第17話 親との再会2
満月の昇る夜。
月光がぼんやりと照らす森の中の広場で、俺たちはたき火を囲んで夕食を取っていた。
芋と干し肉のスープ。
ことこと煮込んだためか、芋は口の中でほろほろと崩れ、スープ自体もとろみがあっておいしい。
飲み込んだ俺は思わず微笑んで言う。
「うまいな。パンが欲しくなるおいしさだ」
「さすがミーニャですわ」
「ん。当然」
無表情に答えるミーニャ。
しかし尻尾が右へ左へ動いて地面を叩いている。相当嬉しいようだった。
俺は芋のスープを眺めながら尋ねる。
「食料は足りそうか?」
「大丈夫」
「だったら今日は距離も稼いだし、ゆっくり休もう。フローリアは体を暖かくしてな」
「はい」
食事は続く。
――が、終わりかけた頃、俺はふいに顔を上げた。
頭の後ろが焼けるような感じがする。
異変に気づいたフローリアが小首を可愛らしく傾げる。桃色の髪が流れるように揺れた。
「どうされました?」
「隠れたパンツが近づいている」
「え?」「どんだけパンツやねん」
「魔法か何かで姿を隠している。こちらへ向かっている。フローリアは木の陰に隠れていてくれ」
「はい、トラン」
白いドレスを揺らして立ち上がると、小走りに木陰へ向かった。
ミーニャはまだ食べている。
「ミーニャも戦う用意だ。相手はかなり早い」
「ん」
ミーニャは、お椀に入った芋スープをあおると、頬を膨らませてもぐもぐしながら立ち上がった。
包丁を抜きつつ唸る。
「んー、んん?」
「なに言ってるかわからん。来る方角はこっちだ」
俺は南を指さした。
「んん」
ミーニャが、こくっと頷いて包丁を構えた。もぐもぐしつつ。
俺も戦闘態勢をとろうと、迫り来るパンツの気配に開いた右手を向けた。
手のひらに魔力を集めてパンツを作って握りしめる。
その瞬間、気配が左へ飛んだ。
「ん!? 悟られた。まだかなりの距離があるぞ?」
ミーニャがのどを鳴らしてほおばっていた食料を飲み込む。
「左に回った?」
「そうだ。わかるか?」
「一瞬音がした。でも消えた」
「気配を消すのが得意な相手らしいな。この方角だ」
俺はパンツを握った右手を追尾させつつ言った。
周囲を回りながら距離を狭めているようだ。
ミーニャの耳がぴくぴくと動く。音を聞いているらしい。
「風の音までは消せない」
「耳がいいんだな」
「猫だから」
ふんっと鼻息荒く答えるミーニャ。猫として誇らしげだ。
その間にもパンツは俺たちの後ろへ回り込んでいく。
フローリアの隠れる大木に近くなる。
「フローリアを頼む」
「わかった」
ミーニャが素早く動いて王女の元へ向かった。
俺の右手は追尾中。
気配が急に進路を変えて、広場へ直進してくる。
「きた! ――下着斬撃!」
俺の手にある白いパンツが巨大な刃となって放たれた。
地面に斬撃の跡をつけながら疾駆する。
ザン――ッ!
茂みから飛び出してきた全身黒ずくめの男を頭から股下まで真っ二つにした。
しかしまぼろしのように掻き消える。
「なに!? ――そっちだ!」
微かに感じるパンツの気配は後方にあった。
王女たちのすぐ真後ろ。
「ん。聞こえてる」
ミーニャが瞬時に飛んだ。
男が茂みから飛び出してきて短剣でフローリアを狙う。
ミーニャの包丁が月光を反射して、半円の軌跡をきらめかせる。
ザァ――ン!
短剣を持っていた右手ごと、男の胴体を真横に真っ二つにした。
だが、パンツの気配は消えない。
はっとして顔を上に向けた。
月光を背にして黒い影が音もなく落ちてくる。ミーニャの真上に。
ミーニャは包丁を振り抜いた体勢で、すぐには次の行動に移れそうにない。
俺も右手に魔力が溜まりきってない。
――間に合わない!
