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「ふぅ……」
息を吐いて、肩や手に入っていた力を抜く。
緊張しているつもりはなかったが、どうやら少しだけ緊張しているらしい。
「いよいよね……」
私は今日、夢への大きな一歩を踏み出すことになる。
◇
あれからすぐ、私とルース様の婚約は解消された。
あの日急いで家に帰った私は、両親にことのいきさつを話した。
たとえ超がつくほどのお人好しだとしても、伯爵家の当主とその夫人。
さすがに何の説明もなしに勝手に婚約を解消するわけにもいかない。
もちろんダメだと言われないのは分かっていたけど、実際に話してそれなら仕方ないと納得してくれた時はすごくホッとした。
それから許可をもらってすぐにあの同意書をしかるべき場所に提出し、無事に受理されたことによって婚約は解消になったのである。
これで一段落……と思ったのも束の間、ルース様の父親、カステッド侯爵が我が家に怒鳴りこんできた。
婚約解消の通知を受け取って初めてこの状況を知ったそうで、どうしても納得いかないと文句を言いにきたのだ。
しかしどれだけ怒鳴ろうが文句を言おうが、今さら婚約が元に戻ることはない。
なぜなら一度婚約を解消または破棄した者同士は、二度と婚約ができないと法で定められているから。
侯爵に今回の経緯をきちんと説明すると、寝耳に水だったらしくそれはそれは驚いていた。
どうやら私たちが一方的に婚約を解消したものだと思っていたらしい。
まぁたしかに私は婚約解消を望んでいたけど、すべての原因はルース様の浮気。
むしろ婚約破棄ではなく、解消で済ませてあげたことを感謝してほしいくらいなのである。
そうして現実を突きつけられた侯爵は、力なくトボトボと帰っていった。
たしかにあの背中を見ちゃうと可哀想に思わなくもないよ?
でも悪いのは息子と、息子にきちんと説明をしなかった侯爵だ。
その責任を、赤の他人である私たちが背負う必要なんてない。
最初は大人だけでなんて言ってたけど、無理を言って私も話し合いの場に同席させてもらってよかった。
もしあの場に両親だけだったら、きっと援助なりなんなり約束してしまったに違いない。
ナイス判断だったわ、私。
そんなこんなで晴れて婚約が解消され身軽になったんだけど、実は私の心は穏やかではなかった。
心が穏やかじゃなかった理由……それは私の秘密を見られてしまったから。
私はある理由から、長年瞳の色を隠してきた。
それなのにまさかぶつかった拍子にメガネが落ちていたなんて……
あのメガネはマジックアイテムで、掛けると瞳の色が変わって見えるという代物だ。
マジックアイテムはすごく高価で、あのメガネ一つで屋敷が建てられるほど。
まぁそこは我が家の財力でなんとか手に入れたんだけど、どうしてそこまでして瞳の色を隠さなければならなくなってしまったのか。
それは十年前、王家から出されたとあるお達しが深く関係している。
そのお達しというのが――
「シェリー」
「あっ、レベッカさん!」
名前を呼ばれ振り返ると、そこには赤い髪の美女――レベッカさんが立っていた。
彼女は劇団『暁の星』の看板役者。
老若男女、彼女の演技に魅了された人は多い。もちろん私もその内の一人だったりする。
「今日の調子はどうかしら?」
「はい!いつもと変わりありません!」
じゃあどうしてそんなすごい人と会話をしているのかというと……実は私も『暁の星』の団員なのである。
国一番の役者になりたいと、ただただ夢見ていたわけではないのだ。




