第20話 知将ウィズダ
午前中の暖かい日が降る、辺境伯領の境界。
俺はドラゴンゾンビの大群をやっつけた。
ところが森の中に突然、大きな壁が現れた。
それは三体の巨大な人影――巨人だった。
しかも白い骨が見えたり、眼下が落ちくぼんでいる。
――また死体だ。
真ん中の巨人の肩に白髪の少年が乗っていた。
全身を覆う黒いローブに背丈より高い曲がった杖を持っている。
巨人を見上げた魔物兵士たちが喜びの声を上げる。
「おお! 援軍だ!」「ウィズダ様の力だ!」「た、助かっ――」
ところが。
喜ぶ兵士たちに、巨人の拳が振り下ろされた。
ズンッと大地を揺らす思い音とともに、数十人のゴブリンやオークたちが叩き潰された。
戸惑う魔物兵士たち。
「なぜだ!」「どうして!」「敵はあっちです!」
口々に疑問と悲鳴を叫んでいた。
少年が杖を高く掲げると、上空に巨大な円と七芒星の魔法陣が浮かんだ。
禍々しい光が地上に降り注ぐ。
死んだはずの魔物たちが、目を赤く光らせて次々と起きあがる。
魔王軍は巨人と起きあがった死体たちによって数を減らしていく。
そのとき、巨人の肩に乗る少年が楽しそうに高笑いした。
「あはは! やっぱり生きてる奴は信用ならないね! みんな死体になって僕に従うといいさ!」
「「「うわぁぁぁ!」」」
まだ生き残っていた魔物たちから絶望の悲鳴が上がった。
――まずい!
とっさに俺は右手に力を込めると下腹に力を入れて叫んだ。
「――下着連爆破!」
無数の爆発が魔王軍から巻き起こる。魔物兵士たちの悲鳴が上がる。
ただし狙ったのは死んだパンツだけ。
死体をこれ以上増やさないためだ。
俺はちらっと上を見る。
不気味に光る魔法陣が上空にあるかぎり、ゾンビとなった兵士が増え続ける。
ズシンと重い地響きを立てて、巨人が俺に向かって歩いてきた。
肩の上に乗る少年が俺を見下しながら言う。
「初めましてだね、パンツくん」
「まさかとは思うが、貴様がウィズダか?」
「当たりだよ。僕が三魔将の一人知略のウィズダさ」
「子供だったとは驚きだ」
「こう見えて君よりずっと長生きだよ。魔術で若返ってるだけさ」
俺はウィズダに違和感を感じ取った。
「パンツを履いてない……いや、履いているようだが感じ取れない」
「くくっ。魔法による干渉を無効にするパンツを造って履かせてもらったよ。おかげで僕も魔法が使えなくなったけどね」
「対策済みというわけか……それでゾンビを生み出して攻撃しているんだな?」
「そうさ。それにゾンビの無限湧きはパンツ魔法と相性がいい。パンツ魔法の威力自体はバカにできないからね」
「……なるほど。一度使用するとパンツを履かせる手間がかかってしまう。その弱点を突いたわけだ」
俺は感心してうなずいた。
ウィズダは勝ち誇った笑みで答える。
「ふふん。なかなか賢いでしょ? この数を裁ききれるかな?」
ウィズダがにやにや笑いながら手を横に振った。
緩慢な動きでゾンビ兵士たちが一斉に動き出す。ゆるゆると俺へ群がってきた。
俺は遮るように右手を前に突き出す。
「――下着防壁!」
俺と魔物の群を遮るように、俺の背よりも高い壁が出現する。
壁は色どり豊かだった。無数のパンツが詰み上がってでできた壁だった。
しかし、ただのパンツに敵を止める力はない。
これが火炎防壁や岩石防壁なら強力な防御になっただろう。
俺の目的は別にあった。
ゾンビの群れがパンツの壁を押し倒す。
地面にパンツが花のように散らばった。
「今だ――下着連爆破!」
ゾンビたちの股間が連鎖的に爆発する。
一気に数を減らした。
しかし砕け散っても、すぐに散らばった破片が集まって再生していく。
俺は巨人の肩に乗るウィズダを睨み上げた。
「く――っ! きりがない! ……どうやら術者である貴様を倒すしかないようだな」
「できるかな? たかがパンツに?」
「試してみるさ。――下着斬撃!」
一枚のパンツが鋭い刃となって一直線にウィズダを狙う。
巨人が動いて分厚い壁のような手のひらで防ごうとするが、その手をぶった斬ってさらに狙う。
しかしウィズダの近くまで来たところで、刃が霧のように掻き消えた。
力を失ったパンツがひらひらと舞いながら落下していく。
ウィズダは腹を抱えておかしそうに笑う。
「無駄無駄。しょせんパンツは物質系魔法。死という概念を扱う僕には勝てないんだよ」
「ふっ。パンツが物質? 浅はかな理解力だな」
「なんだって? 天才の僕をバカにするのかい?」
「考えてもみろ。パンツはただの布だ。布がパンツの形になったとたんパンツと呼ばれる。パンツこそが究極の概念!」
「何を言ってるのか訳がわからないよ。どのみち生成するパンツの数が減ってきたよ? 爆発も小さくなってきた。そろそろ限界じゃないかな? ……結局パンツ魔法なんて珍しいだけの恥ずかしい魔法なのさ」