俺は必死に叫んだ。
「上だ! ミーニャ!」
「にゃっ」
ミーニャは無理な体勢から斜め前に飛んだ。地面へ飛び込むように。
しかし男の白刃は正確にミーニャを捉えている――。
――ところが。
着地した男は電流を浴びたように体をびくっと震わせた。
体をひねるような無理矢理な姿勢で後ろに飛んで距離を取る。
顔を覆う黒い頭巾の下から低い声で話しかけてきた。
「ミーニャ……だと?」
「だれ?」
「いや、人違いだ。だが、いい筋をしているな。一つ揉んでやろう」
「揉むほどないで」
ミーニャが空いた片手で自分のささやかな胸を掴みつつ言った。
「そ、そういう意味ではない――いくぞ!」
男が砂埃を上げて駆け出した。
ミーニャが包丁を構える。
すると男は切りかかりながら叫んだ。
「構えが違う! 逆手に持て!」
「にゃ」
ミーニャは言われたとおりに包丁を素直に持ち変える。
刃と刃がぶつかり合い、キィンと硬質な音が響く。
また男が攻撃しながら叫んだ。
「腕の影に刃を隠せ! 太刀筋を悟られるな!」
「にゃ!」
ミーニャが言われたとおりに構え、そして切りかかった。
逆手に持った包丁の刀身が腕の陰に隠れている。
男は手に持つ片刃の短剣で軽々と鋭い斬撃を払いのける。
三合ほど打ち合うと、両方とも距離を取った。
先に動いたのはミーニャ。
メイド服の短いスカートをめくりあげると、太ももにベルトで止めた何本ものナイフを抜き放った。
男に向かって低い前傾姿勢で駆け出しながら、手首のスナップを生かして素早く投げる。
ペティナイフやバターナイフ、フルーツナイフが軌跡を描いてきらめいた。
しかし男は短刀を軽く動かすだけですべて弾いてしまう。
「むやみに投げるな! 相手を飛ばせてから、着地を狙え!」
「にゃ!」
近づいたミーニャが逆手に持った包丁で切りかかる。
男に防がれるが、スカートをめくり上げるような強烈な蹴りを放った。
男は左腕で腹をガードしたが後方へ飛ぶ。
そこへミーニャが太股から抜きはなったナイフをまた投げた。
男の着地地点をしっかりと捉えている。
「ぐっ!」
男にナイフが刺さる瞬間、地面を蹴って土埃をたてた。
続いてナイフの刺さる曇った音が響く。
ミーニャが包丁を構えつつつぶやく。
「やった?」
しかし煙が晴れるとそこには丸太が転がっているだけだった。
上空から声がとどろく。
「これが幻遁――身代わりの術! からの風遁――空蝉の術だ」
「上だ! ミーニャ!」
少し離れて見ていた俺は叫んで注意した。
しかしミーニャは上を見ることなく、ただ包丁を持った右手を上にかざした。
「もう音でわかる」
キンッと硬質な音がして、男の剣撃を逆手に持った包丁で防いだ。
男は後ろに飛んで距離を取る。
「やはり、いい腕をしているな。それでこそ――」
「なに?」
「なんでもない。猫だと思っただけだ」
「当然。――で、もう終わり? 動きは見切った」
「ふっ。奥の手は常に残して置くものだ。覚悟するといい」
「なにを?」
ミーニャが淡々とした声で尋ねるが、男は答える代わりに短刀を頭上に掲げて駆け出した。
「火遁――日輪炎舞」
男の動きが変わって踊りのような滑らかな動きとなる。
炎に包まれた短刀が円を描いて闇夜を斬る。
ミーニャは何度も後ろに飛んで距離を開けつつ包丁を振るう。
切っ先がきらめいて炎を斬った。
俺は両手に魔力を込めたまま、ミーニャの戦いを眺めていた。
いつでもパンツ魔法は使えた。
だが、そこまで切羽詰まった感じはしない。
しかもミーニャの動きが最初は盗賊っぽかったのに、だんだん男の動きに似てきているように思われた。
なにかはわからないが、邪魔をしてしまうかもしれないと思って見守っていた。
炎を消しきったミーニャが、ついっと顎を上げて尋ねる。
「終わり?」
「まだだ」
男は立てた人差し指をもう一方の手で握り、指を立てた。
「風遁――分身の術」
男の体からつむじ風が放たれて同心円上に丸く広がる。
さらに男の姿が三つに分かれた。
三方向からミーニャに襲いかかる。
ミーニャは包丁を頭上に掲げると、細い手足をなめらかに動かした。
「だいたいわかった……にゃぉーん!」
猫のように叫びつつ体をしなやかに回転させた。
円を描く包丁からシャボン玉が四方へ飛ぶ。
ミーニャの動きに合わせて泡が空中を漂う。惑わすかのように。
頭巾から見える男の目に初めて戸惑いが生まれ、動きが鈍った。
その隙をついてミーニャの包丁が二体の男の首を跳ねた。
男の体は空気へ溶けるように消える。
残り一体の男ののどに包丁を突きつけた。
しかし男の短刀もミーニャの心臓の上で止まる。
「あいうち」
「ふっ。即座にものにするとは想像以上の手強さだ。さしずめ、泡遁――海月円舞といったところか」
「名前なんてどうでもいい」
「よし。今日のところはここまでにしておいてやろう」
男は広場の反対側まで一気に跳躍すると、短刀を鞘に納めた。
次話は明日更新。
→『第18話 死者の決意』




