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木々の隙間から日が差し込み、葉っぱがキラキラと輝いている。
学園の敷地内にある庭、というよりかは小さな森と例える方が正しいこの場所。
「うーん……こうかな?」
誰もいないこの場所で、私は一本の木と向かい合っていた。
木と向かい合って一体何をしているのかって?
それはもちろん特訓だ。むしろそれ以外にある?
決して木に向かって独り言を呟いている危ない奴ではない。
あの日、開演前にちょっとしたハプニングはあったものの、人生初の舞台は無事に成功をおさめることができた。
そのあとの一月ある上演期間中も、毎公演満員御礼。
あの紫の瞳の役者は誰なのかと、王都で少し話題になったりもした。
……が、これまで味わったことのない高揚感のせいで、私は少し浮かれていた。いや、今思えば少しではなかったかもしれない。
けれどそんな私の浮かれきった心を鎮め、現実を突き付けてくれたのは、先輩であるレベッカさんの一言だった。
『恋愛パートの演技はちょっと物足りないのよねぇ……』
その言葉を聞いた瞬間、私の中から浮わついた気分は一瞬で消え去った。
そうだ。国一番を目指すのならば、これくらいで浮かれている場合ではなかった。
それはもう猛省しましたよ。
たった一度成功したからって浮かれすぎていたってね。
だから気を引き締め、苦手克服のために時間を有効活用しようと、こうして学園でも自主練習を始めたわけなんだけど……
え?学園で練習して大丈夫なのかって?
それは大丈夫。
ここは学園の敷地とは言っても本当に端の端で、校舎から一番遠い場所。
校舎の近くには噴水のある庭園や、色とりどりの花が咲き誇る温室がある。
そのためわざわざ遠く離れた、特になにもないこの場所に人が寄り付くことはない。
ただ難点は、ここまで歩いて移動するのは遠く時間がかかること。
本当は移動時間すらも惜しい。
けれどここ以外で学園内に練習できるような場所はない。それなら贅沢なんて言っていられない。
ここなら誰かに見られる心配はないから思いっきりできるし、体力作りにもちょうどいいとプラスに考えることにした。
というわけで、もっぱら最近はここで一人練習をしているというわけなのである。
「よし、もう一回……『私も愛しているわ』……やっぱりなんか違うなぁ」
ここは互いに手をとり抱きしめ合うシーンなんだけど、お手本で見せてもらったレベッカさんの演技は声と表情、そして指先まで……なんというか、こう全身から色気?が出ていた。
それに比べて私の演技には色気は皆無。
真似しているつもりなんだけど、全然違う。
何が違うのか……やっぱり経験の差?演技は当然として、恋愛の経験が。
残念なことに、私は初恋すらまだの恋愛初心者。いや今だって恋愛しているわけではないから、初心者じゃなくてむしろ卵レベル?
え?元婚約者のルース様がいたって?
あーないない。あの男に好きになる要素は一つもなかったもの。
それに家は元から従兄弟が継ぐ予定だったから、ルース様と婚約する前も結婚に対して理想も憧れもなかったし、なんなら一生しなくたっていいと思っていたくらいで。
ようやく何にも縛られることなく夢に向かって進んでいけるようになったというのに、ここにきて大きな壁にぶち当たっているのが現状なのである。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれ落ちる。
ウジウジ落ち込む性格ではないが、解決策が見つからないというのはなかなかきつい。
唯一の解決策と言えば、恋を経験すること。
ただそうは分かっていても簡単にできるものじゃあない。
でもいつまで経ってもこのままじゃ夢を叶えることが難しくなる。
「これからどうしよう……」
先の見えない現状に、再びため息をつきそうになる……その時だった。
「ねぇ、君」
「……え?」
ここには私しかいないはず。それなのに誰かの声が聞こえてきた。
私は思わず声のする方に視線を向ける。
するとそこには一人の男子生徒がいた。
(う、嘘でしょ……)
念入りに人の気配を確認してから練習をしていたのに、どうしてここに人が……
「こんなところで何をしているの?」
何もしていませんけど?……できることならそう言いたい。でもとてもじゃないけど言えるわけがない。
なぜかって?……そりゃあ私が現在進行形でしっかりと木に抱きついているからね!
木に抱きつく女って……端から見れば何やってるのって思うのは当然でしょう。
木を相手役に見立てて練習していたのがよくなかった。後悔してももう遅いんだけどね、トホホ。
こんな状況では何もしていないって言っても、確実に嘘だってバレる。
それに相手が悪すぎた。嘘なんてつこうものなら、不敬罪で極刑だってあり得るかもしれない。
うぅ……どうして神様は私に試練ばかり与えるの?私悪いことなんて何もしてないよね?
こんなに近くで姿を見るのは初めてだけど、ほとんど社交の場に出ていない私でも知っている。
光輝く金の髪に、王家の証である青い瞳。
「お、王太子殿下……」
この男子生徒の名前はエセル・クライスト。
ここクライスト王国の王太子である。




