第10話 ハーピィの苦しみ
太陽が西に沈み、夕闇が迫るころ。
俺たちは森の中の広場で、野営をしていた。
たき火を囲んで座っている。
鍋をかき混ぜていたミーニャが、猫耳をピコッと立てて言った。
「ごはん、できた」
「いつもありがとうな」「さすがですわ、ミーニャちゃん」
「ふふん」
ミーニャがちょっと得意げに答えた。
それから木の器にスープをよそい、焼けた挟みパンをそれぞれの前に置いた。
俺は器を手に取りつつ言う。
「じゃあ、食べようか」
「ん」
「はい。いただきます」
フローリアは静かに手を合わせて祈るように言った。たき火の炎に照らされた気品のある顔立ちが、少女のように可愛らしく見えた。
しばらくは三人とも、もくもくとパンとスープを食べた。
腹がそこそこ満たされたころ、ふと疑問が浮かんだので尋ねた。
「しかしハインリッヒが魔王になるとはな」
「ええ、恐ろしいことです……子供のころから強い魔力を秘めていましたが……その力に溺れてしまったようです」
「どんな属性だ?」
「すべての技を無効にする無効属性と言われています」
「無効……」
俺は昔を思い返した。
まだ俺の属性が不明で学院で数ヵ月生活していた頃の話。ハインリッヒは何かとフローリアにちょっかいをかけてきた。俺は体を張ってフローリアを守ろうとした。その時、奴に肩を小突かれたのだが、それだけで体の力が抜けて膝から崩れ落ちた。
――あれが無効の力だったというのだろうか?
じゃあいったい何を無効にされたというのか。
いや、どんな属性も極めたら常識を超えた力を発揮する。あの時点ですでに上級の力になっていたのかもしれない。
俺はうなずいた。
「俺のパンツを無効にできるとも思わないが、いくつか対策を考えておこう」
「それがよろしいですわ」
「あとは、そうだな……三魔将について、何か知ってるか? 何属性とか。珍しそうな属性が多そうな気配がするんでな」
フローリアが真剣な顔でうなずく。
「その通りですわ。さすがトラン。残り一人のうち、ハーピークイーンのゲーラが嵐属性。天候を操作するぐらいの凶悪な存在です。もう一人は魔王軍きっての知将ウィズダです。流れる水を操るそうですが、詳しくはわかりません」
「それだけわかれば十分だ。俺のパンツで対策できる」
俺は自信を持って断言した。
無表情なミーニャが湯気の立つスープをおかわりしつつ、ボソッと呟いた。
「爆発するパンツで勝てる?」
「大丈夫だ。パンツの持つポテンシャルは無限大だ。俺はパンツの真理をみたからな」
「意味不明やなー」
「さすがですわ、トラン」
フローリアは信じ切った様子で微笑んでいた。
昔みた笑顔と同じ。俺の心は高鳴った。
「とはいえ、食べないと戦えない。夕飯を食べてしまおう」
「はいっ」「にゃ」
夕暮れ時の薄暗がりの中、俺たちは暖かいスープと焼いたパンを最後まで食べた。
食事を終えるころには、すっかり日が暮れていた。
大木の茂る葉の向こうに星々が見える。
俺はたき火の傍に座って火の番をしていた。
本来ならまたフローリアを背負って夜通し走るつもりだったが、疲れが出たのかフローリアは、こくっこくっと舟をこぎ始めた。
――しばらくは、そっとしておこう。
俺は時々たき火に枯れ枝をくべつつ、周囲をそれとなく警戒していた。
野生動物はいなさそうだが、追っ手は来ているはずだった。
神経を研ぎ澄ませてパンツの気配を探る。少しでも早く接近に気づきたかった。
しばらくしてフローリアが、はっと顔を上げた。
「すみません、寝入ってしまいましたわ」
「大変だったんだ、もっと休んでいいんだぞ」
フローリアは、形の良い眉を寄せ、ぐっと唇をかみしめて言った。
「一刻も早く事態に対処するべきです。もう立ちましょう」