「どんだけパンツパンツ言うねん」
どこからともなく風に乗ってツッコミが聞こえたが、今はそれどころじゃない。
俺は鼻で笑いつつ、余裕な態度で右手を前に出す。
「ふんっ。確かにここまで追い込まれたのは初めてだ。だが、人のいるところパンツあり! 下着千盗」
俺は右手に込めた魔力を解き放った。
砦の方から「うわっ」「ひゃっ!?」「俺のパンツが!」などと戸惑う声が聞こえた。
上空に現れる千枚のパンツ。
男物から女物まで、数々のパンツが風に舞う。
周囲に現れた色とりどりのパンツにウィズダが目を見開いて驚く。
「な、なんだって!」
「これで終わりだ! ――千下着贈与!」
ウィズダの股間が光った。
彼の幼い顔が驚愕に歪む。
「な、なんでッ! なんでだよ! 魔法は除去――ぐわぁぁぁ!」
ウィズダの腰回りが膨れ上がった。
ミチィっと不気味な音が響く。
重ね履きとなった数千枚のパンツが腰部を押し潰す音だった。
ウィズダは前のめりになり、巨人の肩から落ちていく。
地面に落下する音と同時に、上空の魔法陣が砕けた。
ゾンビたちが次々と崩れ去り、元の肉や骨に戻っていく。
俺は地に伏せるウィズダにゆっくりと近づいた。
彼は息も絶え絶えにつぶやく。
「どうして……どうして……」
「簡単な話だ。魔法除去のパンツとは言え、内側にまでは効果がない。あったらお前の肉体まで影響が出てしまうからな」
「隙間を狙ったというの……? そんな精度の高い魔法なんてありえない……」
「修行と想像力が足りないだけだ」
――それに、と俺は思う。
履いていたのがただのパンツだったら、限界を超えたパンツから順番に破断していっただろう。
しかし一番外側が魔法のパンツだったため物理的な力では破れず、重ね履きとなったパンツが内側へ圧力をかけたのだった。
彼は悔しそうに震える手で土を握りしめる。
「パンツに……パンツごときに負けるなんて……僕はこの世の真理を見つけるまでは死ねない。死んじゃいけないんだ……」
「真理? そんなに大層なものか? パンツを極めたときに見たぞ?」
俺があっさりした口調で答えると、ウィズダがクワッと目を見開いた。
「なんだってっ ――うそだっ」
「この世界の成り立ち。神の作り出した法則の数々。すべては単純な波と粒子によって構成される。魔法も法則に従って世界に干渉しているにすぎない」
呆然と目を見開いていたウィズダだったが、急に力つきたように地に顔を伏せた。
「求めていた真理がパンツの向こう側にあっただなんて……あんまりだ。あまりにもあんまりだ」
泥だらけの幼い頬に涙が伝う。
俺は背を向けて歩き出す。
「パンツを嗤うもの、パンツに哭け!」
そのとき、すらりとした背の高い美女が駆け寄ってきた。
「ウィズダ様!」
俺の横を通り過ぎた美女がウィズダを抱え起こす。
肩越しに振り返って観察する。豊かな髪を腰まで伸ばし、豊満な体を持つ女性だった。
しかし、見ているうちに髪が白くなり、肌から張りが消えていく。
美女の腕の中でウィズダはうわごとのようにつぶやく。
「ああ、そうか。わかったよ、ネビュラ。視点だ。切り口だ」
「ウィズダ様!? お気を確かに」
「四大元素魔法も、光魔法も闇魔法も、神聖魔法も死霊術も、全部誰かがすでにやった魔法だ。まったく新しい地平線から世界を眺めなきゃいけなかったんだ……それがパンツ魔法だったなんて……無駄だった。あらゆる罪を犯してやってきた努力は全部無駄だった」
しわしわになっていく幼い顔に、後悔の表情が浮かぶ。
灰色になった髪を振り乱して元美女が叫ぶ。
「そんなことはありません! 私がいましたわ!」
「ネビュラ……?」
「私は、死は怖くなかった。ただ若さが失われていく日々が、なによりも怖かった。あなたといる間ずっと救われていました。ウィズダ様は偉大な魔導師ですわ」
「ネビュラ……」
ウィズダは何か言おうとした。しかしもうその目はなにも見ていなかった。
子供のまま老人のようにしわだらけになった彼は、そのまま目を閉じた。
さらさらと指先から粉となって崩れていく。
ネビュラと呼ばれた老婆は、枯れ枝のようにやせ細った腕でウィズダの上半身を抱き寄せると、額にキスをした。
「地獄で会いましょう、ウィズダ様」
そのまま前のめりに倒れていく。
二人は解け合うように粉となり、中身を失った服が重なり合った。
「あらゆる罪、ね。何をやったんだか」
ふとウィズダの履いていたと思われる、銀糸で複雑な文様を縫い込んだパンツが目に留まった。
魔法除去のパンツだ。
指先でつまみ上げると、内側から粉がこぼれた。
パンツの裏側に指を当てて魔力を込める。
「――下着記憶」
パンツに染み着いたウィズダの記憶を読む。
怨念のように強い記憶が読み取れた。
ブクマや誤字報告ありがとうございます!
次話は明日更新。
→『第21話 ウィズダの思い出』




