第19話 辺境伯領攻防戦
青空の広がる午前中。
俺たちは森の終わりにいた。
目の前には平原が広がり、その向こうには断崖絶壁の深い谷がある。
谷の反対側には山のようにそびえる重厚な砦が見えていた。基本は石造りだが壁や屋根に大木が絡み合っていて廃墟が森に侵食されえたような古さを感じさせる。
傍にいるフローリアが木の陰から外をうかがいつつ言う。
「橋が、落ちてますわ」
「その手前に魔王軍が布陣してるな」
「どうしましょう?」
「もちろん倒す。――ただ、少し待ってくれるか?」
「はい、もちろんです?」
フローリアは不思議そうに首を傾げた。桃色の髪が流れる。
ミーニャは木陰に身を潜めて周囲を警戒していた。大きな黒目がじっと遠くを見つめている。
俺も大木に隠れつつ魔王軍を観察する。
見たところ橋がないため攻め倦ねている様子。
戦争はにらみ合いのまま膠着状態になっているように思われた。
――今出て行っても注目が集まらない。
できれば多くの人々に、俺の活躍を見て欲しい。
王都でフローリアを助けたときのように。
欲をかいていることはわかっている。
本来ならフローリアのために、ただ勝利だけを目指す方がいい。
でも人々にパンツの素晴らしさを伝えて評価を変えるためには、人々の目の前で大きな成果を上げる必要があった。
――亡くなった父のためにも、苦しんだ母のためにも、そしてフローリアの気持ちに応えるためにも、パンツに対する偏見を覆したい!
俺は、ぐっと拳を握りしめる。
「戦いが始まったら、横から攻撃する。ミーニャはフローリアを頼む」
「はい」
「ん。――トラン、大きいのがいっぱい動いた」
「大きい?」
俺が問いかけたとたん、森の奥からズシン……と重い音が響いた。
「「「キシャァァァ――ッ!」」」
重い咆哮が緑の森と青空を震わせるとともに、地響きが伝わってきた。
バキバキと枝の折れる音が続くので森の中を移動しているようす。
「いったいなんの音だ? パンツの気配も感じられないぞ?」
そして赤茶色のうろこに覆われた、家ほどもあるドラゴンが何体も森から出てきた。
大股で素早く平原を横断すると、断崖絶壁に面してずらっと並んでいく。
フローリアがすみれ色の瞳を見開いて驚愕した。
「あれは死竜部隊! 三魔将の一人ウィズダの手勢ですわ! 彼がここにいます!」
「ドラゴンゾンビってやつか。強いのか?」
「あれは骨と魔石を核にして造られた上位のドラゴンです。傷つくことも死ぬことも恐れず、魔石の魔力が尽きるまで復活して戦います」
「なかなか厄介だな。だが、ちょうどいい」
「えっ?」
フローリアが大きな瞳を白黒差せて驚いた。
俺は白い歯を見せてニヤリと笑う。
「パンツ魔法の偉大さを伝えるには、ちょうどいい相手だ」
「さ、さすがですわトラン! 凶悪な死竜部隊を見ても恐れ一つ抱かないなんて!」
「まあな。俺のパンツの敵じゃない。ただ、見たところ飛ぶことはできないようだが、どうする気だ?」
見ていると、崖の端に整列を終えたドラゴンたちがいっせいに口を開いた。
牙の並ぶ大きな口から人の背丈ぐらいはある真っ赤な火球が放たれる。
ドォン! ドゴォォン!
壁にぶつかって激しく弾けた。
城壁の上が騒がしくなって、慌てた兵士たちが弓矢を放つ。
ぱらぱらと放物線を描いてドラゴンたちに降るけれども、大して効いた様子もなかった。
砦を囲む城壁は分厚くて高い。
何発撃ち込まれても耐えている。
しかし、死せるドラゴンは疲れ知らずで火球を吐き続けているため、次第に細かいひびが入り始めた。
城壁上の胸壁が崩れて兵士たちが絶望の表情で騒ぐ。
――頃合いだな。
俺はゆらりと一歩踏み出す。
「じゃあ、行ってくる」
「はい。お気をつけて」
「王女様は任せて」
振り返らずにうなずきながら、平地に生えるまばらな雑草を踏んで戦いの場へ向かった。
右手に魔力を集中させつつ。
ドラゴン部隊の後ろには魔物兵士たちがいて、火球が城壁に当たるたびに歓声を上げている。
堂々と近づく俺に気づく奴らはいない。
――ここは一つ、俺の存在を派手に気づかせた方がいいな。
ドラゴン部隊のすぐ後ろまで来たとき、俺は青空に右手を翳した。
「――竜下着生成!」
馬車すら包めそうな、巨大なパンツが上空に生まれた。
数十枚のパンツが白い雲のように青空を漂う。
急に日差しが遮られて、魔物も人も空を見上げた。
「な、なんだ!?」「でけぇ!」「パンツが!」
「あそこに誰かいるぞ!」
陣地の前の方にいた小柄なゴブリンが俺を指さして叫んだ。
にわかに騒がしくなる。
武器を持ってゆっくりと近づいてくるオークなどの魔物たち。
俺はパンツに力を込めて叫ぶ。
「俺の名はトラン! パンツ魔法を極めた者だ! 魔王の横暴に反逆し、フローリア王女とこの国を救う! 死にたくなければ立ち去るがいい!」
朗々と声が響いた。
それぞれが履くパンツを通して声を伝えたため、この場にいる全員に言葉が届いた。
その結果、一瞬後に魔王軍から爆笑の渦が巻き起こった。
「パンツ! パンツだってよ!」「なにができる!」「ぎゃはは、バカじゃねぇの!」
対照的に、城壁の上にいる兵士たちは落ち込んでいた。
「パンツだって……?」「たった一人、しかもパンツでなにができるんだ……」「もうおしまいだ」
そういった嘆きをパンツを通して聞いた。
俺は右手に魔力を集めつつ思う。
――俺の存在が知れ渡ったようだな。頃合いだ。
俺は下腹に力を込めて堂々と言った。
「退散しないのだな? ならば、パンツの偉大さを味わうがいい! ――下着贈呈」
白い雲のように上空を漂っていた巨大なパンツが一瞬消えた。
次の瞬間、すべてのドラゴンがおむつのように白いパンツをはいていた。
魔王軍や辺境兵士の両方から驚きの声があがる。
「え? なんだ?」「ちょっと待てっ!」「すごい魔力量――」
俺は魔力を集めた右手を高らかに掲げ、拳を握った。
「――下着大爆破!」
ドゴゴゴゴォォォン――ッ!
「「「キシャァァァ!」」」
激しい爆発音とともに、ドラゴンの断末魔が響いた。
ドラゴンは腹から背中にかけて木っ端みじんに吹き飛ばされていた。
首だけが転がっているドラゴンもいた。
風が吹き、凄惨な爆発現場を砂埃が越えていく。
「え、は、なに?」「う、嘘だろ……」「まさか」
魔王軍は状況が信じられない様子で愕然と見守るばかり。
一泊遅れて、城西の兵士たちから歓声が上がった。
「すげぇぇぇ!」「あの大群を一撃で!」「パンツばんざい!」
俺は確かな手応えを感じつつ、彼らの声を背にして驚き戸惑う魔王軍へ近づいた。
ひぃっ、と小柄なゴブリンが悲鳴を上げる。
それを皮切りに、魔王軍が乱れながら逃亡を開始した。
周囲へ、特に後方の森へと雪崩を打って逃げていく。
ところが、予想外に巨大な物体が現れたのだった。
次話は明日更新。
→『第20話 知将ウィズダ』




