守ろう。――ほかになにかあるか?」
――特にないと言い掛けて、ふとハーピィのことが頭をよぎった。
「そういや魔物と一緒に暮らしているんだったな」
「その通りだが?」
「できれば、魔物を移住させてもいいだろうか?」
「敵対的じゃなければな」
「たぶん大丈夫だ。俺とフローリアが保証する」
「まあ一匹や二匹増えたところでどうとでもなるだろう」
「ん……」
――空を埋め尽くすほどいたような。何人だ?
人の数は覚えていないが、下着大嵐に使ったパンツの数なら覚えている。三百枚ぐらいか。
黙り込んだ俺に、イザベルが怪訝そうに眉をひそめて問いかける。
「どうした? トラン」
「少し多いかもな。三百人ぐらいだ」
イザベルが訝しそうに目を細めて睨んでくる。
「ちょっとした村レベルの数ではないか」
「永住というわけじゃない。しばらくの間だけだ」
「まあよかろう。砦を救ったトランの申し出でもあるし、人手はいくらあっても足りんからな」
その言い方が妙に引っかかった。農地さえ塀で囲わなければいけない辺境の地。
人が増えると逆に困りそうなものだと思ったのだが……。
気になったので聞いてみる。
「どうして人手がいるんだ?」
「そんなもの、半島の浄化に決まってる。遺骸から溢れた瘴気が、意思を持たぬ亡霊となって徘徊しておる。それらを消滅させてはじわじわと聖なる結界を広げておるのだ」
「そうなのか。人間たちを守るために大変だな」
俺の言葉にイザベルは短い髪をかき上げて、フッと鼻で笑った。
「別に人のためではない。エルフのためだ」
「というと?」
「我輩が半島を攻略する理由は二つ。一つは世界樹の種だ。ドラゴンがエルフの村近くで死んだせいで、世界樹は枯れてしまった。エルフは世界樹を守る民。そなたも『寄らば世界樹の影』というエルフのことわざぐらい聞いたことがあるだろう? 種は必ずあるはずだから、それを取り戻したいのだ」
「なるほど。それで人間の支援を受けてでも浄化作戦を続けているのか。他には?」
「もう一つは……まあ、よくある昔話だ。世界で一番美しい姫と王子の物語だな」
「知らないな。どんな話だ?」
何気なく俺が尋ねると、イザベルは遠い目をして、まるで思い出を語るかのように話し始めた。
次話は明日更新。
→『第25話 イザベル辺境伯の思い出』