「フローリアが言うなら、そうしようか」
「待って」
そう言うとミーニャが森の中へと駆けて行った。尻尾をすらりと伸ばしつつ。
すぐに戻ってきた。両手に王女のドレスを抱えて。
「汚れ落ちた」
ドレスはきれいに洗われて、純白の気品を取り戻していた。
俺は、ほうっと感嘆の息を漏らす。
「これが、泡魔法か」
「ん」
無表情のまま、こくっと頷くミーニャ。でも長い尻尾は威張るようにぴーんと立っていた。ささやかな魔法が役立ったのがうれしいらしい。
ドレスを丁寧に折りたたんでリュックにしまうと、そのまま荷物の整理を始める。
俺は立ち上がると、土を蹴ってたき火を消した。
「じゃあ、そろそろ行こう」
「はい……あ」
突然、フローリアがふらついた。
俺は手を伸ばして彼女を支える。
「大丈夫か?」
「ええ、問題ありません」
「そうか……でも心配だな。できるだけ早く辺境伯のところへ行こう」
「お願いします」
俺が背を向けてしゃがむと、フローリアがすらりとした腕を俺の前に回しておぶさってくる。
布越しに伝わるパンツと柔らかな肢体が、心なしか暖かいように感じられた。
――体調を崩したか?
とにかく森の中に留まることは避けたい。
いつ魔物や魔王軍に襲われるかもわからない。
俺はパンツ魔法を発動させて、全力で森を駆け抜けていった。
◇ ◇ ◇
一方、時間は少し戻って。
赤焼けに染まる大空を、ゲーラが翼を広げて飛んでいた。
白鳥のような大きな翼が西日に赤く染まっている。
時々ゲーラは優雅に羽ばたいて空を横切っていく。
眼下に広がる森を鋭い目つきで見ながら。
――と。
茶色い翼を羽ばたかせて一人のハーピィが近づいてきた。
「ゲーラさま」
「どうした? 見つかったか?」
「いえ、王都の北や南には見あたりませんでした」
「そうか。やはり西へ向かったか」
「どうでしょう? 隠れられたら、見つけるのは難しそうですが」
「王女を連れている以上、野宿はできるだけ避けようとするだろう。必ず見つかる」
「なるほど」
「街道を避けて森を突っ切るはず。辺境の町から王都までも一直線にきたそうだからな。西の方をよく探せ」
「はい、ゲーラさま」
ハーピィは一礼すると、茶色い翼を翻して滑空した。森の上すれすれを飛んでいく。
ゲーラはそれを見るとはなしに見つつ、物思いに耽る。
――なんとしても見つけなければ。ハーピィ一族の命運がかかっている。
ハーピィは高い岩山に住み、子供を育てる。
岩山自体はハーピィぐらいしか使用しないため問題ない。
が、食料は基本的に狩猟のため、人や魔物と生活圏が重なると迫害された。
移り住んでもまた追われて、苦しい生活を強いられた。
そして逃げ込んだのが魔界だった。
魔界は何人かの魔王によって統治されており、魔王の強さと属性によってその領土が作られる。
台風属性であったゲーラの父が魔王となり、住みやすい領土を作った。
しばしの平和。
しかしハインリッヒによって父は殺され、魔界の領土を奪われた。
ゲーラは反旗を翻したかったが、領土に住む者たちの住むところとハーピィたちの安全のため、父を殺したハインリッヒに従うしかなかった。
しかし、いくつもの国を落としても、ハインリッヒはまだ協力を強いてくる。
――本当に約束を守ってくれるのか?
そもそもハインリッヒの目的はなんだ? あやつは支配地域を広げて喜ぶような、単純な男ではないはずだ。
そこまで考えてゲーラは頭を振った。艶やかな黒髪が乱れて揺れる。
――三魔将の一人と呼ばれるぐらいまで活躍した。悪名が広がったと言える。もう後戻りはできない。
ゲーラは白い翼を強く羽ばたかせると、さらに速度を上げて飛び去った。
次話は明日更新。
→『第11話 名もなき花はない』




