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舞台の制作が決まると、まず最初に後援者を探すところから始まる。
もちろん今回の舞台もちゃんと後援者が決定していた。
しかし今から一月ほど前、その後援者が突然辞退してしまったのだ。
理由は不明。婚約解消ができた矢先の出来事だったので驚き、そして落ち込んだ。せっかくのチャンスだったのにと。
もちろん他の団員も、舞台が中止になることを落ち込んでいた。
けれどそんな中で唯一、団長だけは落ち込んでいなかったのだ。
『後援者は必ず見つかるから心配するな』
もう公演まで一月を切っているのに、新たに後援者が見つかるなんて……とみんな思っただろう。
けれど団長の言葉はどこか確信があるようにも聞こえた。
だから私たちは、団長を信じて今日まで準備を進めてきたのだ。
「ああ」
「よかった!」
これで無事に今日の初日を迎えることができる。
ありがとう!まだ見ぬ後援者様!
このお礼はしっかり演技で伝えなければ!
一人脳内で歓喜に沸いていた私だったが、レベッカさんは違ったようだ。
「でもこれ、さすがに高価すぎないかしら?」
そう言って私の手にある箱を指差した。
「え?」
「いくら後援者が主演の役者に贈り物をする習慣があると言ってもねぇ……」
「……たしかに」
後援者が決まった喜びで何事もなく受け入れそうになっていたが、たしかにレベッカさんの言う通りだ。
普通なら花束を贈られることがほとんどで、こんな高価な宝飾品を贈られることはない。
「ねぇ、一体どこのどなたが後援者になってくれたの?あなたはお会いしたから当然知っているんでしょう?」
「それは……」
なぜか黙ってしまった団長。
どうしたのだろう。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
「団長?」
「……すまん。今はまだ教えられないんだ」
「えっ、どうしてですか?」
「それがあちらの希望でな。素性は明かさないでほしいと」
「そんな……」
「ただそのペンダントはどうしてもシェリーに受け取ってほしいそうだ」
「でも」
そうは言われてもさすがに、はい分かりました!なんて気軽に受け取れるような物ではない。
だからやっぱり受け取れないって言おうとしたんだけど……
「……というかそうしてくれないと俺が殺される」
ん?今なんか不穏な言葉が聞こえたような……
「団長、今何か言って」
「……俺は何も言ってないぞ。きっと気のせいだ」
「え、でもたしかに……」
「いいか?これは後援者が舞台の成功を願ってシェリーに贈ったものだ。それを返すだなんて縁起の悪いことだけはどうか考えないでくれ」
「!」
団長の言葉にハッとした。
そうだ。この習わしは舞台の成功を願って始められたと教えられた。それなのに私は何を……
たしかにかなり高価そうで気は引けるけど、私はこのチャンスにかけている。
たった宝石一つ受け取らなかったせいで、失敗に終わるなんてことがあっては絶対にダメだ。
「だからこれは必ず受け取って」
「分かりました!」
「え」
「そうですよね!団長の言う通りです!たかだか宝石一つ受け取らなかったせいで舞台が失敗するなんてあってはなりません!」
よく考えてみればこのメガネの方が高価だ。
サファイアのペンダントくらい、大したことないじゃないか。
「シェ、シェリー?ちょっと落ち着いて?」
「はっ!サファイアがなんですか!ようは青いキラキラした石ころでしょう?」
「い、石ころって……」
「私はこの舞台を絶対成功させたいんです!だからこれくらい受け取ってやりますよ!」
これくらいのことで気持ちがぶれているようでは、国一番の役者なんて夢のまた夢。
ここはドンと構えていないとね。うんうん。
「……ねぇ、これでいいの?」
「……受け取ってもらえたのならそれでいい」
「……まぁ何か事情がありそうだから深くは追求しないわ」
「……助かる」
団長とレベッカさんが顔を近づけて話しているようだけど、何を話しているのかな?
それにしても本当にお二人は仲がいいわね!
素敵な夫婦で憧れるなぁ……まぁ私は婚約解消とはいえ、そんな相手を嫁に望む奇特な人はいないから、一生結婚することはないだろうけど。
「でもこれどうしようかな……」
「ん?どうかしたか?」
「あ……その、このペンダントどうしましょう?私普段ほとんど宝飾品は身につけないし、でも飾っておくっていうのもなんか違う気がするし……」
そもそもこれは役者の私に贈られたものであって、普段の私に贈られたものではない。
だからできればシェリーの時に使えたらいいんだけど……
「それなら舞台に立つ時につければいいじゃないか」
「え、いいんですか?あっ、でも衣裳が……」
さすがに今着ている衣裳では、ペンダントだけが異様に浮いてしまう。うーん、どうしたものか……
「チェーンは長さがあるから衣装の下に隠せるんじゃない?」
「なるほど!」
「そうだな。それなら大丈夫だろう。それに後援者もできればこのペンダントをつけて舞台に立ってほしいと言っていたからな」
「そうなんですか?」
「ああ。身につけていればきっと役に立つからって」
「役に立つ……?」
うーん、運気が上がるとかかな?……まぁ考えたって分からないか。
このペンダントは舞台成功のためのお守り。そう思っていればいい。
「よし!じゃあこれは邪魔だから外してっと」
ペンダントを首にかける際に引っ掛からないようにと、メガネを外した。
「ほぅ……」
「何回見ても素敵な色ね」
この二人は私の秘密を知る数少ない人間。
だから見られても問題はない。
「髪型が崩れなようにっと……よし!団長、レベッカさん!これならどうですか?」
上手に衣装の下に隠れたと思うんだけど……
「なっ!」
「うそ……」
なぜか驚きの声をあげて目を見開いている二人。
「えっ!だ、ダメでしたか?」
完全に服の下に隠れているはずなのに、やっぱり高価すぎるオーラが隠しきれていない!?
「瞳の色が……」
「へ?瞳の色?……ってな、なにこれ!?」
近くにあった鏡を見て驚いた。
どういうことなのか、なんと私の瞳の色が赤から紫になっていたのだ。
「……ねぇそのペンダント、もしかしてマジックアイテムなんじゃ……」
すごく高価な石ころの正体は、さらにとてつもなく高価な代物でした。
「ひっ!」
ああ、意識が遠退いて……
「シェリー!?ちょっとしっかりして!」
それからしばらくの間、私は立ったまま気絶していたのであった。
「 ……あれは彼女が使っていた……」
団長がポツリと呟いた言葉。
その言葉は誰の耳にも届くことはなかった。




